第18話 ヘクトルの決定
「ど、どういうことだよ、これは……」
「見ての通り、プロメテウス様が行っている実験だよ。ほら、奥」
「……!」
巨大なビーカーの中で眠る、一人の少女。
白衣を着たその姿を、見間違えることなど出来なかった。
「アンドロマケ――!」
「ここは彼女の量産工場だ。君とついさっきまで行動していたアンドロマケも、ここで作られたアンドロイドの一体だよ」
「……アンタ、こんなことに協力してたのか!? 恥ずかしくないのかよ!?」
「ああ、屈辱さ」
ヘクトルはいつの間にか、俺との戦いで使った剣を手にしていた。
何をするのか、俺は俺なりの解釈しか出来ない。なので、
「ど、どうする気だ?」
「この工場を破壊する」
さっぱりと。
プロメテウスに対する裏切りを、ヘクトルは口にした。
「あの巨大ビーカーには、プロメテウス様が色々と細工を施していてね。工場の機能自体を落とさないと、壊せない仕組みになってるんだ」
「……それを、俺に手伝えと?」
「そうなるね。といっても、大部分は私がやる。しかし私は死ぬだろうから、アンドロマケのことを頼みたい」
「!? な、何で俺が!? 普通はアンタの仕事だろ!」
「いや、君の仕事だ」
ヘクトルは言い切った。
そんな反応をされると、俺も言い返す気にはなれない。彼ほどの男が決めたことだ、訂正なんてあってたまるもんか。
「正直、私は彼女の伴侶として釣り合っていない。死後にまで一緒になろうとは思わないさ」
「……理由を聞いてもいいか?」
「どうして? 君にとっては、好都合なことだろう?」
「つまんねえ理由だったら、断ろうと思って」
「――」
は、とヘクトルは笑う。俺にはその意味が分からなくって、目の色を変えることも出来ない。
しかし肝心の部分は通じたようで、彼は量産される妻を見ながら語りだした。
「私はトロイア戦争で君の父に討たれ、彼女は一人身となった。その後トロイアは君たちに敗北。……アンドロマケの人生は、ここで終っていたとしても不思議じゃない」
でも、とヘクトルは言葉を足す。
「君がいたおかげで、彼女はもう一度機会を得た。生きるチャンスを、確かに手に入れたんだ」
「……そのお礼だってことか? なら――」
「いや違う。私はね、彼女を縛り付けたことを悔いているんだよ」
「――」
「アンドロマケは、君の愛情を受け入れようとしなかった。私に立てた誓いを守って、君を拒絶しようとした」
「嫌なのか? それが」
むしろ良い話だと思う。死んだ後も自分を想い続けてくれる人なんて、めったに巡り合えるもんじゃない。
しかしヘクトルの横顔は、苦悩しか映さなかった。
「確かに光栄ではある。……だがどちらにせよ、私はアンドロマケを拘束した。彼女が手にした筈の新しい幸福を、私一人の存在で奪ったんだ」
「……贅沢な悩みだな」
「まったくだね。でも、私自身が納得できないんだからどうしようもない」
ヘクトルは剣を構える。
その動きに反応したのは、俺じゃなく工場だった。警報音が鳴り響き、次々に自動人形が現れる。
「こいつらに後れを取るのか? 知将ヘクトルは」
「まさか、問題は後に構えているやつらだよ。――警報が鳴った段階で、プロメテウス様も動くだろう。時間がないし、雑兵の相手は任せても?」
「ああ」
頷いた直後、アテナが前もって回収していたケイローンが転送される。
正面から突っ込むヘクトル。
彼になだれ込む自動人形へ、俺は即座に狙いをつけた。