20代男性 5
昼休憩である。
社会人ともなれば良い大人だ。
いかに便利な能力があったところで、今日手に入れたばかりの力ーーしかも、きちんと思考しなければ発動しない力ーーを頻回に使いまくれるかいえばそんなことはない。
自分の仕事をこなしていくことに精一杯で、能力を使って仕事を楽にするということなど考えつかなかった。
そんなこんなで通常の平日を過ごし、あっという間に昼だ。
「何か今日電話対応多すぎなんだけど」
「私は書類が終わんないです」
休憩に入る余裕もなさそうに、道上が答えた。
「今日までだっけ?報告書」
「そうなんですよ〜サボったツケかなー。片倉さんやる?」
「昼いただきまーす」
「くっっそおおおお」
サボったんならしゃーない。
「ほらよ」
「えっくれるの?」
能力で出したカレーパン。これもいつも食べているやつだ。
「女の子にくれるようなものじゃないけど...ありがと片倉さん」
道上はパソコンの画面を見たまま、カレーパンを頬張った。
今日は好感度上げまくりだな!
俺も昼飯に出かけよう。今日だけは、ちょっと豪勢な昼に挑戦だ。
「はーーん...」
会社の屋上、こんなとこ実際誰も使わない。
俺の目線の先には、ランチセットが並んでいる。
ビニールシート、クッション、箸、そしてカツ丼。
この右手は相当出来がいい。
考えを現実にするのは、そこまで難しいことではないようだった。
悪魔に聞いた”死”については、確かにイメージが体に染み付いていない。
死んだこともないし。
死んだ人は見たことあるがな...。
「いただきます」
右手の平を前に向け、少し光ったかと思うとペットボトルのお茶が現れる。
金の心配が要らなくなるな。特に飯においては。
他に何ができるだろう。
この昼休憩の間に、いろいろと試したい。
俺はまた右手を前に出した。
「こーんにちは」
「...!?!!?」
気付くと、昨日の悪魔が隣に座っていた。
「楽しそうなお姿が見えましたので...再度驚かせてしまって申し訳ございません」
「あの下手くそな手紙でも良いから何か言ってから来いよ...」
ニヤニヤ微笑んでいる。
「さあ、どうされますか?契約されますか?」
「今日楽しけりゃもう要らねえよ...」
「ふむ、今日だけでよろしいのですか?
救心情報誌には相変わらずお名前がございますのに」
「そのことだが、強い願いなぞわからん。他を当たった方がよかったな」
「お客様を選ぶ権利は私どもにあります。貴方様に差し上げたかったのでございます」
じゃあ、その願いを教えてくれないか。
俺が強く望んだ何かが、一体どういうものだったのか。
カツ丼を食べながら考えたって思い浮かばない。
悪魔が興味を持つくらい、俺の望みは強いのだろう?
「お聞きになりたいのですか?」
「ああ」
「聞いてしまったら、契約するのと同じことになりますよ」
「悪徳だな」地獄に連れてく準備が完了するってことか。
「それでも、聞いておこうかな。
お前を拒否するのも少し疲れたし、何か地獄行きで失う物もない気がしてきた」
本当の気持ちだ。
大事にしてる何かなんて、当の昔に消えたんだ。
「案外、往生際が宜しいのですね」
「別に、使ってて害も無さそうだから好きに使わせてもらうだけだ」
悪魔は少し不満そうだったが、懐から取り出した契約書に自身の血判を押した。
「ワタクシの血と混ざることが必要となります」
傷をつけられるようにナイフを置く。
「使い放題か?」
「言い忘れておりましたが、本契約では想像や空想すらも現実にすることができます」