プリティー・サマーレース、〜〜3ラウンド目〜〜
『さぁ~、プリティー・サマーレースも既に3ラウンド目に突入しました!!現在のところ、トップは依然として草薙選手ですが先程と違って猛然とした勢いで他の三名の選手が迫ってきています!!……解説川さん、この状況をどう見ますか?』
『ハイ、草薙選手が告げた厳しい発言が刺激となって、彼女達三名の選手の気を引き締める事になったのだと思います。これはレースとしても良い兆候ですね』
解説川が述べた通り、彩華の発言に対してよほど腹に据えかねたのか、鬼気迫る表情を浮かべたドス子が激しくドスン、ドスン!と足音を立てながら猛然とした勢いで2番手を爆走していた。
ドス子ほどではないがこのレースに向けての意気込みを思い出し、本気を出して走り始めたイルも後に続く。
このまま何の過程も結果も出さないままなら、本当に家を追い出される!!と、ここに来てようやく焦り始めた花×は現在最下位をひた走っていた。
『さぁ、最下位の花×選手は若干距離がありますが、現在のところ選手達は肉薄した競争を繰り広げています!!……と、そうこうしている内に次の難関:”瀬底大橋”に到着したようです!!』
”瀬底大橋”。
そこは綺麗な海とビーチが特徴的な絶景の観光スポットだった。
次なる特異点であるまっすぐに伸びた瀬底大橋を傍目に、イルが感動の声を上げる。
「うわ~~~!!ホントに凄い景色~~~!ここに来るまで散々だったけど、やっぱりオキナワに来てよかった~~~!」
「ウム、たまにはこういうのも良いでゴワスな。おかげで失恋で傷ついた心も癒され……いや、思い出してきたら腹立ってきたし、ここでタコライスとイケメンを食い散らかして発散してやる……!!」
目を激しく血走らせるドス子と呆れた表情を浮かべるイル。
だが、そんな彼女達に目もくれず、険しい表情で大橋を凝視していた彩華が緊張した声音で口を開く。
「御二人とも、気を引き締めなさい!!……どうやら、アレが次の私達の敵のようですわよ?」
彩華が見つめる先。
瀬底大橋の真ん中に突如時空の割れ目が生じたかと思うと、そこから一匹の巨大な体躯を持った二足歩行の獣らしきモノが姿を現した--。
青色の体毛と獰猛そうな牙と二本の角を生やしたその獣は唸り声を上げながらも、彩華達の方を見て静かに言葉らしきモノを呟く。
「グルルッ……!!俺、cool……!!伊達、cool……!!」
「ッ!!言葉を喋れるほどに、知性がありますの!?」
眼前の獣を相手に警戒心を露わにする彩華。
そんな彩華に構うことなく、颯爽と右手を突き出しながらドス子が獣へと迫る--!!
「ドスコーイッ!!」
例え大柄であろうと、殭屍のように巧みに攻撃をいなす武術を心得ていないのならば、ドス子の超重量級の張り手を喰らえばひとたまりもないはず。
だが、そのような参加選手達の思惑は盛大に外れることとなる。
「えっ……嘘ッ!?いきなり消えたわよ、アイツ!!」
ドス子の後ろから状況を見ていたイルが驚愕の声を上げる。
その言葉通り、謎の獣はドス子の直撃を受けるよりも早く、その場から忽然と姿を消していたのだ。
訳がわからない。
それは歴戦の戦士でもある彩華も同じであったらしいが、彼女は直感的に身に迫る危機を感じ取っていた。
「ッ!!いけません!イルさん、警戒なさってください!」
「う、うん……!!」
イルが慌ててポニーテールに電気を込めようとした--そのときである!!
「ヌチュクチュ!!ピチャヌルルッ♡」
突如、イルの背後から何やら淫猥な響きの擬音が聞こえてくる。
イルが慌てて振り返るとそこには、何の影も形も残ってはいなかった。
自身の理解を超えた事態を前に、咄嗟に思考停止するイル。
そんな彼女の方を見ながら、彩華が信じられない、と言わんばかりに取り乱す--!!
「そんな……今、確かにあの獣の姿があったはずなのに……ま、まさか、この敵は……!!」
彩華がレイピアを構えながら、静かに後ずさりする。
だが、何もないはずの背後に突如ドン、と軽くぶつかる。
彩華が怖気を感じるよりも先に、後ろから再び卑猥な雑音が響いてくる……。
「ヌチュ、グチュルルッ……ズゾゾゾッ!!……ドプッ、ドプドプッ♡ドビュルルッ!!」
羞恥心で顔を真っ赤にした彩華が慌てて背後を振り返るが、やはり何もいない。
だが、彼女はこの攻撃ともいえぬ攻撃によって、敵の正体に検討をつけていた。
(わ、私の推測が正しいとするなら……この相手は間違いなく最低最悪の敵ですわ!!)
巨大な体躯からは信じられない速度で動き回り、姿を見せぬ謎の獣。
単体でありながら謎の獣は姿を見せずして、彩華、ドス子、イルの三人の選手を翻弄していた--。
『さて、瀬底大橋に現れた謎の怪異ですが……獰猛そうに見えて人の言語を解する事が出来る確かな知性、身体つきからは予想も出来ない驚異的な俊敏性、そして、優れた身体能力があるのに直接相手を攻撃せずに何故か背後から卑猥な言葉やら擬音を囁く、というキモ……独特な戦法を取るなど、色々と不明な点が見受けられます。……解説川さん、あの怪異の正体は一体何なのでしょうか?』
朱里香の疑問を受けて、解説川が戦況を見やりながら神妙な顔つきを浮かべて答える。
『現在選手達を襲っているあの怪異の正体。それは……”ウェンディゴ”です!!』
『”ウェンディゴ”、ですか?……それは、一体……?』
オキナワで生まれ育った朱里香には聞き慣れない名前なのか、困惑した表情を浮かべる。
そんな彼女に対して、頷きながら解説川が”ウェンディゴ”と呼ばれる怪物の説明を始める。
『”ウェンディゴ”はカナダにおいて、冬に出没されると言われる怪物です。この怪物は滅多に人の前に姿を現すことはなく、背後から執拗に言葉を囁きながら対象を精神的に追いつめる、という手法を好むとされています』
『な、なるほど……だからあのウェンディゴは先程から直接殴りかかったりせずに、官能小説の台詞や擬音を草薙選手やイル選手の背後で呟いているんですね!』
なお、ドス子は最初の数回以外は完全に放置されていた。
「オラァッ!!本当に自分のテクなり耐久力に自信があるんなら、コソコソ隠れたり官能小説なんかに頼らずに、自分の力でアタイにぶつかってモノにしやがれってんだコラァッ!!男見せろや、男ォッ!!」
『……見方によっては、草薙選手やイル選手を庇っている、と言えなくもないですが……失恋を癒すためとはいえ、ウェンディゴでもOK!とか米豪俵選手、些か見境なさすぎでは……?』
そんな声が聞こえていたのか、中継が聞こえた方向へドス子が顔を向ける。
「オイ、今何つったこの小娘!!少し若いからって調子こいてんじゃねーぞコラッ!多少引き締まった身体つきしてるからってイイ気になってるんだろうけど、お前だって毎日米5合食って年取ったら、あっという間にアタイみたいな体型になるんだからな!このレース終わったら優勝賞品も交通費もロクに出さないようなふざけた運営共々、テメェはぶちのめしてやるから覚悟しとけよコノヤロー!!」
『(うるせー、糞デブドブス……毎日そんなに飯食うわけないだろ、アホか……お前はある朝に身体が重すぎて布団から起き上がれなくなって、そのまま永眠でもしてろ……)ハッ!!私ったらいけない、いけない☆ちゃんと、どんなときでも実況としての本分をまっとうしなくっちゃ!』
『おや、私は実況林さんの意外と図太い側面が見れて割と高評価でしたよ、今の。……さて、話は戻りますが、ウェンディゴが官能小説を読み上げているのは対象を精神的に追いつめるだけではなく、そこから生じるある効果を狙っての事でもあるんです』
『更なる効果、って事ですか?……一体、それはどういう……?』
既に絵面としてロクでもないこの状況が更に悪化するのか、と訝しむ表情を見せる朱里香。
そんな彼女に対してまさにその通り、と言わんばかりに神妙な表情をした解説川が、瞳を閉じながら深く頷きを返して答える。
『実はウェンディゴという種族は繁殖では雄しか生まれない、という性質を持っているため、自然に増える事は通常なら出来ません。そのため、ウェンディゴはあのように精神的に追いつめることによって、男性ならば同じ同族としての仲間、女性は自身のつがいとしてのウェンディゴに変質させていくという恐るべき能力を有しているのです……!!』
ウェンディゴという存在の凄まじさを聞かされ、ゴクリと息をのむ朱里香。
だが、解説川は更に驚くべき事実を口にする。
『この瀬底大橋に繋がった”アカテン時空”から供給されるエネルギーの影響によってこの場に出現したウェンディゴは、通常の個体と違ってその時代・その地域に会った官能小説を読み聞かせるほどの知性を得たようです。……これにより、ただ背後でじわじわと呟くよりも、より鮮明な臨場感を表現出来るようになったことで、対象の女性をより一層精神的に追いつめる能力が上がった、と言えるのかもしれません……!!』
『そ、そんな……!!それじゃあ、草薙選手とイル選手は!?』
朱里香の問いかけに対して、解説川が沈痛な面持ちで答える。
『えぇ……通常のウェンディゴの囁きならば同化するのに数週間は擁しますが、このままいけば、草薙選手達はあの一冊分を読み終える頃には、ウェンディゴと同族の存在になるのは確実に間違いありません……!!』
--今、瀬底大橋に激震が走る--!!
(もしや、と思いましたが、やはり正体はウェンディゴで間違いなさそうですわね……!!それにしても、まさか官能小説を読み解くほどの知能を有しているだなんて……!?)
現在、ウェンディゴが彩華達に読み聞かせているのは、怪しげな露店の占い師から渡された謎のアイテムによって突如女性の身体になってしまった気弱かつ小柄な女顔の青年:蒼士が、最近疎遠だった思春期の弟:朱羅に強引に迫られつつも、なし崩し的に関係を進めていく内に互いの心の溝を埋めていく……という内容の官能小説である。
ウェンディゴの臨場感あふれる朗読を聞きながら、顔を赤らめた彩華が目じりに浮かんだ涙を静かに拭う。
(まさか、朱羅君がこれまで素っ気なかったのは、蒼士君が男性だった頃から家族であるにも関わらず恋愛対象として意識してしまう事に対する罪悪感や羞恥心などから来るモノだったなんて……卑猥な表現だけではない、確かな愛というモノを感じますわね……!!)
この涙の意味は果たして、本当に感動しているからなのか。
それとも、このオキナワの地にまで来て何も出来ないまま官能小説などを聞かされている自身の不甲斐ない現状に対するモノなのか。
そのどちらが正しいのかは現在の彩華には判別がつかなかったが、いずれにせよ、弟である朱羅の告白を受けて、それを蒼士が優しく受け入れた場面に移行している以上クライマックスである事は間違いない。
このまま、残り少ないラストまで何の抵抗も出来ないまま、むざむざ自身の存在がウェンディゴになるのを諦めるしかないのか……と彩華の意思が挫けかけていた--そのときである!!
「喰らえ!必殺の~……”エスカ☆武隷奴”!!」
9色に輝くサイリウム:エスカ☆武隷奴を颯爽と振り回す花×が姿を現す。
その気配に気づいたのか、ウェンディゴが慌てて彩華の背後から緊急回避していた。
「大丈夫?彩華ちゃん、イルちゃん、ドス子ちゃん!?……みんな不安だったかもしれないけど、私が来たからには、もう安心だよ!!」
自身の活躍ぶりをここぞとばかりにアピールする花×。
そんな彼女に「気安く呼ばないでくださいまし……」と素っ気なく答えながら、彩華が花×に注意を促す。
「気をつけなさい、黄崎さん。この橋に出現したあの敵はウェンディゴ。……あの体躯からは想像も出来ない瞬発力と、人語を解する知能を有した強大な相手ですわ……!!」
そう口にしながら、瀬底大橋に目を向ける彩華。
「……第一関門の”偽りの首里城”と違い、この場所は特異点が出現しただけの本物の場所。ゆえに、あのときのように”アカテン時空”そのものを消失させて、ウェンディゴの弱体化を狙う、という荒業は使えませんわ……」
それに、と言葉を続ける。
「あのウェンディゴの高速移動は私達では捉えきれず、結果として米豪俵さんの張り手は空振りに終わり、卑猥な発言に耐性がない私やイルさんは為す術もなく良いようにされるばかり……このままここに留まっていては、貴方まで私達と同じようにウェンディゴの同族にさせられてしまいますわ」
彩華の発言に対して、黙って耳を傾ける花×。
それを肯定と捉えた彩華は、真剣な表情で花×に向き合う。
「ゆえに、黄崎さん。米豪俵さんを連れてこのレースを辞退なさい。……まだ、あのウェンディゴに目をつけられていない貴方達なら!まだ逃げられる可能性はあるのだから……!!」
悔しさを滲ませる声音の奥で、人の上に立つ者として守るべき存在のために最善の道を提示する彩華。
第一関門に続いての異常事態の連続に、彩華の提言などなくてもここで諦めるのが普通である。
--だが、黄崎 花×という存在がそう簡単に人の話を聞くような人間ならば。
最初から親に「さっさと職に就きなさい!」と怒鳴られながらも、家事手伝いを自称するような生き方を選ぶはずがないのだ。
ゆえに、花×は彩華の提言に対して即答する。
「それは出来ないよ、彩華ちゃん。……何故なら、私には守らなきゃいけないモノがあるんだ!!」
予想もしていなかった花×の気迫を前に、一瞬困惑の表情を浮かべた彩華だったが、すぐに険しい顔つきになり花×へと詰め寄る。
「……守るべきモノ、ですって?国民の義務も守れていないような貴女が一体何を守れると言うんですの!!……私は保身や駆け引きなんかでこんな事を言っているんじゃありません。貴方も私にとって守るべき側の人間であるから、助けるために言っているという事が何故分からないんですの!?」
そこまで口にしてから、彼女にしては力なくうなだれる彩華。
「……私だって、本当は、このレースを最後まで……!!」
そんな彩華に背を向けながらーーけれども強い意思を込めた口調で花×が答える。
「確かに私は勤労も納税も出来ていないのかもしれない……だけど、彩華ちゃん。私はいつだって自分の気持ちに正直に生きてきた!……そして、自分にとって本当に大切なモノが何なのか、っていう事に気づけたんだ!!」
……自分の気持ちには正直かもしれないが、他者を欺き続けてきた女が何か口走っていた。
だが、彩華はその言葉から何かを感じ取ったのか、大きく目を見開きながら「本当に大切なモノ……貴女にとって、それは一体何なのですの……?」と花×の背中に問いかける。
それに対して花×は答えることなく、一度だけニコリ、と振り返りながら明るい調子で彩華に語りかけていた。
「だから、彩華ちゃん。……例えどんな時だったとしても、自分の気持ちにだけは嘘をついちゃいけないんだよ……!!」
「……ッ!?」
それは稚拙な感情論と言ってしまえばそれまでの、とるに足らない言葉のはずだった。
だが、その取るに足らない言葉が、激しく彩華の感情を揺さぶるーー。
(……そうですわ。私を信じてこのレースに送り出した鈴音さんや文佳さんや、この特異点で困っているオキナワの人々の想いに報いるためにも、ここでレースを中止にさせるわけにはいきませんわね……!!)
自身の立脚点を思い出し、再び闘志に火をつける彩華。
全く、自分は何を迷っていたのだろう。
大した競争相手ではない……と判断していたはずだったのに、今となっては花×の背中が頼もしく思えてくるから不思議だ。
(花×さんは、納税も勤労の義務も守っていないにも関わらず、これだけ熱心に人々のために”プリティー・サマーレース”を完遂しようと頑張っている……それなのに、”高貴なる者の義務”を掲げる私が退いていてどうするんですの!!)
花×に負けていられないと言わんばかりに、彩華は覇気を込めて叫ぶ--!!
「……私は世界に名だたる草薙財閥の令嬢:草薙 彩華!!無辜の民に災厄をもたらす悪しき怪異は、私が断じて許しませんわよ!」
(何か知らんうちにやる気を出してくれたのは良いけど……結果が伴わなきゃ意味ねーんだわさー)
25年間ロクに結果を出してこなかった花×が、周囲に厳しい目を向けながらエスカ☆武隷奴を構える。
冷めている花×とは対照的に、朱里香が激しく狼狽した声を上げていた。
『草薙選手、大見えを切ったは良いモノの、やはりウェンディゴの速度に追いつけていません!!そのうえ、先程から聞かされるウェンディゴの卑語連発な朗読を前に羞恥心で顔真っ赤ダウン寸前だぁ~~~!!』
『どうやら、草薙選手とイル選手はあぁいった方面の話題にあまり耐性がないようですね。米豪俵選手は平気のようですが、動きが鈍重すぎて単純に攻撃が当たらず、体力だけが疲弊していってる形のようです』
「あ、あんな卑猥な事言ってくるヤツなんか、相手に出来るわけないじゃない!!」
「ド、ドスコ~イ……」
解説川の言う通り、彩華とイルはもともとこういった話題が不得手であり、ウェンディゴに良いように翻弄されるのは当然の成り行きと言えた。
ドス子は彼氏と同棲していた事もあり、そういう意味では2人よりも遥かに耐性があり、超重量級の張り手もウェンディゴに通用する威力を秘めていたのだが、解説川の言う通り肝心の攻撃が当たらない。
そして、遂にウェンディゴの毒牙は花×にまで及ぼうとしていた……。
突如、花×の背後に巨大な人影が姿を現す--!!
「ヌチュクチュ、ベチュズチュルルッ♡」
「ッ!?は、花×ッ!!」
花×の耳元で獰猛とも好色なだけともつかぬ笑みを浮かべながら、官能小説を読み聞かせるウェンディゴの姿を目の当たりにしたイルが驚愕の声を上げる。
……このまま花×も自分達と同じように、良いように蹂躙されるだけなのか、と諦めかけていた--そのときである!!
「へへっ、悪いね!バイノーラルは間に合ってるんだわさ……!!」
そう言いながら、花×が瞬時にエスカ☆武隷奴を背後に振り下ろす!!
ノーモーションで行われた反撃に慌てふためきながら、ウェンディゴは即座に離脱した。
『か、解説川さん、これは一体どういう事なのでしょうか?まったく異性と交際した事もなさそうな黄崎選手が平然とした表情のままウェンディゴと対峙しています!』
速度に追いつけていないモノの、ウェンディゴの卑猥な朗読にも何ら動じることなく武器を振るい続ける花×。
予想外の活躍を見せる花×に戸惑う朱里香に対して、解説川が冷静に分析する。
『ハイ、黄崎選手は趣味として”エスカ☆隷奴”という男性アイドルユニットの応援活動を熱心にしているそうなのですが、彼らは男性向けの凌辱的アダルトコンテンツから抜け出たような独特の色気をウリにしています。そのため、彼らのファンとしてライブに参加し続けた黄崎選手は、自然とそういった話題などに耐性がついたのかもしれません……!!』
解説川の解説通り、花×はエスカ☆隷奴のライブなどを網羅する事によって、究極の耳年魔と言っても良い領域に到達していた。
(まぁ、それだけじゃないんだけどね……!!)
余人の知り得ぬことではあるが--花×はエスカ☆隷奴関連だけでなく、男性声優が演じるヤンデレ青年に監禁されて過激に求められるバイノーラルCDを愛用し、冴えない生活を送る女主人公がイケメンに無理矢理襲われてヤリ捨てされるようなレディコミを部屋の床下が沈没しそうなほど収集しているため、今更官能小説の一冊や二冊くらいで動じるはずがなかったのである。(厳密に言うと、部屋を掃除している母親は知っていることになるが……)
「グ、グウゥゥゥゥゥ……!!ナ、ナンダ、オマエハ……!!アノ太イ奴トモ違ウ、トテツモナイ禍々シイ気配ヲ感ジル……!?全然、coolジャナイ!!」
獣染みた本能が働いたのか、相対していた花×から尋常ならざるモノを感じ取ったウェンディゴ。
これまで彼が相手をしてきた女性は、自分が背後から忍び寄って耳元で囁けば、イルや彩華のように狼狽するか、ドス子のように激昂するかのどちらかだった。
だが、この相手は自分の激しき淫語を直に聞いたにも関わらず、全く動じることなくそれどころか『それがあって当然』と言わんばかりに、ウェンディゴの朗読を水や空気であるかのように扱っているのだ。
……このまま訳の分からない相手に時間をかけるよりも、あと一押しでウェンディゴに出来そうなイルや彩華を狙った方が効率的かつ安全に違いない。
だが、それは”アカテン時空”を通じて確かな知性を得たウェンディゴにとって許しがたい事であった。
(認メン!!……俺ノ朗読ニ、何ノ興味モ示サヌメスガイルナド……ソンナfoolナ事ハ、断ジテ認メヌッ!!)
ゆえに、ウェンディゴは再び花×の背後を狙う。
彼は本能の深い部分で、この背中から逃げているようでは、この先一生どれだけの力や知性、つがいのメスといった存在を得たところで、自身が一歩も前に進めなくなるという事を理解していた。
(……俺ノ速サハ逃ゲ回ル為ノモンジャネェ!!……最速デ得物ヲ、仕留メル為ノ力ダ!!……ココでコイツ一匹モノ二出来ナイナラ、コノ速サニ意味ナンカアル訳ガネェ!!)
何より、そんな振る舞いは全くcoolではない。
ウェンディゴは、自身が誇る”最速”の在り方を証明するために、官能小説を片手に花×へと迫る--!!
『こ、これは一体どういう事なのでしょうか!?……早すぎて何が起こっているのか分かりませんが、な、な、なんと!花×選手が戦わずしてウェンディゴを圧倒しているようです!!』
朱里香の実況通り、現在花×の周りには外部の干渉を阻むかのように超ド級の乱気流が吹き荒れていた。
言わずもがな、これらは全て、ウェンディゴによる高速移動の影響である--!!
驚異的な現象を前に解説川も思わず絶句しているが、彼女が言葉を失くしているのはそれだけが原因ではない。
なんと、花×が自慢の武器であるエスカ☆武隷奴による構えを解いたかと思うと、腋に挟む形で両腕を組み始めていたからである--!!
敵地において無謀としか言いようがない行為だが、花×は先程から高速で自分に浴びせかけられるウェンディゴの朗読に対して
「ん~……野生の獣!って事で荒ぶる本能!みたいなのを期待していたんだけど、爆発的に声に色気が足りてないんだわ。一生懸命やってるんだろうけど、それじゃ濡れない。……何でも引き合いに出すのは良くないって自分でも分かってるけど、それでもやっぱり野生っていうアドバンテージがあるはずなのに、君より遥かに安全な文明社会で生活している”エスカ☆隷奴”のメンバーにワイルドさとかガッツで負けてる、そういう本気の意識ってモンがこっちに見えてこない……っていうのはちょっと問題があるんじゃないかな?と私は思うわ」
「すぐに動揺しない!!……野性味が足りない、素人童貞臭が拭えない、ナイナイ尽くしだって自分でも分かっとるんやろ!?なら、それら全部踏まえたうえでコツコツ一から積み重ねていくしかないやろが!」
などと、どこから目線なのか分からない激しい駄目出しを繰り出していく--!!
「グ、グガァッ……!!」
『こ、これはどうした事でしょうか?……ウェンディゴの速度が目に見えて徐々に落ちていきます!!……解説川さん、ウェンディゴは黄崎選手の叱咤を受けて心が折れたのでしょうか?』
『それもあるとは思いますが……”アカテン時空”を通じてウェンディゴが得たのは、”官能小説を朗読出来るほどの知性の獲得”。先程現れた"殭屍"のように、太陽光や熱さに強くなったわけではありません。……ウェンディゴはもともと冬のカナダに出没する存在であるため、熱いオキナワの地で全力疾走してきた反動が今になって出てきたのでしょうね』
解説川の言う通り、花×による激しい駄目出しの嵐とオキナワに降り注ぐ灼熱の日差し。
ウェンディゴにとっては鞭しか感じさせない『北風と太陽』ともいえるこの二つは、ウェンディゴの精神と気力をへし折るのに充分だった。
とうとう目に見えてノロノロと歩き始めたウェンディゴ。
それを見て好機とばかりに、彩華が声を上げる--!!
「今ですわ!!皆さんで一気に畳みかけますわよ!!」
「言われなくても、分かってるわよ!」
「へっ、今だけは同意しておいてやるでゴワス……!!」
彩華がレイピアを突きつけ、イルが電気を纏ったポニーテールを振り回す。
「ッ!?グガガガガッ……!!」
それをすんでのところで、緊急回避したウェンディゴだったが……。
「おっと、そこに来るのを待っていたでゴワス……!!」
離れたところにいたドス子が、動きを止めたウェンディゴに対して勢いよく張り手を突き出す--!!
「喰らえ、奥義!”ドスコイ楼閣”!!」
強烈な張り手の風圧が、離れた位置で立ち尽くすウェンディゴへと激突する--!!
「……グ、グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?……お、俺、cool……!!伊達、cool……!!」
盛大に唸り声を上げるウェンディゴ。
張り手の風圧に押し出される形で、ウェンディゴの身体は”アカテン時空”を通じて、こことは違う世界へと吹き飛ばされていった--。
「ウェンディゴの消失と共に、瀬底大橋に出現した”アカテン時空”の封鎖も確認。……無事、成功ですわ!!」
「ヤ、ヤッター!!」
「ドスコ~~~ッイ!!」
彩華の報告を受けて、イルとドス子が喜びの声を上げる。
その間にも花×が腕組みの体勢を崩さぬままで、この状況からどうやって、この三人を出し抜こうか……と考えていた--そのときであった。
「黄崎さん、今回は本当に助かりましたわ!……心よりお礼を申し上げますわ」
「あぁ、うん!気にしないで!あの高速で動き回る敵を相手にマトモにぶつかりに行っていたら分が悪いと思ったから、言葉の駆け引きで動きを止めてじわじわと体力を消耗させるのがベストだ、って事に気づく機転の良さをほんの少し発揮しただけだから、気にしないで!!」
皆が最後の一斉攻撃を行っている最中、花×はそれに気づかず延々とウェンディゴの演技に対する批評を行い続けていた。
そのため、このまま手柄を全て横取りされるのでは……と危惧した花×は、何とか自分の功績をアピールしようと必死さを全力で発揮していた。
そんな花×のみっともないまでの姿を目の当たりにしながらも、彩華がクスリと柔らかな笑みを漏らす。
(あぁ、この方は何事にも必死なだけだったのですね……)
そう心の中で反芻しながら、花×に向けて右手を差し出す彩華。
「先程の失礼な発言の数々を訂正いたしますわ、黄崎さん。貴方は、私が全力で戦うに値する最高の好敵手です。……最後まで、共に戦い抜きましょう……!!」
そんな彩華の顔と右手を見ながら、ようやく事態を理解したらしい花×が自身の右手を差し出し握手を交わす。
「もちろんだよ、彩華ちゃん!それと、私の事は気軽に”花×”って呼んでくれて良いからね♡」
「まったく、許可する前に名前で呼んでくるとはこれだから庶民は……ですが、特別に許しますわ!……は、花×さん……!!」
そう言いながら、多少照れが交じった表情のまま強く手を握り返す彩華。
そんな彼女達の様子を黙っている他のメンバーではなかった。
「最大の好敵手はここにもいるわよ!……もう知ってるだろうけど、私はイル。ここにいる全員にぶっち抜きで勝利してやるんだから!」
「……アタイはドス子だ。正直言うと、お嬢様だか何だか知らないがまだアンタの事は気に入らないが……心の友が認めたヤツである以上、アタイもそれを受け入れるだけの度量はある女でゴワス……!!」
そんな二人に対しても、先程とは違う心を許した笑みを返す彩華。
「えぇ、よろしくお願いいたしますわ。イルさん、ドス子さん。……ですが、ドス子さん。度量の大きさというモノはそのように自分で言っている内は、まだまだ狭量と言わざるを得ませんわよ?」
「ッ!穏便に済ませてやろうとしたらテメェ、コノヤロ~~~!!」
「何ですの!?」
「何だコラァ……!!」
「ちょっ、よしなさいよアンタら!!花×も何とかして止めなさいよ!」
そんなやり取りをしながら、少女……もとい彼女達のあいだを、爽やかな風が吹き抜けていく--。




