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陽花とお買い物

「陽花さん、いい加減に機嫌を直してくださいな」


「ぶぅ……しらないもん」


 俺に抱っこされた状態で頬を膨らませて不機嫌をあらわにする陽花。


 昨日帰ってから眠ってしまった陽花は夜眠れなくなってしまい、寝付いたのは朝方だった。


 おかげでお昼近くまで目を覚ますことがなくて、着ていく服を選んでいる余裕もなくなってしまった。

 

 仕方なく幼稚園の制服を着せて、ようやく買い物に出かけられたのは昼過ぎからであった。


「お兄ちゃんがおこしてくれなかったせいでおようふくもえらべなかったしおデートのおじかんもへっちゃったよぉ……ふんだ、どーせ陽花とのおでかけなんかどうでもよかったんでしょ?」


「だからゴメンねって謝ってるし、恥ずかしいの我慢してこうして抱っこして連れ歩いてるでしょ……そろそろ許してください、そして歩いてください」


「ぜんぜんはんせーしてないでしょっ!! もうばつとしてきょうはいちにちじゅう陽花をだっこするのっ!!」


「そんなぁ……勘弁してぇ……」


 駅前にある大型のショッピングモールは休日ということもあり人でにぎわっている。

 

 その中で陽花を抱いて歩く俺は皆から視線を受けているような気がして……居心地が悪い。


(うぅ……たまに通学路とかで見覚えのある人もいるし……ロリコンじゃないし人さらいでもない、女たらしでも黄金のストライクゾーンを持つ男でもないってばぁ)


「ゆるしてあげないもん……だいたいお兄ちゃんさっきから陽花といっしょにいるのにぜんぜんうれしそうじゃないし、やっぱりおデートいやだったんじゃないの?」


「だったら一緒にお出かけ自体してないよ……本当に陽花と一緒に居ること自体は楽しいよ、せめておんぶにしてくれませんか?」


「それじゃあこいびとどーしのおデートにみえないでしょっ!! おひめさまだっこじゃなきゃだめなのっ!!」


 陽花の言葉を聞いた周りの人の大半が微笑ましそうに俺たちを見ている……一部の人間が露骨に怪しい人間を見る目で俺だけを見ている。


(だからロリコンじゃねえし誘拐犯でもねぇ……お金も払ってないよぉ)


 顔が似て無いこともあって兄妹と思われていないのかもしれない……親子の振りをするには流石に俺が若すぎるしなぁ。

 

「君、ちょっといいかなぁ?」


 結果として本日二度目になる職務質問が発生した。


「はい……お巡りさん、これが俺の生徒手帳でこっちが陽花の名札です」


「苗字が一緒……ねえ陽花ちゃん、君はこのお兄さんとどういう関係なのかなぁ?」


「お兄ちゃんは陽花のこいびとなのですっ!!」


「そっかぁ……ご協力ご苦労様です」


 二つの身分証とお兄ちゃんという言い方で大体の様子を察してくれたようでお巡りさんは頭を下げて去って行った。


「えへへ……おまわりさんにみとめてもらっちゃったねぇ、これはけっこんしないとおこられちゃうねぇ」


「あはは、お巡りさんは結婚とは関係ないぞー」


(つ、疲れる……本当に疲れる……)


 来て早々だが既に心身ともに限界が近づきつつある。

 

 できるだけ早く洋服を買って帰ろう。


 よく安物の服を買っている店に入り、女児服のコーナーへと移動する。


 値段を見る……財布を見る……値段を見る……財布を見る。


(二着……いや頑張れば三着は行けるっ!!)


「よーし陽花、ここにあるお洋服から好きなのを選んでいいぞー」


「お兄ちゃん……うん、陽花ここのおようふくでがまんするね」


 俺が財布を何度も確認しているところを目撃した陽花は素直にお洋服を選び始めた……どうせブランド物には手を出せない甲斐性のない駄目兄貴ですよー。


 色々と見て回る……何だかんだで可愛らしい洋服ばかりだ、きっと陽花なら何を着てもプリティでキュートだろう。


「お兄ちゃん、それとそれとってー」


「ええと、キャミソールとショートパンツねぇ……絶対だめですぅっ!! こんな肌の露出が多い衣装お兄ちゃんは認めませんっ!!」


 何でこんな服が幼児服のコーナーにあるのか……訴えてやろうか。

 

「いまどきはふつうだよぉ……お兄ちゃんおくれてるよぉ」

 

「駄目です、ぜぇったい駄目ですぅっ!!」


「ぶぅ……じゃあそっちのワンピースにしようかなぁ」


「うーん、確かに陽花なら似合……いや横とか上とか隙間から見えそうだからダメっ!!」


 なんだこの服は、欠陥品じゃないか……問題だらけだ。


「お、お兄ちゃん……じゃあそっちのしたがふわっとなってるフレアワンピースもだめってことなのぉ?」


「同じものでしょ、ダメダメっ!!」


「ちがうのにぃ……じゃあタンクトップのコーナーに行こうよぉ」


「これも見えちゃうでしょ、隙間があるのは駄目ですぅっ!!」


 陽花が俺をジト目で見つめてくる……あ、呆れられてるっ!?


「もう、じゃあどれならいいのぉ?」


「ええと……お、このオーバーオールなんてどうだっ!? インナーさえしっかり着ていれば完全防備間違いなしっ!!」


「……かわいくないよぉ」


「可愛いからっ!! 陽花なら絶対可愛いからっ!!」


 何とか確保しておく、これで一着目だ。


「よーし次だなぁ……この厚手の長袖Tシャツもいいなぁ」


「お、お兄ちゃん……せめてしたにはくスカートはそっちのフリルさんがいっぱいついたかわいいのにしてよね」


「これ……は丈が短すぎるから駄目っ!! こっちの足首まで隠れるロングスカートにしなさいっ!!」

 

「……あるきずらいしむれちゃうよぉ」


 いや肌の露出が減るほうが転んだ時も安全です、これで二着目。


(うーん、どこかに宇宙服並みに全身をガードできる服があればいいのになぁ……女児服には必要だろうに全く揃えが悪い店だなぁ)

 

「よし、とりあえずこの二着でいいんじゃないかな……きっとこれをきた陽花は可愛いぞぉっ!!」


「……お兄ちゃんがそれをきた陽花をみたいならがまんしてきてあげるよぉ、うぅ……すこしゆうわくしすぎたぁ……陽花にめろめろすぎるよぉ……うぅ……かわいいおようふくさんごめんねぇ……」


 陽花が涙を流している……嬉し泣きしちゃって、そんなに喜ばれると兄冥利に尽きるなぁ。


「また今度一緒にお洋服買いに来ような」


「……つぎはママといくもん、これだけはお兄ちゃんはかほごすぎてだめみたいだからねぇ」


「過保護じゃなくて兄として当然の判断をしているだけですぅ」


 念のため更衣室で実際に着せてみたところ、やっぱりとてつもなく可愛らしかった……まあ素材が良いから何を着ても可愛いんだけどな。


「やっぱり陽花に似合ってるよ、可愛い可愛い……写真撮って伊代音さんに送ってあげよう」


「も、もうお兄ちゃんたら……えへへ……しかたないなぁもう」


 何だかんだで俺に褒められたことで陽花もご機嫌な様子で新しい洋服を弄っている。


『伊代音です……可愛いけど少し厚着過ぎないかしら? まだ春だからいいけど夏になったら暑くなるわよ? 薄着も何着か買っておいたらどうかしら? 何ならこっちで買って送ってもいいけど……後お金は大丈夫?』


 伊代音さんからの返信だ……これ以上薄着とか正気かな?


『石生です……実際に見てみましたがこれ以上の薄着は肌が見えすぎて危険ですっ!! それに夏服みたいな薄着は陽花には早すぎますよ、でも夏場は倒れたら困るから幼稚園は休ませてクーラーの効いた部屋に居てもらうべきかもしれませんね』


『石生君、今度一緒に頭と心の病院に行きましょう……大丈夫、陽花から引き離したりはしませんから安心して下さい』

 

(ええっ!? 俺なんか変なこといったかなぁ?)


 本当に伊代音さんは大丈夫なのだろうか、心配になってきた。


「お兄ちゃんママなんていってたぁ?」


 気が付けば陽花は幼稚園の制服に着替えなおしていた。


「とっても可愛くて素敵だって、やっぱり陽花はそのお洋服でいいみたいだよ」


「……お兄ちゃん、けいたいでんわみせてください」


「子供の玩具じゃないから駄目ー、ほら会計してちょっとそのあたりぶらついて帰ろうね」


 油断も隙も無い、また携帯で他の人に悪戯されたら大変だ。


 携帯電話を締まってから陽花を抱き上げてお洋服を購入した。


「お買い上げ、ありがとうございますっ!! こちら抽選券です、中央の広場で行っておりますのでよろしければどうぞっ!!」


「ありがとうございます……陽花ガラガラ回してみるか?」


「うん、まわすーっ!! いっとうはけっこんしきじょうへのごしょうたいけんとかかなぁ?」


「そんなわけないだろう……温泉地への旅行券だね」


 中々悪くない……もし当たったらサボって陽花と二人で温泉、いやお風呂に一人で入れるのは危険だなぁ


「ええー、それってしんこんりょこうってことぉ? えへへ、こまるなぁ……お兄ちゃんそのまえにけっこんしきしないとねぇ」


「ただの旅行券ですぅ……しかし、やっぱり休日は混むなぁ」


「そうだねぇ、はなれないためにも陽花をだっこしてせいかいだったねお兄ちゃん」


「確かに……手をつないでても逸れかねないなぁこの人混みじゃぁ」

 

 陽花と離れ離れになったらと想像して、一人きりで寂しくて泣いてしまう陽花が頭に浮かび……冗談じゃないっ!!

 

(こんな可愛い子が一人で歩いていたら攫われないほうがおかしいっ!! 俺は絶対離さんぞっ!!)


 ぎゅっと抱きかかえる腕に力を籠める……ひょっとしたら陽花が魅力的過ぎて力づくで奪おうという輩もいるかもしれないからな。


「あれ……お兄ちゃん、あそこにいるのゆきとくんじゃない?」


「ええ……ほ、本当だ」


 何かの店の前で所在なさげにウロウロしている幸人君……可愛すぎる攫って行こう。


「幸人君こんにちわ」


「あ……ようかちゃんにおにいさん、こんにちわです」


 ぺこりと頭を下げる幸人君……周りを確認、よし保護者はいないなチャンスだ。


「ゆきとくんこんにちわー、なにしてるのぉ?」


「いまお姉ちゃんがおかいものしてるんです、だからおわるのをまっています」


「そっかぁ、じゃあお家に帰ろーねー」


 さりげない動きでしゃがみ込み幸人君を陽花と一緒に抱きかかえる……君が可愛すぎるのがいけないんだ、許してくれ。


「え、ええとおにいさん……ぼくまだお姉ちゃんをまっていないといけないんです」


「そっかー、じゃあお兄さんのお家に帰ろーねー」


 冗談じゃない、なんで休日まであんな化け物と顔を合わせなければいけないのか……その前にこの戦利品を持って帰ろう。


「お兄ちゃん、きょうはどうかしてるよぉ……でもせっかくだしゆきとくん陽花のおうちにおいでよー」


「あ、あのとてもうれしいおさそいなんですけど、ぼくお姉ちゃんをまっていないといけないんですよ?」


「大丈夫大丈夫、優しくするから」


「え、えと……ええと、おにいさんしっかりしてください……ナデナデしてあげますから」


 頭をいい子いい子されてしまった……こんないい子持って帰らないほうがおかしい。


「幸人君のお陰でお兄ちゃんパワーアップしたよ、今ならどんな化け物でも倒せ……」


「ゆ、幸人どこに……よ、陽花ちゃあぁああああああんっ!!」


「……お兄ちゃん、せきにんとってたおしてきてね」


「ごめん、あれは無理」


 後ろからすさまじい勢いで化け物が接近してくるのがわかる……こんな人ごみの中をどうやっているのだろう。


「すっごいなぁ……お兄ちゃん、にんげんってへびさんみたいにからだがなめらかになるんだねぇ」


「多分そいつだけだと思う……お兄ちゃんは逃げるのに専念するからそのまま動きを教えてくれ」


「おにいさん……あの、ぼくをおろしたほうがいいとおもいますよ?」


「大丈夫、幸人君はもううちの子になるんだから」


 手放してたまるか、こんな宝物。

 

「ようかちゃん、おにいさんもぼくのお姉ちゃんみたいにとってもつかれてるみたいです……ようかちゃんもいっしょになでなでしてあげよう」


「うーん、そうしたいのはやまやまだけど、ゆきとくんのおねえさんをみはってないと……お兄ちゃんよこによけてぇっ!!」


「応よ、まかせてお……ぐはぁっ!?」

 

「陽花ちゃぁあん……お、お姉ちゃんねぇ今ちょうど新しいお下着買ったのよぉおっ!! は、はきはきしましょうねぇっ!! その前に脱ぎ脱ぎしましょうねぇっ!!」 


 確かに避けたはずなのに正道さんに首根っこを掴まれていた……今腕が伸びたような気がするんですが?


「お姉ちゃん、こんなところでようかちゃんおにきがえさせたらかわいそうだよ、かわりにぼくがおきがえするから……」


「ええい、幸人なんかどうで……ぐぅっ!? はぁはぁ……こ、こんにちわ皆川様」


 子供たちの為に正気に戻さざるを得なかった……くそ、これじゃあ幸人君を返さないといけないじゃないかぁ。


「こんにちわ正道さん……こんな人ごみの中に幸人君を残していったら危ないだろ、誘拐されるところだったんだぞ」


 最も犯人は俺なのだが……まあ言わなくてもいいだろう。


「えっ!? ゆ、幸人大丈夫なのっ!? 皆川様が助けてくれたってことっ!? ありがとうっ!!」


「そうですか、おにいさんはぼくをまもってくれてたんですね……きづきませんでした、ありがとうございます」


 素直に俺に頭を下げる正道家の両名……流石に罪悪感がやばい。

 

「ああ、いや気にしないで……本当に気にしないでほしいです」


「お兄ちゃん……すなおにあやまったらぁ?」


「……何のことかなぁ?」


「本当にごめんね幸人っ!! 駄目なお姉ちゃんでごめんねぇ」


 珍しく陽花の声も耳に入らない様子で幸人君を抱きしめている正道さん……うぅ、ものすごい罪悪感。


「ううん、お姉ちゃんはだめじゃないですよ……ぼくのじまんできるいちばんすてきなお姉ちゃんですよ、ナデナデしてあげます」


「うぅ……幸人ぉ~……ご褒美に新しく買ったこの下着を付けたら早速写真を撮ってあげ……げぐっ!?」


 とりあえず女児下着を取り出した正道さんを殴っておいた。


「お前さぁ……さっき言ってた下着って幸人君に着せる用かよ、しんみりして損したわ」


「痛たぁ……だってぇどうしても男の娘だから下着のサイズが中々合わないのよぉ、定期的に買ってあげないとぉ……」


 少し想像しそうになって慌てて頭を振る……幸人君のお着替えシーンとか考えたら危険だ。


「お兄ちゃん……陽花もあたらしいおしたぎほしいなぁ」


「えぇ……そ、それは勘弁……」

 

「よ、陽花ちゃんあ、新しいし、下着ほしいのぉっ!? は、葉月お姉ちゃんがえ、選んであげちゃおうかっ!! ふ、ふひひっ!!」


「冗談じゃ……いや、選ぶだけなら……」


 流石に女児の下着売り場に入っていく勇気はない。


 その点は腐っても……腐りきっている正道さんも一応は女性だからセンスとかも期待できるはずだ。


(買ってきたやつを後でこっちで選別すれば……いけるのか?)


「……どうする陽花、頼んでみるか?」


「う、うーんとってもいやだけど……お兄ちゃんにまかせるよりはいいかもしれないねぇ」


(な、何故だっ!? 俺の買ってあげた洋服に不満でもあるのかっ!?)


「はぁはぁはぁはぁっ!! い、行ってきまぁああすぅっ!!」


 俺たちの返事を待たずに正道さんは再度先ほどの店に入って行った……ああ、あれが下着屋さんだったのね。


(道理で入り口で幸人君がウロウロしていたわけだ……というか幸人君お持ち帰りチャンス再到来っ!?)


「ゆきとくん、あのばけ……おねえさんがえらぶおしたぎってへんなやつじゃないよねぇ?」


「う、うん……あ、あのねし、しろくてしんぷるなやつだからあんしんしてね」


「そっかぁ、じゃあ後で届けてもらうとして今日はもう帰……」


「陽花ちゃぁああああんっ!! お着替えタイムよぉおおおっ!! 今から葉月がハミハミするパンツを陽花ちゃんがはいて陽花がはいているパンツを葉月がハミハミぃいいい……ぐぅっ!? ど、どうぞ皆川様ぁ」


 圧倒的速さで戻ってきて陽花に迫ってきた正道さん、とりあえず殴っておいた。


「あの、君やっぱりもう一回いいかな?」


 お巡りさんにまたしても声をかけられてしまう。


 同い年の女子に暴力を振るい様付けで呼ばせて土下座させて下着を献上させている……傍から見たら通報ものだから仕方ない。


「はい、先ほどのおまわりさん……こちら同級生の正道さんですぅ」


「ど、どうもお巡りさん……あ、あの本当に変な関係じゃないんです私たち」


「分かったからね、詳しい話はあっちの空いているところでしようねぇ」


 俺たちは比較的空間の取れる広場へと連れていかれるのだった。


 最も肝心の被害者……に見える正道さんが俺をかばうのでどうにか前科持ちにはならずに済んだ。


「じゃあ今後は人前で……特に幼い子供の前で変なプレイはしないようにね」


「はいぃいい……うぅ、特殊プレイだと思われてるぅうっ!?」


「本当にごめんなさい皆川様っ!!」


「こんかいばっかりはお兄ちゃんにもせきにんがあると陽花おもうけどなぁ……」


 俺が何をした、ただ幸人君を誘拐しようとしただけ……覚えがありすぎる。


「お姉ちゃんもおにいさんもとってもいいひとなんですけどねぇ……ぼくにはわかってるからあんしんしてください」


「いいたくないけどゆきとくんはもうすこしひとをみるめをやしなったほうがいいよぉ」


「うぅっ!?」


「はぅっ!?」


 俺たち学生組に幸人君の純粋な眼差しと陽花のジト目が突き刺さってとても苦しい……少し反省しよう。


「と、とにかく陽花……せっかく広場まで来たんだからガラガラ回していこうな」


「ろこつにはなしをそらしてぇ……でもやるぅっ!! 陽花まわしたいっ!!」


「幸人はどう、抽選券あるけど回してみる?」


「ぼくはいいからようかちゃんにあげてください」


「何ていい子なんだ……よーし、今度はお兄ちゃんが幸人君を撫でてあげよう」


 本当にいい子だ、手を伸ばしてナデナデしてしまう……とても嬉しそうでお兄ちゃん幸せだぁ、持って帰りたかったなぁ。


「お兄ちゃん陽花にもいい子いい子して……」


「は、葉月がよ、よしよしし、してあげちゃおうか、かしら、ふ、ふひひぃっ!!」


「……やっぱりいいや、陽花がまんするぅ」

 

 近くに陽花が居る状態だが正道さんはぎりぎり暴走未満で収まっている……腕の中に抱いた幸人君がちょうどストッパーになっているのだろう。


「しかしかなり長蛇の列だなぁ、結構時間かかりそうだし付き合わなくていいぞ……下着代だけ清算するから」


「ふ、ふひひ、よ、陽花ちゃんの匂いぃペロペロ……ぐぐっ!?」


 空気中に舌を伸ばしてやがる……匂いを舐めとってるのだろうか。


 とりあえず軽く小突いて正気に戻してやる……本当に周囲の目が痛いけどもう慣れてきてしまった。


「あ、あはは……どうせ他に行くところもないし付き合いたいけど……お邪魔しちゃ悪いわね、帰りましょう幸人」


「わかりました、じゃあおにいさんにようかちゃんさようならです」


「下着は迷惑料だと思って受け取ってくれないかしら……貴方だけに言うけど、うちは嫌になるぐらいお金があるから気にしないで」


「いや抽選権も貰って代金も支払わないのはなぁ……」


「いずれ返してもらうわ……というより本当に皆川様に掛けてる迷惑を考えれば全然足りないわよ、気にしないでちょうだい」


 この調子では幾ら言っても無駄だろう……いつかお金と暴力以外の形でお返ししよう。


「じゃあまたね」


 頭を下げて正道さんは幸人君を連れて帰って行った。


「ふぅ……騒がしかったなぁ」


「お兄ちゃんのせいだけどねぇ……うぅ、陽花まわりのめがきになっちゃうよぉ」


「た、確かに見られてるなぁ……でもほら抽選権貰っちゃったし少しだけ我慢しような」


「じゃあそれまでたえられるようにいいこいいこしてぇ」


 人前で幼児とはいえ抱っこして挙句にナデナデすることに抵抗を感じる……けど本当に俺が幸人君に手を出したせいだしなぁ。


「仕方ない……よしよし」


「えへへ……陽花しあわせぇ~」


 嬉しそうに俺に微笑み胸に顔をうずめる陽花……見ているだけで癒される。


「次の方~どうぞ~」


 陽花に見とれているとあっという間に時が過ぎて、順番が回ってきていた。


「はい抽選券です……ほら陽花、五個出るまで回していいみたいだぞ」


「わーいっ!! お兄ちゃん見ててねーっ!!」


 陽花の小さいお手手がガラガラの取っ手を握り、両手を使って真剣な表情で回し始める。


「うーんっ!! あ、出たっ!!」


「六等ですね、はいポケットティッシュどうぞ」


「おお兄ちゃんポケットティッシュだってっ!! すごいでしょっ!!」


「凄いなぁ……ほら残りも回しちゃいなさい」


 陽花は一回一回丁寧に回し、結果を自慢げに報告する。


「六等のティッシュ三つに四等のお醤油が一つ……次が最後だぞ~」


「つぎこそけっこんおんせんりょこうけんだすぞーっ!!」

 

「結婚は余計です……おっ!? この色はっ!?」


「おめでとうございます、温泉旅行券大当たりですっ!!」


 まさか本当に当ててしまうとは思わなかった……なんか本当に正道さんに悪い気がする。


 別の場所へと誘導され手続きを始める……今度の土日を挟んだ三連休、二泊三日でペアご招待とかかなり豪勢だなぁ。


「やったぁっ!! お兄ちゃんさっそくおとまりデートしようっ!!」


「いや期間決まってるし……意外と近いな、今度の週末かぁ」


 休日だから行くこと自体は問題はない……あるとすれば陽花を一人で温泉に入れることが危険だということだ。


(男湯に入れるわけにもいかないし……困ったなぁ)


 伊代音さんに連絡してみたがやはり休暇は取れなさそうだ。


 とりあえずチケットだけ受け取り帰路に付いた。


「うーん、陽花を一人で女湯に入れるわけにはいかないし……今回はあきらめようか?」


「ぶぅーっ!! お兄ちゃんのけちぃっ!!」


「ケチって言われてもなぁ、伊代音さんが駄目じゃぁ他に陽花をお風呂に入れる人が居ないと……」


「やべおねえちゃんとまえにおふろはいったよっ!! おねえちゃんをさそおうよぉっ!!」


 確かに前に一緒に入ってもらったことがある……あの人なら風呂自体は安全だろう。


 だけど油断すればまた変な本を朗読されかねない恐怖があるし、何よりこれはペアチケットだ。


「矢部先輩に自腹を切って着いてきてくれなんて言えないよ……かといって俺のお小遣いじゃ一人分も余裕がないよ」


「そんなぁ~……陽花せっかくお兄ちゃんとおりょこうできるってたのしみだったのにぃ~あてたいみないよぉ」


「わかったよ、一応聞いてみるけど……期待するなよ?」


 俺は矢部先輩へ連絡してみることにした。


『はーい、あなたの矢部稲子でーすっ!! なぁに皆川君、デートのお誘い~?』


「全然違います……矢部先輩って今度の連休空いてます?」


『勿論空いてるよ~、デートのお誘いねぇオッケーだよーっ!! 陽花お姉さまと三人でお出かけデートしよーっ!!』


 どうしてもデートに持ち込みたいらしい……しかも三人でのデートとは本当にあの人は俺の第二夫人を気取っているのだろうか。


「……実は今抽選で温泉旅行が当たりまして、だけど陽花を一人で温泉に入れるわけにはいかず保護者役を募集しているんです」


『えっ!? 本当にお出かけデートなのっ!! い、行くに決まってるよぉそんなのっ!!』


「いやそれが大変申し訳ないんですけどペアチケットなので俺と陽花の分しかなくて……自腹でのお願いになってしまうんですよぉ」


『そ、それは……行きたいけど私そんなにお小遣いないからなぁ……うぅ……が、頑張ってみるけど期待しないでくださいぃ』


 矢部先輩が涙声になる……どう考えても無茶ぶりしている俺のほうが悪いのだが。


「無理しないでくださいね……矢部先輩が無理ならチケットを換金して別のことに使いますから」


『で、できればぎりぎりまで控えててっ!! 私だって行きたいもんっ!! 駄目だったら連絡するから待っててねっ!!』


 どたばたと忙しそうにしながら矢部先輩は通話を終わらせた。


「お兄ちゃんどうだったぁ?」


「保留だって、まあ期待しないで待っていよう」


「うん……だめだったらおいしいごはんでもたべにいこうねぇ、おしょくじデートしよう」


「最初からそれでいい気がするんだけど……とりあえずぎりぎりまで待ってみるかねぇ」


(今度学校で顔を合わせたらきちんと無礼をお詫びして詳しく話してみますかねぇ)


 俺自身元々温泉に行きたかったこともあって、意外に乗り気のようだ。


 何とかならないかと自分の財布と相談しながら俺たちは自宅に向かうのだった。

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