表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一葉恋慕・大森編  作者: 多谷昇太
互いの身上書

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/16

まあ、車夫を?…さぞやお困りでしょう

そのことに気付くや私は肩で大きく息をして高ぶる気持ちを抑えた。そして無理にでも好々爺的笑みを浮かべては専ら彼女の言辞を待つ風をする。貴様の身の上などどうでもいいと自らに毒づきつつである。もとよりそんな私の促しなど待つまでもなく、自らの身に起きた不思議をこそ彼女は一気に述べると思ったがそうではなかった。「まあ、車夫を?そのお年で。そして今は宿無しなのですか?この冬空に…それではさぞやお困りでしょう」と今の私の窮状をこそまず気づかってくれたのである。金の切れ目が何とやらで、身代の傾いた者や、まして私のような‘プータロー’など普通は誰も相手にしない。はしなくも袖する縁でかく会話するに至った私への、形ばかりの思いやりとも見えたが、一葉の語調にそれはなかった。男女、年の差から見てこんな折りには(と云っても普通‘こんな折り’などあるだろうか?)取るべき自らの節度というものがあるだろうに、堪え性なく私は思わず感極まってしまった。車上生活に陥って以来すっかり人間不信、社会不信にはまっていた私にとってこれは予想外で、手負いの獣のごとく端にも棒にも掛からない、所謂‘どうしようもない奴’となっていたに違いない自らの様とも思えなかった。久しく人の温みを忘れていた、いや拒否していた私の、思いも寄らぬ人恋しさへの回帰というものである。しかしもし此処で涙ぐみなどしたら私は自分で自分を殺しそうだ。

 必死になって自分を立て直し、誤魔化し笑いを浮かべては「いやあ、ははは。宿無しと云っても何とか伝はあるのです。どうも要らぬことを云ってしまって申し訳ない。そんなことよりあなたの事です」と私は彼女の今の状況に話を振った。今を明治と偽ってまで彼女との奇跡の共有を欲した私の言とも思われなかったが、しかしそれ程に私は自分を崩されるのが嫌だったのである。偏屈な自我の殻、他者否定の世界観を貫くことがこの困難を生き抜く上での糧となっていたのかも知れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご感想等ありましたらお寄せください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ