とても危険な朝
目が覚めたはずなのに世界が真っ暗で物凄く息苦しい、だけど鼻には石鹸とシャンプーの香りに陽花の匂いが同時に飛び込んできてずっと浸っていたいほどの心地よさを感じる。
「何が……って陽花、俺の顔に張り付いて寝ちゃったのかぁ」
「むにゃむちゃ……お兄ちゃぁん……すぴー……」
俺の顔に乗っかる形でうつ伏せになっている陽花の身体を優しく両手で抱き上げた。
そのまま起こさないように注意しながら時計を確認する……やべぇっ!!
「よ、陽花ぁ……起きないと大変だよぉ」
「ううん……お兄ちゃんおはよー……ちゅーするぅ……」
「おはよう、ちょっと時間無いからこのまま移動するよ」
まだ半分眠っている陽花を抱きかかえたまま台所へ移動し朝食の支度を始める……昼ご飯を作る余裕がない、俺の朝食をそのまま陽花の弁当にしよう。
「ごめんね陽花、悪いけど朝ごはんは自分で食べてね」
「んにゃぁ……くぅ……すぅ……」
「ああもう起きて……時間がない、最終手段だ……ちゅっ……」
「んんぅ……んんっ……んぅぅっ!?」
ばっと目を覚まし唇を抑えて周りを見回す陽花、俺に気づくと顔中真っ赤にして腕を回しぽかぽかと叩いてくる。
「お、お兄ちゃんっ!! お、おはようのちゅーはかってにしちゃだめなのぉっ!! よ、陽花だってかくごきめないとはずかしいんだからぁっ!!」
「ごめんごめん、だけど本当に時間がぎりぎりなんだよっ!! お兄ちゃんは陽花のお弁当準備するから一人で朝ごはん食べててっ!!」
陽花に平謝りして俺はすぐに台所へ戻りお弁当を作り始めた。
「うぅ……よ、陽花およめにいけないよぉ、お兄ちゃんせきにんとってけっこんしてよぉ」
「悪いけど相手をしている時間がないの、終わったら歯磨きして着替えして出かける準備しちゃってっ!!」
「ぶぅ……あとでたくさんばつげーむさんするからね」
口では色々いいながらも素直に俺の言うことに従ってくれる陽花……やっぱりいい子だなぁ。
「よしこの調子なら間に合いそう……って、なんか首から下がむず痒いなぁ」
どうも朝から首の周辺が虫に刺されたかのような微妙な違和感を感じていた。
変だと思いながら俺も出かけるため歯を磨きに洗面所に行き、鏡と向き合って……叫んでしまった。
「よ、陽花ぁあああっ!! お、お前何したぁっ!!」
首筋から胸辺りまであちこちに虫刺されのような赤い痕が……陽花のキスマークがあちこちについてしまっていた。
「おおごえださないでよぉっ!! 陽花まだおこってるんだからねっ!!」
「お兄ちゃんも怒ってるよっ!! 昨日何をしたのっ!! こんなにたくさんキスマーク……これじゃあ学校いけないでしょっ!?」
「どうどうといけばいいでしょっ!! あいする陽花とすばらしいひとときをすごしたあかしじゃないのっ!! かんしゃしてほしいぐらいだよっ!!」
「意味わかって行ってるのかっ!? じゃなくて、こんなにキスしちゃ駄目でしょっ!!」
近づいてきたむくれ顔の陽花を抱き上げて目線を合わせる……そ、そんな可愛い顔しても許さないぞぉ。
「お兄ちゃんだっておはようのちゅーしたもんっ!! おたがいさまだもんっ!!」
「お互い様って数じゃないでしょっ!! ああ、よく見たら服の中まで……っ!?」
「おくちさんはだめっていうから陽花きをつかったのにぃいいっ!! お兄ちゃんのばかぁああっ!!」
「くぅ……そ、そんな顔して怒鳴っても……お、お兄ちゃん許したりは……あぁ……よ、陽花それより幼稚園行こうなぁ」
可愛すぎて耐えられなかった……押し負けてしまったぁ。
話をそらして俺は簡単に支度を済ませ、制服で強引にキスマークを隠すと急いでバスへと向かうことにした。
「はなしそらさないでよっ!! じゃあやっぱりこれからはおくちさんにしかちゅーしないからねっ!!」
「そ、そういう話じゃないでしょっ!!」
「そーいうはなしでしょっ!! お兄ちゃんこっちみてっ!! 陽花のかおをしっかりみてあやまってっ!!」
「ど、どうして俺が……どう考えても陽花が……陽花ぁそんな目で見ないでぇ……お兄ちゃんが悪かったよぉ」
謝ってしまった……だって涙を堪えてて本当に怒っているようで嫌われたくなかったんだよぉ。
「さいしょからそういえばよかったのっ!! ほら陽花さまけっこんしてくださいってつづけてっ!!」
「そ、それは流石に……ほ、ほらぁ幼稚園のバスさんきたよぉ」
「お兄ちゃん、さっきからはなしをそらしてばっかりぃいい!! もうきょうはようちえんやすんでおはなしあいするべきですっ!!」
「先生おはようございますぅ……じゃあ陽花行ってらっしゃいっ!!」
強引にバスの中に押し込んで俺は逃げるようにその場を後にした……うぅ、放課後が恐ろしい。
「え、えっとお兄さん行ってらっしゃい……」
「こらまてぇっ!! 陽花からにげるなぁああっ!!」
ちらりと後ろを振り返ると先生の腕に確保されながらも暴れる陽花の姿……迷惑かけてすみません先生。
しかしどうにか陽花を遅刻させずに済んだ、まずは一安心だ。
(どうか帰るまでに陽花が落ち着いていますように……)
願うような気持ちで学校へ続く通学路を歩いていく……何やら妙に周りの生徒たちが俺のことを噂している気がする。
また正道さん関連の噂だろうか、それとも矢部先輩関連か……俺はすっかり有名人だ。
(はぁ……あれ、あの人って?)
「うぅぅ……はぅぅ……」
「……何してるんですか、人見先輩」
登校中に道端に蹲る嫌な姿が見えてしまい、だけど避けるわけにもいかず声をかけた。
「ひぃうぅっ!? お、お前お前お前っ!! い、いきなり話しかけるなぁあああっ!!」
「いきなりって……これ以上どうやって優しく話しかけろと言うんですか?」
「うるさいうるさいうるさいぃいいいっ!!」
朝っぱらから非常にうるさい……やはり声をかけるべきじゃなかった。
「はぁ……保護者の戸手はどこ行ってるんだかぁ」
「あ、あんな奴どうでもいいっ!! 何でどいつもこいつも私をあいつとセット扱いするのぉっ!! 私はぁっ!! 私は……うぅ……」
「す、すみません……いつも一緒にいるのでつい……」
「あいつはなぁああっ!! あいつはぁ……どうせ私と違ってあいつは……あいつが居なければ……来なければ……うぁああっ!!」
蹲って嗚咽を洩らす人見先輩、当然周りからは話しかけた俺が泣かせてると思われているわけで……お、おい警察はやめてぇっ!!
「と、とにかく学校に行きましょうっ!! 遅刻しちゃいますからっ!!」
「うぅ……ひっくひっく……うるさいぃいいい……放っておけぇよぉ……」
「仮にも知り合いなんだから無視なんかできませんよ……よっと、よし行きますよっ!!」
「えっ!? あっ!? お、お前お前お前ぇええええっ!! な、何で何で何で抱きかかえるなぁあああっ!?」
いつもしているみたいに抱きかかえて移動を始めると、急に元気になる陽花……じゃなかった人見先輩だっ!!
(し、しまった……身長が低いからつい陽花にやるみたいにお姫様抱っこしてしまったっ!!)
降ろそうとしてみるが俺に抱きかかえられた衝撃で身体が強張ってしまったようで、服をきつくつかんで離れようとしない。
どうしようもないがこのままでは遅刻してしまう……仕方なく俺は抱きかかえたまま登校することにした。
「お、おろ……おろろろろせぇえええっ!! おろせおろせぇっ!!」
「手を放してから言ってください……とりあえず校門をくぐってしまいましょう……」
通学路を行く生徒たちが俺たちを見て騒ぎ始める……あはは、新しい女とかじゃないんだよぉ。
何もかも聞こえないふりをして学校を目指し、ついに校門が見えてきた……遅刻を取り締まる正道さんと親し気に話している矢部先輩も見えてきた。
「あら、皆……川…………様ぁ……ど、どういう……こと…………かしらぁ……っ?」
「皆川君おはよ……えぇええええええっ!! う、浮気ぃいいっ!!」
「お早う御座います二人とも、全くもって勘違いでございます」
「離せ放せ離せ放せぇえええええっ!!」
手に力を籠めたまま強引に俺から飛び降りようとする人見先輩、お陰で服が引っ張られて胸元ぐらいまで肌が露わになってしまった。
「あぁあああっ!? そ、そのキスマークっ!? あ、あなたたちふ、不純異性交遊っ!?」
「ひぅうううっ!? み、皆川君っ!! 陽花お姉さまや私や正道さんにも囲まれておいて新しい女に手を出すなんてぇっ!! この裏切り者ぉっ!!」
「完全に誤解ですぅううっ!! このキスマークは……」
「ぼ・く・も・き・き・た・い・な・ぁ・っ・!・?」
すさまじい迫力のある声に言葉を遮られた、恐る恐る振り返った俺は般若のごとき形相を浮かべた戸手と対面した。
「ひぃいいっ!! ご、誤解ですぅううっ!! 戸手様、落ち着いてくだせぇえっ!!」
「あははっ!! 何がっ!! どうっ!! 誤解っ!! なのっ!! かなぁっ!? どうっ!! 見てもっ!! そのっ!! キスっ!! マークっ!! のサイズっ!! はその馬鹿っ!! ぐらいのっ!! 大きさっ!! だよねぇっ!!」
「酷いよぉおおおっ!! どうして陽花お姉さまに手を付けないでそんな子……ひょっとして既に陽花お姉さまにお手つきした後で満足できずに似た体格の子に欲情をぶつけちゃったのっ!?」
「よ、陽花ちゃんっ!! よ、欲望をぶつけっ!? あ、あの汚れ泣き純白の化身であり私の為に残された聖域を皆川様が先に奪ったっていうのぉおおおっ!! うぎゃぁあああああああああっ!! 私も混ぜろぉおおおっ!!」
右も左もみんな暴走している……俺が何をしたって言うんだ。
誰か、誰か助けて……うわぁい教師から生徒会、果ては登校中のみんなまで全員して俺を指さしてるぅ。
(あはは、どうせどうせ全部俺のせいだよぉ、地球が回ってるのも空が青いのも海がしょっぱいのも全部俺のせい~~)
「うるさいうるさいうるさいぃいいいいっ!! どいつもこいつもお前もみんな黙れ黙れ黙れぇええっ!!」
俺の服を掴んだまま人見先輩が暴れだす。
「何よこの泥棒猫っ!! 私たちの皆川君に何をしたのよっ!!」
人見先輩に飛び掛かる矢部先輩、当然服を掴まれている俺も巻き込まれて地面に横たわる。
「皆川様ぁあっ!! 私にも陽花ちゃんぺろぺろぉおおおっ!! ちゅばちゅばしたいのぉおおおっ!!」
そこに正道さんが飛び掛かってきた、上から伸し掛かり涎をまき散らしながら血走った目で俺を見つめてくる。
「い・い・か・ら・は・や・く・せ・つ・め・い・し・て・よ・、・み・な・か・わ・ぁ・っ・!・?」
さらに戸手が頭の上のほうに顔を寄せてとても強い口調で俺にプレッシャーをかけてくる。
この状況をどうすればいいのだろう、もしも解決できるなら何でもしてあげちゃうのだが。
「ひぅううっ!! 戸手戸手戸手ぇっ!! この馬鹿乳女をふっとばせぇっ!!」
「あぁあああっ!! お前もお前だっ!! 何で皆川と遊んでんだっ!! お前の本命は卒業したあの先輩だろうがっ!!」
「えぅううぅうっ!! うるさいうるさいうるさいうるさいぃ!! お前がお前さえいなきゃっ!! この疫病神ぃっ!!」
戸手が強引に矢部先輩の手から人見先輩を引き抜き、怒鳴り合い始めた。
「皆川君っ!! ねえどうして私に手を出さないであの子に手を出したのぉおっ!! ねえ聞いてるのぉっ!?」
「手なんか出してないってばぁっ!! 全部誤解ですぅっ!! このキスマークは陽花の悪戯ぁっ!!」
「や、やっぱり陽花ちゃんとそういう関係なのねぇ!! 私も混ぜてぇええっ!!」
「私も混ざりたいよぉっ!! 皆川君、四人で楽しもうよぉっ!!」
矢部先輩が俺の首根っこを掴み上げてる、どうにかしたいけど身体の自由は正道さんによって固められている。
だんだん呼吸が苦しくなってきた、このまま死ぬのだろうか……ああ最後なら陽花に会いたかった。
走馬灯のように今までの思い出が頭をよぎる……陽花の笑顔、陽花のダンス、陽花のチマチマ歩き、陽花がご飯を食べて、陽花が陽花で陽花の陽花だらけだ。
陽花と陽花と陽花に囲まれて俺はまるで天国にいるかのような心地を味わいながら目を閉じるのだった。
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