矢部先輩と正道さんの衝突
「じゃあ後はお願いします……陽花、先生の言うことをしっかりと聞くんだよ?」
「はーいっ!!」
自転車で幼稚園まで陽花を送り届けた俺は先生に後を頼むと徒歩で学校へと向かう……学校には駐輪場が無いからなぁ。
時計を確認したが恐らく到着はぎりぎりになるだろうが遅刻はしなくて済みそうだ。
(ま、まさか背中を舐められるとは……勘弁してくれよ陽花よぉ……うぅ……朝から大疲労だよぉ……)
しかしこれからは毎日がこうなるのだ……早く慣れないと、じゃなくて早く何とかしないといけない。
「あれ、皆川君だ~おはよ~」
「や、矢部先輩っ!? ど、どうしてここにっ!?」
「どうしてってここは私の通学路だよ~、皆川君こそどうしてこっち側にいるの……ああ、さては私に会いに来てくれたのっ!?」
「全然違います、近くに陽花が通う幼稚園があるんですよ……ちょっと訳ありでこれから送り迎えすることになりましたので……」
まさかの人物の登場に驚きが隠せない……矢部先輩の家ってこの辺にあったのかぁ。
「え、陽花お姉さまの幼稚園がっ!? あそこかぁ……ねえねえ皆川君、帰りに休憩がてらに私のうちに寄ったりしない?」
「しません、家事が忙しいので」
「じゃあ私が代わりに迎えに行ってあげようか? 何なら朝でもいいから家に寄って行かない?」
「行きません、今だって結構早く起きてギリギリなんだから……矢部先輩だって遅刻ギリギリじゃないですか」
一体家に寄らせて何をしたいのだろうか……危険な書物が大量にありそうだしとても陽花を連れて寄るわけにはいかない。
「もう皆川君ったら意地悪なんだからぁ……ふふ、でも次からはこの時間にここを通って学校に行くのよね?」
「まあ基本的にそうなりますよ」
「じゃあこれから毎日一緒に登校できるんだね……えへへ、ちょっと嬉しいなぁ」
可愛らしく微笑んで言われると流石にドキッとする……少し胸部も揺れてもうちょっとドキッとする。
「そうなるかもしれませんね……矢部先輩が嫌でなければ」
「私が皆川君と並んで歩くのを嫌がると思う? そういう皆川君は私と一緒に通うのは嫌じゃない?」
「……嫌なわけないでしょう」
どうしても顔を向けることができず正面を向いたまま答えた……多分熱を感じるから俺の顔は少し赤くなってると思う。
「ふふふ、それはよかったなぁ……ねえ、折角だし腕を組んで歩いてみない?」
「勘弁してください……最近ただでさえ変な噂が立って困ってるんですよ」
「変な噂……何かあったの?」
矢部先輩が不思議そうに尋ねてくる……知らないのだろうか、いや俺も詳しくは知らないけど。
「色々ありまして……知らないんならいいんですけど」
「えー、皆川君のことなら何でも知りたいなー」
顔を覗き込みながら言わないでほしい……矢部先輩は自分の魅力を少しは自覚してほしい、こっちは鼓動が高まって仕方がない。
「とにかく腕を組むのは無しで……あれ、なんか校門のところに人が居ますね?」
「ああ、あれは生徒会の人とか先生とか……要するに遅刻を取り締まるために待機している人たちだよー」
時間ギリギリに登校したことがないから知らなかった、校門の脇に待機して遅刻になった生徒をせき止めるのだろうか。
その中に腕を組んで凛々しい表情で通学する生徒を見守る正道さんの姿を見つけてどきりとした……な、なんで昨日の今日で立ってられるんだっ!?
「あら皆川君じゃない、こんな時間に通学なんて珍しいわね……おはよう」
「おはようございます……怪我は大丈夫だったんですか?」
「一応かかりつけの医者に診てもらったけどやっぱり軽度の筋肉痛だそうよ、全くあなたといい幸人と言い心配性なんだから」
「ソウデスカー、オオゲサデシタカー」
車にひかれて無傷とかやっぱりこいつ化け物だ、もう関わりたくねぇ。
「おはよーございます生徒会長……皆川君お友達?」
「あはは、お友達とは言いたくないです」
どちらかと言えば敵だろうか……それも絶対に倒せない避ける系の厄介な奴だ。
「おはようございます……確か矢部稲子先輩でしたよね、何故皆川君と一緒に登校しているんですか?」
「……いや同じ部活の先輩だし、陽花の通う幼稚園があっちだから送り届けた後でたまたま合流しただけですよ」
「幼稚園への送り迎えって私のせいよね……いや昨日もだけど本当にごめんなさい、私の欲情の発散に夜中まで付き合わせた挙句だものね……」
正道さんその発言はわざとでしょうか、ほら周囲がざわついてますよ……不純異性交遊じゃありませんよぉ。
「み、皆川君っ!? よ、欲情の発散って……私と陽花お姉さまというものがありながら何してるのっ!? い、いやらしいっ!?」
「矢部先輩全力で誤解……」
「よ、陽花お姉さまっ!? な、何どういうことっ!! あ、あああああなたあの汚れを知らぬ純白の化身であり究極の美を体現する純然たる芸術の極みともいえる陽花ちゃんにな、何をしたっていうのよぉおおおおおっ!!」
スイッチが入ってしまったようだ、暴走する正道さんの姿に生徒会の面々と先生が困惑している……矢部先輩は何でそこで得意げに胸を張るんですか、揺れてますよ。
「聞きたい~、え~言っちゃっていいのかなぁ~一緒にお風呂入ってエッチな本を朗読した仲だって言ったらまずいかなぁ皆川君?」
「……全部言ってるじゃないですか」
「おーーーーーーーーーーふーーーーーーーーーーーーーーーーーーろーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!! エロエロエロエロエロエロ本本本本本本本本……あああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
「雄たけびを上げないで正道さん……うぅ……朝からどうしてこんな目に……俺が何をした……」
皆が俺を指さしてあいつがまた何かしたんだって言ってるのが聞こえるよぉ……俺何も悪くないよぉおおっ!!
「しゃあああああああああああああっ!! こぉおおおおおおのおおおおおめすいぬがぁあああああああああああっ!!」
「うるさいわねっ!! 雌犬はあなたのほうでしょっ!! 私たちの皆川君に何したのよぉっ!?」
突撃した正道さんの顔面に百科事典をぶつける矢部先輩……だけどそいつそれぐらいじゃ止まらないんですよ。
避けるまでもないとばかりに正面から辞典を弾いた正道さんのタックルを避けさせるべく、矢部先輩を強引に引き寄せる。
ぶつかる対象を失った正道さんは頭からブロック塀に激突……いや、勢いを生かして身体を翻し側面に着地しただとっ!?
そして壁を蹴り上げて再加速するとまたしてもこちらに突っ込んでくる……人間の動きじゃないよぉ。
「皆川君、やっちゃえっ!!」
「無理っす」
腕の中に抱きかかえた矢部先輩が囃し立てるがあんな化け物に敵うはずがない、出来ることは何とか矢部先輩を抱えたまま地面に飛び込んで避けることぐらいだ……服越しに皮膚が地面と擦れてめっちゃ痛いわ。
正道さんが今度は校門のゲートへと正面からぶつかりそのフレームを大きく歪めた……あれ鉄製だよねぇ?
「しゃぁあああああああああああっ!! 陽花ちゃんのていそおかえせえええええええええええええっ!!」
叫びながら校門のゲートを素手で握りつぶし、引きちぎりながら体勢を立て直している正道さん……もう何も言うまい。
「失礼なこと言うな、陽花はまだ汚れてませんっ!!」
と思ったけど反射的に叫んでしまった、陽花に不名誉な噂を立てられるわけにはいかないからね。
「あらら、これは……すごい騒ぎだね皆川君」
ちょうどそのタイミングで登校してきたらしい戸手が俺と正道さんの間に割って入ってくる。
「と、戸手……駄目だここは危険だ離れるんだっ!! お前までこんなことに巻き込まれる必要はないっ!!」
「ありがたいなぁ皆川の言葉はいつだって僕に染み入るよ……だけど僕は皆川を見捨てるような真似だけはできないんだ」
いつも通り優しく微笑むと地面に倒れている俺たちの盾になるようにあの化け物に立ち向かう戸手……し、死なないでくれっ!!
新たな乱入者を睨みつける正道さん、口から垂れる涎が地面に触れる度に何か変な音を立てて煙を上げている気がするが勘違いだと思いたい。
「……えいっ!!」
腰をかがめ今に突進せんとしていた正道さんに向かい、戸手はポケットから白い紙の束を出すと目の前に放り投げた。
「ってなんだあの陽花の隠し撮りっぽい写真集はっ!! 戸手お前これなんだよっ!!」
「よく見てよ、ただの編集画像だよ、昨日の正道さんの暴走っぷりを見ていて止める手段をと思ってね……ほら効果的に食いついてるよ」
正道さんはヘッドスライディングするように写真に飛びつき、犬が匂いを嗅ぐときのように上半身を地面に這いつくばらせて一枚一枚を精査し始めた。
「ヨウカチャン、ヨウカチャンノナマキガエシャシン……チガウスタイルガチガウゥウウウっ!! うっ!?」
戸手は近くに落ちていた百科事典を拾って振りかぶると正道さんの後頭部に思いっきり叩きつけた。
「二十回ぐらい叩けば平気かな……よいしょっとっ」
笑顔のまま何度も何度もまるで作業のように人の頭に辞書を振り下ろす戸手君……妙に手慣れてませんか、というか怖いんですけど。
流石の正道さんもついに沈黙すると、ゆっくりと頭と手が地面に落ちて動かなくなる……なんかお尻を突き上げた土下座っぽい体制になっててエロくない?
「ほら今のうちに通過しよう……この程度じゃもって五分というところだからね」
「お、おう……」
戸手がちょっとだけ恐ろしく感じてしまった……それ以上に頭部にあれだけの攻撃を受けながらも既に指がピクピク動き出し今にも再起動しだしそうな正道さんも恐ろしいが。
「う、うん……あの戸手君、辞書返して……」
「使いやすい辞典をありがとうございます矢部稲子先輩、さあ予鈴もなってることだし教室に急ごう……皆さんも早くいきましょう」
周りであっけにとられて動けないでいる生徒たちに声をかける戸手……ああ本当に修羅場慣れしてるんだなぁ。
俺ももっともっと頑張らないといけないなと思った、そんな朝だった。
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