第七話 事件現場
秋野桔梗と撫子が先導を切り、一同は螺旋階段を昇る。赤い絨毯で覆われた数十段しかない階段を昇り、右の方向に廊下を進む。
三室ほどの部屋を通り過ぎ、秋野桔梗が立ち止まる。その先には木製のドアがあった。
「ここが事件現場よ。遺体は通報を受け現場に駆け付けた島の刑事が回収した。そうよね」
桔梗は松田の顔を見る。松田は首を縦に振った。
「そうだったな。だが現場は遺体発見当時の状況で保存してある」
松田が警視庁の刑事たちに伝え、ドアを開ける。
その先に広がるのは遺体発見現場。白かったはずのシーツが赤く染まり、分厚いカーテンが閉まっている。だが窓が開いているようで、窓から侵入した風がカーテンを揺らす。
木原は窓に近づき、外の景色を眺める。外は崖のようになっていて、窓からは綺麗な海が見える。
「現場からは凶器が発見されましたか」
木原が窓の景色を見ながら、松田に尋ねると、彼は首を横に振った。
「凶器は発見されなかった」
「ということは、犯人は凶器を捨てるために窓を開けたと考えた方が自然ですね」
木原の指摘を聞き、松田は首を縦に振る。
「そうだな。現場からは凶器が発見されなかったし、窓の外は崖になっているから、窓から凶器を投げれば、確実に海に落ちるだろう。万が一海ではなく、地面に落ちたとしても、殺害時刻と遺体発見時刻には最低でも四時間はタイムラグがある」
「なるほど。そのタイムラグを使えば、その方法に失敗したとしても、凶器隠蔽のチャンスは作ることができるということですね」
木原が松田の言葉に続き推理する。その推理を聞き、松田は腕を組む。
「その通りだ。海王島署では凶器は既に犯人の手によって隠蔽された物とみて捜査している」
松田が刑事たちに所轄署の見解を言い聞かせる。それから神津は遺体が発見された寝室の床を観察する。その床には微かに何かがぶつかったような痕と血液が付着している。
「松田刑事。この床を見てくれ」
神津が床を指さし、松田が傷ついた床を見る。
「その傷か。遺体には傷がなかったから、もしかしたら犯人が怪我をした痕跡かもしれない」
松田が右膝を怪我している双子を見つめる。その疑いの視線に秋野桔梗が啖呵を切る。
「私か撫子が嘘を吐いているとでも言いたいの」
「怪我くらいで犯人扱いしないでください」
撫子が桔梗の言葉に続くように刑事たちへ直談判すると、木原が手を振る。
「まだあなたたちが犯人とは決まっていませんよ。あくまでこれは可能性の話です」
それならと双子は肩を落とす。その直後、松田の携帯電話が遺体発見現場に鳴り響く。
「失礼」
松田が電話に出ることを相手に伝え、通話ボタンを押す。
『松田刑事。軽部です。秋野進希の遺体が身に着けていたペンダントに、蛍光塗料が塗られていたことが分かりました。これで犯人がどうやって被害者を殺害したのかが分かりましたね』
「ありがとうな」
松田が部下からの電話を切り、電話の内容を刑事たちに伝える。
「秋野進希の遺体の首には、蛍光塗料が塗られたペンダントがかけられていた」
蛍光塗料と聞き、秋野母子は合点が行ったように手を叩く。
「なるほど。それで合点が行きました。あの分厚いカーテンは遮光カーテン。電燈を切れば部屋は真っ暗になるから、犯人が正確に主人を殺害することは不可能。だけど被害者が蛍光塗料の塗られたペンダントを身に着けていたのなら、犯行は容易だったということですね」
母子の見解を聞き、神津が事件関係者たちに尋ねる。
「蛍光塗料が塗られたペンダントに心当たりはないのか」
神津の質問に関係者たちは沈黙する。そして一分後、ようやく母子が手を挙げる。
「そのペンダントのことは知らないけど、主人はいつも首にペンダントを掛けていました。ペンダントを外すとしたら入浴中のみ。入浴中に一度この寝室の机の上にペンダントを置くから、その時に蛍光塗料入りのペンダントと主人のペンダントをすり替えたのかと思います。だとしたら犯人は、内部犯ということになりますね」
「その話は本当ですか」
木原が母子の話を聞き、再び関係者たちに尋ねると、全員が首を縦に振る。
「ところで宝石はどこに置いてあったのでしょうか」
木原が松田に尋ねると、松田は寝室のベッドを指さす。
「宝石は遺体の傍らに置かれていた」
「そうですか。東京の殺人事件でも、遺体の傍らに宝石が置かれていました。やはりこの一連の事件は、同一の目的を達成するために結成された組織による犯行のようですね」
木原が松田の答えに納得する。その後で松田は現場を見渡しながら刑事たちに尋ねる。
「警視庁の刑事でも見つからないのか。犯人特定に繋がる証拠」
「今分かるのは、この島で発生した殺人事件は内部犯による犯行という可能性が高いということ。現場の床に何かがぶつかったような痕跡と僅かな血痕が付着していること。犯人は、被害者の首に掛けられた蛍光塗料入りのペンダントを目印にして被害者を殺害したということしかない。だからここは、床の血痕を調べて、犯人特定の突破口を作った方が良いかもしれないな」
神津が現場の状況を整理しながら、松田に意見を伝える。その言葉を聞き、松田は首を縦に振る。
「そうだな。ここは実況見分を終わらせて、所轄署で事件の検証でもするか」
松田が出入り口に足を進めると、木原が右手を挙げる。
「まだ所轄署には戻りません。この洋館で調べたいことがあります」
「何だ。それは」
松田が聞き返し、木原が窓の外を指さす。
「裏付け捜査です。桔梗が石に躓いたというのは事実なのか。この洋館で発生した殺人事件を解決するためには、どうしてもこの館の間取りがどうなっているのかという情報も必要です」
「だが、間取りは見取り図があれば分かるだろう。容疑者の一人が庭で石に躓いたからって、そんなことは事件とは関係ない」
松田は木原の意見に納得しない。そんな彼を説得するために、神津も頭を下げる。
「頼む。もう少し現場で捜査をさせてくれ」
松田は本庁の刑事の強い熱意に負け、肩を落とす。
「分かった。鑑識課の刑事も呼ぶ。二十分ほどかかるが、それまで洋館の間取りを把握してくれ」
「ありがとうございます」
二人の刑事が松田に頭を下げる。それから木原は、四人の容疑者の顔を見る。
「松田刑事は皆さんと一緒に応接室で待機してください。それと、この洋館の見取り図を用意してください」
刑事の指示を聞き、松田は携帯電話を取り出し、電話を掛ける。それから秋野桔梗は、寝室の前を通り過ぎるメイドの気配を感じ取り。母子は背後を振り返り、廊下を歩くメイドに声を掛けた。
「向井さん。この屋敷の見取り図をコピーしてきて。それをこの寝室で待機している刑事さんに渡して」
「奥様。分かりました」
黒い髪を肩より少し下まで伸びした綺麗なストレートヘアに黒縁眼鏡をかけた若いメイドが優しく微笑み、来た道を引き返す。
その直後、松田が電話を切り、木原たちに伝える。
「二十分後に鑑識課の刑事が来る。ということで、俺たちは応接室に戻る。何か分かったら応接室に来い」
二人の刑事が首を縦に振り、四人の容疑者と松田刑事が、応接室に戻る。
五分程で一人のメイドが、秋野進希の寝室に現れ、二人の刑事に洋館の見取り図を手渡す。
それからメイドが二人の元から去り、二人の刑事は、見取り図を広げながら廊下を歩く。
寝室の隣にはトイレが設置されている。神津がトイレのドアを開けると、そこには洋式トイレが設置されている。
トイレの中は二畳ほどの空間しかなく、窓は開け締めができないようになっている。
神津がトイレから出ると、木原は見取り図を指さしながら、神津に説明する。
「秋野撫子の寝室は秋野進希の寝室から三部屋挟んだところです。そして秋野桔梗の仕事部屋は、このトイレから右の方向に進んだ先。だから二人がすれ違ったのは、この廊下ということになりますね」
「殺害時刻と思われる時間帯に、あの二人が殺害現場のある廊下ですれ違ったとしたら、あの二人にも犯行は可能ということだな」
神津がトイレで手を洗いながら、木原に確認する。一方の木原は、トイレが接する廊下を右に曲がり、秋野桔梗の仕事部屋に移動する。
その部屋のドアは屋敷の突き当りにある。そのドアを木原が開けると、その先には螺旋階段があった。螺旋階段の真下には白色の机。壁には本棚が埋め込まれている。
屋根はドーム状でガラス張り。そこから月光が差しこむのではないかと木原は思った。
階段を降り吹き抜けの部屋に辿り着いた木原たちは部屋の様子を見渡す。
部屋の壁には高級な時計が設置されていて、いつでも時刻を確認できる。
すると、部屋の一部の壁に鉄製のドアが埋め込まれていることが分かった。そのドアの上には非常口の照明。
木原は非常口のドアを開ける。その先には草村で覆われた地面が広がっていた。
それから彼は、非常口から外へと足を踏み出そうとした。
その時、一個の石が草村の中に埋もれているのが見えた。
木原はその石を持ち上げ、観察する。その石には僅かな血痕が付着している。石が落ちていた地面には、何かを落としたような痕跡。
木原は石を透明な袋に入れ、見取り図を確認する。
「屋敷を一周するように草村が広がっています。もちろんここから、被害者の寝室の真下に移動することも可能でしょう」
木原が見取り図の上を指で這わせながら、神津に説明する。
その説明に神津が納得し、二人は秋野桔梗の仕事部屋を後にする。
二人は次に応接室へと続く螺旋階段を降り、秋野母子がいた娯楽室へと向かう。
その途中、神津は螺旋階段の上で立ち止まり、木原に尋ねる。
「この洋館の階段は、ここだけだったな」
神津の質問を聞き、木原は見取り図で確認する。
「そうですね。階段があるのは、ここだけです。秋野撫子は階段から落ちて膝を擦りむいたと言っていましたね」
「後でルミノール反応を調べた方が良いかもな」
二人は唯一の螺旋階段を降り、娯楽室へと向かう。娯楽室は一階の応接室の隣にあって、大画面のテレビや古今東西のボードゲームが机の上に置かれている。
その部屋には、犯人に繋がりそうな手がかりが残されていない。
二人が応接室へと戻ろうとすると、インターフォンが鳴る。そして玄関前に待機していた小木がドアを開けると、その先には鑑識課の制服を着た三人の男が立っていた。
小木は三人の男の警察手帳を確認し、三人を屋敷に招き入れる。
その三人の男と木原たちが廊下にすれ違ったのは、応接室の前だった。
お河童頭に低身長な男。鑑識課の軽部は本庁の刑事を見かけ頭を下げる。
「本庁の刑事さんですよね。私は鑑識課の軽部です。ところで、何を採取すればよいのでしょうか」
「秋野進希の殺害現場の床に付着した僅かな血痕。その道中にある螺旋階段。最後は庭の石に付着した血痕」
神津が淡々と所轄署の鑑識課の刑事に説明すると、軽部の後ろにいた二人の鑑識課の刑事が現場へと走る。
一人残った軽部の肩を木原が触れた頃には、二人の鑑識は螺旋階段を昇り切った後だった。
「それでは一緒に来てください。血痕が付着した石は後程提出しますが、まずは現場を見てください」
木原が軽部に伝え、一行は秋野桔梗の仕事部屋へと向かう。
再び戻った木原は、軽部に石が発見された現場の地面を指さす。
「どうやったらこのような痕跡ができるのか。教えてください」
軽部は虫めがねで、何かが落ちたように窪んだ地面を観察する。
「一応現場から発見された石を見せてください」
軽部が顔を上げ、石を見せるよう刑事たちに促す。その指示を聞き、木原は石を軽部に見せる。
それから軽部は屋敷の外装を眺める。
「分かりました。地面の上に石の破片が落ちています。この窪み方は五メートル上から落とされた時にできる物で、大体あの部屋の窓から石を落とせば、このような形になるかと」
軽部は説明しながら、後方にある秋野桔梗の仕事部屋を指さす。
その瞬間、木原たちの脳裏に新たなる謎が浮上する。誰がなぜ秋野桔梗の仕事部屋から血液が付着した石を落としたのか。
謎が深まり、軽部が頭を下げる。
「それでは現場写真を撮影して、窪みに付着した石の破片を採取します。その後は螺旋階段の血痕を調べます」
「それと石に指紋が付着している可能性もあります。調べてください」
「分かりました」
軽部が二人の刑事に伝え、螺旋階段へと向かい歩き始める。
一方の木原と神津は、謎が深まる真意の中で、応接室に向かい歩き始めた。
木原たちは応接室のドアを開ける。その部屋には秋野母子を始め、秋野撫子や秋野桔梗、箱辺小次郎に小木実と向井という若いメイドを含む数人の執事やメイドたち、それと数人の警察官たちが集まっていた。
「どうだった」
応接室で待機する松田が聞く。それに対して木原が一歩踏み出す。
「秋野桔梗の仕事部屋の外にある草村から、血液が付着した石が見つかりました。現在鑑定中です。現在鑑識は、秋野撫子の証言の裏付け捜査を行っています」
「木原刑事。そうか。分かった。それで他に収穫はあったのか」
松田が再び刑事たちに問う。それに答えたのは神津だった。
「犯行時刻が午前零時頃だったと仮定すれば、秋野桔梗と秋野撫子が容疑者になるということくらいだな。殺害現場と彼女たちがすれ違った廊下は目と鼻の先だから、犯行は十分に可能だろう」
「やっぱりあの三人の誰かが秋野進希を殺害したとみて間違いないということか」
すると、小木実が静かに右手を挙げた。
「すみません。事件とは関係ないかもしれませんが、昨日の午前中、宅配業者が秋野邸を訪問したんですよ。確か荷物を受け取ったのは、メイドの向井さんでした」
「荷物か。現場から発見された宝石が、ある宝石店から盗まれた物だとしたら、それを宅配業者に運ばせたかもしれないな。凶器と一緒に」
神津が推理を口にして、見取り図を木原たちに渡した向井というメイドの顔を見る。
「確かに荷物を受け取ったのは、私ですが、それはすぐに秋野進希様に渡しましたよ。宛名も秋野進希様と書いてあったので、間違いありません」
向井はそう言い、メイド服のポケットから、伝票を取り出し、刑事たちに見せた。
その伝票には確かに秋野進希様と書いてある。送り主の名前はカタカタでウナバラナナミと書かれていた。
「宅配業者はガンリュウ流通か。ちゃんとした宅配業者だから間違いないだろう。後で裏付け捜査する」
「そうなんですよ。小木さん。あなたも見たでしょう。あの制服は間違いなくガンリュウ流通の物でした」
メイドの向井が確認するように、小木に視線を合わせる。
「関西弁交じりの若い男でした。間違いないです。ただ名前を名乗らなかったのが少し気になりましたが」
小木が証言を済ませると、突然箱辺小次郎が右手を挙げた。
「悪いが、俺は帰らせてもらうよ。この事件は内部犯による犯行が濃厚なんだろう。だったら俺には秋野進希を殺せない。そういうことだ」
箱辺小次郎は、強引に応接室を飛び出す。その後ろ姿を見ていた松田は部下の刑事に指示する。
「お前らは箱辺小次郎を尾行しろ」
二人の刑事が応接室から去ると、今度は向井というメイドが右手を挙げた。
「すみません。トイレに行ってもいいでしょうか」
「ああ。トイレの前に数人の警察官を立たせるが」
「ありがとうございます」
向井が頭を下げ数人の警察官たちと共に応接室のドアを開ける。
その彼女の後姿を見ながら木原は小木に尋ねる。
「あの向井というメイドは何者ですか」
「詳しいことは分かりませんが、一週間ほど前に入ってきた新人のメイドですよ。僕が教育係をやっています」
「なるほど」
その頃向井は一階にあるトイレの前に辿り着く。そして個室となっているトイレのドアを開け、その場所に籠る。
彼女は便座に腰をお越し、メイド服のポケットに仕舞ったスマートフォンのスイッチを入れ、メールアプリをタッチした。
すると彼女はこれまでの間に、メールが一通届いていることに気が付いた。
一通目は須藤涼風からのメール。
『急で悪いけど、今晩泊めてください。警視庁と合同捜査することになって』
向井はため息を吐き、メールを返信する。
『ごめんなさい。今イギリスで探偵の仕事をやっているので、あなたを泊めるわけにはいきません』
彼女は咄嗟に嘘のメールを打つ。そしてその後で彼女は別の人物にメールを打った。
『対象が動き始めました』
そのメールを受信したのは、ジョニー・アンダーソンだった。
ジョニーは灰色のスポーツバッグを担ぎ、ヘリポートに立つ。その彼に右手には、スマートフォンが握られていて、彼は青空からスマートフォンに視線を移す。
「ハニエルからのメールか。面白くなってきたな」
ジョニー・アンダーソン。テロ組織『退屈な天使たち』のメンバーのレミエルは、白い歯を見せ、ヘリコプターに乗り込む。
間もなくして、ヘリコプターは上空へと離陸した。
その頃、藤袴由依は自宅マンションの一室に籠り、ノートパソコンでインターネットサイトを閲覧していた。
彼女はこれまでの間、様々なニュースサイトを閲覧してきたが、どこのサイトにも女郎花仁太が殺害されたといったニュースは載っていない。
「報道規制かしら」
藤袴由依はマウスから手を離し、テーブルの上に置かれたエアーメールの束に視線を映し、悲しそうな表情を浮かべた。
その直後、彼女のスマートフォンに一本の電話が掛かってくる。その相手は非通知設定しているため分からない。しかしその電話から聞こえた声は、数時間前電話を受けた、女の物と同じである。
『業務連絡。とりあえず午後六時までに熊本空港に行ってください。まだあなたの正体は公安に突き止められていないはずだから、偽装パスポートを使わなくても、十分高跳びは可能でしょう』
「十分早い時間ですね。確かフライトは午後八時からだったはずですが」
『六時になったら劇場型犯罪が発声しますからね。早めに空港に到着した方がよろしいかと』
「了解しました」
藤袴由依は電話を切り、スマートフォンに表示された時間を確認する。
「空港に行くまで残り三時間」
スマートフォンに表示された時刻は午後二時だった。
その頃、東京クラウドホテルの一室で田中ナズナがスマートフォンの画面をタッチした。
電話の切れた音が客室に響く。彼女はそのままホテルの客室から高層ビルが建ち並ぶ景色を見つめる。
すると彼女がいる部屋を何者かがノックした
「どうぞ」
田中ナズナが入室を許可する。その後ドアが開く。そこから姿を見せたのはお河童頭に黒いスーツを着た男だった。
「失礼します。田中ナズナ先生。酒井忠義様がお待ちです」
秘書が頭を下げながら報告する。
「そう。分かったわ」
田中ナズナは秘書と共に、客室から立ち去る。
「無駄ですよ。駐車場で張り込んだとしても、彼女には会えません」
「それは分からないが、一連の事件には、九年前の人質籠城事件が関わっていることは確実だ」
「この二人に見覚えがありませんか」
「やっぱり彼を巻き込むわけにはいかない」
「異なる犯行動機を持つ犯人が、同一の犯行手口で同日同時刻に殺人を実行した。この事実が理解できないんです」
次回 第八話 ミッシングリンク
五月三十一日。投稿予定