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罪と罰  作者: 山本正純
9/13

第九話 殺人予告サイト

 それから大野警部補と須藤涼風警部は、再び東京クラウドホテルに戻る。

 ホテルのロビーでは、一時間前と同じくマスコミ関係者たちが集まっている。その中には幸谷平子の姿もあった。

 ホテルの自動ドアを潜った須藤涼風が早速彼女を見つけ、声を掛ける。

「幸谷平子さん。少しお時間はありますか」

 須藤涼風の声を聞き、幸谷平子が刑事の顔を見る。

「刑事さん。何の用ですか」

 幸谷平子が聞き返すと、大野が彼女の前に一歩踏み出す。

「この情報はマスコミに伏せているのですが、実は東京で三好葛の遺体が発見されました。ご存じですよね。三好葛は九年前海王島で転落死したあなたの娘の同級生」

「娘の自殺絡みの復讐で私が三好葛を殺害したと言いたいのなら、証拠を見せてくださいよ。それに三好葛は、宝石店強盗事件の犯人として全国指名手配されていましたよね。どこにいるのか分からない人間をどうやって殺すんですか」

 二人の刑事は幸谷平子の質問に答えることができない。

「それでは昨晩はどこで何をしていましたか」

 大野が幸谷からの質問に答えず、アリバイを尋ねる。すると彼女は手帳を取り出しながら答えた。

「その時間だったら、自宅で寝ていましたよ。生憎一人暮らしだから、アリバイの証人はいませんが」

 そうして二人は再び、ホテルの駐車場まで並んで歩く。

「明らかな失言でしたね」

 須藤涼風は唐突に大野へ声を掛ける。大野は須藤涼風と視線を合わせた。

「はい。まだ遺体が発見されたとしか言っていないのに、あの発言はおかしいですね。彼が殺されたことは現在マスコミには公表していないから、遺体発見と殺人を結びつけるのはおかしな話です」

 大野がエンジンをかけると、助手席に座る須藤涼風が腑に落ちない表情を浮かべる。

「あの失言で彼女の容疑が高まったのですが、腑に落ちません。何か裏で劇場型犯罪が進行しているような気がします」

 警視庁へと戻る車内で須藤涼風が呟きながら、メールを打つ。その彼女の直感は、現実となろうとしていた。

 

 その頃日本国内にある暗い部屋で、一人の黒いフードを被った人物が、ノートパソコンのキーボードを打っていた。

 部屋の窓はカーテンで仕切られている。その黒い影は、白い歯を見せ笑う。

 ノートパソコンの画面には、チャットが映し出されていた。

 黒いフードを被った人物が、チャットの更新のボタンをクリックすると、新たなる書き込みが表示された。

『失敗した。警察が私のことを疑っている』

 この書き込みを読み、黒い影が書き込みに返信する。

『コウコさん。大丈夫ですよ。そろそろ逮捕者を想定とした劇場型犯罪を始めようとしているから』

 黒い影はチャットからログアウトし、画面を閉じる。するとモニターが切り替わり、黒塗りのトップページが表示された。

 真っ黒なサイト画面に、黒い影が文字を打ち込む。キーボードを打つたびに画面に赤い文字が刻まれていく。

『我が名は、ウナバラナナミ。九年前の復讐のため、六人を処刑する』


 午後三時。須藤涼風と大野警部補は、警視庁に戻る。

 彼らが向かうのは、警視庁捜査一課の一室。

 その道中、二人は違和感を覚える。捜査一課のフロア。警視庁の刑事たちが騒がしい。

 二人は何か大きな事件が発生したことを察し、廊下を走る。

 捜査一課の一室には、多くの刑事たちが集まり、机を囲んで立っている。

 二人は、その人盛りの中へと足を踏み入れると、円の中心には、ノートパソコンを見つめる鑑識課の北条。

 集まった刑事たちの中から、合田を見つけた大野は、上司に尋ねる。

「何があったのですか」

「大変なことが起きた。ノートパソコンの画面を見れば分かる」

 合田はノートパソコンを指さし、二人は画面を覗き込む。

 その画面に表示されているのは、女郎花仁太、三好葛、秋野進希の三人の顔写真。

「これは何でしょうか」

 須藤涼風が首を傾げると、ノートパソコンの前に座っていた北条が口を開く。

「殺人予告サイト。サイトの管理人はおそらく一連の殺人事件の犯人だろう。あの三人が殺害されたことを知っているのは、警察関係者と犯人のみ。マスコミには一切報道していないので」

 須藤涼風は、再びノートパソコンの画面を見る。

 長方形のパネルが縦二列横三列に並べられ、上の段にはこれまで殺害された三人の顔写真。

下の段には『UNKNOWN』と書かれたパネルが三枚。

 そのパネルの上には、赤色の文字でこのように記されていた。

『我が名は、ウナバラナナミ。九年前の復讐のため、六時間以内に残り三人の許されざる悪を処刑する』

 犯人と思われる人物からのメッセージの下には赤色のデジタル時計が設置され、残り六時間というタイムリミットを告げる。

「これは殺人予告ですよね。六時間以内に三人の人間を殺害するという」

 須藤涼風が合田の顔を見ると、合田は首を縦に振った。

「そうだろうな。盗まれた十二個の宝石の内、見つかっていない宝石は六個。これまでの殺人事件と同様、現場に二個ずつ宝石を放置すれば、三度の殺人事件で残り個数を全て出し切る寸法だ」

 合田が須藤涼風に説明すると、ノートパソコンの前に座っている北条がため息を吐く。

「最悪です。殺人予告サイトの出現によって、ネットの掲示板では、情報が錯綜する。マスコミ関係者たちが警視庁周辺に集結します。これにより、全国各地の人間が広域同時多発殺人事件に注目し、事件は劇場型犯罪へと発展しますよ」

「犯人はなぜ、このタイミングで殺人予告サイトを立ち上げたのでしょうか」

 須藤涼風が疑問を口にしたが、誰も彼女の問に答えることができない。


 その頃大分県竹田市内にある金山旅館の客室でテレサ・テリーがノートパソコンの画面を見つめていた。

 その画面は、一連の同時多発殺人事件の犯人が立ち上げたと思われる殺人予告サイト。

 テレサが宿泊する部屋の襖の前で、夕顔テレビのディレクター、萩野武蔵が立っている。

 彼はテレサが逃げないか監視しているのだが、突然彼の携帯電話にメールが届く。

 メールの差出人は不明。アドレスは登録されていない物。

 不審なメールだと思いながら、彼はそのメールを削除しようとする。だがその文面を読み、彼の手は止まった。

『九年前の秘密を知っています。午後四時。九重連山の橋の上で会いましょう』

 メールの文面を読み、彼の脳裏に九年前の出来事が蘇る。

「九年前の秘密だと」

 萩野武蔵は思わず怒鳴ろうとしたが、その言葉を彼は飲み込む。

 彼はテレサを恐れていた。テレサの推理力や洞察力は名刑事顔負けである。そんな人物に独り言を聞かれてしまえば、悪事が世間に露見してしまう。

 それだけはどうしても避けなければならない。萩野武蔵は自分の保身のため、テレサの客室から離れる。

 その萩野武蔵と大分県警捜査一課の三浦良夫と大分県警捜査三課の藤井京助警部が、廊下ですれ違う。

 二人の刑事は一瞬目を見合わせる。それから二人は、テレサがいる客室の襖を開けた。

 襖が開き、テレサはノートパソコンから顔を上げる。

「待っていたよ。何か事件捜査に進展があったのかな」

 テレサが目を輝かせながら、刑事たちに尋ねると、三浦は手帳を広げた。その直後、藤井京助の携帯電話に電話がかかってくる。

「まずは、海王島で殺害された人物についてだ。身元は……」

「秋野進希さんでしょう」

 テレサは三浦よりも先に、答える。その答えを聞き二人の刑事は驚いた。

「どうしてそれを知っている」

 三浦が尋ねると、テレサはノートパソコンを二人の刑事に見せた。

「殺人予告サイト」

 異口同音とはこのことである。藤井京助とテレサは、同じ言葉を同じタイミングで口にした。

 この奇跡にテレサと藤井京助は思わず互いの顔を見る。

 藤井京助は大分県警本部でデスクワークをしている部下からの連絡を受け、電話を切る。

 その後で藤井京助は、三浦に電話の内容を説明した。

「このことは警視庁の刑事たちも知っていることだが、犯人は殺人予告サイトを立ち上げた。犯人たちは六時間以内に三人の人間を殺害するつもりらしい」

 藤井京助の報告を聞き、テレサは頬を膨らませる。

「それを言いたかったのに」

 その表情を見て、藤井京助は可愛いと思った。そして彼は遂に決意する。この事件を解決したら、彼女に告白すると。

 これは死亡フラグではないかと、藤井京助は一瞬思ったが、そのフラグを折ってこそ、永遠の愛が生まれると彼は思う。

 そんな藤井京助が決意を固めていると、テレサは疑問を口にする。

「それにしても謎だね。なぜ今更犯人はこんな予告サイトを立ち上げたのか。こういうサイトを立ち上げるのは自己顕示欲が強い人間だけど、あの殺害現場写真からはそんな雰囲気は感じられなかった。一体犯人グループにどのような心境の変化があったのでしょうか」

 その疑問に二人の刑事は答えることができなかった。

それから藤井京助が右手を挙げる。

「テレサ。さっき萩野武蔵がどこかに出かけた。一応部下の刑事たちに尾行を任せてある」

 藤井京助の報告を聞き、テレサは頬を緩ませる。

「そう。やっと動いたか、真犯人に呼び出されたかのどちらかだね。もう一人の容疑者、藤袴由依の監視を徹底した方が良いかもしれないよ」

「分かった。監視を徹底させるが、その前にこれまで大分県警に入ってきた捜査譲歩を報告する」

 藤井京助がメールを打ちながらテレサの顔を見る。

 十秒ほどでメールが打ち終わると、三浦は茶色い封筒から数十枚の写真を取り出し、それを机の上に並べた。

「テレサ。まずは海王島で発生した事件に関する情報だ」

 三浦がテレサの前に三人の女の写真を置くと、藤井京助が右から順番に写真を指さす。

「右から順番に、秋野母子、秋野撫子、秋野桔梗。いずれも秋野進希氏殺害時にアリバイがなく、彼を殺害する動機がある人間だ。海王島での殺人事件の犯人は、外界から隔離された孤島の洋館で起きたから、この三人の中に犯人がいると思われる」

「クローズドサークル。容疑者は三人。面白いね」

 テレサが目を輝かせる。それから藤井京助はテレサに海王島で発生した殺人事件の情報を伝える。容疑者の犯行動機。東京と大分県で殺害された二人と海王島の接点。

「九年前、秋野進希の館の敷地内で投身自殺を図ったのは、秋野家のメイドの娘。そのメイドの名前は幸谷平子。現在東京で雑誌記者をやっているらしい。そのため警視庁では、幸谷平子を第一容疑者として捜査している」

 藤井京助が報告を終えると、テレサが彼の顔を見て微笑む。

「ありがとう。報告が分かりやすかった」

 そのテレサの可愛らしい笑顔に藤井京助の頬が赤くなる。

「それほどではない」

 藤井京助が赤面しながら、頭を掻くと、テレサは机の上に並べられた顔写真を綺麗に並べなおす。

「藤袴由依。萩野武蔵。秋野母子。秋野撫子。秋野桔梗。箱辺小次郎。幸谷平子。この七人が現在判明している容疑者。そしてこの七人の内三人が、広域同時多発殺人事件を実行した犯人グループに属している。またこの七人の内三人が、六時間以内に殺される可能性もある」

 テレサが刑事たちの顔を見ながら、状況を整理すると、二人の刑事は首を縦に振る。

「おそらく。テレサの見解は正しいだろう」

 三浦の一言を聞き、テレサは机に並べられた七人の容疑者の顔写真を見つめる。

「次の謎は、この七人の容疑者とこれまで殺害された三人の被害者との間にあるミッシングリンク。その繋がりに、一連の事件に隠された犯行動機が潜んでいるはずだよ」


 その頃、警視庁の捜査一課の一室に二人の刑事が戻ってくる。その内の一人は、須藤涼風を見つけると先崎に彼女に近づき、CDROMを渡す。

「須藤警部。指示通り防犯カメラの映像を入手しました」

 防犯カメラの映像と聞き、大多数の刑事たちが一斉に首を傾げる。

「どこの防犯カメラの映像だ」

 合田が須藤涼風に尋ねると、彼女は微笑む。

「カイトジャーナルに設置された防犯カメラの映像です。この映像を解析すれば、三好葛を殺害した犯人が明らかになることでしょう」

「言っている意味が分からない。カイトジャーナルといえば、幸谷平子の職場だが、その会社の防犯カメラの映像を解析したところで何の意味がある」

「この映像と三好葛殺害現場近くに設置された防犯カメラの映像を解析すれば、分かります」

 須藤涼風がここまで言うと、北条が何かを思い出し手を叩く。

「歩容鑑定か」

 北条が尋ねると須藤涼風は首を縦に振る。

「正解」

 須藤涼風が一言答える。だが大多数の刑事たちは歩容鑑定という聞きなれない言葉に首を傾げた。そこで北条が大多数の刑事たちの顔を見ながら説明する。

「手の振り方や足の踏み出し方など。人の歩き方は千差万別。そのため自分では気が付かない歩き方の癖がある。その癖を専用のソフトで解析すれば、誰が歩いているのかが特定できるという仕組み。それが歩容鑑定」

 北条が軽く説明してみると、ノートパソコンに搭載した歩容鑑定ソフトを立ち上げ、三好葛殺害現場付近をうろつく不審者の動画を解析する。

 画面の右端から中央にかけて防犯カメラの映像が映り、左端に複数の人のシルエットの画像が映る。

 それから北条は、須藤涼風からカイトジャーナルの防犯カメラの映像を受け取り、幸谷平子が会社の廊下を歩く映像を切り取る。

 その切り取られた映像を歩容鑑定ソフトで解析する。

 幸谷平子の歩き方の解析が終わったところで、三好葛殺害現場近くの防犯カメラの映像と照合する。

 ノートパソコンの右端の画面が横に二分割され、左端の画面に歩く人のシルエットが浮かび上がる。

 それから十秒後、北条が顔を上げた。

「99パーセント一致。この手を小刻みに振りながら足を肩幅より大きく踏み出す特徴的な歩き方は、間違いなく幸谷平子本人だろう」

 鑑定の結果を聞き、合田が刑事たちの顔を見る。

「今から歩容鑑定の結果を印刷して、千間刑事部長に報告する。これで家宅捜索状が発行できるだろう。後は幸谷平子と接触し、任意で事情聴取を行うだけだな」


 午後三時四十分。東京クラウドホテルの出入り口の自動ドアを黒いスーツを着た一団が潜った。その中には大野警部補と須藤涼風警部の姿もある。

 須藤涼風は早速ロビーに集まるマスコミ関係者たちの中から幸谷平子を見つけ彼女に声を掛ける。

「幸谷平子さん。あなたに殺人の容疑がかかっています。お話を聞かせていただけませんか」

 須藤涼風の一言を聞き、幸谷平子は失笑する。

「任意の事情聴取ですか。その前に証拠を見せてくださいよ」

 その一言を待っていたというばかりに、須藤涼風は、封筒から二枚の紙を取り出し、彼女に見せた。

「これは歩容鑑定報告書。あなたの会社の防犯カメラに映っていたあなたの歩き方と、三浦葛殺害現場を歩く不審者の影を照合した結果、99パーセントで一致しました。これが証拠です。この証拠を使い、家宅捜索状を発行してもらいました。そろそろあなたの自宅の前に刑事たちが集まり、家宅捜索が始まる頃でしょう。因みにあなたの自宅は、あなたの会社に保管してあった履歴書から特定しましたので」

 須藤涼風が捲し立てるように説明すると、幸谷平子は肩を落とす。

「分かりました。事情聴取に付き合いますよ」

 

 幸谷平子が刑事たちの一団と共にホテルを去った頃、東京都江戸川区のマンションに合田たちが集まった。

 合田警部を含む十人の刑事がいるのは、二階建てのマンション。幸谷平子が暮らすのは二階の二号室。

 合田たちが部屋の前に待機していると、沖矢巡査部長と白髪交じりの髪型が特徴的なマンションの大家が刑事たちに加わる。

 大家の手には部屋の合鍵が握られていた。

「合田警部。大家さんを連れ来たんだよ」

 沖矢が合田に報告すると、大家は合鍵で部屋を開ける。

 部屋の鍵が開き大家がドアを開けた。

「それでは家宅捜索が終わったらまた連絡してください」

 大家は刑事たちに伝え、階段を降りようとする。だがその後ろ姿を合田が呼び止める。

「大家さん。一応家宅捜索にお付き合いください」

 それから十人の刑事たちが畳まれたダンボール箱を手に持ち、一人ずつ部屋の中へと足を踏み入れた。最後に大家が部屋の中へと入ると、合田が号令する。

「これより幸谷平子の自宅の家宅捜索を始める」

 合田の号令と共に、刑事たちは一斉に各部屋のドアを開け、家宅捜索を開始する。

 刑事たちの手には白い手袋が填められている。刑事たちは指紋が付着しない状態で、幸谷平子の自宅にある物全てをダンボール箱に詰める。何を詰めたのかが分かるよう一つ一つ用紙に記入しながら。

 家宅捜索開始から十分後、寝室を捜索していた刑事が大声を出す。

「合田警部。物的証拠が見つかりました。拳銃です」

 その声を聞きつけ合田は寝室に駆け付ける。それから刑事が合田に拳銃を手渡す。

 合田は寝室から発見された拳銃を観察しながら呟く。

「この回転式拳銃はコルト・パイソンだな」

 合田は家宅捜索により発見されたコルト・パイソンの弾倉を開ける。その中には一発の未使用の弾丸が込められていた。

 その連絡は大野が運転する覆面パトカーに乗っている須藤涼風にも届く。

 須藤涼風は合田から届いたメールを読む。後部座席で刑事たちに挟まれた状態で座っている幸谷平子の顔が後部ミラーに映り、彼女は携帯電話をスーツに仕舞った。

「残念です。あなたの自宅から拳銃が発見されました。これで証拠が固まれば、あなたを逮捕することになるでしょう」

 須藤涼風の言葉を聞き、幸谷平子の体は小刻みに震えた。


 午後三時五十分。警視庁の取調室に幸谷平子の姿があった。取調室の椅子に座った彼女の前には、須藤涼風と大野達郎警部補がいる。

 須藤涼風は幸谷平子の前に座る。机の上に置かれたライトが彼女の顔を照らす。

 取調室は清潔感のある空間で、埃一つない。

 しかし、この部屋には時計が設置されていない。被疑者たちは尋問の時間を長く感じることだろう。

「あなたと最初に会った時から、怪しいと思っていました。あなたは三好葛が殺害されたことを知っているような口ぶりでしたので」

 須藤涼風の声に幸谷が笑みを見せる。

「なるほど。あれが失言だったということですか」

「ここからは質問です。なぜあなたは三好葛を殺害したのか」

「黙秘します」

「現場に残した宝石の意味は何でしょうか」

「言えません」

「なぜあなたの部屋から、三好葛殺害に使用したと思われる拳銃が発見されたのでしょうか」

 幸谷は刑事たちの質問に答えない。一貫して黙秘する。

 沈黙の時間が流れていく。そんな中で、幸谷は意外な言葉を口にした。

「何時ですか」

 大野は被疑者の問いを聞き、思わず腕時計を見る。

「午後三時五十九分丁度です」

 その刑事の答えを聞き、幸谷平子が頬を緩ませる。

「もう手遅れでしょうけど、一分後に二人死ぬから」

 被疑者の告白に、二人の刑事は大きく目を見開く。

「誰ですか。誰を殺すのですか」

 須藤涼風の声が高ぶる。クールな印象な彼女でも感情を露わにすることもあるのだと大野は思ったが、それどころではない。

「言ったでしょう。今からどこで誰が死ぬのかを伝えたとしても、手遅れですよ。警察は私たちの犯行を止めることができない」

 幸谷平子の笑い声が取調室に響く。その態度をマジックミラー越しに見ていた合田警部が、取調室のドアを開け、幸谷平子に近づく。

「ふざけるな。お前は殺人という卑劣な犯罪を実行した。それなのに、なぜ笑える」

 合田の激怒に幸谷は笑うのを止める。そして刑事たちの顔を見つめながら、彼女は机の上で頬杖を付く。

「そろそろ時間でしょうか。五秒前。四。三。二。一。ゼロ。なんちゃって」

 大野が改めて腕時計を見ると、時間が午後四時を指していた。

「合田警部。午後四時です。国内のどこかで二人の人間が殺されたかもしれません。しかしこの告白は、嘘の可能性もありますよね」

 大野の指摘を聞いた幸谷は両手を大きく叩く。

「嘘ではありませんよ。何なら、今この瞬間に誰が殺されたのか教えましょうか。第四の被害者と第五の被害者は箱辺小次郎と萩野武蔵」

 幸谷平子は、この瞬間に殺害された人物の名前を刑事たちに伝える。その告白を聞き、合田は無言で取調室から立ち去った。


「そろそろだな」


「同一犯による犯行か」


「大丈夫だ。そういう展開の方が、都合がいいからな」


「そこのバイク。止まりなさい」


「ダイイングメッセージ」


第十話 ハルナ


六月十四日午前七時投稿予定。



「お願いね。藤井京助警部」

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