陽花と帰宅
「皆、妙に盛り上がってると思ったら温泉旅行かぁ……楽しそうだねぇ」
「何なら戸手君も一緒に来ない? 参加費は私が持つけれど」
「とてもうれしいお誘いだけど……僕はやることがあるんだ」
「そっかぁ……戸手も参加してくれると嬉しいけど、無理強いは出来ないからなぁ」
申し訳なさそうにいう戸手……流石に全員集合とはいかないか。
「ごめんねぇ……ちなみにどこに行くの?」
「ここよ……ちょっと調べてみたけど中々良さそうな老舗の旅館だったわ」
「……うわぁ、まさかそこだったなんて」
「な、なんだ戸手っ!? 何かあるのか?」
正道さんがスマホに旅館を表示すると戸手は露骨に疲れたような笑みを浮かべた。
「いや悪い話じゃないんだけど、ここって座敷童が住んでるって有名なんだ……どっかの馬鹿が散々語ってたからねぇ」
「へぇ……それは知らなかったわ、座敷童ねぇ……き、きっと可愛い幼女なのよねっ!! それが夢に出てきてあんなことやこんなことまでぇっ!! ひゃっふぉうっ!! この旅行は極楽ぅううぐぅっ!?」
「耐性をつけるどころか暴走しやすくなってないか……言いたくないが陽花泣かせたら容赦出来ねえぞ俺」
「わ、わかっておりますぅ……一層の努力を推し進めていきたい所存でございまするぅ……」
机に頭を押し付けて謝罪する正道さん、その前の暴力も合わせて既に見慣れた光景になってしまった……痴話げんかじゃないよ皆さん。
「あはは、でもそっかぁここなのか……ひょっとしたら現地で合流するかもしれないねぇ」
「えっ!? 本当かっ!?」
「うん、この三連休はどっかの馬鹿が他所で迷惑をかけないよう行動を監視する予定だったから……あいつがここに行く可能性はあるからね」
「……そっか、そうだと楽しそうだな」
どうしても期待してしまう……唯一の男友達と温泉旅行できたらそれは盛り上がるだろう。
「ただその場合は人見先輩も一緒なわけよね……一悶着起きるわねぇ」
「うぐっ!? た、確かに……あれは色々とやばいからなぁ」
人を悪い道へ誘おうとする矢部先輩、物理的な脅威が恐ろしい正道さん、俺への誘惑が度を越している陽花……そのどれとも違う幼稚で乱暴な行動の読めぬ危険性があるのが人見先輩だ。
全員が勢ぞろいしたら俺と戸手だけで押さえきれるのだろうか……うん、これは無理だなぁ。
「まだ確定したわけじゃないけどね、でももしそっちに行くなら連絡するよ……皆川と一緒に温泉で背中の流し合いとかしたいからね」
「おお、いいなぁそれ……ぜひやろうっ!!」
「二人とも……一応聞くけど影に隠れて付き合ってたりしてないわよね?」
正道さんがかなり訝し気に俺たちを見つめてくる……何か問題発言でもしただろうか?
「別に付き合うことに抵抗はないけど……皆川には陽花ちゃんがいるからね、取ったりは出来ないよ」
「……戸手には人見先輩がいるからなぁ、付き合うこと自体はやぶさかでもないけど」
「あははぁ……皆川は面白いことをいうんだねぇ、陽花ちゃんに中学生時代の君のこと伝えちゃおうかなぁ」
「うふふぅ……戸手だって中々愉快だぞぉ、人見先輩に中学校での君の活躍っぷりを教えちゃうぞぉ」
初めて戸手とにらみ合った……そしてお互いに笑い合った。
「まさか皆川まで女難に苛まれるなんてね……お互い大変だねぇ」
「戸手はこんな苦労を味わってたんだなぁ……お互い大変だなぁ」
「……本当に仲よすぎるんですけど、一体どういう仲なのか教えて欲しいんですけど」
「まあそのなんだ、もしも温泉旅行で合流したら……話のタネにしてやるよ」
あまり面白い話ではない……少なくとも他人の目があるところで口にしたいことではなかった。
「そうだねぇ、その時は懐かしの思い出に浸ろうか……さて、僕はそろそろあの馬鹿のお守りに行くよ」
「おう、気をつけろよ」
「うん……じゃあ二人ともまたね」
「ええ……私も今日は生徒会があるから失礼するわ、じゃあね皆川様」
戸手も正道さんも立ち去って行った、俺も帰るとしよう。
帰り道の途中にある陽花の送迎バスの停留所へ辿り着いた……バスはまだ来ていないようだ。
(一人で待つか……なんか妙に物足りないというか、寂しいなぁ)
こうして一人で時間を過ごすのはいつ以来だろうか……最近は誰かしら傍にいたからどうにも居心地が悪い。
実の母は幼くして亡くなり、父は暮らしを支えるために単身赴任……ずっと一人で暮らしていた。
仕方のない話だがお陰で自活する必要が強く、どうしても同年代の友人と遊べる時間がなかった。
気が付けば一人でいるのが当たり前で、孤独に慣れていたはずだった。
(必要ないとすら思ってたんだけど……やっぱり誰かと一緒にいたほうが楽しいな)
今では一人でいるとこんなにも心細い……騒がしい人たちに囲まれて迷惑もしているけどそれ以上に楽しかったようだ。
(早く陽花に会いたいなぁ……)
願いが通じたかのようにバスがやってきて、笑顔の陽花が飛び出してきた。
「先生さよぉならーっ! お兄ちゃんただいまーっ!!」
「おお、すっかり元気になって……お帰り陽花っ!! 先生ありがとうございました」
飛びついてきた陽花を抱き留める……もう抱っこが当たり前になってしまった。
「陽花きょうもいいこだったよぉ~、あたまなでてこのままおうちへごーっ!!」
「そうだなぁ……じゃあご褒美にこのままお家に帰ってあげよう」
俺は抱きかかえたまま家に向かった……もう外ですらお姫様抱っこに抵抗がなくなってしまった。
(陽花が望んでいる間ぐらいは……何も考えず付き合ってあげよう)
「わーいっ!! お兄ちゃん大好き―っ!! ちゅーっ!!」
「お外でキスはしませんっ!! それは駄目ですぅっ!!」
「ぶぅ……おそとでみんなにみせつけたいのにぃ……」
陽花は相変わらずだ……二人の関係を下手に意識しているのはむしろ俺のほうではないだろうか。
「抱っこだけで勘弁してください……俺の腕の中に居られれば満足だって言ってたでしょ?」
「ふふん、陽花はつねにしんぽしているからどんどんようきゅうがはねあがるのですっ!!」
「おいおい……我儘っていうんだぞ、そういうの」
「いいおんなのあかしなのっ!! そんな陽花のあいをどくせんするためにお兄ちゃんはもっともっとやさしくあまくなるひつようがあるのですっ!!」
腕の中で胸を張る陽花……全くどこから自分に対するここまでの自信が湧いてくるのだろうか。
(俺が毎日可愛いとか言って褒めて称賛してるせいかな……自業自得だったぁ)
最近は陽花を本当に甘やかしすぎて、思いっきり付け上がらせてしまった気がする。
やっぱり一度ぐらい説教しないといけない……まあできたら苦労はないのだ。
「全く、そんな調子だといつか俺……じゃなくて他の人に嫌われちゃうぞ」
「お兄ちゃんにきらわれなきゃいいもーん」
「困った子だねぇ」
「陽花いいこだよぉ」
俺の胸に顔を埋めて頬擦りして微笑む陽花……口ではいろいろ言っているが実際には腕の中に居るだけで十分幸せそうだ。
だからついつい撫でてしまう……こんなことだから陽花が調子に乗るのだろう。
わかってはいるのだ……だけど可愛すぎてどうしてもやめられない。
「はいはい……そういえば話は変わるけど温泉旅行の件な、やっぱり行けそうだ」
「おおーっ!! やったぁっ!! けっこんりょこうだねっ!! それともおでかけでーとっ!?」
「どっちも違います……そして参加者が増えました、正道さんと幸人君も一緒に来るそうです」
「……陽花、よろこんでいいのかおびえるべきかわからないよぉ」
物凄く複雑そうな表情を見せる陽花……初めて見る新鮮な表情に頬が緩んでしまう、きゃわいい。
「矢部先輩もついてくるし、正道さんも暴走しないよう訓練してるから……まあ安全だと思うぞ」
「うぅ……だけどゆきとくんもいるんならたのしくなりそうだねっ!!」
「あと昨日会った戸手と人見先輩も合流するかもしれない……こっちは確定じゃないけどな」
「……うわーい、陽花いっぱいのひとといっしょでうれしーなー……うぅ……」
露骨に棒読みしたかと思うと泣き真似する様に顔を抑えてしまう。
「いやそっちは確定じゃないし、部屋も別……そういえば部屋割り考えてなかったなぁ」
「お兄ちゃんと陽花はいっしょじゃなきゃやーっ!!」
「ペアチケットだからそれは確実だよ、ただ他の人たちがどうなるか……」
まあ冷静に考えれば正道さんと幸人君が同室で、矢部先輩もそこに加わるか別室を取るかだろう。
理想を言えば俺と陽花と幸人君で一緒におねんね……朝には寝ぼけ眼の幼子二人を手中に収めて隙を見て抱きしめて頬擦りして最終日にはそのまま二人とも持ち帰れれば完璧だ。
後は来るとしたら戸手と人見先輩は同じ部屋を取るのだろうか……腐っても年頃の男女が一つの部屋、とはいえあの人とロマンスな関係なんかあり得ないか。
(考えても仕方ないし、部屋割りは正道さんにお任せしておこう)
「お兄ちゃんといっしょにねられるなら陽花はまんぞくさんだよ……やべおねえちゃんとさんにんでねるのもおもしろそうだなぁ」
「正道さんと幸人君も一緒に寝て見たらどうだ? 正道さんの腕枕はきっとスリルがあって楽しいぞぉ」
「やぁーっ!! お兄ちゃんのいじわるぅっ!! おっかないからやだぁっ!!」
「ごめんごめん冗談だって、多分正道さんは幸人君と別の部屋で……幸人君いつも正道さんと寝てるのかなぁ?」
少し想像してみる、あいつのことだから女性用の下着と寝間着を着せて……すぐに辛すぎて打ち切った。
「ゆきとくんがんばってそうだねぇ……そういえばゆきとくんはおふろどっちにはいるのかなぁ?」
「そりゃあ男……幼稚園だとおトイレどっちに入ってるんだ?」
「……だんしおといれ、だとおもう……はずかしがるからついていったことないけど……」
「ちょっとドキドキだなぁ……正道さん次第ってところかぁ」
年齢的に女湯に入るのも不可能じゃないだろう……付き添いは皆見た目だけは美少女揃いだ、ちょっとうらやましい。
(というか幸人君まで女湯に行ったら、それこそ戸手が来ないと俺一人で男湯だ)
別に嫌ではないが、なんとなく寂しい。
やっぱり戸手に来てほしい……けどその場合は人見先輩が確実にセットなのだ、複雑すぎる。
「うーん、お兄ちゃんひとりぼっちでおふろはかわいそうかなぁ……だけどさすがにおふろはいっしょしちゃだめだからあきらめてね」
「そうだねぇ……陽花を男湯に入れるわけにはいかないからなぁ」
(陽花はその辺の線引きはしっかりしている……案外、俺が配慮する必要はないのかもしれないなぁ)
今更だが陽花は恥じらいからか俺に対しても肌をさらすことは抵抗があるようだ……そう考えると二人の関係とか深刻に考える必要はないのかもしれない。
そっちの知識を身に着けても多分恥ずかしがって俺と距離を置いて……くれればまだましだが、積極的になられたらどうすればいいのか。
「そこはがまんしようねお兄ちゃん、ほかのじかんはずっといっしょにいてあげるからね」
「うわぁ嬉しいなぁ……本当に今みたいに俺にしがみついて離れなそうだなぁ」
「お兄ちゃんがさみしくてないちゃったらかわいそうだからね、陽花のあいじょうをしっかりじゅうてんしてあげちゃうのっ!!」
まあ陽花の言うことはともかく、確かに一人なのは温泉に入っている間だけだ……いやそれがメインなんだけどね。
(だけど他の時間も、あのメンツじゃぁ絶対騒がしくなるだろうから忙しくて大変で物凄く疲れて……とても楽しめそうだなぁ)
予想以上に俺は皆との旅行が楽しみのようだ、今からワクワクしてきてしまう。
「よーし、急いで帰って旅行の支度しちゃおうかっ!!」
「きがはやいよぉ……まだげつようびなんだよ?」
「忘れ物したら大変だからね、陽花も俺が準備できない洋服……特に替えの下着とかちゃんと用意しておくんだよ?」
俺に出来ることと言えば着替えを積める鞄を渡すことぐらいだ……あと薬とかも準備しておこう。
「いわれなくてもちゃんともつもん、こどもあつかいしないでよね……陽花はすてきなレディなんだからっ!!」
陽花が胸をはって威張る……けれど何だかんだで楽しみなようで色々と指折りして何を持つか考え始めた。
俺も皆で楽しめるように何を持っていくか考え始めるのだった。
(幸人君が入りそうなサイズの旅行鞄は必須だな……い、いや他意はないけど念のため……ふ、ふひひ……)
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