宵闇
別れの理由はお互いを嫌いになったからとは限らない。
お互いに独立した人格である以上、それぞれの事情が必ずある。
発展的解消になるなら、お互いの成長のためなら、それぞれの道を進むのも重要な選択肢だ。
だからあなたと私はお互いに同居人という立場をやめることにした。
慎重に話し合いを重ねた結果だ。
お互いがベストだと納得して、後悔しないように思い出のかけらも全部処分することに決めた。
当然ながらこの部屋は引き払うことにした。
私がまだここにいるのは諸処の事情で……主に仕事の都合で私の方が後になったからだ。
あなたは先にこの部屋を出ていった。
たくさんあったものを極力処分して、持っていくものはほとんどなかったからかもしれない。
洋服でさえ躊躇なく処分した。
気に入ったものにしか目もくれないあなただったから、私にはずいぶん意外だった。
けれど、それもあなたらしさなのだと考えてみると、すんなり腑に落ちたから不思議なものだ。
あなたはさっぱりした性格でうしろを振り返ろうとしない。
私もどちらかと言えば似たようなタイプだ。
あなたがどこにいるのか、もう分からない。
連絡先はお互い訊かない。
これも決めたことのひとつだから。
私もあなたを見習って、ということではないが、敢えて持っていかなくてはならないものなんてほとんどなかった。
おかしなくらい、どうにだってなるものばかりだ。
要はそれがありふれたものだとしても、目に見えない価値をつけたのは私であり、あなただった。
その価値を一掃すれば、みんなつまらなくてありふれたものに戻る。
そうではないものもあることはある。
お金では手に入らないもの。
例えば、写真。
デジタル・カメラなんてなかった頃の。
ロマンチックな言い方をしてみれば、思い出の数だけそれはあった。
でも振り返らないことを決めたら、記憶から抹消することは不可能だとしても、処分することは簡単にできる。
だから私もあなたも、惜しげもなく処分することを決めた。
お互いが一緒に写っていても、それがとてもいい表情で忘れられそうにない思い出のひとひらだとしても、感傷的になるのはお互い似合わないと思ったのだ。
仕事のピークと重なって10日ほどかかっていたが、今日は朝から取りかかれたので、私もどうやら身辺整理が終わるところまでたどり着いていた。
残っているのはわずかに小さな箱がひとつ。
北海道にあなたと行ったときに買ったおみやげの、と言っても自分たちのためだが、有名な菓子店である六花亭の化粧箱だ。
私は昔からここのお菓子が好きだった。
まず何より美味しいし、見た目も素敵だ。
それにパッケージ。
包み紙も化粧箱も、可愛らしい花々で飾られている。
今では通販で取り寄せることができる。
だが、当時はできなかった。
それで捨てる気になれなかった。
そう、私がとっておいた箱だ。
箱が纏っている価値を認めたのは私自身だったのに、そんなことに囚われている場合ではない。
いざとなれば、あらためてお菓子を買えばいい。
箱に入ってくるくらい注文するのは私ひとりだって心配はない。
一度に食べすぎてしまう可能性も多々あるが、そこは目をつぶればよい。
簡単なことだ。
決めたルールのとおり、私はその箱も処分する。
これでひとつの大きな区切りだ。
ひと思いに処分すれば、すべて終わる。
想像より早くここから出ていけそうだ。
……そんな考えがよぎってしまったからなのか、妙な思いつきが私の背中を押した。
私は開けてみたくなったのだ。
パンドラの匣、という話がある。
開けてはいけないのに、つい開けてしまったがために、中にあったよくないものの一切がこの世に出ていってしまう。
呆然として匣の中を覗くとたったひとつだけ残っているものがあった。
それは「希望」。
うまくできた話だ。
玉手箱を開けてしまった浦島太郎も、その理由は同じことかもしれない。
開けてしまったからどうにもならない現実に戻ってしまった。
夢は夢のままでいつまでも続くわけではない。
そんな教訓みたいなものがある話だろうかと思ったのは、私がずいぶん育ってからだった。
パンドラの匣について知った頃にあれこれ連想したものだ。
私の連想はさらに、とても有名な量子力学の思考実験である「シュレディンガーの猫」にまでつながってしまった。
箱の中に猫がいる。
その箱は猫を死に至らしめる毒ガスが出るようになっている。
しかし、その猫が生きているのか死んでいるのかは、箱を開けてみなければ分からない。
開けてみるまでは猫は生きているかもしれないし、死んでいるかもしれない。
ふたつの可能性は不可分なまま同時に存在していることになる。
どう判断するかは個々人によるものとなる。
つまり解釈の問題だ。
私は別に量子力学について学んでいたのではないが、このことを知ったときはまだ学生だった。
どの科目の講義でだったのか覚えていないが、確か私の他にも多くの学生が広い教室で受講していた気がする。
その時の私は、世の中のあらゆる未解決の問題が、急に自分の目の前に立ち塞がったような気がした。
まるで自分の周りを囲まれてしまったかのように。
出口はなくなってしまったかのように。
猫の運命は現実ではなく思考実験上のものであると承知しているのに、得も言われぬ焦燥感に私は駆られた。
私は思わず隣の席にいたあなたに言ってしまった。
── どうしたらいいの?
あなたと私はたまたま同じ学科にいた同級生のひとりだった。
単なる顔見知りが、顔を合わせているうちに友だちになった。
掃いて捨ててかまわないほどのよくある話だ。
ときどき同じ講義を受講していたから、並んでノートをとっていたこともあった。
その時だって何でもない日常のひとコマに過ぎないはずだった。
ところが、気がついてみると私が言った「どうしたらいいの?」というひとことは、現在に至るまでの銃爪になっていた。
そう気づいたのはいったいいつだったのか、既にはっきりしなくなっているのに、私はあの場面を思い出してしまった。
たった今できた新たな銃爪は、B5判の大きさにも満たない小さな化粧箱を開けたこと。
中にあったのは、スナップ写真。
目に飛び込んできたのは、あなたと私が初めてふたりきりで写ったもの。
誰に撮ってもらったのだろう?
お互いぎこちない表情をしている。
こんな表情のあなたを最後に見たのはいつなのか、このことだってもはや見当がつかない。
ただずいぶん遠い日のことだと思うだけだ。
身辺整理をしていればこんなこともある。
この写真を見つけたのもきっと節目のひとつなのだ。
私はちょっぴり微笑みを浮かべていた。
どんな記憶だって、二度と思い出すことがなくても、それが命に関わることはないだろう。
それでも人は或る記憶を「思い出」として大事に保存しておこうとする。
思いもよらず、私もそんなひとりだったということだ。
箱の中の写真は一枚だけではなかった。
束になるほど入っていたのでもない。
過去の私は、この可愛らしい箱の中に、特別に大切な写真をこっそりしまった。
それから冷静に考慮して、箱をなるべく目につかない場所にしまった。
そこまでしたのは、あなたに気づかれたくなかったからだった。
こんな私でも若くて初々しい頃が確かにあったのだ。
照れたり、恥ずかしがったりするようなことが。
膨大な時間が経過して記憶は塵の山の下敷きになり、そんなことがあったとは今しがたまで忘れていた。
けれど、得体の知れない非常事態に対応できるかのように、特定の記憶が瞬時に蘇った。
どうやら蔵のようなものが私の中に密かに建っていたらしい。
立ち入って中を引っ掻き回せば、ひょっとしたら丁寧に整理された有象無象の記憶が眠っているのかもしれない。
人は死の直前の一瞬に、自分が送った一生を走馬灯のように見るという。
蔵のようなものはきっとそのときのために、私の中にあるのだろう。
おかしなことを考えてしまった。
私は時を超えて目の前にあるいくつかのスナップ写真を処分するために手に取った。
……つもりだったのに、うっかりそのうちのいちばん下の一枚だけを取りこぼしてしまった。
慌てなくていい。
この一枚を手に取ってしまえば、タイムカプセルと化した小さな箱も処分できる。
それで、終わり。
なのに何故?
どうして私は開けた箱をすぐに閉じなかったのだろう。
箱と写真を別々にする意味なんかないのに。
箱に残った最後のものが「希望」なら、これまでのあらゆる日々が消え去ろうと私にためらいはない。
もし箱を開けずにいたなら、その中がどうなっていようが、何が入っていようが、私は疾うにこの部屋を出ていた。
終わりと引き換えに、始まりの可能性を手に取って。
私はしばらく箱の中の一枚に釘付けになっていた。
── 隠しごとはもう何もしたくない。
そして、手にしている写真からいちばん下のものを抜き、これも目に留めた。
── 手始めに、お互い小さかった頃の写真を見せ合うというのはどうかな?
箱に残っている一枚では、幼い女の子がにっこり笑顔を浮かべている。
── 探せば出てくるよ。
わざわざ抜き出した一枚では、半ズボンを穿いた幼い男の子が泣いている。
── 時間がかかっても、実家に行けば必ずあるし。
転んでしまったからか、よく見ると膝小僧やTシャツが土で汚れている。
── まず自分のお気に入りの一枚からにしてみよう。
どの言葉が私のものだったろう。
したはずの会話は、くすんでしまった紙にプリントされていた活字のようだ。
私からため息が漏れている。
窓の外から入ってくる日差しはそろそろ夕暮れだと知らせている。
宵闇は夕暮れの内に音もなく忍び込んでいる。