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Soul of Clans  作者: 六魂茶
流離いの翼~旅の傭兵たち~
1/4

-ロコニア伝-

キャラクター説明


名前:ロコニア

種族:小人(コビット族)

所属:旅の傭兵

クラス:ポーン

武器:銃(魔銃“ネプチューン”)

特技:オーシャンハリケーン


※旧バージョンで作ったキャラのため一部対応していなかった部分を補足しております。


「ホント、ツイてないわね……」


 スコープ越しに望む遙か遠方。

 無数に産み出される(・・・・・・・・・)魔物たちを一匹ずつ確実にしとめながら、ロコニアはいつもの様に呟いた。



――コビット族であるロコニアは、幼い頃から武芸に秀でたワケではなかった。

 抜きん出て力持ちという事もない。

 身体が人一倍丈夫という事もない。

 足がすごく早い事もなく、むしろ鈍いと言われる程だ。

 そんな彼女が今まで旅をして来れたのは、不幸にも巻き込まれた事件で、幸運にも魔銃“ネプチューン”を手に入れることが出来たからだった。

 その結果別の厄介事に巻き込まれる様になったので、それも完全に幸運とは言い難いのかもしれないが……


「……ツイてない」


 ゆえに彼女は口癖の様に呟く。

 両手両足を縛られた状態で目を覚ませば当然とも言えるが。


「ここは……どっかの小屋ね」


 自分が寝かされている藁の山や、農具などからそう判断したロコニアだったが、手元に相棒の銃が無い事に小さく舌打ちをする。

 ネプチューンさえあれば多少無理をしてでも縄を切り裂く事は可能であったが、


「さすがに武器と一緒に幽閉なんて、馬鹿な真似はしないわよね」


 短く嘆息したロコニアは何とか縄を外せないがのたうちまわってみるが、びくともしない。

 これ以上は体力の無駄だだと判断したロコニアはおとなしく体を藁の山に投げ出した。


「……怪しいと思ったのよ」


 思い返してみれば、そもそも依頼内容からしておかしかったのである。




▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



     【魔物討伐依頼】


 村の近隣に生息している魔物を討伐してほしい。

 魔物の正体は不明。ただし村の若い娘たちが好んで狙われるため女性を希望。

 又、魔物が複数いる可能性があるので長期間滞在可能な者。



 場所:サビーレ村

 報酬:10000G

    村の特産品



△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△




 まず辺境の村が出す魔物討伐の依頼としては破格な報酬である。よほど余裕がある村でも、報酬が10000Gを超える依頼は珍しい。

 それに加え『魔物の正体がわからない』『女性で長期滞在できる者』など条件に不審な点が多い。

 それなりに経験を積んだ傭兵ならまず受けない。

 当然、普段の彼女ならまず間違いなく受けなかったはずだ。

 しかし彼女は受けた、いや受けざるを得なかった。


「……ということはまた無一文?」


 先立つものは何とやら、地獄の沙汰も金次第。

 つまりは、そういう事だ。


「それもこれも! 前回の依頼中に転んで輸送依頼の壷を壊してしまったから……!」


 ロコニアが前回受けた依頼は物品搬送の依頼だ。

 依頼の難易度自体はそれほどでもなく、その代わり報酬もそれなり。

 とはいえ“手堅くコツコツ堅実に”をモットーとするロコニアには、それで十分だった。

 しかし、


「っていうか、なんであんな所にバナナの皮が落ちてるのよ……! ホントツイてない……!」


 不幸にも不幸が重なった結果、ロコニアの奮闘も虚しく依頼品の壺は大破。

 不幸中の幸いと言うべきか、依頼品は壺の中の魔法薬だったため直接的な依頼失敗とはならなかった。

 ただしこぼれ出てしまった中身は弁償が必要で、中々に高価な魔法薬であったために有り金を全部差し出す羽目になった。

 今日の宿代すら無い身の上で、依頼のえり好みなどできる状況ではなかったのだ。


「迂闊だったわね」

  

 そして報酬10000G以上に、『長期滞在が必要』という事は宿と飯ぐらいならなんとかしてくれるのではという邪な考えが、判断を余計に鈍らせた。

 いや確かに村長の家でご馳走になった夕食は満足がいくものであったし、作ってくれたのは年端もいかぬ少女。

 この依頼がハズレなワケがないと完全に油断していた。

 食後に強烈な睡魔に襲われ、こうして縛られた状態で目覚めるまでは。


「こんな事なら街の近くで魔物を狩って魔晶を集めた方がまだ良かったわ……ホントになにからなにまでツイてない……はぁ」


 ツイてないというか、半分は自業自得のようなものである。


「言っててもしょうがないか」


 これからどうなるのか、ある程度は想像に難くない。

 依頼が女性限定だった事から、捕らえられた後される事など非人道的な事以外ありえない。

 まな板の上の鯉と相成ったロコニアに出来るのは、せめて村人たちが子供のような外見のコビット族に欲情するような変態(ロリコン)でない事を祈るだけである。

 などと言っていると、入口の扉がギィ、と軋む。


「……来たか」


 ロコニアは腹を括る。

 なれば手込めにされる前に飛び跳ねて横っ面に一撃お見舞いしてやろうかと自身の運動力では到底無理な事を考えていると、ゆっくりと扉が開かれる。


「……あら? アナタは?」


 餓えたケダモノたちが入ってくるかと思えば、入口に立っていたのは、先ほど村長の家でロコニアに美味しい手料理を振る舞ってくれた村唯一の少女(・・・・・・)

 確か名前は、


「ナーハちゃん、だっけ?」

「(びくっ!)」


 空腹だったロコニアにとって、彼女の料理はまさに天使からの祝福と言えた。

 ゆえに人の顔や名前を覚えるのが苦手なロコニアでも名前くらいは覚えていた。 


「……こんな所に何の用かしら?」


 ロコニアが起きていた事に驚きが隠せない様子の少女。

 なるほど、彼女は料理に薬が盛られていた事を知っていたようだ。

 それが少し悲しかったロコニアは、不機嫌な調子で言い放つ。


「あ、あの……」


 不機嫌さを前面に出しすぎた結果、ナーハは完全に萎縮してしまい何も言えなくなってしまう。

 大人げなかった、とロコニアは反省する。


「……ごめんなさい。アナタも好きでこんな事したワケじゃないでしょうに」


 先ほど料理を振る舞っていたナーハは、素直に料理を誉めると本当に嬉しそうな笑顔をしていた。


『おかあさんに、おしえてもらった』


 そうはにかんだ少女の表情が嘘だったとはロコニアには思えないのだ。

 聞けば、彼女の母親も依頼の魔物の餌食となったと村長が言っていたので、


『私が敵を討つ』


 などと、こういう話には滅法弱いロコニアは決意を新たにしていたものだ。

 依頼が嘘だと分かった今では、その真意まで分からなくなってしまったが。

 だから、ロコニアは知りたかった。


「……ねぇ、どうして?」


 怯える少女に精一杯の優しい声色で語りかける。

 こんなにも震えて、涙まで流している優しい少女がなぜ犯罪の片棒を担がなくてはいけなかったのか。


「……みんなしんじゃう」


 ぽつり、と少女は漏らす。

 辺境の村ゆえあまり教育が行き届いていないのか、少女の口調は見た目以上に幼く、はっきりとしない。

 それでも何とか分かったのは、

『数年に一度、村は大飢饉に見舞われる。それは村の近くにある泉に住む『主様』がお怒りになるからで、その『主様』に貢物……つまり若い女性を捧げる事で怒りはしずまり、村は難を逃れる』

 という、閉鎖的な村でよく聞く呪われた因習の話であった。


「……くだらない」


 しかしそこで問題が起きる。

 村中の女を差し出した結果、幼いナーハ以外にもう村にはまともな生贄が残っていなかったのだ。

 このままでは幾ら飢饉を回避しようと、村は衰退していく。

 それどころか、次の飢饉を乗り切ることさえ危うい。

 そこで村の男たちは考えた。


『村から生贄を出せないなら、外から呼び寄せればいいではないか』


 と。正気の沙汰ではない、とロコニアは吐き捨てた。

 しかしその馬鹿みたいな計画に釣られまんまとやってきた馬鹿な女がいた。

 金無し宿無し食い物無しの崖っぷち傭兵ロコニアだ。


「……ごめんなさい」


 涙を流し、鼻をすすりながら少女はロコニアを縛っている縄を解いていく。


「逃がしてもいいの?」

「(コクン)」


 少女ははっきりと首を縦に振った。

 それがロコニアは嬉しかった。


「さて、と」


 自由を取り戻したロコニアは泣いている少女の頭を優しくなでる。


「ありがとう」

「……ごめんなさい」

「アナタは悪くないわ。だって、逆らったらひどい目に合っていたかもしれないでしょう?」


 此度の事を計画した者たちは、つまり依頼を出した時点で“人一人を犠牲にする事”を決めているのだ。

 追い詰められた人間を刺激する危険性は、むしろそういう人間をたくさん見てきたロコニアの方がよくわかっている。

 ロコニアには、少女を責める事などできなかった。


「……んーん。なーは、だいじょうぶ。なーは、ささげもの、だから」

「――っ!」


『ささげもの』


 この村の事情を知った今、その言葉が意味する真実がロコニアに重くのしかかる。

 村の外から『ささげもの』を用意することができなかった以上、次に犠牲となるのは村唯一となった――


「……逃げましょう」

 

 ロコニアは手を差し伸べる。

 このように小さくて優しい少女がくだらない因習の犠牲になる事が許せなかったのだ。


「……んーん」


 しかし、少女がその手を取ることはない。

 なんとなくだが、ロコニアはそうなのではないかと思っていた。


「みんな、しんじゃう」


 犯罪の片棒を担がされてなお、

 自らが生贄にされそうになっているというのにそれでもなお、

 少女は他の村人の生活を守るために『ささげもの』になると言うのだ。


「……そう」


 ひょっとすると『ささげもの』の本当の意味を少女はしらないのかもしれない。

 しかし本当の意味を知ってもこの少女はこの村に留まると言う、そんな気がするのだ。

 

「なら、私は行くわ」

 

 少女が持ってきてくれたのであろう、見れば小屋の入り口には愛銃ネプチューンが立てかけられている。

 担ぐと感じるずっしりとした重み、共に幾つかの死線を越えてきたロコニアにはそれが安心感でもある。


「うれしかった、おいしいって」

「素直な感想よ。また、食べさせて頂戴」


 最後にロコニアは少女の頭を優しくなでる。

 くすぐったそうに眼を細める少女であったが、


「……んーん。おかあさん、まってる。ばいばい」


 それだけ言うと、小さくお辞儀をして小屋を出ていった。

 涙も見せず静かに去っていく少女を、ロコニアは複雑な顔で見送るしかなかった。


「……私はどうするべきかしらね?」


 彼女の他に誰もいなくなった小屋の前で、ロコニアは自問する。

 答えてくれる誰かは、もうそこにはいない。 

 しばしの間目を閉じていたロコニアの耳に、男たちの怒声が聞こえてくる。

 どうやら少女がロコニアを逃がした事がバレたようだ。


「……まずは安全な場所を探さなくちゃ、ね」


 ロコニアは愛銃を担いで森の闇の中へ消える。


『どうするべきか』


 なんて尋ねた所で、その答えに意味なんてない。

 なぜならやるべき事は最初から決まっていたのだから。



―――――


「ホント、ツイてないわね……」


 スコープ越しに望む遙か遠方。

 無数に産み出される(・・・・・・・・・)魔物たちを確実にしとめながら、ロコニアはいつもの様に呟いた。


「これ全部タダ働きなんて……ホント割に合わないわね」


 村から少し離れた所にある泉。

 そこからさらに少し離れた位置にある大木の枝葉に隠れて、ロコニアは淡々と引き金(トリガー)を引き続けた。

 10、11、12……50を超えた所でロコニアは数えるのを放棄した。


「これの、どこが、“主様”だっての、よ!」


 結果から言えば、“主様”など単なるまやかしであった。

『ささげもの』を持ってきた連中は泉から湧き出てきたソイツ(・・・)を見た途端、一目散に逃げ出したのだ。

 あれは完全にその正体を知っている人間の行動だった。

 

「ゲルスライムの亜種、かしら? ホント、良い趣味、してるわ!」


 ゲルスライム。

 主に泉や川など水中に生息しているスライムの一種で、水中に同化し、近寄ってきた魚や小動物などを襲う習性がある。

 ひとたび飲み込まれれば脱出は困難を極め、窒息等により力尽きた後はその体内の消化液で文字通り骨の髄まで溶かしつくされる。

 初心者殺しとして大変有名、いや悪名高い厄介な魔物の一体である。


「……どこまで食えば、あそこまで、おっきくなるのか! ……少し教えて欲しいくらいだわ」


 そして泉に済んでいたの個体は今までに見たことがないくらいに巨大な人喰いスライムだった。

 あれだけ大きいと、この水場を頼ってくるほとんどの生物は餌食になっているとみて間違いないだろう。


「たしかサビーレの畑ってあの泉から引いた水で……うぷ。考えたら少し気持ち悪くなってきたわ」


 巨大なスライムが消化しきれなかった養分(・・)が泉にあふれ、村を肥やしていた。

 そう考えると、確かに生け贄を捧げることで村が潤っていたと言えなくもないが、なんにせよ気持ちの良い話ではない。


「……にしても、どんだけ増えれば気が済むのよ。このままじゃ……!」


 次々と生み出される子スライムの核を的確に打ち抜きながら、ロコニアは巨大なスライムのすぐ近くで呆然としている少女を見つめる。

 “ぬしさま”を信じこまされ、“ささげもの”になれば母親に再び会えると信じていた少女は、何を思うのだろうか。

 ロコニアは苛立ちを隠せず、何度も舌打ちをする。


「……まだなの!?」


 普段はクールな彼女が珍しく声を荒げるが、歴戦の相棒は何も答えてはくれない。

 その一方でスライムは徐々に少女へと迫っていき、両者の間の距離はもう50mもない。


「いっそ一度攻撃をして……いいえ、焦ってはダメね」


 魔銃ネプチューン。

 いっそ大砲とも呼べるほど大振りなボディから放たれる銃弾は、並みの魔物であれば一撃で仕留められるほどのポテンシャルを持っている。

 それこそ、生まれたばかりの小さなスライムの核を吹き飛ばす程度ならば造作もない。

 しかしあの巨大なスライムを一撃で屠れるほどの火力は、残念ながら今のロコニアには引き出せない。


「もし仕損じて逃がしてしまえば、全部パー……また同じことが起きてしまう」


 仮に倒し切れず逃してしまう事になれば、さらなる被害は免れないだろう。

 ゆえに確実に、スライムの息の根を止める必要がある。


「あと少し……! あと少しで……!」


 魔獣ネプチューンの真価を発揮するための魔力、それを充填する方法はいくつか存在する。


「早く、早く……!」


 一、持ち主が魔力を銃に注ぎ込む。

 しかしこれは、ロコニアには不可能である。彼女は先天的に魔力が高かった訳ではない。

 少なくとも、ロコニアがあと100人はいないことには十分な魔力量とは言えない。


「あと、あと少しなのよ……!」


 二、第三者に魔力を注ぎ込んでもらう。

 これならば魔力が少ないロコニアでも可能だ。

 だが当然のごとく魔力を注ぎ込んでくれる人間など、この場には存在しない。


「――来た!」


 三、これが最後の手段であるが、


<ウォォォォォォォォォォォン……!>


 ネプチューンの弾丸で魔物を屠ることでフィードバックしてくる魔力を蓄積し、必要な魔力を充填するのだ。

 ただしこの方法には何百という数の魔物を倒す必要があるという、欠点があるのだが……


「無限に増殖できることが、アンタの敗因よ!」


 幸か不幸か、魔物は延々と増え続ける。

 今回に限っては黙ってそれを処理し続ければ魔力が充填できるのだ。

 しかし、ここで一つロコニアの計算外の自体が発生する。


「ちっ! さすがに気づかれたか!」


 ネプチューンが膨大な魔力をため込んだ結果、巨大スライムに存在が気づかれてしまった。

 スライムなどの魔物は、視覚、嗅覚、聴覚などの知覚器を持たない代わりに、魔力などに対する感受性がきわめて高い。

 恐ろしいまでに膨れ上がった魔力は、例え300mの距離が離れていようとやすやすとスライムへと伝わったようである。

 先ほどまで少女を喰わんと迫っていたスライムも今や完全に標的をロコニアへと変え、その蝕指を向ける。


「ちっ!」


 ロコニアは狙撃体制から姿勢を起こし、衝撃に備えて全身で銃を構える。

 狙いは当然巨大なスライムの紅々と脈打つ核の中心。

 肩に担いだ銃を両足で支えるというとんでもない姿勢から放たれる一撃には、狙いもなにもあったものではない。


「ま、あんだけでかけりゃ外しようもないけど――」


 巨大なスライムが触指をドバッっと噴出させる。

 森の木々の葉を枝を幹を貫き、なお勢いを失わぬそれは極上の獲物を頂こうと一直線に伸びてくる。


「いくわよ、相棒(ネプチューン)!」


 眼前に迫る触指をものともせずに、ロコニアはガチン、とトリガーを引く。


「オーシャンハリケェェェェェン!!!!!!!」


 轟音と共に射出された巨大な水球は、木の幹すら貫いた蝕指をいともたやすく吹き飛ばす。

 弾丸というよりもはや砲弾に近いそれは、ぶれることなく一直線にスライムの元まで到達し、一瞬で核に大きな風穴を穿つ。

 相手がスライムなので断末魔の悲鳴こそなかったが、核の脈動が止まった瞬間、スライムを象っていた大量の水分がはじけ飛んだ。

 あまりの巨体だったためにその規模はそうそうたるもので、大量の水分は豪雨のようにあたり一帯へと降り注いだ。

 

「え? ちょ……!?」


 激しいしぶきはどんどん広がり、木々の間に隠れていたロコニアの元にまで届く。

 お分かりの事とは思うが、スライムというのは大変粘性の高い液体で形作られている

 例え核が機能を失ったとしても、その性質までは変わらず……スライムの返り血(体液?)はぶっちゃけぬるぬるしてて気持ち悪いともっぱら評判である。

 それが、


「ホント、ついてな……」


 無情かな、ロコニアにも余すところなく降り注いだ。

 彼女の悲嘆にくれる嘆きは、滝のように降り注ぐぬるぬるの液体の音にかき消された。




―――――




「ろこねぇ! ふく! ふく、いっぱい!」

「え、えぇそうね」


 花が咲いたように笑う少女に苦笑しながら、ロコニアは若干眉をひきつらせた。

 結論から言えば、サビーレ村からの依頼は達成することができなかった。

 というよりも、そもそもの依頼が依頼として成立していなかったのだから、達成も何もないのである。当然報酬が支払われる事もない。

 そしてもう一つ、


「すごいね!」


 ナーハは、ロコニアが引き取ることにした。

 

「…………」

「ろこねぇ?」


 ナーハの言葉から、おそらく彼女の母親は『ささげもの』としてスライムの生贄になったであろう事がわかった。

 では父親はいないのか? ナーハに訊ねてはみたが、彼女自身も何も知らないようだった。

 ただ『おとさん、おかあさんと、いっしょ』と、村長に教えられたという。

 ナーハの母親と一緒にスライムの餌食となったか、妻が生贄にされるのに反対して村の者に消されたか……どちらにしてもハッピーエンドには程遠い。


「……ごめんなさいね、なんでもないわ。確かにすごいわね」

「うん!」


 ではナーハを村に返すのか? そんなのは断じてNOだ。

 因習を本当に信じていたのか、村が潤うカラクリを知っていて生贄を送り出し続けていたのか。

 真意がどうであれ、村の連中はこの心優しい少女を生贄にする事を躊躇わなかったのは事実だ。

 そして“主様”がいなくなった今、彼らが何をしでかすか想像もつかない。

 ロコニアとしてもこれ以上の厄介ごとに巻き込まれるのは御免だし、なによりこの少女にはそういう事とは無縁に生きてほしいと思う。

 たとえそれがロコニアの単なる自己満足だったとしても。

 そんな決意を静かに胸に秘めながらも、今の彼女の頭の中は別の事でいっぱいだった。


「……うぅ、乾いたのにまだべとべとする……スライムなんて大嫌いよ!」


 全身ぬるぬるまみれの恥辱を味わったロコニアとしては、さっさと宿を取って湯あみをし、ぬるぬると疲れとあとぬるぬるを綺麗さっぱり洗い流したかったのだが……


「ほんとに、いいの?」

「いいのよ。ここはお姉さんに任せときなさい」

「……うん!」


 有り金と共に着替えなどの持ち物も差し出してしまったロコニアには替えの服がない。

 着の身着のまま連れ出してきたナーハにも、当然着替えと呼べるものが何もない。

 せっかくぬるぬるを落としても、汚れた服を再び着ては意味がない。

 まずは着替えの服を調達することが先決だった。


「ふ、ふふふ……」


 そこで問題となってくるのがそう、お金の問題である。

 つい昨日まで無一文貧乏人街道まっしぐらだったロコニア、しかしその財布は一晩でパンパンに膨れ上がっている。

 いったいどのような奇跡が起こればそうなるというのか?


「ゲルスライム……いえ、ヌシスライムとでも言うべきかしら? ぬるぬるで最悪な奴だったけど……」


 ロコニアは転んでもただでは起き上がりたくない女だった。

 ただ起き上がるだけでは、その先に待っているのは弁償という名の地獄だった。

 だから今回は、出来るだけのことはやろうと思ったのだ。


「まぁ、お金になってくれたのは感謝ね」


 さてここで一つ豆知識なのだが、魔物の核というやつはつまり高密度の魔力の結晶体であり、魔術師や錬金術師にとっては触媒となる重要なアイテムなのだ。

 そして今回、大量の子スライムや巨大なヌシスライムを討伐したことでその魔晶が一度で大量に採取できた。

 これを売らない手はないという事で、ロコニアは一晩かけて大きな塊から小さなかけらまで余すことなく魔晶を拾い尽くした。

 結果、10000Gを遥かに超える金額を一晩で稼いだのだった。

 もう一度やれと言われても、絶対に断るレベルのしんどさではあったが。


「……帳尻合わせても絶対に帳消しにはならないけど」


 兎にも角にも、懐が満たされたロコニアにとって服の一枚や二枚どうという事はない。


「ろこねぇ、ふく、ぬげない!」

「あーはいはい……ったく、旦那もいないのに子守りて……ますます男っ気がなくなりそうじゃない」

「ろこねぇー!」

「はいはい」


 懐があたたければ誰しも気持ちに余裕ができるものだ。

 今の彼女はいきなり目の前にドラゴンが表れても驚かない自信があった。


「んー……ぬげたー!」

「はいはい上手に………………?」


 自信は、あったのだ。


「……………………は?」


 スポン、と勢いよく服が脱げたナーハを見て、ロコニアは思考が停止する。


「んー?」


 ナーハの身体には、厳密にいえばむき出しになった下半身には、無いはずのモノがあったからだ。


「……はは」


 そのモノを凝視しながら、ロコニアは思考を瞬時に巡らせる。なぜ、なに、どうして?

 いくつもの可能性を考慮し、一つの結論へと棄却した。


「そう、つまり前回の生け贄……おそらくナーハの母親でしょうけど、その人が生贄になった時点でもう村に“女”はいなくった。そこでいつ来るかもわからない次の飢饉のために女を外から呼び入れるのではなく、一番近かったナーハを生け贄として捧げられるように育てる事にしたってワケね。でも飢饉が近づいてくるに連れやはり本物じゃなきゃ主様の怒りを買うかもしれないと恐れを抱き外から女を呼び込む計画を実行に移した……だとしたらホント、あの村の連中良い趣味してるわ」


「ろこねぇ?」


 あまり難しい話は分からないのであろうナーハは可愛いらしく首を傾げている。


「なんでもないわ。変態は死ね、ただそれだけよ」

「へんたい?」

「覚えなくてもいいの。でも、そうね。まずは一度店を出ましょうか」

「えー? なんでー?」


 ロコニアは手早くナーハに服を着せるとそそくさと店を出る。


「ここね、女物しかおいてないのよ」

「んー?」


 その言葉の意味するところがわからない少女のような少年の手を引きながら。


「ホント……ツイてないわねぇ」


 ロコニアはいつもの様に、いつもの口癖を口にする。


「ツイてない? なにがー?」

「……いいえ、何でもないわ」


 だが、その顔はいつもより少しだけすがすがしく見えた。



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