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ミッドナイト・クリスマス  作者: 椿木るり
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前編

 花も葉もついていない、寂しそうなライラックに白い雪が降り積もる季節。夏は涼しい音をたてて流れる噴水も凍ってしまうからと空っぽにされている。この公園のいたる所で輝くイルミネーションも昼間は寂しさを感じさせる小道具に過ぎない。


 そんな冬独特の哀愁漂う公園の、噴水の前の小さなベンチ。ここがいつもみいこと恋人の陽斗(はると)との待ち合わせ場所だ。


 器用に雪をはらったベンチにベージュの髪をお団子にまとめ、赤いチェックのマフラーを巻いたみいこが座っている。彼女の小さい足を守っている茶色いムートンブーツのつま先は雪が染みて色が変わっていた。



 公園の時計が指す時刻は13時。待ち合わせの時間からはもう1時間が過ぎている。スマートフォンを開いても陽斗からの連絡は特にきていない。

 今日は日曜日だから学校もないし、陽斗のバイト先はまだ営業時間前だから急に呼び出されたなんてことはないはずだ。


 みいこは製菓コースで陽斗は調理コース、という違いはあるが2人は同じ調理専門学校の2年生だ。高校生の頃からの同級生だが専門学校に入学するまでは大して話したことはなかった。


 専門学校に入ると、同じ高校だったから、という理由で少しずつ話すようになり、1年の夏には交際が始まっていた。


 今はお互い就職先も決まっていて学校とアルバイトに明け暮れる日々を送っている。


  みいこのバイト先はケーキ屋。陽斗のバイト先はイタリアンバル。ケーキ屋より帰りも遅くなるし、忘年会シーズンでもあるから陽斗のほうがみいこよりも忙しいはずだ。


 お互いにクリスマス当日は地獄の忙しさになってしまうので少し早いけれど今日、クリスマスデートをしようという約束だった。


 食べ歩きが好きな2人は12時に待ち合わせをしてとりあえずランチを食べる。店はフレンチトーストが美味しいとSNSで話題のカフェにした。その後に最近公開された「氷の姉妹と雪だるま男」という話題のファンタジー映画を見に行く予定になっている。


 そんな今日の予定を頭の中で繰り返して、楽しみだなぁ、とにやにやする顔を抑えるのにもいい加減飽きてしまった。



 まさか事故にでもあったのだろうか。そんな不安な気持ちに駆られているとポケットの中で握りしめていたスマートフォンが震えた。


 ごめん、今起きた、急いでいくから。ほんとにごめん。


 緑色のチャットアプリから来た通知にはそう表示されている。恋人とのデートの日に寝坊か。吐き出したため息は白い煙になって消えていく。



 先にカフェに入って待っていればいいのに何をムキになっているのかみいこはずっと外で待っている。両手はコートのポケットに突っ込んでいるから辛うじで温度を保てているが、むき出しの耳は赤くなり、痛みを感じてしまっていた。


 せっかく整えた髪やメイクが崩れてしまう。雪が降っていればそんなことを屋内で待つ理由に出来たのに、生憎今日は晴れ。冬特有の薄く雲がかかった水色の空が広がっている。



 連絡が来てから20分ほどだった頃、雪だるまの形をしたイルミネーションの向こう側。公園の入口の方から黒のダッフルコートを着た見慣れた人影が走ってくるのが見える。


「ほんとにごめん!」


 息切れしながら必死で謝る陽斗。きっと急いで家を出て来てくれたのだろう。耳の上あたりの髪がぴょんと跳ねたままだった。


 みいこは連絡が来てからの20分、寝坊なんて仕方ない、陽斗も疲れているのだから怒ってはいけない。そう繰り返し自分に言い聞かせていた。


「昨日何時に帰ったの?目覚ましかけなかったの?どうしてよりによって今日寝坊するの?最近なかなか会う時間がなかったからすごく楽しみにしていたのに。」


 言い聞かせていたのに陽斗を目の前にするとそんことも忘れて捲し立ててしまう。陽斗はどう謝ったらいいのか分からない、というように口をもごもごさせて叱られた犬のような顔をしていた。


 そんな言い方しなくても、とか言い返してくれたらいいのに。しゅんと黙ってしまった陽斗を見て、もういい、と公園を飛び出してしまった。


「ちょっと待ってみいこっ!」


 後ろから私を呼び止める声が聞こえたけど寒さに悴んだ耳には届かなかった。

 


 就職活動やアルバイトが忙しかったこともあって2人は最近はあまり会う時間をもてていなかった。みいこは社会人になったらもっとすれ違ってしまうのではないか、と不安な気持ちを積もらせていた。



 淡いピンクの家具で統一された女の子らしい1ルームの部屋。実家からの仕送りとアルバイト代で借りているみいこの家だ。決して広くはないが白を基調として、カウンターキッチンがついていて、みいこ自身はこの家をかなり気に入っていた。


 玄関の鍵を開けるとすぐ横に吊るしてある姿見に自分の姿が映った。それは今日のために美容室で髪を染めて、新しい服を買ったのに恋人と喧嘩をして帰ってきた悲しい女の子の姿だった。


 せっかくのデートだったのに本当にごめん。24日のバイト終わりにみいちゃんの家に言ってもいいかな?


 コートを脱ごうとスマートフォンをポケットから出したとき、陽斗からそう連絡が来ていることに気づいた。


 陽斗はふだんはみいこ、とそのまま呼ぶのにご機嫌を取りたい時にだけみいちゃんと呼んでくる。まるで小さい女の子を宥めているようでこの呼ばれ方がみいこはあまり好きではなかった。


 いいよ、とだけ返して冷えきった体を温めようとお風呂の用意をした。心があの噴水のように空っぽな気がしてどれだけ湯船に体沈めても温かくならない気がした。



 24日、甘い匂いに満たされた店内、ショーウィンドウの中には宝石のようなケーキが沢山並んでいる。西洋風の扉の近くに飾られたクリスマスツリーの電飾は大人を童心に帰らせてしまうような色鮮やかな光を放っていた。


 家族連れやカップルがどのケーキにしようか、なんて温かい会話をしている店内の裏。厨房はバタバタと大忙しだった。


 パティシエ見習いのようなことをしているみいこはひっきりなしにスポンジ生地を作り、生クリームを泡立てていた。


 喧嘩をした日以来、24日は何時頃来るとかそういう業務的な連絡しかしてなかった。クリスマスの日に剣幕な雰囲気になるなんて嫌だ。

 今日しっかり仲直りしよう、そう心に誓ってとにかく今はひたすらにケーキを作り続けた。


 きっと今、陽斗も同じように頑張っている。そう思えば、ずっと泡立て器を握っていたためにパンパンになってしまった二の腕の痛みも、なんでもない事のように思えた。




 帰り道、ふと細い三日月の浮かぶ冬空を見上げて世界のどこかでプレゼントを配っているサンタさんにお願いごとをしてみた。


 サンタさん、今年のクリスマスプレゼントは素直な自分をください。














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