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異世界 短編

転生令嬢は不幸を願った

作者: 雪結び

偶には、恋愛じゃないものを書こうかな、と。

暖かい目で見てください……。

 私は、不幸になる事を、強く願った。

 私の犯した罪は消えないし、自己満足でしかないけれど。

 変わらずに生きるだなんて、私のプライドも、理性も、たった少しの良心も許さなかった。


 不幸になる事を、私は願っていた。それに間違いはない。

 だけど————私はそれ以上の、願いを見つけてしまったから。



 主人公 五歳



 目を、開ける。

 知らない場所。知らない人。


 ぼんやりとした頭のまま、姿見を目指す。

 これは無意識で、きっといつもしている事なのだろうけど。私には全く覚えがないわ。


「…………誰?」


 鏡に映っているのは、イラストやアニメでしか見たことのないような、白髪赤眼の美少女。


「綺麗ね…………

 私とは、真逆だわ」


 その姿を見て、私は「綺麗」、としか思わなかった。

 きっと、その少女は”私”で、”私”はその少女なのだろうけど、驚きも悲しみも怒りも、何もなくて。ただ、それだけ。


 私は、私の心は、とても醜い。

 汚れていて、汚れていて、きっと真っ黒に染まってる。だから、感情なんてない。


 殺人や強盗なんかの犯罪なんて、起こした事はないけれど。それよりずっと質の悪い罪を犯したから。「犯罪」も、「罪を犯す」のも、きっとそんなに違わない。


 例えば。

 人の心を壊して。

 人の輪を乱して。

 人の繋がりを断ち切って。


 ね、立派な「犯罪(つみ)」でしょう?


 だから、私は幸せになりたくない。

 これは、私の願望で、祈りで、自己満足。


 だって、私の心は、皆そう叫ぶんだもの。


「誰よりも、誰よりも、不幸に

 そして、誰にも迷惑をかけず、誰も不快にさせず、一人息絶えてしまいたい」


 それが叶った時、私は初めて神に感謝するわ。






*******





 私の心の声は、事実と………それから、願望しか告げない。

 時たま湧く感情も、願いからは程遠いもの。必要ないのだから、これで正しいの。


 この少女には申し訳ないけれど、私の道連れになってもらう事にした。

 ごめんね。でも、私も魂だけで不幸になれる自信はないわ。


 私は、「悪」になる事にした。

 でも、人を不快にさせたり、迷惑をかける事は望んでいないから。


 誰にも関わらない。何もしない。

 それが、私の「悪」。


 助力もしない。

 邪魔もしない。

 ただそこに、存在するだけ。


「怠慢」と「怠惰」、それから「薄情」に「無関心」かしら。これもまた、私の重ねた罪。


 成績は、常に平均。

 勉強も、運動も、必要最低限しかしない。

 目立ってしまったら、不快感を生み出しかねないもの。


 それから、誰とも話さず、誰とも関わらず。

 授業で二人組にならなければいけない時はあるけれど、先生も生徒も、誰一人私に気づかない。

 順調な証拠ね。


 母様だって、父様だって。

 私の事なんてきっと覚えていないでしょう?

 使用人は私から断っておいたし、普段は部屋に籠もりっきりだもの。………ああ、これは唯一、「可笑しい」行為かもしれないわね。


 だけど、最低限の社交、そして最低限の義務は果たしているもの。


 父様も母様も、私の事を忘れた方が、期待も、失望も、怒りも、何もかも感じないですむのよ。

 良い感情も抱かせない点は、悪役だからといって通じるかしら。

 親不孝で、ごめんなさい。



 主人公 十七歳



「セレーネ様、ご機嫌よう」


 ………どうして?

 学園に通っていて、初めて話しかけられたわ。


 私がいつも通り、図書館の端で読書をしていると、白い髪に碧の瞳の令嬢に話しかけられた。


「何方、でしょう」


 私が普段と変わらない、無表情で出迎えても、その令嬢は同じ様に笑う。


「ユーリア・ルディです

 初めまして、セレーネ・ルーフェリア様」


 私のフルネームを知っているだなんて………。

 ルディ………ルディ?


「…………宰相家の、方でしょうか」


 流石の私も、上位貴族の名前くらい覚えているわ。だけど、一応公爵令嬢の私でも、誰かと話した事は疎か、会った事すらないわね。


「ええ、知っていただけて光栄です」


 優しげに笑う顔は、何故かとても自然で。

 ご令嬢なら、完璧な笑みを貼り付ける人がほとんどなのに。


「私に、御用でしょうか」


 正直、心当たりがないのだけれど………。

 無表情は崩さない。


「いつも、読書をされているので

 お勧めの本を教えていただけたらと」


 ………私を、ずっと見ていたという事?

 私は、誰にも気づかれていないのでは、なかったの?


「………その前に、一つ教えてください

 私は、ルディ様から見て、どの様な人物に見えますか?」


 確かめないといけない。

 私は、思い違いをしていたの?


「そうですね………

 儚げで美しく、礼儀作法などもしっかりした、素敵な淑女だと思います

 私を含め、皆様も憧れていらっしゃるのでは?」


 ………………ああ。


 私は、空気になりたい。

 もし、ルディ様の仰ることを、皆様が思っているのなら………。

 私は、誰かに感情を抱かせてしまっている……それは、私が認識されて、興味をもたれているという事。


 嬉しく思ってしまう。

 不幸になりたいのに。一人になりたいのに。


 もう、傷つきたくない。

 もう、傷つけたくない。



 あの日から、ルディ様は、何故か私に付き纏われる様になった。


 私と共にいても、時間の無駄でしょうに。

 何度そう言っても、同じ様な笑みを返すだけ。


 もう、駄目。

 私は、彼女と——人と会い、話し、笑う時間を、楽しみにしてしまう。

 無関心を、無感情を貫いてこそ、孤独と不幸に会えるのに。


 だから、別れを告げに行くの。

 …………ああ、私も変わってしまったわ。

 以前なら、きっと、何も言わずに離れたもの。


 今日も、きっと彼女は図書室にいる。

 窓際の席で、彼女に似合った、儚げで美しい詩集を読んでいるのだわ。


 図書室へ入ると、予想通り。

 柔らかい日の光を浴びる姿は、本当に天使みたいね。


「………ルディ様」


 近づいて、話しかける。

 マナーを守るため、小声ではあるけれど。


「セレーネ様

 話しかけてくださって、嬉しいです」


「急でごめんなさい

 ………………もう、私は貴方とは話しません

 貴女だけでなく、何方とも関わる気はありません

 私は一人でいたい。閉ざされた空間で、孤独でいたい

 だから、私に関わらないでください」


 そう言った時の私も、やっぱり無表情。

 だって、私の心は凪いでいるもの。

 何も感じない、何も思わない。

 これで良いの。これが、私の望んだ事だもの。


「…………セレーネ様は今、不幸なのですか?」


 論点がずれている気がするけれど………まあ、質問に答えるくらい、構わないわ。

 どうせ、最後だもの。


「いいえ、とても楽しいです

 だけど、私はこんな感情、望んでいないもの

『不幸』は、私の願いで、望み

 幸せになんてなりたくない」


 そう答えると、少し口をつぐみ、また言葉を紡がれる。


「少し、場所を変えましょう

 話したいことがあります」


 素直に頷いてしまう。

 …………思ったよりも私は、ルディ様に絆されてしまったみたいね。



 移動した先は、空き教室。

 それでも手入れは行き渡っていて、机や椅子も高級品。

 流石、貴族の方々が通うだけはあるわね。


 そんなどうでもいい事を考えながら、ルディ様の言葉を待つ。


「……………”私”を覚えていますか?」


「…………え?」


 思わぬ一言。

 覚えている…………どういうこと?


「そう、ですね……………

 ここは、と言ったら分かりますか?」


 私の中を、衝撃が走る。

「心葉」。

 それは、私が傷つけてしまった少女。

 私の罪の一番の被害者で、そして…………。


 私の、唯一の友達()()()少女。


「どう、し、て…………」


 もう、表情を取り繕うことなんてできない。

 困惑と、恐怖と、罪悪感と………。

 いろいろな感情が混ざって、グルグル回る。


「やっぱり、(れい)なんですね」


 私の、ものであった名前。

 でも、私は名前に見合っていないから、自分から名を捨てた。

 綺麗すぎて、全部が苦しかった。


「どうして、私の前に来たの?

 また、傷つくだけでしょう?」


 疑問、より…………懇願。

 もう、傷つけたくないのに。


「玲に、言いたい事があって、来ました」


 …………ああ、そういうことね。

 罵詈雑言、なんでも受け入れるわ。


 それで、貴女の気が晴れるなら。

 それで、貴女が私から遠ざかるなら。


 少し覚悟して、次の言葉を待つ。

 まだ心が残っていたなんて、ね。

 そんな資格はないと分かっていても、想像するだけで胸が痛む。


「玲………………ごめんなさい」


 目を見開く。言葉が出ない。

 想像していた言葉と、違いすぎて。

 謝られる事なんて、ないというのに。


 私の驚きを知ってか知らずか、心葉の言葉は続く。


「私のせいで、玲の心は壊れてしまった

 私が…………私が、余計な事を言ったから………っ!!!」


 涙を零す心葉。


 どうして、どうして泣いてるの?

 心葉は、何も悪くないのに。


「悪いのは、私でしょう?

 心葉が好きだと知っていたのに、幼馴染みだからと仲良くしていたから」



 拗れたきっかけは、「恋愛」だった。


 心葉が好きなのは、私の幼馴染み。

 それを知っていながら、昔と同じ距離で接していた。

 同じグループの子がそれを指摘して、雰囲気が悪くなって…………。よくある話ね。


 幼馴染みの事を、私はなんとも思っていなかった。

 だからこそ、いつも通りだったけれど…………それで心葉を傷つけた。


 グループの子を、私は友達だと思っていないし、いなかった。

 心葉の繋がりだったから、碌に話した事もなかったもの。


 だからこそ、理解できなかった。

 心葉本人が何も言っていないのに、責める行動が。

 私はそんな風に思っていないのに、決めつける言葉が。


 だけど、見てしまったの。

 心葉が泣いているところを。


 そして、知った。

 私が間違っていると。



「違う、違うの………っ!!!

 私は、別に好きじゃなかった!!」


 ………?

 じゃあ、どうしてあんな話が出たの?


「私は、玲と二人で笑ってるのが好きだった

 二人が信頼しあっているのがよく分かるから

 なのに…………なのに………私が、二人の関係を、壊してしまった………」


 心葉は、好きじゃなかった?

 じゃあ……………あの子達の、勘違い………?


「私が、言えたらよかったのに!!

 違う、って!

 玲は悪くないんだ、って!!」


 悔しそうに、悲しそうに、そして自分自身に怒る様に。

 心葉は涙を流す。


 心葉は、優しすぎる。綺麗すぎるのよ。

 見た目も、心も、全部天使みたい。


 憎めばよかったのに。

 勝手に勘違いした彼女達を。流された私を。


 でも、それが心葉だから。

 私が言うべきは…………。


「お疲れ様

 心葉は頑張ったわ。友人の私が、保証してあげるから」


「玲………」


 分かってる。

 逃げた私に、心葉の友人を名乗る資格はない事は。

 だけど、今だけ…………いい友人で、いさせて欲しい。


「それから………ありがとう

 私を許してくれて

 心葉が話してくれる毎日は、楽しくて、仕様がなかったわ

 ねえ、これからも、私の友人でいてくれる?」


 心葉は優しいから、断らない事を私は知ってる。

 それにつけ込む私は、狡い人間だという事も。


 それでも。

 心葉と一緒にいたいと思うのは、私の願いだから。


 不幸も、孤独も、どうでもいい。

 自分から離れようとしたくせに、自分から求めるなんて変だけど。

 後悔はしたくないから、撤回させて。


「心葉、私は貴女と友人でいたい

 今度こそ、仲違いなんてしたくない」


 まっすぐ、目を見て言う。

 涙で目を腫らした心葉は、優しく微笑んだ。


「うん…………喜んで」

セレーネ・・・過去のトラウマで、人と関わる事が怖くなった。

          前世では引きこもりで、死因は自殺。

          今世でも、学園を卒業したら、家の評判が悪くならない様、陰で自殺するつもりだった。


          周囲からは気を使われていて、むしろ注目を浴びている。

          成績は平均に合わせていたけれど、毎回ぴったり平均点だったので、勘付かれている。


心葉ユーリア・・・玲の親友。

           玲を控えめに言って大好きで、傷つけた事を深く後悔する。

           誰とも関わろうとしない姿を見て、直感と経験で玲だと推測。


セレーネ両親・・・セレーネは大人びていて、人と関わる事が苦手だと思っている。

         関われない事が不甲斐なく、寂しい気持ちを抱えている。

         心葉との仲直り後、明るくなったセレーネと、関係は良好。


幼馴染み・・・玲の事をいい親友だと思っている。

       特に、誰にも恋愛感情は抱いてない様子。


グループの女子・・・良かれと思ってやった様子。

          優秀な玲への嫌がらせも、多少はあった。

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