第21話 婚約者の美少女
「おい、ネオプトレモス! おいっ! 起きろ!」
「……?」
重い瞼を開けてみると、アテナが俺の首を絞めていた。
いや、なんで首絞めてるんだよ。しかも起きろって。それじゃあ永眠するに決まってるわ。
「お、起きてますよ……うごっ!?」
「ふむ、そうか! 無事か! いやあ、私の蘇生に不手際があったのかと思ったぞ。これで私の評判は守られた」
「その前に俺の命を守ってくれませんかね!?」
「えっ、なぜ?」
心底驚いた顔の女神であった。
俺はたっぷり生死の境をさ迷ってから、肺に空気を取り入れる。ああ、呼吸をするのは大変だなあ。
「――で、ここどこですか? 俺、戻されたんです?」
「そうに決まってるだろう。戦車の暴走に工場を巻き込んで、貴公は一回死んだのだ。アンドロマケとヘクトルも行方不明となった」
「死んだかどうかも分からない、と?」
「その通り。二人の蘇生はプロメテウスが担当していたようだったからな。私が調べようにも限度があるし、何よりやつと連絡が取れない」
「……」
判断の甘さに気が滅入る。プロメテウスの攻撃から二人を守ろうとしたのに、間接的とはいえ引き金を引くとは。
二人も蘇生されたことを、俺は祈るしかない。少なくともアンドロマケについては、まだ利用価値があるだろうし。
「――さて、これからどうしますか? プロメテウス様、放置するわけにもいかないでしょう?」
「当然だ。貴公には直ぐにでも、あの異世界へ戻ってもらう。父上も早急に対処せよとのことだからな」
「俺一人で?」
「いや、応援は出す。――入れ」
無機質な扉の向こうへと、アテナは声をかけた。
定型的な挨拶をして入ってくるのは、今の俺とそう歳の変わらない美少女だった。
「――」
思わず、見惚れてしまう。
絶世の美女、ならぬ美少女とは彼女のことだろう。美しい、以外の表現が見当たらない。堂々とした身振りもまた、彼女の美貌を思う存分まき散らしている。
凛々しい姿勢、男を誘惑する、どこか扇情的な眼差し。
この美少女は俺に惚れてるんじゃないか――なんて錯覚を、自然と抱かせるぐらいの威力はある。
「ふふ……」
蠱惑的な笑みを浮かべる、謎の美少女。
短い黒髪は中性的で、妙な親しみやすさを訴えていた。一方、肉付きは完全に女性のもの。神の意向を持って作られたような、鳥肌が立つほどのスタイルを見せつけている。
服装は以前、アンドロマケが着ていたのと同じものだ。動きやすさを重視した、ノースリーブのドレス。
「――おいおい」
もう見惚れてる場合ではないので、俺もいい加減口を開く。
抑揚には自然と、懐かしさが籠っていた。
「久しぶりだな、ヘルミオネ」
「ええ、お久しぶり。っていっても、ついちょっと前に顔を合わせたばっかりなんだけど?」
「は?」
「いや、ほら」
途端、彼女の輪郭が不思議とぼやける。
治った頃には、アンドロマケの姿に変わっていて。
「――は?」
「この身体、面白いでしょ? 自分のイメージした通りに変身できるの」
ほらほら、とヘルミオネは次々に姿を変える。彼女の母親だったり、叔母だったり。しまいには俺の母親すら混じっていた。
彼女は少し前に、俺と再会したという。
「お、お前、もしかして……」
「そ。地下で目覚めた、アンドロマケだと思ってた女がアタシ。驚いた?」
「そりゃあ驚くわ……」
変身するだなんて、祖母じゃあるまいに。
一番見知った、ヘルミオネ本来の姿で彼女は笑っている。