第17話 工場の顔
「う、お……っ」
車に揺さぶられること、数十分。
俺は文字通り、車に身体を揺さぶられていた。開拓されていない道を進んでいるためである。吐きそうになったことも一度や二度ではない。
『ははっ、バーカバーカ! 私の指示に従わないからこうなるのだ! ふはは!』
「アテナ様、少し黙っててください。俺、喋ったら舌噛みそうで」
『じゃあ黙ってればいいだろう? 頭の中でも会話は出来るんだから』
「いや、つい喋りたくなるっていうか……そうだアテナ様、この車がどれぐらい揺れてるか、体感してくださいよ。五感のリンクとか出来ますよね?」
『ふふん、出来るとも。見てろ――うっ』
勝手に通信切れた。大丈夫か?
まあ女神だし大丈夫だろう、と自己擁護して、俺は車の行き先を見つめなおす。
開拓されている筈の街道は、俺たちの場所からまったく見えない。ヘクトル曰く、プロメテウスの目を潜り抜けるためだそうだ。
つまりこれから向かう場所は、敵にとって重要な場所であるということ。
「到着だ」
車の揺れが落ち着き始めたところで、俺は一つの工場を目にする。
白亜の壁に覆われた、怪しげな雰囲気の工場だった。正門らしき場所には警備兵らしき人物が四名ほど。いずれも銃器を手に、鋭い眼差しで警戒に当たっている。
ヘクトルは彼らを強行突破するでもなく、徐行運転での正攻法へと移っていた。
「だ、大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない。君だって私と同じく、神々に蘇生された運営局の局員だろう? プロメテウス様本人がいなければ、誤魔化せるさ」
「……」
いまいち信用しきれないが、まあいいだろう。鉛玉の玩具ごときに、俺が遅れを取るなどあり得ないし。
車の存在に気付いた彼らは、直ぐに堅苦しい敬礼を取った。
「お疲れ様です、ヘクトル卿。第三研究棟への許可は通っております」
「ご苦労。――ああ、こちらの少年は私と同じ局員だ。通しても構わないね?」
「局員の方であれば問題ありません。ですが、最低限の検査を」
言いつつ、警備兵が手にしたのはスマートフォンらしき端末だった。それで俺の姿をパシャリと一枚。
しばらくして、安堵の表情と頷きを返してくる。
「問題ありませんね。通行を許可します」
重厚な作りの門が、軋みを上げながら開いていく。
車はゆっくりと工場の駐車場へ。しかし、俺から見えるヘクトルの横顔は焦っている。
「そこまで猶予はない。プロメテウス様に気付かれれば終わりだ」
「……アンタ、俺を何に巻き込む気だ?」
「君にとっても益となることへ、だよ。あ、運転は大丈夫だったかな? 私、地球で運転免許を取ったわけじゃないんだよね」
「ここに入る前に刑務所入れ!」
「はは、それは無理な相談だ。何せ、この世界では運転免許という存在がない」
危なすぎだろ。
内心で文句を言いながら、車を降りたヘクトルの背中を追いかける。
目的の第三工場塔とやらは、直ぐ俺の視界に入ってきた。並んでいる他の工場と比べて、見るからに規模が大きい。
入り口にはまた警備員。ヘクトルは先行して、彼らと言葉を交わしていく。
――しかし、何か問題があったんだろう。
ヘクトルは一瞬の隙を突いて、実力行使に出た。警備の者たちを、拳で気絶させやがったのだ。
「ふう、さすがにここまでは誤魔化し切れなかったよ」
「……俺、アンタのことを頭脳派だと思ってた」
「? 頭脳派じゃないか。確実に無力化できる相手を選び、こうして無力化させたよ?」
まあ、確かに頭を使った結果かもしれないけど。なんか違う。
ともあれ、俺たちは研究棟の中へと侵入した。
人が少ないのか、廊下を歩いていても他の足音は聞こえない。人の気配すら皆無だ。
「何を研究してるんだ? ここ」
「基本的には、先ほどの戦闘で使われた自動兵器だね。まあこの棟に限っては、少々趣向が異なっているんだが」
「ふん……?」
「さて、この部屋だネオプトレモス君。あまり、驚かないでくれよ?」
だが、彼が触れているのは普通の扉。この先に特別な光景があるなんて、俺には想像できなかった。
――故に、足が止まってしまう。
「な……」
そこは研究を行う場所というより、工場だった。
人形を作る工場。流れていく人の形が、俺の驚きをより強固なものにする。
アンドロマケ。
この世界で見た彼女と同じ背格好、同じ顔の少女が、量産されている光景だった。