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陽花と矢部先輩の帰宅、伊代音さんは大混乱

「ねえ皆川君、なんかみんなの私への視線が変なのだけれど……どうしたのかしらね?」


「あれだけ暴走していれば警戒もしますよ、というか俺にも話しかけないでくれません?」


「そ、そんなに嫌わないでよ……うぅ……取り巻いてた人たちはどっか行っちゃうし……それ自体はどうでもいいけど普段からそこまで親しい人いなかったから話し相手が減って困ってるのよぉ……相手してよぉ……」


「そんな甘えたような声を出しても駄目です、陽花に迷惑をかける人とは親しくしたくありません」


「そ、そんなぁ……」


 正道さんが隣の席から心底困ったような情けない声を出していた。


 昨日と今朝の暴走で、既に正道さんは今日までに築き上げた名声を全て失って孤独に打ち震えていたのだ。


 現に今も時々後ろ指さされながらひそひそとクラスのあちこちから陰口っぽいのが聞こえてきている……だから、俺は無関係だってぇえのっ!?


「そもそも俺も正道さんの犠牲者なんですよ……戸手に確認したらDV男だとか浮気男だとか薬物で女を言いなりにしてるとかそんな噂ばっかり流れてるみたいなんですよ」


「うぅぅ……まことに申し訳ございません……だ、だけどこのままじゃ皆川君も孤立しちゃうじゃない、だったらいっそのこと二人で仲良くしましょう」


「嫌です……今朝の件で俺の携帯は朝から鳴りっぱなしなんですよ、ほら」


 携帯を取り出して矢部先輩の連絡先で染まっている着信履歴を見せてやる……何回説明しても俺たちの関係を理解してくれない。


「全部が矢部先輩からかぁ……ねえあの人何で陽花ちゃんのことをお姉さまって呼んでるのよぉおおおっ!! 羨ましいじゃないのぉおおおおおっ!! ねえ私も陽花ちゃ……うっ!?」


 もう条件反射だ、気が付けば正道さんの後頭部をぶん殴っている……ほらまたヒソヒソ話が多くなったぁっ!!


「はぅぅ……ごめんなさいぃ皆川君、見捨てないでぇ……この変態女を見捨てないでぇ……」


「泣きつかないで……ああ、俺の青春はどこへ行くのかぁ……」


「青春って……結局あの矢部先輩って彼女なんでしょ? 十分満喫してるじゃないの」


「ち~が~い~ま~す~、俺に彼女なんかいませんっ!!」


 断言してやる、ほら聞いたかクラスメイトども……ああ、今度は女を食い物にしている屑使いされてるぅっ!!


「だけど矢部先輩はあなたに好意を示してたわよねぇ、貴方が応えれば恋人同士になれるんじゃない? 何か不満でもあるのかしら?」


 その指摘自体は正しいと思う、だけど俺は矢部先輩と付き合う気にはなれなかった……デートと称して辞書の感想会やらされそうだし。


(別に陽花が気になってるから矢部先輩の気持ちを受け入れないわけじゃないぞ……いや多分きっと恐らく)


「矢部先輩はいい人ですけど俺にだって思うところはあるんですよ……」


「あんなに美人だし男の人が好きそうな大きいのを持っているのに……あ、ひょっとして皆川君はス、スレンダーな私のほうが好みだったっ!?」


「あはは、死ねばいいのに」


「ぐはぁっ!? し、死ねは言いすぎでしょうっ!? い、今の発言ちょっと恥ずかしかったんだけど……私って完全に女の子扱いされてないのね……うぅ……」


 しくしくと泣き真似をしているが当たり前だと思う……今までのあれこれで女の子扱いしてもらえると思っていたのか?


 しかしかつてのクールで格好いいという表現が似合っていた正道さんの面影はどこに行ったのだろうか……ああ、また俺の影響だとかささやかれてるぅっ!?


「どんどん俺のクラスでの立場が悪くなるんですけど……いい加減にしてくれません?」


「私の立場も急転直下よ……まあ内申点に響かなきゃどうでもいいんだけどね」


「うわぁ……何というブラック発言」


「本音だから仕方ないじゃない……元々、いい大学に行くためだけに頑張ってたんだから」


 そういう正道さんは珍しく暗い様子を見せた……全然似合ってないけどな。


「ふーん、まあどうでもいいんでもう話しかけないでくださいね」


「ええっ!? そこはどうしたんですかーとか話を膨らませるところでしょっ!? ほら学園一の憧れの女性が内に秘めた意外な一面に踏み込むチャンスなのよっ!?」


「自分で憧れの女性とかほざかないでください……俺は化け物の深層心理を研究する趣味はありません」


「あうぅっ!? ば、化け物じゃないもん……女の子だもん……」


 相手をしてられない、俺はHRが終わり次第帰宅できるよう支度を始めた。


「うぅぅ……そういえば、担任の先生遅いわねぇ……このままじゃあ幸人の迎えに間に合わないわ」


「確かに、遅い……何かあったのかな?」


「こうなったら仕方ない、私も幼稚園に迎えに行って陽花ちゃあああああああああああんまっててねぇええええええええっ!! い、今私が会いに行くからねぇえ……えぐっ!?」


 とりあえずぶん殴って落ち着かせる……拳が痛いよ、そろそろ本気で武器を用意したほうがいいかもしれない。


「あうぅ……んっ? 皆川君、ちょっと窓の外見て?」


「窓の外に何が……うぉっなんか教員連中が総出で追いかけっこしとる!? 相手は……と、戸手っ!? も、もう一人はたしか……」


「元オカルト部副代表、現オカルト同好会代表の人見詩里香(ひとみしりか)先輩ね……あの小学生程度の体格は間違いないわ」


 戸手がお姫様抱っこをするように人見先輩を抱えて必死に教員たちの追跡から逃げ回っている……何をしてるんだよあいつはぁっ!?


「今度は何をしているのかしらね……この間は桜の木の根元に死体を埋めて人造七不思議を作ろうとかしてたけど、また続きでもしたのかしら?」


「し、死体ってっ!? え、あ、あいつらそんな危険なことしてるんですかっ!?」


「流石に作り物だったみたいだけどね……本人たちは人造生命体ホムンクルスの出来損ないだって言ってたけど、困ったものよね」


「戸手ぇ~お願いだから危ない橋だけはわたらないでくれよぉ~~」


 俺は窓の外にいる、手の届かない所で厄介ごとに巻き込まれている友人を想って泣いた。


「まあ戸手君にとってはあれぐらい日常茶飯事だから平気でしょう、それより担任も来そうにないし私たちは先に帰りましょう」


「え、いや……いいのかな?」


「私たちは弟と妹の迎えという正当な理由があるのだから大丈夫よ、何なら後で私が伝えてもいいし……生徒会長の許可があるのだから遠慮する必要はないわよ」


「……まあ確かに、陽花を待たせたくはないし帰りますか」


 もう一度だけ戸手に目をやってから俺たちは教室を後にした……どうか戸手が無事に逃げきれますように。


 途中で正道さんが幼稚園に迎えに行くと連絡を入れていた。


 結局一緒に行くことになりそうだ、バス通園を辞めた意味がない。


「み~なか~わ君、一緒に帰りましょ~」


 校門に差し掛かったところで陰に隠れていたらしい矢部先輩が俺の腕に飛びついて来た。


「矢部先輩……わざわざ校門で待ってたんですか?」


「あら、上級生のクラスは先にHRを終わらせていたようね……朝は失礼しました」


「ふん、皆川君こんな女に誘惑されてないで私と一緒に陽花お姉さまをお迎えに行きましょうっ!!」


 強引に俺の腕を絡ませて引っ張って行こうとする矢部先輩だったが、残った腕を正道さんに掴まれてしまう……うお、ものすごい握力だっ!?


「陽花お姉さまってだからどういうことなのよっ!! 説明を求めます説明説明せつめぇえええええええええええええええええええいいっ!!」


「うふふ、お姉さまはお姉さまよぉ……はぁ陽花ちゃんの汚れを知らぬ玉の肌、そこから滴る清純なるエキス……あれを見れたのは私だけぇ~~、そんな関係よぉ」


「煽らないで矢部先輩、お風呂に入っただけですよね……正道さんもこいつが勝手に言ってるだけなんで気にしないでくださいよ」


「よ、よ、陽花ちゃんとお風呂に入った時点でだけってことないでしょぉおおおおっ!! わ、わたしもはいりたいよぉおおおっ!! はぁはぁ……よ、陽花ちゃんのお豆さんを、上にも下にもある可愛らしいお豆さんをゴシゴシちゅばちゅばしたいよぉおおおっ!!」


 ああもううるさい、けど両手を取られてるから殴って止めることもできない……周りの視線が厳しいけどもう慣れました。


「へ、へ、変態さんだぁっ!? み、皆川君こんな女を陽花お姉さまに近づけたら危険だよぉっ!! さっさと追っ払おうよぉっ!!」


「追っ払うどころか息の根も止めておきたいところだけど……こいつさぁ陽花の幼稚園に弟が通ってるんだよ、だから勝手についてくるよ……」


「陽花ちゃぁぁあああああああああんっ!! いま葉月がいくからねぇえええええええええっ!!」


 息を荒くしながら涎を振りまいて髪を取り乱すその姿は妖怪にしか見えない……うわ唾液がこっちに飛んできた、汚えっ!?


「ちょ、ちょっと正道さんっ!? う、腕をつかんだまま人外の速度で走り出さないでっ!? う、腕が抜ける、折れるぅっ!?」


「ま、待ってよぉ皆川君っ!? あ、あああっ!? ま、周りの景色が車に乗ってるみたいに流れてイクゥうう!!?」


「ひゃっはぁああああああっ!! 陽花ちゃんぺろぺろたいむだぁあああああああああああっ!!」


 俺たちは三人連れ立って……いや正道さんの強力な馬力に引き摺られるようにして幼稚園へと向かうことになった。


 お陰であっさりと、驚異的なタイムで目的地に辿り着いてしまう……バスよりずっとはやぁい、けど俺たちボロボロだぁ。


「はぁ……はぁ……や、矢部先輩大丈夫ですか、どこか骨折れてたりしませんか?」


「うぅぅ……服がボロボロだよぉ、制服の予備もう胸のサイズがあわないのにぃ……」


 矢部先輩が俺から手を放し、あちこち破けてしまった制服の隙間を抑える。


 まるで悪い男に襲われた後みたいでエロティック……いたたまれない光景だ。


「陽花陽花陽花陽花陽花陽花陽花陽花陽花陽花陽花陽花ちゃんちゃんちゃんちゃんちゃんちゃんちゃんちゃんっ!! 嗚呼ああああ匂いがするうううぅうううっ!! あ、あっちかぁああああああっ!!」


「ああもう……止まれこの化け物っ!!」


 今にも走り出しそうな正道さんの後頭部にたまたま近くにあった石をぶつけてやった。


「あうぅ……くぅ、また後頭部にぃ……皆川君、私の後ろ髪剥げてきてない?」


「……大丈夫です、言いたくないけど艶やかで綺麗な髪の毛してます」


「あ、そ、そう……ならいいのだけれど……」


「やっぱりお姉ちゃんだ……おにいさんもこんにちわです」

 

 騒ぎを聞きつけたらしい幸人君がトテトテと可愛らしく近づいてくる、そして俺たちに可愛らしく頭を下げる……可愛すぎる。


 ちょっと一瞬だけ連れて帰りたい衝動にかられたのは秘密だ……人さらいの気持ちが少しだけわかってしまった。


「え、えっと皆川君この子は……?」


「このうるさい化け物に似ても似つかぬ弟で優良少年だ……可愛いぞぉ」


「はぅぅ……ねえ、皆川君お願いだから化け物は止めて……流石に傷付くわぁ」


 これ以上ない的確な表現だというのに何を謙遜しているんだろうか。


「えっ!? しょ、少年っ!? お、男の子っ!? うそでしょっ!?」


「ええとはじめましておねえさん、ぼくは正道幸人です……いつもお姉ちゃんがおせわになってます」


「は、はは……は、初めまして矢部稲子です、ちょ、ちょっと失礼っ!!」


「えっあ……うぅぅ……は、はずかしいですからスカートめくらないでください……」


 矢部先輩が幸人君のスカートをめくり上げる、咄嗟に目をそらしたが一瞬映った純白のパンティが眩しい……そこまで女装を徹底させるか変態姉めっ!?


「う、嘘だぁ……皆川君見てよこの下着の似合い具合……絶対女の子だよぉ」


「見れるかっ!! いいから手を放してやれ、痴女かあんたはっ!!」


「ひぅっ!? だ、だってあの人の弟だっていうからどれだけ危険な生き物かと思って……ご、ごめんなさぁい」


「お、おにいさんやべのおねえさんをゆるしてあげてください……ぼくがこんなまぎらわしいかっこうをしてるからいけないんです」


 幸人君が庇うように前に進み出る……本当にいい子だなぁ、どっかの化け物に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


「そういえば幸人、陽花ちゃんと一緒じゃな……よ、陽花ちゃんはどこどこどこなのっ!! よ、呼んできなさいさあ早くぅうっ!!」


「お姉ちゃん、ようかちゃんにはぼくがかえるまでなかにいてもらうようおねがいしてあるからあえないよ……だからおにいさん、ぼくらがかえったあとにおむかえにいってあげてください」


「えぇえええええええええっ!! わ、私会いたいだけなのにそれすら許されないのぉっ!! ただ会って見て挨拶して匂い嗅いで抱きしめて柔らかさをチェックしてキスして味を確認して声を聴きたいだけなのにぃいいいいっ!!」


「五感フル活用して陽花を感じようとしてるじゃねえかっ!! いいから幸人君連れてとっとと帰れっ!!」


 本当に幸人君は出来たいい子だ、それに対してこの化け物はぁ……幸人君が可哀そうで仕方がない。


(家に連れて帰って弟として育てたい……いっそ誘拐してやろうか?)


 ちょっとだけ物騒なことを考えてしまう……陽花と幸人君がいる日常、極楽かな?


「ねえ幸人君、あなたはひょっとして陽花お姉さまの……彼氏なのかなぁ?」


「ううん、ようかちゃんはたいせつなおともだちです……ぼくがすきなのはお姉ちゃんですから」


「陽花ちゃぁああああああんっ!! 陽花ちゃあぁあああああああんっ!! 葉月の声が聞こえてるぅうううっ!! 愛してるわぁあああっ!! 全身舐め舐めさせてぇええええええっ!!」

 

 絶叫している正道さんを見て、矢部先輩はため息をつきながら幸人君に向き合う。


「……念のため聞くけど、あの人が好きなのよね? 他にお姉さんがいるとかじゃなくて?」


「はい……お姉ちゃんはたくさんつかれているだけでとってもすてきなすばらしいひとなんですっ!! ぼくはそんなお姉ちゃんがだいすきだからささえてあげたいんですっ!!」


「うぅ……け、健気っ!? そ、そして物凄くいい子っ!! み、皆川君連れて帰っちゃわないっ!! 絶対そのほうが教育にも精神的にも良いよぉっ!!」


「そんな魅力的な提案しないでください……ほら、幸人君もここは危険だからお姉さんの手を引いて帰りなさい」


 俺は攫って行きたくなる気持ちを何とかこらえながら、幸人君を危険な化け物の元へと押し出してあげた。


「ええい幸人なんかどうでもいいっ!! 陽花ちゃんをだせぇええっ!! 陽花ちゃぁあぐっ!? ごめんなさい、先に帰ります……幸人もごめんね、ほら抱っこしてあげるから帰りましょ……」


 ついでに頭を叩いて正気に戻してやった、正道さんも流石に暴走しすぎた自覚があるようで幸人君を抱きかかえると恥ずかしそうに早足で立ち去って行った。


「幸人君可哀そうだなぁ……あの悪魔の手から救出できないのかなぁ?」


「残念だが彼は脳髄の奥まで洗脳されている、俺たちじゃあとても救い出せないよ……なんて無力なんだろうなぁ俺たちって」


 俺は自らの無力さと幸人君に与えられた運命の残酷さに涙しながら陽花の元へと向かった。


「お兄ちゃん……あいつもうかえったぁ?」


 園内に入ると怯えた様子の陽花がふらふらと近づいてくる。


 どうやら中にまで化け物の大声は聞こえていたようだ、よく見れば園児たちが殆ど泣いていて先生たちがあやすのに必死になっている。

 

 これは正道さんは出禁になるのではないだろうかと心配してしまう……被害を被る幸人君をだけどな。


「陽花もう大丈夫だ、あいつは幸人君が何とか処理してくれたよ」


「うぅ……ゆきとくんかわいそう、こんどおうちにごしょうたいしてみんなであそんであげようよぉ」


「そうだなぁ、幸人君なら家に呼んでも……よ、呼んでも……うぅ……陽花の男友達をお家に……」


 幸人君なら問題はないはずなのに、こうして口にしてみるとどうしても抵抗がある。


「その時は私も呼んでね皆川君、陽花お姉さま久しぶり~」


「あーっ!! やべのおねえちゃんだーっ!! おひさしぶりーっ!! あいたかったーっ!!」


 矢部先輩を見るとその胸に飛び込む陽花、久しぶりって昨日の朝に別れたばかり……今陽花にぶつかった胸が弾んだ、エアバックかな。


「陽花ったら昨日も顔合わせてるだろ……ほら帰ろう、こっちおいで」


「えー、皆川君もう少しだけ抱っこさせてよぉ……何ならうちに寄って行ってよぉ」


「やべおねえちゃんのおうち? わーい、いってみたーいっ!!」


「駄目ですぅっ!! そんな危険な場所よれませんっ!!」


 陽花抜きならともかく一緒に矢部先輩のお家なんか恐ろしくて寄れたものじゃない。


「そ、そんな毛嫌いしなくてもぉ……じゃあいいわよ、このまま皆川君のお家について行っちゃうから」


「やったぁっ!! ようかねぇやべおねえちゃんがおうちくるのたのしみにしてたんだーっ!!」


「うふふ、ちゃんと陽花お姉さまが楽しめそうな本は常備してあるから安心してね」


「誰も家に招待するとは言ってません、陽花も無邪気に喜ばないの……今日はお家に伊代音さんがいるだろ」


 話しながらも自転車に陽花を載せて、矢部先輩と歩き出す。


「そうだったねぇ、きょうはあのおにばばがいるんだ……お兄ちゃんいまのうちにちゅーしておこうっ!!」


「どうしてそうなるの……あと言葉遣い悪いよ陽花、伊代音さんにまた怒られるぞ」


「鬼婆? 伊代音さん? ま、まさか皆川君って正道さんといい化け物系女子が好みなのっ!?」


「全く違います、違うよ……違うと思う多分……違うはず、違うよね?」


 少し考えて俺の周りにいる女子はどいつもこいつも化け物っぽいことに気が付いて凹む。


(陽花も危険だし、矢部先輩もやばいし正道さんは論外だろ……俺って化け物コレクターだったのかなぁ)


「と、とにかく……伊代音さんは俺の義母です、陽花の実母だけど俺が陽花を甘やかしすぎたせいで色々と説教が多くなって……」


「ふんだ、陽花とお兄ちゃんをしかるおかあさんなんかきらいだもんっ!!」


「……でも叱ってくれるってことは見ているってことで愛情があるからだよ多分、全く見られないより全然マシ……羨ましいな」


 儚げに笑う矢部先輩だが、どこか痛々しい……家庭環境で何か抱えているのかな?


 よくわからないが外部の人間が勝手に干渉していい問題じゃないだろう、少なくとも向こうから助けを求めてくるまでは。


 だから今の俺に出来ることと言えば……分かる範囲で矢部先輩がしてほしいことをしてあげることぐらいだ。


「はぁ……矢部先輩、ちょっとだけですよ」


「えっ……?」


「陽花、少しだけ矢部先輩をお家に招待しようか?」


「うんっ!! お兄ちゃんだいすきーっ!!」


「あ、ありがとーっ!! 私も皆川君たちだいすき―っ!!」


 自転車を押している俺に抱き着こうとする矢部先輩……危ないので止めてほしいです。  


 いつもの調子に戻った矢部先輩と陽花を連れて、俺は家に帰宅した。


「ただいま帰りました」


「ただいまぁ~」


「お、お邪魔します……」


「おかえりなさい、結構早かったわね、そちらの方は……ってなんで二人とも服がボロボロなのっ!?」


 すっかり忘れていたが俺たちの格好はどこぞの化け物のせいであちこち破けまくっていた。


(なんて言おうか……けどよかった、伊代音さん大分調子戻ってるみたいだな)


「ちょっと色々ありましてそれでこの人は……」


「初めましてお義母様、私は陽花お姉さまに皆川君の第二夫人に任命されました矢部稲子と申しますっ!! 以後御見知りおきくださいっ!!」


「は……はぁ……はぁあああっ!?」


 伊代音さんはあっけにとられた後、よく理解してない声を上げて……少ししてようやく言葉を受け入れたようで激しく動揺し始めた。


「や、矢部先輩何言ってるんですかっ!?」


「ふぅ、どう陽花お姉さま……完璧なご挨拶できたかな?」


「うん、かんぺきだよっ!! さすがやべおねえちゃん、かっこいいーっ!!」


「お、お姉さまっ!? 第二夫人ってねえ石生君どうなってるのこれっ!? ねえどうなってるのよこれっ!? あ、あなたを信じた私の目は節穴だったってことっ!? 二股なのっ!? 二股をしているのっ!? どうなってるのよっ!?」


 必死の形相で俺の首根っこをひっつかんで振り回す伊代音さん、すさまじい怪力だ……鬼婆に見える。


「ママ、ふたまたじゃないよぉ……だって陽花がせいさいだもんっ!! もんだいないでしょ?」


「何も問題ないよねぇ陽花お姉さまぁ……というわけですので私たちの関係を認めてくださいお義母さまっ!!」


「問題しかないでしょぉがぁああああああっ!!」


「……だよねぇ、やっぱり」


 伊代音さんの常識的な言葉に俺は素直にうなずくのであった。


 しかしこのまま玄関で立ち話をしても仕方がない、俺はみんなを引き摺るようにして何とか食卓へと移動する。


「どうなってるのねえっ!? どういうことなのねえっ!? どうしたらこうなるのねえっ!? どうしてこうなってるのねえっ!?」


 食卓に付いた後も伊代音さんの暴走は止まらない……いやこれが正常な反応なのかもしれない。


(俺が変人たちと関わりすぎて感覚がマヒしてるのかなぁ……)


「ねえねえ、お義母さまって……ちょっと変わってる人?」


「普段はこうじゃないんですよ、多分」


「そこ、こそこそ話をしないっ!! いいからちゃんと説明しなさいっ!!」


 バンバンと食卓を叩いて催促される……余り行儀がいいとは言えませんよ、陽花に悪影響を与えてしまうなぁ。


「陽花おなかすいた~、ママごはん~」


 実際に陽花も机を手のひらで軽くたたき出した、音が小さくて手の動きがチマチマしていて実に微笑ましい。


「だから何を見てるの石生君っ!! はい、こっち見るっ!! 陽花も我儘言わないで事情を説明しなさいっ!!」


「我儘というか、そろそろ食事の時間ですよ……とりあえず俺が何か作りましょうか?」


「良いからあなたたちの関係をわかりやすく説明しなさいっ!!」


「わかりましたお義母さま、じゃあ私が長年の読書で身についた完璧な論法で的確かつコンパクトにまとめた素晴らしい我らの関係性を見事に装飾して発表して御覧に入れる次第でございまするっ!!」


 今の発言だけで全く完璧な論法とやらが身についてないと分かる……コンパクトにまとめるんじゃなかったのか?


「あなたは、矢部さんでしたよね……じゃあ聞かせてもらいましょうかあなたたちの関係をっ!!」


「えぇ語らせていただきます、私たちの半生を……そしてこれから歩む栄光に満ちた素晴らしい将来設計についてを……」


「将来設計は余計だと思いまーす」


「はーい、陽花もかんぺきなしょうらいせっけいがあるからきいてくださーいっ!!」


 伊代音さんが話を聞く前から額に血管を浮かべて今にも倒れそうな表情をしている……最後まで持つかなぁ。


「陽花のしょうらいせっけいはねぇ、お兄ちゃんにたのまれてけっこんしてあげちゃうのっ!! そしてねえみんなのまえでちゅーするのぉっ!! きゃーーいっちゃったぁっ!! お兄ちゃんいつでもいいよっ!!」


「あはは……いい加減にしないとお尻ぺんぺんしちゃうぞー」


「陽花お姉さまぁ、そこに私も加えてよぉ……」


「うーん、じゃあお兄ちゃんがどうしてもひとりにえらべません、ふたりともぼくをしもべとしてつかってくださいって……」


 誰が言うものか、というか伊代音さんが限界だ。


「誰が将来設計を語れと言ったのよぉおっ!! 私が聞きたいのはあなたたちの関係よっ!! 何で石生君と同い年の子が陽花をお姉さまなんて怪しい呼び方してるのかよぉっ!?」


「えぇ~同い年に見えちゃいますぅ、聞いた皆川君……私たちお似合いだってぇっ!!」


 凄まじい飛躍っぷりだ、やっぱり矢部先輩の頭もかなりいかれているようだ。


「ぶぅ……陽花だっていずれおおきくなればおにあいになるもんっ!! そしたらお兄ちゃんは陽花のびぼーのまえにめろめろになっちゃうんだからねっ!! いまのうちがちゃんすなんだからねっ!!」


「やだなぁ陽花お姉さまったらぁ、もうとっくに皆川君はメロメロだよぉ……これ以上メロメロになったらメロメロメロンになっちゃうよぉ」


「メロンすきーーっ!! ママメロン食べたいーーっ!!」


「時期が違うでしょぉっ!! じゃなくてぇえええ……石生君なんとかしなさいよこれっ!?」


 どうして俺にいうのだろうか、一体俺のどこに責任が……ああ矢部先輩みたいなやばい奴に同情した愚行の罰かぁ。


「はぁ……えっと、とりあえず二人とも黙っててね」


「えー、お兄ちゃんは陽花のおはなしききたくないのぉ?」


「皆川君は私とお話しするの嫌なのぉ?」


「ちょっとの間だけですよ、黙っててくれたらなんで……可能な範囲でお願いを聞いてあげますから」


「「はーい」」


 うん実に素直だ、いい子たちだなぁ。


「ええと、それで伊代音さん……簡単に俺たちの関係を説明しますとね」


「ええ……ああ、ようやく話が先に進むわぁ」


「関係性を説明しますと……矢部先輩は俺の部活の先輩で陽花は俺の義妹なんですよ」


「そんなことどうでもいいのよっ!! というか陽花のことはよく知ってるわよっ!! 私が知りたいのは陽花と矢部さんの関係っ!!」


 二人の関係と言われても困る、はっきり言ってそんな大した関係性ではない……勝手にお姉さまとか言い出しただけだからなぁ。


「うーん、強いて言うなら一緒にお風呂に入って一緒に寝て、一緒にご飯を食べた関係ですかねぇ」


 というか他に何もしていない……流石にエロ本の朗読は危険だから伝えるのは止めておこう。


「それって……同棲生活のことぉっ!? 石生君は私たちが居ない間に女性を連れ込んで……しかも陽花を巻き込んで男の欲望を爆発させてたというのっ!!」


 字面だけ並べると確かに共同生活と言われても納得しそうだ……だけど俺まだ色々と未経験で大人じゃないんですよぉ


「するわけないでしょう……俺のこと信じてたんじゃないんですかぁ?」


「信じたいけど信じれるわけないでしょうこんな状態でっ!?」


「……ふふふ、良かったねぇ皆川君」


「何がですか……というかこの状態のどこが良いのでしょうか?」


 矢部先輩が本当に、羨ましいものを見るような目で俺たちを見つめてくる。


「こんなに明け透けに言いたいこと言い合って……一応義理なんでしょ、なのに普通の家族みたいですごく素敵」


「……これが普通なんですかねぇ?」


「だってかぞくだもんっ!! ふつうだよぉ……ねえママ」


「うぅ……普通になりたいわよぉ、どうせ私が教育の行き届かないダメ親なのよぉ……」


 ついに伊代音さんが泣き出してしまった……俺たち二人を養っている立派な親だと思うのに卑下しすぎだと思う。


「私の家なんか……実の家族なのにね、皆バラバラで私は小さいころから読書に逃げるしかなかったから本当に羨ましい」


「……好きだから読書はしてるんでしょ」


「そうだけど、それ以上に現実逃避だよ……じゃなきゃ時間がつぶせるからって理由で何度も辞書を読み返したりしないよ」


 正論だった……やっぱり矢部先輩でも辞書を読むのは嫌だったんだなぁ。


「意外と読んでみると面白いんだけどね辞書……陽花お姉さまも読んでみる?」


「あたまいたくなりそうだからやぁ~」


「大丈夫だよ、私がわかりやすく朗読してあげるからっ!!」


 辞書をわかりやすく朗読……逆に気になるがどうせこの人のことだからグダグダになるのが目に見えている。


「それより陽花ねぇ、このあいだのほんのつづきがきになるのぉ」


「あれはもう忘れる約束だよねぇ陽花さん?」


「だって……残念だけど諦めよう陽花お姉さま、代わりに面白い本を持ってきたからみんなで読もうね」


 そういって一冊の本を取り出す矢部先輩、カバーが掛かっててタイトルなどは読み取れない。


「ほら皆川君も……お義母さまも近づいて一緒に読みましょう?」


「まあ、変な物じゃなければ付き合ってもいいですけど」


「うぅ……もう好きにして頂戴」


「わーい、よんでよんで~っ!!」


 俺たちに密着された矢部先輩は、本当に幸せそうに笑った。

 

「えへへ、勝手なこと言うけど家族の団らんに混じれたみたい……ありがとう皆川君、じゃあ読むね」


 別に俺は何かしたわけじゃない、けど矢部先輩の満足そうな笑顔を見れたのだから良しとしよう。


「『お姉さまは狼女っ!? 欲情の蜜月に濡れる夜』始まり始まり~」


「ふざけんなっ!!」


「止めなさいっ!!」


「ふぇえっ!?」


 俺が矢部先輩の頭を小突き、伊代音さんが本を取り上げた。


「うぅ……痛いよぉ、どうしてこんなことするのよぉ」


「当たり前ですっ!!」


「そ、そうだよぉ……おおかみおんながでちゃうほらーなおはなしは陽花もやだよぉ」


 そっちの知識がない陽花は怖い話だと思ったようで震えている……ああ汚れを知らぬ俺の天使ぃいいいっ!!


「ホラーじゃないよ、むしろ享楽的というか快楽的というか気持ちのいいお話なんだよっ!?」


「説明すんなぁあっ!! そもそも親の前であんなもの朗読……あれ、伊代音さん?」


「…………っ」


 伊代音さんは真っ赤になりながら取り上げた矢部先輩の本をめくって……食い入るように熟読してるぅっ!?


「あ、あの本は何なんですかっ!?」


「かの有名同性愛作家である道正愛さんが文字通り全てを注ぎ込んで完成させた一品なの……大抵の乙女ならあれを読んで転ばないはずないんだからっ!!」


「伊代音さんっ!! 読むのやめてぇえええっ!! こっち側にカムバックぅっ!!」


「……はぁんっ」


「ま、ママ~~っ!?」


 ついに限界を迎えたっぽい伊代音さんが気絶した……なんか最後の吐息色っぽかったんですけどぉっ!?


 仮にも経験豊かなはずの大人の女性をもKOする威力を持った魔本……恐ろしい。


「こ、これは没収しますっ!!」


「そんな汚いものを持つようなつまみ方しないでよぉっ!! 物凄く貴重な一品なんだからねっ!!」


 だって下手に頁を開いたら俺もどうなることか……鞄に厳重に締まっておこう。


「恐ろしすぎるわっ!! それより矢部先輩、ちょっと伊代音さんをベッドに運ぶのを手伝ってっ!?」


「えぇっ!! ぎ、義母をベッドに運び込むとかぁしかもそれを同年代の女子に手伝わせるとか……皆川君ったら肉食系すぎるよぉっ!!」


「何でそうなるんですかっ!! 単純に介抱するだけですよっ!! ほら足を持ってっ!!」


「おきてよぉママ~~おなかへったよぉ~~」


 陽花が無邪気に縋りつく……他に何かないんですか?


 伊代音さんをベッドに放り込みながら、俺は凄まじい心身の疲労を癒すべく陽花に何かしてもらおうと思った。

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