正道さんの大暴走
「皆川……君に対しての変な噂がたくさん流れているんだけど、一体どうしたんだい?」
「戸手ぇ、何も言わないで俺にいい子いい子してくれぇ……もう限界なんだよぉ……」
「君がここまで追い込まれるのも珍しいねぇ、ほらいい子いい子……僕なんかでよければいくらでも頭を撫でてあげるよ」
「ああ、戸手の優しさがしみ込むようだよぉ……ずっとこうしていたいよぉ……しくしく……」
戸手に優しく頭を撫でてもらうが、どうしても起き上がる気力がわいてこない。
「あ、あのさ私も撫でてあげようか……?」
「正道さん止めてくれぇ……俺と戸手の唯一の癒しタイムに入ってこないでくれぇ……」
「あはは、正道葉月さんと仲良くなったって話は本当みたいだね」
横から入ってきた正道さんを追いやるように手を振ってやる……多分悪意はないのだろうが色々と俺を追い詰めている元凶なのだから。
そんな俺たちを見て戸手はいつも通り微笑むとより一層優しく丁寧に俺を撫でてくれるのだ。
「うぅ……いや、本当にごめんなさい……今日だけで10回以上暴走しかけてしまったわ……はぁ……陽花ちゃん可愛い……はぁはぁ……じゅるり……うっ!?」
反射的に後頭部を叩いていた、もう条件反射だ……今日の休み時間は全てこうしていたせいでもう手慣れてしまった。
「自然な動作で拳が出てしまった……正直殴るほうも痛いんですから勘弁してくださいよぉ……」
「と、止めてくれてありがとう……ごめんなさい……はぁ……どうして私はここまで変態なんだろう?」
「うーん、正道葉月さんみたいな優等生が色々と重圧とかプレッシャーを感じて変態じみた行為に没頭することは良くあるみたいだけど……ここまで酷いのも珍しいねぇ」
さっと鞄から冷えた保冷剤を取り出し正道さんの後頭部へとかけてやる戸手、本当に優しい奴だ……というかなんでそんなものがさらっと出てくる?
「打撃痛は冷やすのが結構効果的なんだよ、ほら正道葉月さんも皆川も保冷剤を痛むところに当てておくといいよ」
「ありがとうなぁ……なんでこんなもの持ってるんだ?」
「あはは、怪我をした際の自己防衛用に色々持ち運んでるだけだよ……備えあれば憂いなしってね」
「ああ、気持ちいいわ……そういえばあなたはあのいわくつきのオカルト同好会に所属してるのよねぇ、怪我が絶えないわけよね」
正道さんの口から洩れたいわくつきという言葉が少しだけ気にかかってしまう……だけど俺はあえて深入りしようとは思わなかった。
戸手が俺に言わないということは事情があるはずなのだ、だから俺は戸手が語るまで詳細をきこうとは思わなかった……滅茶苦茶気になるけどな。
「まあ僕を含めて問題児ばっかりだからねぇ……だけど最近は先輩たちが卒業して収まって来たし、今度部員を集めるからもう一度部活に昇格してもらえないかな?」
「それは難しいと思うわ……言いたくはないけど、危険すぎるから同好会自体も認可を取り消そうって話が出ているぐらいだから……」
「……誰がそんなことをほざいてるのかなぁっ」
「と、戸手っ!?」
唐突に感情のこもらない冷たい声を出されて驚く……戸手がこんな声を出すのを聞いたのは初めてだ。
「な、名前を出すわけにはいかないわよっ!? そ、それにあくまで一意見だから……」
「ふーん、そうなの……まあ部活動の有無に口を挟むのなんて生徒会か教員の誰かってことだよね……片っ端から当たって行くのも難しくない人数かなぁ……ねぇ正道葉月は違うよね?」
笑顔というものはここまで恐ろしさを表現できるものだったのだろうか……朝の正道さんの緩み切った笑顔とは違うベクトルの恐怖だ。
「ち、違っ!? じゃなくて、私は正直に言えば怪我人が出る活動はしないほうがいいと思ってるわ」
余りの圧力に反射的に首を横に振りそうになった正道さんだが、すぐに正気を取り戻すときりっとしたキツイいつもの表情で戸手を睨みつける。
「……なるほどね、常識的な判断で素晴らしいと思うよ。だけどあそこがあるから救われている人もいるんだよ……それを奪おうとするのは傲慢じゃないかな?」
「傲慢でもなんでも怪我人が出なくなるなら越したことはないわ……大体怪我という状態じゃなかったでしょ、重傷者重体患者が多数発生する活動を学校としては認めるわけにはいかないわ」
「身体の怪我なんて心の傷より遥かに癒えやすいんだ……だから、人の拠り所を奪う行為のほうが遥かに人道に劣る行為だよ」
どんどんヒートアップする二人、戸手がここまで熱くなるのを始めてみたような……いや、オカルト部のことについて語る戸手はいつだってこうだった気がする。
しかしこのまま険悪な空気が続いてはたまらない、俺はため息をついてこの場をごまかすことにした。
「いいえ、心の傷は周りのケアがあれば命までは失われないけれど重傷は下手したら命を……」
「お、陽花があんな所から手を振ってるぞ~」
「よ、陽花ちゃぁああああああああんっ!! 葉月はここよぉおおおおおおおおおっ!? どこっ!? 陽花ちゃんはどこなのよぉおおおおおおおおおおおおっ!!? あぐっ!?」
予想通り暴走した正道さんの後頭部に一発叩き込んで黙らせることに成功した。
「戸手、まあこんな女の言うことだからそんなに本気にするなって、な?」
「……ありがとう皆川、目の前でここまで取り乱されると逆に冷静になれるものだねぇ」
「うぅぅ……私を利用してぇ……陽花ちゃんどこにもいないじゃないのぉおおっ!! 陽花ちゃんに会いたいだけなのに何でそんな酷いことするのよぉおおっ!! 陽花ちゃぁあああああんっ!! 会いた……げぐっ!?」
追加で一発、まさか陽花の名前がここまで効果てきめんだとは自分でも驚きだ……やっぱり危険すぎるわこの女。
「ははは……正道葉月さんごめんね、僕ちょっと熱くなっちゃったね……だけど言ったことは本心だからできれば潰すような真似だけはしてほしくないなぁ」
「はぅぅ……わ、わかったわよ……次の会合でそういう意見もあることを伝えてみるけれど、やっぱり部への昇格は難しいと思うわ」
「うん、まあ本当は僕も無理なお願いだってわかってるんだよ……だけど、どうしても諦めきれないんだよねぇ」
戸手が苦笑いをして見せる、多分オカルト部は……戸手にとっての青春なのだろう。
その中に俺が含まれていないことがちょっとだけ悔しかった。
「さて僕はそろそろ帰ろうかな、皆川もそろそろ帰らないと陽花ちゃんの送迎バスの時間が来てしまうんじゃないかな?」
「いや実は陽花の送り迎え……」
「私も陽花ちゃん送り迎えしたいよぉおおおおっ!! いいでしょ皆川君っ!! 私も同行させてっ!! お願いお願いお願いお願いお願い願いお願いお願いお願いお願いお願い願いお願いお願いお願いお願いお願い願いお願いお願いお願いお願いお願い願いお願いお願いお願いお願いお願い願いお願いお願いお願いお願いお願い願いお願いお願いお願いお願いお願い願いお願いお願いお願いお願いお願い願いぃいいいいいっ!!」
「戸手、ぶん殴ってやって……」
「まるで壊れたラジオみたいだなぁ……えいっ」
「お願いお願……うっ!?」
戸手の軽く振り下ろされたチョップは俺につかみかかっていた正道さんの死角から見事に首筋に刺さり、一発であの耐久お化けを気絶させることに成功した……なんか手慣れてませんかっ!?
「これで多分30分ぐらいは目を覚まさないと思う、だから今のうちに行くといいよ」
「戸手さぁ……いや何でもない、ありがとうな……じゃあ早速陽花のお迎え……」
「陽花ちゃぁああああああああんっ!? 今陽花ちゃんっていったよねぇええっ!? ど、どこにいるのぉおおおおっ!?」
「「うわぁあっ!!?」」
ばっと顔を上げて声を発した正道さんに俺は当然として、戸手も珍しく泡をくった様子で驚きの声を上げた。
「う、うそぉっ!? あ、あの一撃を受けて起き上がれるなんて……っ!?」
「あはははは、陽花ちゃぁんどぉこぉにぃいぃるぅのぉかぁなぁぁでぇてぇおぉいぃでぇええええっ!?」
「な、殴っても止まらないだとっ!? や、やっぱり戸手の攻撃が効いてるんだ……こいつ気絶しながら本能だけで動いてやがるっ!?」
「ほ、本当だ……め、目の焦点が合ってない……っ!?」
四つん這いで白目をむいてシャカシャカと教室の床を這いずりまわる姿は……下手なホラーより恐ろしいっ!!
事実教室内に残っていたクラスメイト達が悲鳴を上げている……だから俺を指さすなぁっ!?
「くっ……ど、どうすればいいんだっ!!」
「こうなったら仕方ない、皆川……放っておいてさっさと帰ろうよ」
「と、戸手君っ!? そ、それは……」
戸手はさわやかに言い放つがこのまま放置していたら教室中がパニックのままだ……まあ別に良いか。
大体正道さんが正気を取り戻したらまた面倒なことになるし、陽花のお迎えだって遅くなる……陽花のことが一番大事だからな。
「あはははは、こぉこぉかぁなぁあぁよぉうぅかぁちぃゃぁんんっ!?」
「ま、正道さん私のスカートに顔突っ込んじゃだめぇええっ!?」
一応正道さんの様子を伺ってみたがちょうどクラスメイトの女子のスカートに顔を突っ込んでいた……関わりたくねぇ。
「……確かに面倒だな、帰ろう」
「あはは……皆川のそういう冷静なところ嫌いじゃないよ」
「言い出したのは戸手だろう、全くクレバーな奴だ……頼りになるぜ」
「ふふ……僕は皆川のほうがずっと頼りになると思うけどね」
多種多様な悲鳴が上がる教室を後にして俺たちは帰路についた……お前らも少しは俺の苦労を味わえ。
戸手と別れ一旦自宅に帰宅した後、俺は自転車に乗って陽花の通う幼稚園へと向かった。
「お、お兄ちゃーんっ!! 陽花あいたかったぁっ!!」
「陽花っ!! よしよしよくいい子で我慢したねっ!!」
俺の姿を確認するなり飛び込んできた陽花を抱き留めて優しく頭を撫でてやる……やはり朝の一件が尾を引いているようだ。
あれからまた少し泣いたのかもしれない、瞳が僅かに充血しているし頬に涙の痕もある……俺の天使を泣かせやがって、明日は朝一で正道さんをぶん殴ってやる。
「陽花ねよいこでまってたのぉ……だからお兄ちゃんごほうびのちゅーしてぇ……」
「うぅ……か、帰ったらほっぺかおでこにしてあげるから……と、特別だぞ」
「わーいっ!! お兄ちゃんだいすきーっ!!」
ご褒美のキスを約束すると気が晴れたようで、ようやく満面の笑みでいつも通り俺の身体にくっついてきた……ああ、よかったぁ。
「あの~陽花ちゃんのお兄さんにこんなことを聞くのもなんですけど……幸人君のお姉さんのこと何か知りませんか?」
「ああ、先生……今ちょっと学校で気絶してるはずですけど何かありましたか?」
「き、気絶ってそっちのほうが何かあったんですかっ!?」
「いえ、ただの発作です……本当に心配する必要は欠片もないので安心してください」
まさか暴走して這いずりまわってるとは言えなかった……まああの化け物に何かあるとは思えないから嘘でもない。
「ほ、発作って……はぁ、実は幸人君をバスでお送りしたけれどお出迎えがなくて、ちょっと困っているんですよ」
「……ああ、そうですよねぇ確かに」
「あ、あのやっぱりぼくひとりでかえれます……せんせい、ごめいわくをおかけしてごめんなさいでした」
話を聞いていたらしい幸人君が駆け寄ってきて俺たちに頭を下げる……その顔はとても申し訳なさそうだった。
「駄目よ、幸人君家の鍵だって持ってないんでしょ? ましてここから結構距離があるじゃない」
「だけどこれいじょうごめんどうをかけるわけにはいきません、おねえちゃんもぼくのことよりたいせつなことがあるみたいですし……あまりめいわくをかけたくないんです」
(滅茶苦茶健気でいい子だ、なんであの姉の弟がこうなる……反面教師かな?)
「お、お兄ちゃん……ゆきとくん可哀そうだよぉ、一緒に連れて帰ってあげられない?」
「俺の自転車は二人用です、陽花専用車です」
「もうこういうときだけそういうこというんだから……おねがいお兄ちゃん、たすけてあげてよぉ」
「ようかちゃんありがとう、だけどぼくだいじょうぶだから……おにいさんにもあさからめいわくばっかりかけてすみませんでした」
ぺこりと可愛らしく頭を下げる幸人君、男の子だと分かっているけれど女の子にしか見えない……畜生、可愛いんだよっ!!
「はぁ……陽花、少し家に帰るの遅くなるけどいいんだな?」
「うんっ!! もちろんだよっ!!」
「先生、俺が幸人君をお家まで連れて行ってお姉さんが帰ってくるまで保護しときますけど……大丈夫ですか?」
「うーん、本当は不味いんだけど……幸人君はそれでいい?」
「だめですよぉ……そこまでめいわくはかけられませんっ!! おにいさんありがとうございます、だけどぼくひとりでかえれますっ!!」
幸人君は健気に言って本当に靴を履いて帰ろうとし始める。
「放っておいたら幸人君本当に一人で帰っちゃいそうだし、私も他の子の面倒もありますから……すみません今日だけお願いしていいですか?」
「わかりました、責任をもって送り届けます……一応これが俺の携帯番号ですので何かあったら連絡してください」
先生に頭を下げて俺はしゃがみ込んで幸人君と顔を合わせた。
「幸人君、嫌じゃなければ俺と一緒に帰ろう……帰り道に陽花の相手が欲しかったんだ」
「だけどぼく……ぼくめいわくじゃないですか?」
「ぜんぜんめいわくじゃないよっ!! ゆきとくんいっしょにかえろーっ!!」
「ほら、おいで……よっとっ!!」
「あっ!?」
遠慮する幸人君を陽花と一緒に抱き上げた。
少しだけ困ったような顔をした幸人君だったが、少しして戸惑いながらも微笑んだ。
「ありがとうございます……おせわになります」
「いいんだよ、それで自分のお家の場所はわかるかな?」
「はい、なんかいかお姉ちゃんにおくりむかえしてもらいましたから……あっちです」
自転車の後部座席に陽花を座らせ、前の買い物かごに幸人君を載せると俺は安全運転の為自転車を押していくことにした。
「えへへ、ゆきとくんわたしのお兄ちゃんとってもやさしいでしょ?」
「うん、ようかちゃんのいうとおりとてもすてきなおにいさんです」
「でしょうっ!! やっぱりゆきとくんはひとをみるめがあるなぁ」
幼子二人のたどたどしい会話を微笑ましく見守りながら、俺は幸人君の案内の元で道を進んだ。
「しかしこんなことを聞くのもあれだけど……幸人君はあのお姉さんについて思うところはないのかな?」
「う、う~ん、たしかにゆきとくんのおねえさんわたしのそうぞうとぜんぜんちがった……すっごくこわかったよぉ……うぅ……」
思い出しただけで恐怖が蘇ったのか陽花が僅かに涙目になってしまう……まあ俺でも怖かったからなぁ。
「ようかちゃんごめんねぇ、おねえちゃんむかしからかわいいおんなのこがだいすきで……ほんとうはぼくがいもうとならかいけつしたんだけど」
「幸人君は……女の子に生まれたかったのかな?」
「うん……そうしたらお姉ちゃんもきっとあんなふうにならなかったとおもいます……お姉ちゃん、いっぱいいろんなひとにきたいされてくるしんでて……ささえてあげたいけどぼくはおとうとだったから……うぅ……」
過度な期待からくるストレスとプレッシャーでの変態行為……やっぱり戸手の予想通りみたいだ。
「幸人君のお姉さんと学校で話したけど、幸人君に申し訳ないって謝ってたよ……いっぱい迷惑をかけてるって、つまり十分頼りになって支えてもらってるってことだと思うよ」
「ほ、ほんとうですかっ!!?」
「嘘なんか言わないよ、なあ陽花?」
「うん、お兄ちゃんはたんじゅんだからうそなんかいえませんっ!! わたしがほしょうしますっ!!」
(一言余計だぞ陽花、別に単純じゃないし嘘だって言えるよ……話がややこしくなるから言わないけどさ)
「そ、うですか……ぼくもおやくにたててたんですね、えへへ……よかったぁ」
俺の言葉を聞いて幸人君は微笑みながら宝石のように大きな瞳から眩い涙を零した……尊いわぁ。
「……陽花、幸人君はいつもこんなに可愛いのか?」
「うん、すごいよねぇ……ときどきわたしもドキッとしちゃうもん」
「……確かに、この可愛さはやばいな」
正直陽花がドキッとする気持ちもわかる、健気で下手な女の子より可愛く人を思いやれる優しい内面……これは惚れるわぁ、陽花は渡さんがな。
もしもこれで幸人君が本当に女の子だったら……間違いなくあの化け物は一線を越えていたような気さえする、神様のファインプレーじゃないこれ。
「に~お~う~ぞ~、よ~う~か~ちゃ~ん~の~か~お~り~だ~っ!!」
「こ、この声はっ!? 陽花俺の身体にしがみつけっ!! 幸人君も下に降りるんだっ!!」
「う、うんお兄ちゃんぎゅーっ!!」
「わ、わかりました……お姉ちゃん……うぅ……」
頭上から声が聞こえて俺は咄嗟に自転車を止めると陽花を抱き抱えながら幸人君を地面に降ろした。
次の瞬間、正道さんがアスファルトにすさまじい勢いで着地しその衝撃で自転車は横転してしまう。
「なっ!? ど、どこから……電柱の側面に足跡がっ!? まさかあそこからっ!?」
「み~ぃつ~ぅけ~ぇた~ぁぞ~ぉっ!! 陽花ちゃぁああああああんっ!!」
「ひ、ひぃいいいっ!! で、でたぁあああああっ!! お兄ちゃぁあああんっ!? あいつ、あいつだよぉおおおっ!!」
「だ、大丈夫だ俺が付いてるっ!! くっま、まだ正気に戻ってないのかっ!?」
俺たちの前に立ちはだかる正道さん、しかしその瞳は未だに白目をむき首は力なく垂れながら顔だけがこちらを向いている……ホラー映画かよっ!?
「お、お姉ちゃんぼくだよ幸人だよっ!!」
「駄目だ今のあいつには君の声すら届かないっ!! もはや理性のない化け物になってしまったんだっ!!」
「そ、そんなぁ……お姉ちゃぁあああんっ!!」
「うぅふぅふぅぅうううううっ!! よ、陽花ちゃんの使用済みパンツハミハミしたぁぁいぃいいいいいいっ!!」
弟の叫び声にも反応を示さず本能のまま声を上げる正道さん……こうなったらやるしかないっ!!
「ひぃいいっ!? お、お兄ちゃんは、はやくやっつけてぇっ!!」
「分かってる……悪い幸人君、これもお姉さんの為なんだ許してくれっ!!」
「お、おにいさんま、まってぇ……お姉ちゃんは、お姉ちゃんはきっとまだもどってこれますっ!!」
「くっ……だ、だがどうすればっ!?」
幸人君の悲痛な叫びに俺の動きが止まる、その一瞬のスキをついて正道さんは襲い掛かってきた。
両腕を大きく広げてこちらに迫る、どうやら俺ごと陽花を抱きしめるつもりらしい。
「はぐはぐたぁあああああああああいむっ!!」
「ちぃっ!? よしハグ攻撃をかわし……えっ!?」
「えぇっ!?」
「あっ!?」
正道さんは攻撃をかわした俺たちの後ろにある電柱に抱き着くと、力いっぱい抱きしめて……圧し折った。
「で、電柱を圧し折ったぁああああっ!!?」
一体どこにそんな力があるのだろう……火事場の馬鹿力とかいうレベルじゃねえぞっ!?
「チガウ、コレヨウカチャンノダキゴコチチガウ……アッチカァ」
「ひいぃいいいいいっ!!?」
「お、お姉ちゃん……」
もうこれ無理だわ、俺は正面からの抵抗を諦めるとへたり込む幸人君を抱き上げ子供二人を抱えたまま走り出した。
「逃げなきゃ……逃げなきゃ殺されるぅううっ!!」
全速力で走り出すも子供二人というハンデを抱えつつ、学校でもトップクラスの運動神経を持つ正道さんを振り切れるわけが……あれ、足跡がしない?
「あ、あれ……お姉ちゃんがついてこない?」
「な、なんだ諦めたのか?」
「こ、こわかったよぉおっ!! お兄ちゃぁああんっ!! うぅうぅっ!!」
俺は足を止めてほっと一息ついて子供たちの精神のケアに移ろうとした。
「あはぁああああああああああっ!! みぃつけたぁああああっ!!」
「うぉおおおっ!? ま、また上からかぁっ!?」
「ひぃいいいいいっ!!」
「お、お姉ちゃん……うぅ……」
電柱間を蹴りつけて空を飛ぶように俺たちの上を飛び越え再び前方をふさぐように立ちふさがる正道さん。
「う~ふ~ふ~、に~が~さ~な~い~わ~よ~」
じりじりとこちらへと迫ってくる正道さんに俺はどう立ち向かっていいかわからないでいた。
純粋な力勝負では叶うはずがないし、そもそも本能だけで動いている今殴ったところで正気に戻るとも思えない。
つくづく教室で放置してきた自分が恨めしい、因果応報とはこのことを言うのかもしれない。
「おにいさんぼくをおいていってください……なんとかじかんをかせいでみます」
「ゆ、幸人君何を言うんだっ!? 今のお姉さんに抱きしめられたら君だってどうなるかわからないぞっ!?」
「でもやっぱりぼくのおねえちゃんですから……ぼくがなんとかしないといけないんです、お兄さんいままでありがとうございました」
「だ、だめだよゆきとくんっ!? い、いっしょににげようよぉっ!!」
「だけどこのままじゃあようかちゃんもおにいさんまで……ぼくのお姉ちゃんのせいで……」
離れようとする幸人君をしっかりと抱き留める、こんな小さな子にそんな決意をさせるわけにはいかない。
「大丈夫だ、お兄ちゃんに任せておけっ!! 絶対に陽花も幸人君も守り抜いて見せるっ!!」
「お、お兄さん……うぅ……ごめんなさぁい……」
「ヨウカチャンアソビマショ、オネエチャントアソビマショ」
片言で迫ってくる正道さんから子供二人を抱きかかえて俺は必死にこの状況を改善する方法を考えた。
「くぅ、逃げようとすれば前に回り込まれて……そ、そうだっ!?」
起死回生の策を思いついた俺は再び正道さんに背を向けると別の道へと走り出した。
当然すぐに前へと回り込まれるが、その習性を利用してある地点に正道さんを誘導していく。
「ここを抜ければ……よし、大通りに出た、交通量も十分……どうなるっ!?」
「にがぁさなぁあああああぁあいっ!!」
上手く大通りに出ることに成功した俺たちの目の前に正道さんが着地する……横からくる車を気にすることもなくだ。
「陽花ちゃぁ……っ!? ぎゃぁあああああああああっ!?」
凄まじいクラクションの音を鳴らしながら接近する車を避けようともせず、正道さんは正面からぶつかり悲鳴をあげて吹き飛んだ。
「お、お兄ちゃん……くるまにぶつけるのはやりすぎじゃない?」
「お姉ちゃぁああああんっ!!」
幸人君の悲痛な悲鳴が聞こえるが、俺としては仮に犯罪者になろうとも子供たちの命を脅かす存在の排除を優先したいところだった。
最もあの化け物があれぐらいで死ぬとは欠片も思っていないが……ほら起き上がってきた。
「ぎ、ぎぎぃ……わ、私は一体何を……うぅ……頭が重いぃ……」
「お、お姉ちゃぁあああああんっ!!」
俺の腕から飛び出した幸人君が正道さんの元へと駆け寄っていく。
「ゆ、幸人……こんなところで何してるの……もう、こんな夜中に一人で出歩いちゃ駄目でしょ?」
近くに来た幸人君をやさしく抱き上げる正道さんの瞳から、もはや狂気は消え失せていた。
正道さんを弾いた車は逃げるように走り去っていった……破損分は弁償する気だったんだけどなぁ、まあひき逃げするならいいか。
念のため陽花を背中に背負って視覚的に隠しながら俺は正道さんに近づいた。
「正気に戻ったか、お前さっきまで暴走してて大変だったんだぞ?」
「そ、そうなの……なんか全身痛いのはそれでなのね、止めてくれてありがとう」
「一応医者に診てもらえよ、絶対大けがしてるはずだから」
「そうかしら……多分軽い筋肉痛ぐらいだと思うけど、まあ言うとおりにしておくわ」
あれでただの筋肉痛だったら恐ろしすぎるわ……背中で会話を聞いていた陽花が震えているのが伝わる。
「おにいさん……」
「ごめんね幸人君、お姉さんに乱暴なことしちゃって……お兄ちゃんあんなことしかできなかったよ」
「ううん、お姉ちゃんをしょうきにもどしてくれてありがとうございます……ぼくたちをかばってくれてとってもかっこよかったです」
そういって愛しい姉の腕の中で俺に向かって微笑む幸人君はとても可愛かった……やべえキュンとしてしまった。
「幸人にも迷惑かけたみたいね、ごめんね変なお姉ちゃんで……朝もあんなこと言って悪かったわ」
「ううん、ぼくお姉ちゃんだいすきだから……ぜんぜんへいきだよ」
「ありがとう幸人、私もお姉ちゃんの我儘聞いてくれる幸人が大好きよ……ちゅっ」
「え、えへへ~~ちゅーされちゃったぁ~~」
おでこにキスを受けて蕩けそうな表情を浮かべる幸人君は天使のように思えたのだった。
「さて大分夜も遅くなっちゃったみたいだし、私たちは帰るわね……皆川君にはまた迷惑をかけちゃったみたいだしいずれお返しはさせてもらうわ」
「あはは、暴走しないことが一番のお返しなんですけどね……」
「うぅ……それを言わないでぇ、私だって頑張ってるんだから……じゃあ陽花ちゃんによろしく、よろし……よ、陽花ちゃんのに、匂いがするぅううっ!! よ、陽花ちゃんどこぉおおおおおっ!!」
「ひいぃいいいっ!!」
思わず悲鳴を上げてしまった陽花に急接近する正道さんだが、俺は後ろに回した手で彼女の後頭部を叩いてやる。
「はうぅうっ!? くっま、またやってしまったわ……恐るべし陽花ちゃんの魅力……ちょっと急いで距離取ります……さようなら」
「ご、ごめんねぇようかちゃぁんっ!! またあしたねぇっ!!」
走り去っていく二人の後姿を見送りながら、ドッと疲労が湧き出してくるのを感じた。
「うぅぅ……お兄ちゃん、陽花ねぇにどとあのこわいひとにあいたくないよぉ……ゆきとくんはいいけど……」
「ああそうだな、出来るだけ会わせないようにするよ……俺は毎日会わなきゃいけないけどなぁ」
「たいへんだねぇお兄ちゃん……いいこいいこしてあげるね」
陽花に優しく頭を撫でられながら、俺は疲れ切った心身を引き摺るようにして帰宅するのだった。
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