審判の日
イエス様が降臨された。私の隣には恋人のヴィータさんがいる。背後から、敬虔な神父だった父が、悲痛な叫びを発して私の名前を呼んだ。
私はリース・フレキシブル。十六歳のスペイン人。黒髪ボブカット、紫水晶の瞳、胸元を水色のリボンで飾った白のブラウスに黒のベスト、膝下までの黒いスカートに黒タイツという、内気な性格にふさわしく落ち着いた服装。ヴィータさんは私と同じ歳で金髪碧眼のアメリカ人。三つ編みが可愛くてお人形さんのような顔立ちながら、いつもまったり暢気な表情をしています。大きな赤文字で上海天国とプリントされた白のTシャツに、健康的な青い短パンという恰好は、とてもアメリカンらしくて、そんなところもたまらない魅力です。そうです、私たちは少女で、同性愛です。
さて、私の父は四十代の熱心なカトリック神父でした。父がおかしくなったのは、巡回説教先の屋敷で受け取った妙なものに起因しています。屋敷の主人が伯父の遺品を整理したときに発見した書物で、古代大陸ハイパーボリアの異教書なのだとか。父は悪魔に魅入られたように、毎晩遅くまでその書物に目を通しました。そんなものは燃やしてしまえばよかったのです。これまで絶対として疑わなかった堅固な価値観が、救済されるべき魂の安逸が、終わりない絶望の恐怖に苛まれるくらいなら。ああ、哀れなお父さん。神様が実は宇宙の悪を体現する邪神で、イエス様はその落とし仔だなんていう狂気に憑かれてしまうなんて。そのときから父はキリスト信仰を棄て、私にもそれを強要してきました。星辰の位置が正しく揃うまでもう半年も猶予がない、大事な一人娘を救うためというのが言い分です。もちろん私は愛である神様への信仰を守り通しました。ヴィータさんも私に付き合ってくれました。「よくわからないけど、リースが信じるなら私も信じる。面白そうだから」と言ってくれたのです。感動のあまり涙が出ました。大好きな愛しいヴィータさん。ほんとう、あらためて惚れ直しました。それなのに、父はヴィータさんを、私を誘惑する邪神の信徒だと決めつけて離れさせようとしたのです! 激怒した私はそれから父を拒絶しました。父は嘆き諦め、時は瞬く間に過ぎて、とうとう怒りの日がやってきました。
父は地獄に落ちました。ニャルラトテップという名のアンチキリストとともに。
神様は宇宙の善を司る〈旧神〉だったのです。『創世記』で「我々」と称していた理由がわかりました。私とヴィータさんは「星の戦士」という天使たちに導かれ、オリオン座のベテルギウスから降ってきた新エルサレムの門をくぐり、祝福の喇叭に迎えられて黙示録は幕を閉じました。
そうそう、聖書は誤りだと冒涜的なことを口走った父は、ひとつだけ間違っていませんでした。神様もイエス様も同性愛を認めておられるのですから。
『クトゥルフ神話掌編集2016』に応募した二作のうち掲載に漏れたほうです。
三分の一もキャラの容姿描写に費やしたのが要因でしょう。