第10話 前線の町
オヤジの形見は、意外とあっさり治してもらえた。
どうも鍛治を担う神の弟子が、この地に派遣されているらしい。きっちり料金を取るやつだそうだが、腕の方は信用してよさそうだった。
「よしよし」
折れる前と寸分変わらない相棒を振り回しながら、俺は人気のない森を行く。
いや、俺たちというべきか。オレステスの他、アンドロマケまでもが同行してくれている。
「……やっぱり元気ないな、アイツ」
「そりゃそうでしょう。生前の記憶がないとはいえ、ヘクトル様との関係は同じようなものでしたから。……彼の真意を知るのが怖い、ってのはあるのでは?」
「気になるんだったら、一緒に裏切れば良かったのにな」
「そうはいかないから、今があるんでしょう?」
なるほど、一理ある。
うつむき気味なアンドロマケのことを一瞥してから、俺は森の中を進み始めた。
槍でツタと雑草をかき分けること数分。徐々に、生い茂った木々の向こうが見えてくる。
「見えたね」
「アレか……」
ヘクトルがいるという、砦。
でも、見えるのはそれだけじゃない。王都側の方向に、大きな町が見えている。さながらトロイア王国の前線基地といったところか。
町並みもそれに合わせてある。多くの面積を占める住宅街を威圧するように、基地らしき場所が建っているのだ。
「まずはあの町に行きましょう。情報収集は大切です」
「了解」
俺が返答すると、すぐに坂を下りていくオレステス。
アンドロマケの動きは、やっぱり鈍いままだった。
「何か気になることでもあんのか?」
理由なんて分かってるのに、俺は遠回しな疑問を口にする。
彼女の反応はイマイチだった。返事とも言えない音を一言二言もらすだけで、うつむいた姿勢は少しも変わらない。
「――すみません、私はここで帰ります」
「い、いいのか? 婚約者に会えるかもしれないんだぞ?」
「……確かに顔を見たいとろろではありますが、何を話せばいいのか……私には正直、あのお方が分かりません。何か、大切なものを奪われた気もしますし」
「大切なもの?」
「はい。具体的に思いだせないのですけれどね」
はあ、とため息を零すアンドロマケ。
俺はとっさに、彼女の手をつかんでいた。
「ね、ネオプトレモス様? 何を――」
「とりあえず町に行ってみよう。ヘクトルについて何か分かるかもしれないし、君は彼のことを無視し続けられる性格でもないだろ?」
「……」
驚きと納得。そんな二つの感情が入り混じった状態で、アンドロマケはしぶしぶ歩き出す。
やっぱり、彼女に必要なのは俺じゃない。
ヘクトルの方が、アンドロマケにとっては適任なんだ。
「――まあフられるなら、綺麗さっぱり玉砕したいところだな」
なので俺はアンドロマケの手を離さない。必ず、旦那のところに連れて行ってやる。
それに、ヘクトルとは一度も顔を会わせたことがないのだ。
彼女が認めた男の器がどんなもんか、知っておくのも悪くない。
「――ん?」
直後のこと。
町から、黒煙が上がっていた。
「な――!」
「敵さんの攻撃ってか!? 走るぞ!」
「は、はい!」
愛用の大槍・ケイローンを構え、滑るように坂を下る。
近づいてくる光景の中、見え始めたのは鋼色の何か。
「ロボット……!?」
二足歩行の自動人形。俺たちに武骨な銃口と、機械的な殺意を向けている。
「ナンセンスな兵士だな――!」
鋼鉄の身体だろうと、この手にある神代の武器には関係ない。
轟音と共に放たれる鉄の雨。身体能力に任せて、俺は大きな軌道で躱していく。
間合いに飛び込んだ後は、呆気ない顛末だった。
「ふんっ!」
一度きりの快音。胴体に風穴が開いた自動人形は、即座にその機能を停止した。
「これは……」
「報酬不要の働きモノだよ。つーか異世界で見るもんじゃなかろうに……」
「い、異世界?」
「おっと、こっちの話だ」
俺はケイローンを構え、速やかに町の中へと侵入する。
辺りの光景は、酷いことになっていた。
倒れている人々、徘徊する自動人形。既にここは死の都と化している。生存者の存在は――まあ、期待しない方がよさそうだった。
「む」
足を進めたところで、爆発音が耳に入る。
右手の方角だ。黒煙が上がり、人の悲鳴も聞こえてくる。
「行きましょう! 生存者かもしれません!」
「ああ」
駆け足で動き出す俺の前を、アンドロマケが先行する。
だが。
「そこまでだ」
剣を手に立ちはだかる、一人の男。
長い髪を結い、神々しい鎧を纏う長身の男だった。歳は俺やアンドロマケよりも少し上だろう。冷え切った眼光も、成熟した戦士の威圧感を帯びている。
「ヘクトル様……!」
聞き間違えるはずもない、男の名前。
転生前は夫婦だった二人の、再会だった。