第16話 お招き
「っ、アイツ……!」
「ネオプトレモス様!?」
条件反射で駆け出す身体。
呼び止めようとするオレステスに、俺は必要事項を大声で返す。
「ヘクトルだ! 戻ってきてる!」
「な――」
幸い、武器は持ったままだ。迎撃の用意は整っている。
角に消えたヘクトルを、俺は本能に任せて追跡した。アンドロマケだって外に出てるんだ。また攻めてきたんじゃ、被害は膨らんでしまうかもしれない。
「く……」
足には自信があったが、なかなかヘクトルには追いつけない。
つかず離れずの、適切な距離を維持されているような感じ。誘導されていると直感的に理解する。
もっとも、それで追跡を緩める気はなかった。罠があるなら、まとめて砕けばいいだけの話。それだけの力量があると自信もある。
槍を強く握って、俺は閑静な住宅街を駆けていった。
「――」
追いついた頃には、地下室がある場所からだいぶ離れてしまったと思う。
俺と向きあうヘクトルは、前回と少しばかり違いがあった。武具の一切を装備していないのだ。至って地味な服装で、顔見知りでなければ正体には気付かないだろう。
剣呑な雰囲気は少しもない。特別な用事があるような、そんな様子だった。
「……ちょっと、付いてきてくれないかな」
「おいおい、随分と唐突だな。信用しろと?」
「ああ、信用してほしい。君にどうしても見せておきたいものがあるんだ。……長い距離を移動することになるけど、お願いできないかな? 車も用意してるし」
「……」
どうしたものだろう。
誘いに乗るのが、どれだけ危険かは分かっている。ましてやヘクトルは策略家。想像を絶する罠が待ち受けていたとしても、不思議はあるまい。
でも、まあ。罠があれば、丸ごと潰してやると思ったばかりだし。
虎穴に入らんば虎児を得ず、だ。
「分かった、乗ってやる」
『おいちょっと待て! その男、なんだか面倒くさそうだぞ! いいからさっさと首を跳ねてしまえ! 女を娶る男は私の敵!』
その理論だと俺も死ぬしかないんですが、それは。
とりあえず無視して、俺はヘクトルの後を追う。オレステスには帰ってから説明するとしよう。
町外れにある、迎えの車。
その武骨なデザインが、荒い道を行くことを示唆していた。