会社員 20代男性 3
俺は日中、とある商社にて契約社員として働いている。
28歳にもなって契約社員ってのは不安もあるが、実際のところ今の職場は働きやすく、転職自体が面倒。
営業で地方にも行かされるものの、独り身だから気楽なものだ。
そんな俺が、一体何に不満を持っていると言うのか。
「心の奥底の、強い叫びでございます」
「何も考えてないけどな」
「考えていなくとも、無意識に存在している筈です。”こんなことしたくない””俺は自由でありたい”」
そんなの、誰しも多少思うんじゃないか?
悪魔が、一枚の紙を手渡してきた。
「譲渡契約書...サインしろってか」
「能力の受け渡しに必要なだけです。血判でお願いしたく...」
「急に現れた悪魔と、身に覚えのない願いのために契約なんかできるか。帰ってくれ」
こっちは明日も仕事なんだ。
悪い夢だったということにして、早く寝てしまいたい。
「左様でございますか...では、一日だけお試しで使ってみるというのはいかがでしょう?」
「引き下がれよ、こっちだって営業やってんだ。お前みたいな諦めの悪いやつは契約とれねえぞ」
「一日で消え去る簡易的なものですから。髪の毛一本だけ頂ければオウケイでございます」
引き下がる様子はない。
寧ろこちらが苛ついている様子を楽しんでいるようだ。
このままでは寝られない。起きても付きまとわれるかもしれない。
「ちっ」
俺は渋々、髪の毛を一本抜きとり悪魔に渡した。
「これで満足か?とりあえずノルマみたいなモンがあるなら、髪の毛見せりゃ仕事の証拠にゃなるんだろ」
「何と慈悲深い。ありがとうございます」
悪魔はキレイな箱(結婚指輪をいれるような形状だ)を取り出すと、そこにパタンと俺の髪の毛をしまった。
「それでは、明日一日お楽しみくださいませ。目が覚めたら、すぐにお使いいただけます故。
能力がお気に召しましたら、お呼び立てください」
すぐにでも伺わせていただきます...その言葉を遺し、悪魔は煙となって消えた。
「.........なんなんだ」
本当に何なんだよ。
水を飲み、電気を消し、少しだけ温もりの残る布団へ。
何で俺だったんだ。俺は何を強く望んだ。
「社会への不満...か」
それなりの生活に、満ち足りていると思うのに...。
夢と思いたかったからか?
夢を見た。
上京する前の、高校時代の。
好きだった幼馴染と歩いた畦道が。
今はもう、新しい家々に塞がれて。
俺の思いも塞がれて。
泣いてる誰かが、あの子なのか誰なのか。
俺にはもう判断がつかなかった。