新元号のせいで逃避行
「ブーッ、ブーッ」 部屋の中に鳴り響くスマホの着信音で、俺は目が覚めた。
「んんんっ、いつの間に寝たんだろ?」
長時間、倒れてたようで、すでに日は暮れ、頭もすぐには回らない。何が昼間にあったか段々と記憶が鮮明になってきた。
「そうだ、俺の名前が新元号になったんだ」
思い出した瞬間、事の重大さに冷や汗がドッと出るとともに、鳴り響くスマホの着信音に気づいた。
画面を見ると、電話、SNS、メールの着信履歴が合わせて100件以上も表示されている。
冷汗は止まらないどころか、さらに吹き出てくる。震える手で、スマホをとり電話に出てみた。
「見たよ! お前の名前が新元号になったな、すごいじゃん」
「電話、ありがとう。びっくりしたよ」
興奮した相手の声が逆に私を落ち着かせ、冷静に電話対応をし始めた。しかし、それも束の間だった。ひっきりなしにかかってくる電話などへの対応は、俺の神経をすり減らし、イライラが募って来きたのだった。
「もうやめだ」
イライラした感情がついに怒髪天をつき、スマホのスイッチをOFF。布団を頭からかぶって寝てしまった。
「ピンポーン、ピンポーン」「ドン、ドン、ドン」「おはよう、いるかー」「おい、開けろ」
翌朝からは、誰かが俺の部屋の前にひっきりなしに来て、騒がしい。
「どうせ新元号のことだろうなあ」
起床した瞬間から、嫌な気分が心の中に汚泥のように溜まっていく。
「逃げるか」
電気メータを回さないよう照明をつけない、トイレの水や歩く足の音などを極力立てなどの気配りをしつつ、身支度をした。今まで借金取りから逃れるために培った居留守の技が、このようなときにも生かされるとは……
玄関ドアに耳をあて、部屋の外に人の気配が無いのを確かめ、ドアをそっと少しだけ開け再確認。
「どうやら、誰もいないようだな」
そうつぶやき、スマホを持たずに急いでアパートから逃避行に出たのだった。