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英雄=掠奪者、あるいは欲望に従う者  作者: 軌跡
第一章 二度目のトロイア
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第20話 絶火の戦車

「ネオプトレモス、ヘクトルの両名。余に謝罪せよ。さすれば、此度の蛮行は不問とする」


「――よし、謝ろうか」


「いや駄目でだろ!? アンドロマケを助けられなくな――」


 話はそこまでだった。一頭の神馬に引かれた戦車が、俺達に向かって走ってくる。

 まるで、光の矢。

 反射的に四肢を弾くものの、余波までは防げない。俺とヘクトルは別方向に、力の限り吹っ飛ばされる。


「っ……! アンタは先に行け!」


「き、君はどうするんだ!?」


「一人でどうにかする! こちらとら海神の加護だってあるからな!」


「だが……!」


 戦車は止まらない。ヘクトル目掛けて突っ走っている。

 俺が取った対策は、わりと単純だった。

 水神の加護。それを用いてヘクトルを水で打ち上げるという、強引な解決策。


「む……!」


 何もない空白から、突如起こった強烈な噴水。

 神の力によって捻じ曲げられた物理法則は、不規則な軌道を描いてヘクトルを運んでいく。噴水、というよりは、水の登り坂みたいだった。


「そらっ!」


 追撃しようとするプロメテウスに、俺は一閃を叩き込む。

 しかし、炎で作られた戦車には手応えというものがまったくなかった。それどころかケイローンに引火し、俺の手目掛けて火が伝ってくる。

 もちろん、加護を使って鎮火してやるまでだが。


「……そうか貴様、海神テティスの血縁か」


「孫です孫。あんまり頼ると、後で叱られるんですけどね……!」


 再び詰まる間合い。

 プロメテウスの戦車は、迷うことなく正面から来る。こちらとしては火を鎮火させたいところだが――そもそも通用するのかどうか。


「クシフォス!」


 ギリシャ語で剣を意味する言葉とともに、水の刃を宙に作る。あまり切れ味があるようには見えないが、そこは神の力。加護様様である。

 俺の意思に従って、剣はプロメテウスへと飛びかかるが――


「ふん」


 戦車の炎が壁となり、一瞬で蒸発した。

 やはり戦車をどうにかしないと、プロメテウス本人は落とせない。水神テティスの力でどこまでやれるか。


「太陽神の守りを破れると思うか? ――余への反逆、後悔させてやろう」


「……」


 戦車を引いている神馬の相貌が、俺を睨む。

 どうする? このまま戦ったって、徐々に追い詰められるだけだ。逃げ回ったところで、上のヘクトルが危険に晒されるだけでしかない。

 どうにかして、やつの足を止める。


「つっても、逃げられる可能性もあるしな……」


 こうなったら、戦車の主導権を握るしかあるまい。

 アレは、資格のない者に操ることが出来ないという。かつて太陽神の息子が操ろうとした時には、ものの見事に暴走。彼を殺さなければ止められない事態になったそうだ。

 それをもう一度行う。

 幸い、死んだあとでも俺は取り返しが効くのだ。

 やろう。


「……」


 一色触発の空気。

 戦車から発された轟音が、すべての合図だった。


「っ……!」


 すれ違う一瞬。

 どうにか、戦車に手が届いた。


「貴様、人の分際で……!」


 振り落とそうとするプロメテウス。

 しかしお生憎様、腕っ節については俺の方が慣れっ子だ……!


「!?」


 なぜかもみ合いをせず、即座に戦車からおりるプロメテウス。

 直後。


「うおっ!?」


 手綱が俺の身体に巻きついた。

 コントロールするどころの話じゃない。灼熱の縄が四肢を、全身を焼いている……!


「っ、く……!」


「ふん、無駄と分かっていただろうに。そうしてまで罰を受けたかったのか?」


 神が向ける嘲笑。俺は感情的になってもがくが、余計に身体が縛られるだけだ。

 戦車は暴走し、ヘクトルの元へと駆け上がる。


「やべ……!」


「ネオプトレモス君!?」


 作業中のヘクトルに、戦車の神馬が狙いをつける。

 俺は激痛の中、力の限り手綱を引いた。


「この――!」


 だが、向きが変わることはなく。

 ビーカーのアンドロマケごと、工場は木っ端微塵に破壊された。

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