二人の魔降術士 −2−
月曜の昼下がり、午前中の授業を終えてから実技が始まるまでの合間の職員室で、ディーノとフリオの二人を前にした担任のアンジェラは頭を抱えていた。
「今度はフリオ君が魔降術を……」
神妙な面持ちで両人を見ながら、アンジェラはため息をついた。
「元はと言えば俺が原因だ。罰なら俺一人に与えてくれ」
発端となった出来事を話すわけにはいかないものの、彼女の怒りがフリオに向かわないよう、ディーノはできる限りの範囲で譲歩を求める。
筋書きとしては、ディーノが休日の修練でブフェの山へ外出し、フリオを付き合わせていたが、魔獣に襲われた際ディーノが不覚を取り、偶然見つけた宝石をフリオが危機を脱するために契約を交わして左手に埋め込んだと言った具合だ。
「向上心を持つのはいいけど、危険なことに手を染めるのには感心しないわね」
一度交わした契約と埋め込まれた宝石を無理に外せないことは、アンジェラもディーノも重々に承知してはいる。
「今のところ、ディーノ君もフリオ君も処罰するつもりはないわ。でも、魔降術に精通している先生がいないことも事実なのよね……ヴィオレ先生も音沙汰なし?」
アンジェラの問いにディーノは無言でうなづく。
過去二回手紙を送っても返事は未だ来ていなかった。
「フリオ君は体に異常は見当たらないのね?」
「はい。ドリアルデさんも気性の荒い幻獣じゃないです」
「それについてはわかったけど、近いうちに保健の先生に診てもらうよう頼んでおくから、必ず顔を出してね」
現時点ではフリオと幻獣ドリアルデの状態を詳しく調べなくては、対策の立てようもないと言うことで落ち着いたようだ。
「それと、もう一ついいか先生?」
ディーノは自分の目的を果たそうと口を開いた。
「何かしら?」
「俺の剣を持ち込めるようにしたい」
原則として、アルマ以外の武具を学校内に持ち込むことは禁止されている。
アルマは発動させれば、生徒や教師がそれを感知することができ、校内でのいざこざに使用すれば罰則を下されるが、マナを持たない武器はそれができない。
「理由は?」
「いちいち寮に戻って取りに行くのが面倒だ。俺以外にそう言う生徒はいなかったのか?」
理由としては、校内でディロワールに襲われ、万全の状態で戦いに望めなかったことだが、流石に伏せてもっともな言い訳をアンジェラに説明した。
実際、もどかしいと感じていたのも事実であり、完全な嘘というわけでもない。
「なるほどね。それじゃあ、午後の授業まで待ってちょうだい。役に立つかもしれないものを見繕ってきてあげるから」
* * *
実技の授業は校庭でペアを組んでの魔術演習をアンジェラは説明し、ディーノを自分と組ませる。
「じゃあ、これ使ってみようか」
アンジェラは懐から一枚のカードを取り出した。
裏面には魔符術で使われているものと同じような図形と文字が書き込まれているが、その内容はよくわからないでいた。
「これは《変化》の術式が書き込まれているの。これと同じ術式をディーノ君の剣に施せば、普段はアルマと同じようにカードにしておけるはずよ」
アンジェラは早速、ディーノから剣を受け取って、刀身の根元に羽ペンとインクで術式を書き込んでいく。
「馬の紋章かぁ……これってディーノ君の家の家紋かな?」
アンジェラは術式を書き込んだ部分と反対側に彫り込まれた紋章を見つけ、何気無い疑問を投げかけた。
「俺もわからない。元々は父さんの剣だということくらいしか」
「ふぅん。ディーノ君のお父さんは、もしかしてすごい人だったりするかな?」
「先生には関係ないだろ。で、どうすればいいんだ?」
ディーノは込み入ったことを聞かれるのを避けたくて、強引に話題をそらした。
「話したくないのはともかくとして。前々から思ってたけど、ちゃんと敬語使ったほうがいいよ? 今は良くても、この先そう言うのにうるさい人にも関わるかもしれないからね」
アンジェラの言葉は強く咎めると言うよりも、この先を案じた上での忠告だったが、ディーノは明確な返事はできなかった……。
「さぁ、できたよ」
ディーノの剣は光と共にカードの中へと入り込んでいくように見えた。
「本来はこのカードをアルマに覚えさせれば、アルマを変化させるか出し入れできるようになるんだけど」
魔符術と魔降術では、発動させるためのプロセスに違いが生じる。
ディーノの扱う魔降術は、魔獣や幻獣と一心同体となっているためアルマを必要としない。
なのに、わざわざ魔符術のためのカードなど用意したのか?
「ディーノ君たち魔降術士は、自分自身をアルマにしてるようなものじゃない? だったら、カードを持っていれば魔術が発動するかもしれないってこと。先生も確証はないんだけどね」
魔符術も魔降術も必要なのはマナの塊である宝石であり、それを体の外で使うか、体の内に宿すかと言う違いだ。
「つまりは実験台か」
ディーノはため息交じりに、手渡されたカードに目を向ける。
(ヴォルゴーレ、いけそうか?)
『私も初めてのことだ。だが、彼女の仮説を聞く限りは興味深い』
頭の中で魔術の源である幻獣といつものように会話をしつつも、目を閉じてカードに意識を集中させる。
近いイメージとしては、以前制服を魔衣に変化させたときのことを思い出す。
このカードは自分の愛剣であると強く念じていくと、手の中には鋼鉄の持つ重みと布を巻いた柄の感触が生まれ、目を開いた先には見慣れたバスタードソードの姿が顕現していた。
「できた……確かにこいつは便利だ」
今度は逆に、剣を鞘に納めるイメージとカードの形状を思い浮かべながら同様に意識を集中させていけば、今度は剣がカードへの姿に戻る。
制服のポケットに入るサイズで目立つこともなく、自分の意思で自由に出し入れすることができるようになったと言うわけだ。
(これなら学園の中でもディロワールと戦える)
心の中の本音とともに、ディーノは不敵な笑みを浮かべる。
「あー、ディーノ君。嬉しいのはわかるけど、みだりに剣を振るうようなことがあれば、許可はできないからね」
アンジェラが、おほんと咳払いを一つしてディーノを諌める。
あくまでも、学業における負担の軽減という建前があってのことでアンジェラも許可してくれているのだ。
そこには相互の信頼から成り立っているということは、ディーノ自身まだ完全には気づけずにいることだった……。




