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伊代音さん崩壊

「ほら、起きなさい石生君……陽花もお寝坊さんしたら駄目よ」


 優しく温かい声をかけられて俺は目を覚ました……いつ以来だろうか、目の前に陽花の顔が広がらない朝は。

 

 どうにも落ち着かなくて手元にいる陽花を探してしまう、寝ぼけ眼を擦る可愛らしくも新鮮な姿の彼女を求めてしまう。

 

「おはよう陽花、よく眠れたか……っ!?」


「お兄ちゃん……んちゅーっ」


 隙を見せた、というより陽花はまだ夢見心地のようで自然な動作で近づかれて口づけを避けきれなかった……習慣になりすぎてて避ける気がなかったのかもしれない。


「こら陽花っ!! ママの前でお兄ちゃんとキスしないっ!!」

 

「んにゃぁ……はぅ……あれ、ママとお兄ちゃん……おはようございましゅ……すー……」

 

「陽花、もう朝だよ……ほら起きようね」


「はぁ……あのねぇ、石生君優しすぎよ……そんな調子でこれからどうするのっ!?」


 伊代音さんに怒鳴られてしまうがこんな可愛い子にどうして厳しくできるのか……大声が入らないよう咄嗟に陽花の耳を抑えてしまった。


(伊代音さんが厳しくしてくれるから俺が指示する必要がなくなって……甘やかしモードに入ってるな俺)


「いや、わかってはいるんですよ……本当に、ほら陽花起きようね?」


「はぅぅ……あれぇ、お兄ちゃんが起きてるぅ……おはようのちゅーしないとぉ……」


「さっきしたよ陽花、ほら起きてご飯を食べにいこうね……」


「ああもう、石生君どいてっ!! ほら陽花顔洗ってしゃきっとするっ!!」


 しびれを切らした伊代音さんが陽花の腕をつかみ強引に抱え上げると洗面所へと向かって行った。


「い、いたぁああいっ!!? な、なになんなの……お、お兄ちゃんたすけてぇえっ!!」

 

「ごめんよ陽花、お兄ちゃんにはどうすることもできないんだ……ご飯作っておくからさ」


「もうご飯ならできてるから先に食べておいてちょうだい、陽花の目を覚まさせたらすぐ行くから」


 洗面所のほうから伊代音さんの声が聞こえてくる。


 実際に食卓へ向かってみるとしっかりと朝食が準備されていた……何もしなくても用意されているホッカホカの手料理、幸せだなぁ。


「じゃあお先にいただきます……ああ、美味しいなぁ」


 陽花の準備に関わらずゆっくりと食べる食事はとても美味しく感じた……けどどうにも落ち着かない。


「お、お兄ちゃぁん……おにばばがいじめるぅ……」


「陽花ったらどこでそんな言葉遣い覚えたのっ!! ほらさっさとご飯を食べなさいっ!!」


「うぅぅ……お兄ちゃん、あーんっ」


「はい陽花……あーんっ」


 陽花が口を開いたので反射的に食事を切り分け口へと運んでしまう。


「何やってるのよっ!? 石生君、ひょっとして毎日食べさせてあげてるのっ!?」


「い、いや陽花が一人じゃ食べれないって言うから……」


「食べれるでしょっ!! 陽花ったら何甘えているのっ!!」


「うぅぅ、たべれないもんっ!! お兄ちゃんがたべさせてくれなきゃたべないもんっ!!」


 お義母さんのとても厳しい叱咤が飛ぶ……俺も何度も言い聞かせていたけれど比べ物にならない迫力だ。


 陽花の抵抗も激しい、どうしても俺に食べさせてもらいたいようだ……まあこれは俺が助長したようなものだから、何も口出しできない。


「じゃあ食べなくていいわ、我儘言う子は知りませんっ!! 石生君も甘やかしすぎっ!! ちょっと問題よこれはっ!!」


「うぅ……す、すみません、だけどバスの時間に……あ、そうだ今日から自転車で送り迎えするんで早めにしないとっ!?」


「どうしてバスを辞めたのよ? 確かちょうど石生君の通学時間にぴったり合うからって始めたのに何かあったの?」


「そ、それが……その……」

 

 どう伝えたらいいのだろうか、モンスターが居るからと言っても信じてもらえそうにない。


「まさかそれも陽花の我儘を聞いてあげてるんじゃないでしょうね……?」


「ちがうもん……こわいのがいるんだもん……うぅ……」


「本当にこればっかりは陽花の我儘じゃないです、俺が身の安全を考えた結果こうすることにしたんです……だから早く食べさせないと」


「身の安全って……何があったのよ?」


 話したら通じるだろうか……車に引かれても生きている化け物ストーカーに狙われてます、なんて絶対に嘘だと思われるな。


「と、とにかく陽花今日は我慢して食べなさい……こ、今度伊代音さんが居なくなったらまた食べさせてやるからさ」


「う、うん……陽花かんばる……あのかいぶつにはにどとあいたくないもん……」 


「私が居なくても食べさせちゃ駄目よ、甘やかさないで……あと怪物って何なのよ?」


 不安半分疑心半分で伊代音さんがつぶやくが、俺たちは何も言うことができなかった。


「まあそれはともかく……陽花、お食事上手だねぇ」


「きょ、きょうはたまたまちょうしがいいからたべれてるの……ほんとうはたべれないんだから」


「分かってるよ、ただ食べ方が上手いから見てて楽しいなって思ってね」


 小さい指を滑らかに動かしながら小さい口に運びチマチマ食べる、傍から陽花の食事をまじまじと観察するのは初めてだったがこんなにも可愛らしいとは。


「えへへ、陽花のおしょくじしてるところそんなにすてき? ならゆっくりみてていいからねぇ」


「……はぁ、私はちょっと石生君のシスコンをなめてたみたいね……重傷だわこの子……」


 伊代音さんはそう言うが俺からすればレアな陽花のお食事シーンなのだ、ぜひとも瞼に焼き付けておきたい……食べさせなくていいから時間も余ってるし精神的余裕もあるからね。


「だからいってるでしょ、お兄ちゃんは陽花のみりょくにめろめろだって……ごはんおわったよー」


「よし次は歯磨きだね……一人でできるかい?」


「きょうはがんばるーっ!! あしたからまたおねがいねーっ!!」


「きょ、今日はって石生君……ああもう、私の頭がおかしくなりそうだわ……」


 伊代音さんが頭を抱えている、体調でも悪いのだろうか。


 とにかく俺も歯を磨く必要がある、洗面所で並んで歯を磨きながら陽花の歯磨きシーンを観察する。


 小さいお手手で歯ブラシを維持するために両手でしっかりと握っている……可愛い。


 両手でお口の中を左右にゴシゴシして時々プニプニほっぺが膨らんだりしてる……愛おしい。


「ぐじゅぐじゅぺー……はみがきできたーっ!! おにいちゃん、いーっ!!」


「どれどれ……よし綺麗だ、後はお着替えだね」


「ま、まさか……石生君これも……」


「じゃあきがえてくるねーっ!!」


 自然な動作で走り去っていく陽花を見送り、俺は本来陽花の歯磨きに使う時間で洗濯物を洗ってしまうことにした。


 しかしやはり伊代音さんが額を抑えていて、頭痛でもしているのか気になってしまう。


「どうかしました伊代音さん?」


「……お着替えは自分でするのねあの子」


「ええ、お着替えとお風呂とトイレは恥ずかしいみたいで……だけど着替え終わったら可愛いって言ってあげないとお色直しが始まって大変なんですよ」


「……私は石生君に謝らなきゃいけないのか叱らなきゃいけないのかわからなくなってきたわ、ああ継母ってつらいわぁ」


 何故か嘆いている、何か辛いことでもあったのだろうか……俺も義母の扱いがよくわからなくて困っているのだが。


「とにかく洗濯機回したら俺も出発の準備しますけど、伊代音さんは今日どうするんですか?」


「一応今日はお休みだから家のことを片付けようと思ったんだけど……はぁ、なんかとてつもなく疲れたわ……」


「わかりますよ、陽花と一緒にいると俺も疲れますからねぇ……そういう時は陽花の可愛い姿を思い浮かべるとすっと気持ちが楽になりますよ」


 陽花によって与えられた精神的疲労を、陽花の可愛らしさで癒す……当たり前のサイクルじゃないか。


「石生君たら、完全に脳がやられてるわ……ある意味このシスコンは私が陽花の世話を押し付けたせいなのよねぇ……うぅ……こんなのもう認めるしかないじゃないの……ああ昨日偉そうなこと言った私の馬鹿っ!!」


 本当にどうしたのだろうか、伊代音さんは昨日の余裕がどこかに行ったかのように取り乱している。


「えっとよくわからないけど家にいるのなら悪いんですけど洗濯物とか家事お願いしちゃいますね、陽花と一緒にいるとついつい一週間分たまっちゃって休みの日にしかできなくて困ってたんですよ」


「……ねえ、あの私たちが単身赴任してる間当たり前だけど石生君が全部家事してるのよね?」


「まあ陽花にはちょっと危なくてさせたくないですし……それが何か?」


 伊代音さんが何か絶望的な表情をしている……やっぱり体調不良なのでは?


「陽花に毎日朝ご飯を作って食べさせて歯を磨いて着替えてる間に家事をして着替えが終わったら自転車で幼稚園まで送り届けて、学校が終わったら迎えに行って晩御飯も作ったら食べさせてお風呂も準備して……夜も一緒に寝てるのよね?」


「たまには一人で寝ることもありますけどまあほとんどは寝てますね、昨日見せた通り腕枕して頭撫でてあげるとすぐ寝るんですよ」


「それで休みの日は溜まった家事を片付けて……あ、あなたの自由時間はひょっとして陽花がお風呂に入ってる間だけ……かしら?」


「いやあ陽花と一緒にいること自体俺が好きで選んでるんですから全部が自由時間ですよ……それにお風呂の間もちゃんと溺れないように近くにいますから安心してください」


 伊代音さんの心配を解消するようにはっきりと告げてやる……俺が陽花から目を離すわけがないじゃないか。


「……ごめんなさいっ!! 24時間陽花に尽くしているお方にろくに面倒も見ていないダメ親が偉そうなこと言ってしまいましたぁっ!! 陽花のことよろしくお願いいたしますぅううっ!!」


 何故か土下座された……伊代音さん本当にどこか悪いみたいだなぁ。


「お兄ちゃん、陽花おきがえできたよー」


 廊下の向こうから陽花の声が聞こえてきた。


「ごめんごめん今行くー、じゃあ今日は家事のほうお願いしますね」


「はいお任せください、ですから石生君……いや石生さんは今日ぐらいは羽を伸ばしてくださいぃいいっ!! うぅ、私と陽花がこの子を壊してしまった……ああ、ダメ親な私っ!!」


「あの、体の具合が悪いなら余り無理しないでくださいね……俺もそれなりに家事出来ますし伊代音さんは久しぶりの休みなんだからゆっくりしても罰は当たりませんよ?」


「ああ、歪んでるのにいい子……会ったばっかりのころは常識もある普通のいい子だったのにっ!! うぅう……あなた、ごめんなさいぃいいっ!!」


 走り去ってしまった、本当に大丈夫だろうか?


「お兄ちゃん、ママになにかいってくれたの……なかよくするようにいわれたよ?」


「うーん、どうも体調がよくないみたいだね……今日は余りショックを与えないようにしようね」


「わかったー、お兄ちゃん陽花のかっこうどうー」


「今日もとっても可愛いよ、流石自慢の妹だ」


 本当に見ているだけで癒される、素晴らしい時間の使い方だと思う……うん、我ながら陽花で頭がいかれている。


 最も今更治しようもないし、治すつもりもない……何より正道さんほど致命的に壊れてないからまだ大丈夫だろうとも思うし。


「お兄ちゃんも準備してくるから陽花は忘れ物ないように準備しておいてね」


「はーいっ!!」


「うんいい返事だ、いい子いい子」


 陽花の頭を撫でてやるととてもいい笑顔を見ることができた、これで今日も一日がんばれそうだ……本当は伊代音さんが大分負担を請け負ってくれたからだけどね。

 

(今度日頃の感謝を込めてプレゼントでも用意してみようかな……きっと喜んでくれるよなぁ……)


 そんなことを考えながら俺は出かける支度をするのだった。

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 この作品を読んでいただきありがとうございます。

 

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