-タツニィ伝-
キャラクター紹介
名前:タツニィ
種族:天使
所属:旅の傭兵
クラス:ビショップ
武器:頭髪
特技:緑のボンバー
こちら(https://twitter.com/dragoon8192/status/897005729004920832)のキャラクターを元に書かせていただきました! タツニィさんに感謝! ボンバァァァァァァ!
「救いは、どこにあるのであるか?」
まるで雲でも掴もうとしているかのように手を伸ばし、男は小さく呟いた。
街道を行く者たちはそんな彼を見ると、誰もがぎょっとしつつその脇を通過していく。
二メートルをゆうに越える屈強な肉体に簡素な衣服とマントだけを身につけ、色の濃い眼鏡をかけた強面の男は、そこにいるだけで圧倒的な存在感を放っている。
そして何より目立つのは、短く切りそろえられた緑色の頭髪のやや上に浮いている、ぼんやりと光る輪のような物だ。
「びっくりした……ありゃ、天使様か?」
「馬鹿! 天使様がこんな所にいるわけないだろうが! ありゃ、破戒僧だよ……おーくわばらくわばら」
この世界における天使とは、すなわち『神の洗礼を受けた者』を指す。
元の種族がなんであれ、神の洗礼を受けた者はその身に天の力を宿す『天使』となり、頭上には魔力が可視化された光輪、背には魔力の羽が形作られる。
「で、その破戒僧ってのは、何なんだ?」
「教会から破門されたり、教会を飛び出してきたはぐれもんだ」
「何であれが破壊僧だってわかるんだ?」
「羽がないだろう? 天使は教会を出るときにその羽をもがれるのさ」
「ふーん……」
見れば確かに男には光輪はあるが羽はない。
いかなる理由があるにせよ、彼が天使ではない事は明らかだった。
「救いは、どこにあるであるか?」
天に縋るようにただただ繰り返す男が不気味だったのか、男たちはそそくさと逃げるように走っていった。
――破戒僧タツニィは、救いを求めていた。
幼き頃に戦に巻き込まれて両親を亡くした彼は、教会のとある僧に育てられた。
血のつながりも何もないタツニィを優しく、時に厳しく育ててくれた師のような存在。
タツニィはその師に救われたのだ。
だから自身も僧になれば、多くの者を救えるはずだと何の疑いもなかった。
『自分が天使、であるか?』
そんな彼が教皇から直々に呼び出されたのは3年前――彼がまだ14歳の時である。
『救いを求めるならば、それもまた一つの道でしょう』
天使が教会に置ける重要な役職だという程度の知識しかないタツニィではあったが、それでも多くの者が救えるならと天使になることを受け入れた。
しかし、
『これが、救いなのであるか?』
天使になったタツニィが見たものは、彼の求めていた救いとは到底違うものだった。
天使とはそもそも魔族――魔帝国の軍勢と戦う事を前提とした僧兵たちの事を言う。
彼もまた多くの戦地に赴き、そこで数々の地獄を見てきた。
幾度となく、敵対する魔族の兵たちを屠ってきた。
その先に救いがあると信じて。
だが、
『た、たすけ……』
目の前で消えていく小さな命をただ見送る事しか出来なかった時、彼の中に満ちていた疑問がついぞあふれ出した。
『救いとは、なんなのであるか?』
その日、彼は天使である事を辞めた。
――それから彼は答えを探して各地を転々とした。
多くの迷える者たちを救い、しかし自分は救われぬまま答えを求めてさまよい続ける。
「何が救いなのであるか? 救いは、どこにあるのであるか?」
しかし、未だにその答えは見つからない。
結局何も掴めぬまま拳を握りしめたタツニィは、それでも今日も答えを求めて進む。
どこかに自身の求める答えがあると信じて。
「あ、あんたもこの先へ行くのかい!?」
と、進行方向から大慌てでやってきた馬車の御者がタツニィを引き留める。
「そうであるが?」
「や、止めといた方がいい! 今この先で馬車が盗賊に襲われているんだ! 巻き込まれたくなきゃ……っておい!?」
聞くやいなや、タツニィは走り出す。
目の前で救いを求めるものを救う、それもまた彼がなすべき事の一つであった。
しばし走ると、動けなくなっている馬車を取り囲む数人の気配が感じ取れた。
「この外道ッ! ひとでなしッ!」
タツニィのいる位置からはまだ多少離れているのではっきりとは言えないが、叫んでいるのは女性だろう。
小さな子供を守るように抱き抱え、涙混じりに必死で叫んでいる。
「へへっ! そうとも、俺たちゃ盗賊一家『外道衆』よぉ」
「女子供にも容赦しないぜぇ?」
「ヒャッハー!」
馬車を取り囲んでいる者たちはナイフなどて武装しているらしく、少し離れた茂みにはもう一人魔術師の気配もする。
そして、
「ヒュー、ヒュー……に、げ……!」
「あなたっ……!」
「おと、さん……?」
襲われている中には今にも消え入りそうな、息も絶え絶えな者がいる。
「ぬぅん!」
タツニィは迷わなかった。
大きく大地を蹴って跳躍すると、茂みの中で小さく笑っていた魔術師めがけ、
「へ?」
豪腕を振るう。
「だめぽらばがっしゃぁ!?」
体重の乗った一撃が顔面にクリーンヒット。
完全に不意打ちを食らった魔術師は奇声をあげながら数十メートルふっとび、気を失った。
「あ、あひゃ………」
かなり大変な事になってはいるが、ピクピクと痙攣しているので死んではいないようである。
「ななな、なんだ貴さm……」
「ふん!」
「ぁふぅん!? あが、が……きゅう」
話し終わるのも待たず、問答無用でボディブローを決め盗賊を地面に沈めるたタツニィ。
「悪党に名乗る名など、持ち合わせていないのである」
残りの二人との距離を測りつつ、大丈夫と判断してすぐに瀕死の男に駆け寄る。
「あ、あなたは……?」
「説明は後、である。……このままではこの者の命が危ういのである」
「そ、そんな……!」
「お、おいおい。どうなってんだよ……!?」
「し、知るかよ!?」
まるで状況が理解できていない一同だったが、タツニィは構わず瀕死の男を手当する。
自らの衣服を破り傷口に押し当てると血の流出は押さえられたが、もう既にかなりの量の血が流れている。
男の容態は悪化していく一方だ。
「……やはり、この程度では駄目であるか。ならば……むん!」
「ひっ!?」
パァン、と突然頭上で手を叩くタツニィ。
半分パニックになっていた女性は咄嗟に子供を守るよう強く抱きしめた。
「驚かせてすまないのである」
タツニィが手をゆっくり開くと、手の平の中にはどこからともなくあらわれた緑の葉が。
「これを飲ませるのである」
「アルゴン神様どうぞ我らをお救いくださいアルゴン神様どうぞ我らをお救いくださいアルゴン神様どうぞ我らをお救いください……」
しかし、すっかりパニック状態に陥ってしまった女性は娘を守ることしか考えておらず、タツニィの声は届かない。
「むぅ……このままではまずいのである。どうか聞いて欲しいのであ……」
「それ、のませればいいの?」
震える声で代わりに答えたのは、母に守られた幼い少女であった。
怖がらせぬよう優しく微笑んだタツニィに、少女もまた微笑み返す。
「うむ。頼めるであるか?」
「わかった!」
「強い娘子であるな」
タツニィは勇気ある少女の頭を撫で葉を託すと、女性を怖がらせぬようゆっくりと立ち上がり、今まさにナイフを振り下ろそうとしていた盗賊の腕を掴んで捻りあげる。
「いだだだだだ……! な、なにしやが……!」
「それはこちらの台詞である。無粋な真似は許さんのである!」
「ひぃっ!? のあぁぁぁぁ!?」
腕を掴んだまま盗賊を振り回し地面に叩きつけるという力技をいともたやすく実行して見せるタツニィ。
教会を出ようとも。並みの僧兵とは一味もふた味も違う。
「ぴぎゅ!?」
叩きつけられた盗賊が目を回して完全に沈黙したのを確認したタツニィ。
「あとは、貴様だけである」
「まままままじかよぉ!」
最後に残った一人を鋭い眼光で睨みつけると、睨みつけられた盗賊――盗賊の頭は、
「ち、チクショウ! これでも喰らえ!」
何かを地面に向かって投げつける。
「む! いかんのである!」
瞬時にそれが何か理解できたタツニィは、とっさに後ろの者たちを守るよう行動にでる。
「へへっ!」
盗賊頭の投げつけた小瓶が地面にぶつかった瞬間、激しい閃光と煙が辺り一面に広がった。
閃光煙火という名の道具で、強烈な光で相手の目をくらまし、煙で姿を隠すという主に逃走補助を目的としたマジックアイテムだ。
「あばよ!」
「ま、待つのである!」
当然、盗賊頭も逃走に使うかのように思われた。
だが、
(キヒヒッ! 逃げたように見せかけて、実は逃げてねえんだな、コレが!)
盗賊頭は煙に乗じてタツニィの背後へ回り込む。
(これだけコケにされてタダで帰れるかよ! ミナゴロシにして、身ぐるみ全部はいでやんぜぇ! キヒヒヒ!)
邪悪な笑みを浮かべ、まずは見せしめに少女たちにトドメを刺そうとナイフを振り下ろす。
しかし、
「無駄である」
「へ?」
キィン、と甲高い音をたててナイフが根本からへし折られる。
はじかれた刃が己の頬をかすめ傷つけたが、盗賊頭にはその痛みを感じるだけの心の余裕が無かった。
「あのまま大人しく逃げていれば、見逃してやったであるのに……」
背後からの異様なまでのプレッシャーに、冷や汗が止まらなかったのだ。
「な、ななななんで!? てめぇ、どうして俺が見えて?」
「愚問であるな……ふんっ!」
タツニィが地面を強打した衝撃波で辺り一面に立ち込めていた煙が吹き飛ぶ。
彼の一撃によって地面には大きなくぼみが出来ていた。
怪我をしていた男とその家族は、固い木の枝のような物で出来た半球状のドームに守られていた。
そしてなにより盗賊頭を困惑させたのは、
「自分には最初から何も見えていないのであるからして、目潰しなど無意味なのである」
盗賊頭の方を向くタツニィのサングラスの奥。
そこに隠されていた瞳は、完全に光を失っているという事だった。
「は? ……へ?」
「修行中の事故でこの両の目は当に視力を失っているのである。天使となって魔力を読みとれるようになるまでは、中々苦労したものであるよ」
修練中の事故で視覚を完全に失ったタツニィであったが、更に厳しい修練を経て、代わりに看えるようになった物がある。
「心臓の音や息づかい、においや、肌に触れる風……この世界に存在するその全てが目を失った自分に世界を看せてくれるのである」
それに加え、タツニィは天使となった事で微細な魔力の流れまで感じる事ができるようになった。
今のタツニィには視覚を失う以前よりも、多くの物が看えている。
「さて……」
「ひ、あ、が……!?」
完全に腰の抜けた男が、それでもなお必死で逃げようと地面を這う。
しかし、何かに足を取られ進む事ができない。
「な、んだよコレェ!?」
足に絡みついているのはこの辺りには生えているはずのない植物の蔦だ。
しかもそれが、どういうわけかタツニィの足元から伸びている。
いや、
「ば、ばけもの……!」
彼の頭部から延びてきているではないか。
先ほどまで短かった緑色の髪、それが絡み合い太い数本の蔦となって意思を持つかのように男を捕えて離さない。
「5秒だけ神へ祈る時間をくれてやるのである」
「と、とれろとれろとれろ……!」
盗賊頭は必死になって蔦をちぎりとろうとするが、とれるはずもない。
これは神の祝福を受けタツニィが得た力。
己の体から自由自在に植物を生み出す奇跡の力なのだ。
「5、4……」
「……んでとれねぇんだよコレェ!?」
「……3、2、1」
「チックショウ!はなせはなせはなせえぇぇぇ!」
「、祈る神もおらんのであるか……残念である」
本当に残念に思いながら、タツニィは頭を大きく振りかぶる。
「ひぃっ――」
「懺悔するのであーる!」
ぐん、と蔦が引き寄せられ、盗賊頭は宙を舞う。
「ぎ、ぎぃやぁぁぁあぁぁあぁぁぁあぁああぁ!?」
盗賊頭を捕縛したまま蔦を中空で振り回すタツニィ。
その様子はさながら、王都に伝わる古劇『ミラーレオン』の一幕であるかのようだった。
「ぎあぁ…………あ……………………」
盗賊頭が気を失い完全に沈黙した辺りで、タツニィは大きく首を振り上げ拘束を解く。
ブゥン、と完全に自由になった盗賊頭の体は天高く舞い上がっていく。
「緑のぉぉぉぉ!」
ズンズン、と片足ずつ大地を踏みしめ力を溜めたタツニィは砲弾の様なスピードで空めがけ跳躍する。
最高到達点まで達し、後は重力にしたがって落ちてくるだけの盗賊頭めがけて。
「ボン――」
「ぶびゃっ!?」
「――バァァァァァ!」
頭にふかふかの緑のクッションを生やしたのは、彼に出来るせめてもの情けであった。
クッション越しでも十二分の破壊力を備えた頭突きは、盗賊頭の身体を“くの字”にまげて吹っ飛ばす。
錐揉み回転をしながら天高く打ち上げられ、下で待ち受けていたタツニィに受け止められた盗賊頭は白目をむき、泡を吹いて昏倒していた。
「あぶぶぶぶぶぶ…………」
「命までは奪わないでおいてやるのである……殺生の先に救いはないのである」
こうしてタツニィはいつものように、誰一人死なせずに事件を収めたのだった。
―――――
「本当に、なんとお礼を言えばいいのか……」
「気にすることはないのである。『救い求める声あらば、もって此を助けん』……それが神の教えである」
盗賊たちを蔦で縛り上げ、タツニィは幾分か落ち着いた女性に微笑みかけた。
「ひっ!?」
だが渾身の笑顔がドン引きされ、タツニィはちょっと凹んだ。
「地味に傷つくのである」
「ご、ごめんなさい……」
「気にしなくても良いのである。よくある事であるからして……はぁ」
何にせよ、母親も娘もそして死にかけていた父親も無事に済んだのだ。
それだけで彼には十分だった。
「タツニィ殿には、感謝してもしたりませんね」
馬車の上に横たわる父親は、やや気だるそうにしながらも人が好さそうな顔で笑う。
「もう良いのであるか?」
「えぇ、おかげさまで。あんなにまず……もとい効果の高い薬草は初めてです」
さきほど彼が飲まさせられた葉は、タツニィの力で産み出された特殊な葉である。
詳しい事は良くわからないが、『死ぬほどまずいが、食べるとなんか元気になる』と評判の通称“タツの葉”だ。
「良薬は口に苦し、とも言うのである。どれ、もう一枚……」
「いやいやいや! 十分、十分ですはい!」
「そうであるか?」
「はい! これ以上なにかいただいても、お返しできるものがありません」
「気にする必要はないのである。全ては我らが神のお導きであるからして、自分ではなく神に感謝するといいのである」
などと多少和やかなムードで三人が会話をしていると、つい先ほどまで近くで花を摘んでいた少女がタツニィの元までやってくる。
「ねぇ、おじちゃん」
「自分はまだそのような歳ではないのであるが……どうしたのであるか?」
「あらあらまぁまぁ♪」
少女はタツニィを驚かせたいのか、ソレを必死に隠そうとしている。
タツニィには全て看えていたが、少女の素直な感謝の気持ちに水を指さぬようあえて知らぬふりをしていた。
「ちょっとしゃがんで!」
「ふふ……こうであるか?」
しゃがんでも尚、少女より高いタツニィの頭。
少女は母親に抱き抱えてもらい、元の長さに切りそろえられたタツニィの頭に花の冠を送る。
「たすけてくれてありがと、おじちゃん」
「こちらこそ、すてきな贈り物をありがとう、であるよ。ただ自分はまだ17歳であるからして……まぁ良いのであるが」
タツニィは髪を少しのばして花冠に絡ませ、けして落ちないように固定する。
神からの祝福よりもずっと尊いこの贈り物を、けして無くさぬように。
「それで先ほどの件なのですが……」
「礼の件であるか? それなら本当に気にしなくてもよいのである」
タツニィはただ彼らを助けたいと思ったから助けた。
言うなればこれはただのお節介であるから、礼などは最初から不要だったのだ。
「そうはいきません。命を救っていただいた上に馬車まで直していただいたのですから」
「むぅ……」
馬車は車軸が折れた事で動けなくなっていた。
しかし、なんということだろう。
タツニィの力で生み出された強靱な車軸をつけることにより、見違えるように頑丈な馬車へと生まれ変わったのだった。
「であるが……」
「あー! そうだ! お父さん! こしょこしょ……」
少女が父親に何か耳打ちをする。
「それは……! いいのか?」
「うん!」
父親はよほど意外だったのか、娘からの提案にとても驚いている様子だった。
なぜか一瞬戸惑いを見せた少女であったが、タツニィの方を見て一つうなづくととてとてと馬車の中へ入っていく。
「どうかしたであるか?」
「娘からお礼の品を送りたいとの事で……ご満足いただけるかは分かりませんが」
「んーっと…………あった!」
戻ってきた少女は小さな小箱をタツニィへと手渡す。
「おじちゃん、これあげる」
「これは、なんであるか?」
少女から手渡されたのは不思議な小箱だ。
表面に幾重にも文様が刻まれ、かすかな魔力の流れを感じる。
しかも小箱は暑い外気にさらされてもなお、さわり心地がひんやりと冷たい。
「あまり高価な物ではないのですが……」
「んっとね、すっごくおいしいんだよ!」
少女が箱を開くと、ふんわりと甘い香りが漂ってくる。
とても心地の良い、心が安らぐような香りだ。
「これは……菓子であるか?」
「はい。水の都にある店の菓子なのですが、娘が大層気に入りまして……」
「すっごくおいしいの!」
声のトーンからも、少女が目をキラキラと輝かせながら言っているのがよく伝わってくる。
「実家への土産にもちょうど良いと思い幾つか買ってきたのです。数は十分にありますので、どうかお一つもらってやって下さい」
「であるが……」
「あげるの!」
タツニィは少し戸惑ってしまう。
これほど複雑な魔術が施された箱に包まれた商品がいくつもあるなんてはずもなく、魔力の流れが感じ取れるタツニィには菓子が実は一つしかない事がわかっていた。
しかしせっかくの少女からの感謝の好意を無碍にするわけにもいかず、タツニィは『では半分だけいただくことにするのである』と、少女と菓子を半分こすることにした。
「んー♪ おいしいよー!」
「で、あるか」
タツニィにすっかりなついた少女は、腰掛けるタツニィの膝の上で美味しそうに菓子を頬張っている。
口の端についたクリームをペロリと舐めとる幸福そうな少女に、タツニィは何か感じるものがあった。
「おじちゃんも食べて!」
「……うむ、ではいただくのである」
タツニィはおそるおそる菓子を口に含んだ。
何を隠そう、彼は菓子など食べたことがなかったのである。
幼い頃に両親をなくし、引き取られた教会はけして裕福とはいえなかった。当然、菓子など食べる余裕はない。
修行僧時代も天使になった後も、彼が食すものは質素な物ばかりだった。
ゆえにこれが彼にとってのファーストスイーツ、初めての出会いだったのだ。
その衝撃たるや、
「んぐっ!? …………!」
「おじちゃん?」
「…………ンンンンンンンンマァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァイ! のである!」
その声は雲を突き抜け、天にまで届かんばかりであった。
さらにそれだけでは終わらない。
「ひ、ひぃっ!?」
「な、なにが起きているんだ!?」
「あはははははは! おじちゃんすごーい!」
タツニィの頭部に生えた緑が爆発的に急成長を遂げ、見事な大樹と変貌した。
なんなら果実まで実を結んでいるではないか。
「これはまたなんと……!」
「アルゴン神様どうぞ我らをお救いくださいアルゴン神様どうぞ我らをお救いくださいアルゴン神様どうぞ我らをお救いください……」
「大丈夫だ、落ち着きなさい」
「すっごーい! あはははは! おじちゃんすごーい! 木がばーんって! あはははは!」
元気にタツニィの周りを駆け回る少女に、父親はやれやれと微笑む。
「っは! 失礼したのである!」
しばしの放心状態からなんとか回復したタツニィは、自分の頭部に生えた大木に一瞬ぎょっとするが、
「ふん!」
スポンッ! と木を抜くと街道脇の邪魔にならなさそうなところへそのまま突き刺した。
ドォン、とあたりが揺れるがもうその場にいる誰も驚かなかった。
「おじちゃんすごーい! あははははは!」
「だから、自分はおじちゃんという歳では……」
その後少女がはしゃぎ疲れて寝るまでの間、タツニィの事を『おじちゃん』 と呼び続けた。
―――――
「おじちゃーん、またねー!」
「さらばであるー!」
結局近くの村まで馬車を護衛したタツニィは少女たち家族と別れ、すぐに次の目的地へと旅立った。
「……『ショートケーキ』であるか」
さきほどタツニィが食した菓子『ショートケーキ』。
それは今まで菓子など全く食べたことのなかったタツニィの魂までも震わせた。
彼はあまり賢いというわけではなく、あの瞬間彼の胸の中に芽生えた感情を正確に表現する事ができなかった。
しかし、彼は見た。
「ただ命を繋ぐためだけではなく、食べたものを笑顔にまでする菓子」
美味しそうに、幸せそうにショートケーキを頬張る少女の顔を。
ともすると彼も同じ顔をしていたのだろうか?
「……知りたいのである」
少し食べただけではわからなかった。
しかし、何かが分かりかけた気はした。
「ならば、確かめねばならぬのである!」
少女の父親がそれは『水の都』にあると言っていた。
つまり目指す場所は決まったという事だ。
「待っているのである! ショートケーキ!」
タツニィはそうして今日も救いを求めてひた進む。
己の納得できる答えを見つけるために。
――これは余談なのだが、タツニィが植樹(?)した“タツの木”は、後に聖人の木として敬われる事となる。
またこのタツの木からとれるタツの実には滋養回復効果があるとされ、木のすぐ下にタツの実を使った菓子を出す休憩所ができることとなるのだが、それはまた別の話である。