表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪と罰  作者: 山本正純
12/13

第十二話 本物

 大分県三俣山の中腹に大森山荘がある。女郎花仁太が殺害された現場のロッジの廊下を一人の人物が歩いている。

 黒いパーカーを羽織っている人物は、指鉄砲で銃を撃つ真似をした。

「五秒前。四。三。二。一」

「ゼロ。自己顕示欲が強い犯人にとって、殺害現場は聖地のような場所。だから殺害の興奮を再び味わうために、この場所に来ると思ったよ」

 聞き覚えのない女の声が聞こえ、黒い影は周囲を見渡す。

「どこよ」

 するとパーカーを着た人物の前に金髪碧眼の女が姿を現した。

「あなた。ウナバラナナミは女郎花仁太と三好葛に宝石店強盗計画を与え、彼らに実行させた。そして逃亡の手助けをしながら、標的を射程距離まで誘き出し、射殺した。女郎花仁太殺害は、潜伏先に忍び込み奇襲した言った方が正しい。三好葛は警察が近くにいるから逃げろとでも言って、殺害場所まで誘導したといったところかな」

 金髪碧眼の女の前に立つウナバラナナミは上着のポケットから拳銃を取り出す。

「誰だか知らないが、ここで殺す」

 その女。テレサ・テリーは銃口を向けられたにも関わらず、ペラペラと推理を話す。

「あなたは午後四時頃萩野武蔵を九重“夢”大吊橋前で白昼堂々と殺害した。あなたが殺した萩野武蔵がダイイングメッセージを残したとも知らずに」

「ダイイングメッセージ」

 犯人が小さく呟く。

「途切れ途切れにハルナと呟いたよ。このメッセージが示すのは女性の名前ではなく、犯人の名前に隠された意味。萩野武蔵が残したかった本当のダイイングメッセージは、ハルナナクサ。そうでしょう。春の七草の一つ、セリが名前に含まれている、工藤瀬里香さん」

 その女。工藤瀬里香はフードを被るのを止め、素顔を晒す。その彼女の後ろには三浦と藤井京助の二人が立つ。

 この状況は悪いと感じた工藤瀬里香は肩を落とす。

「どこで私が犯人だと分かったの」

 工藤瀬里香が尋ねると、テレサは自信満々に腕を組む。

「女郎花仁太を殺害した第一の事件では、あなたの犯行を伺わせる物証はなかったから、疑わなかった。だけど萩野武蔵を殺害した第二の事件であなたは、幾つかのミスを犯した。その一つがカウントダウン。ボイスチェンジャーで声を変えていたようだけど、鑑識が調べたらすぐに元の声を再現できたから。後であなたの声と照合すれば、証拠は完璧じゃないかな」

「第一の事件だけに留めておけば、私の犯行は立証できなかった。運が悪かったということね。私が殺したかったのは、萩野武蔵と箱辺小次郎、秋野進希の三人だけで、他の二人はただの捜査を攪乱するためのカムフラージュのつもりだったのに。それで萩野武蔵殺害のリハーサルとして、女郎花仁太を殺害し成功を確信したら、本番でミスを連発。やっぱり本物にはなれないということよ」

 工藤瀬里香の供述を聞き、テレサは推理を続ける。

「因みに現場に残された宝石には、法則性がある。例えば女郎花仁太殺害現場に置かれた宝石はダイヤモンドとサファイア。ダイヤモンドは四月の誕生石で、サファイアは九月の誕生石。四と九を足すと十三になるから、十三歳という若さで亡くなった幸谷美夏さんを暗示しているのかな。残りの現場で発見された宝石も足し算すれば十三になる組み合わせだから」

 テレサの推理に工藤瀬里香は首を縦に振る。

すると彼女の後ろに立つ三浦が尋ねる。

「なぜ殺人計画に参加した」

 その問いを聞き、彼女は背後を振り返りながら答える。

「あの三人が許せなかった。覚えているよね。九年前の豪華客船ファンタジア号人質籠城事件。あの事件で私の彼氏がテロリストによって殺害されたの。本当はテロリストのことを恨むべきなのかもしれないけど、私はあの三人を許せない。それが逆恨みだとしても」

 

 平成十五年八月七日。その日。工藤瀬里香は船に乗り、海王島へ渡った。

 彼氏に振られたことによる修身旅行。そのつもりで彼女は、海王島でリゾート気分を味わおうとする。

 工藤瀬里香は海王島に到着すると、先崎に灯台へと向かう。灯台から海の景色を眺めるために。

 全長二十メートルという小さな灯台だったが、海の景色を眺めるためには最適な場所である。

 白い灯台の螺旋階段を昇り切ると、その先には先客がいた。黒色のスポーツ刈りに色黒の男。

 その男は灯台から海を見下ろしている。工藤瀬里香は一瞬男の顔を見て、赤面した。

 男の表情はどこか哀しく感じる。その顔に工藤瀬里香はときめいてしまった。

 そして彼女は、男と同じように海の景色を見下ろす。すると突然色黒の男が、彼女に声をかけた。

「失礼。観光客か。こんな辺鄙な場所に観光に来るとは変な奴もいるな」

 その男の言動は失礼だと工藤瀬里香は思った。それから彼女は頬を膨らませる。

「失礼ね。あなただって海を眺めていたくせに」

「悪いが、俺は観光客じゃない。俺はこの島の住人さ」

 それが工藤瀬里香と三好健太の最初の出会いだった。

 それから二人は他愛もない会話を続ける。工藤瀬里香が振られた彼氏のことを話せば、三好健太は自身の弟とその幼馴染の恋バナを語る。

 二人の時間は楽しい一時だった。やがて二人は引かれ合い、一目惚れという形で恋に落ちた。

 二人は灯台を降りながらも会話を続ける。

三好健太との会話を楽しく感じ、工藤瀬里香は自然と笑顔になった。

 その顔を見て三好健太は微笑む。

「瀬里香さんの笑顔はステキだな。こんな可愛らしい彼女を振った彼氏が許せませんよ」

「ありがとうね。お世辞でもうれしいよ」

 そんな三好健太の視線の一人の男が映る。その男はカメラを提げていて、港町の様子を撮影していた。彼は男の姿を見つけると、すぐさま声を掛ける。

「すみません。そのカメラで写真を撮っていただけますか」

 この三好健太のずうずうしい申し出をカメラマンは快く受け入れる。男は二人だけの写真を撮り、必ず写真を送ると約束した。

 その男の名前が、萩野武蔵であることをこの時の二人は知らない。

 工藤瀬里香は結局三好健太に告白することができず、修身旅行最終日を迎え、そのまま本土に戻った。

 次に彼女が三好健太と再会したのは、一年後の豪華客船ファンタジア号の上だった。その時彼は警備員として乗船していた。

 警備員の制服を着た彼の姿を見かけた工藤瀬里香は、決心する。

 この運命的な再会は必然。だから彼の仕事が終わったら告白しようと。

 だが彼女の恋は静かに消える。

 突然テロリストが豪華客船を占拠した。それから何が起きたのか彼女は理解できない。気が付いたら船に乗って脱出したところを海上保安庁に保護された。

 海上保安庁が所有する船に乗せられた彼女はそこで彼の姿を探す。しかしそこには彼の姿はなかった。

 いくら探しても見つからない。嫌な予感が工藤瀬里香の脳裏に横切る。

 その時彼女は遠くから爆音を聞いた。ふと外の様子を見ると、ファンタジア号が黒煙を上げ爆発している。船は少しずつ海の底へと沈む。

 彼女は悲鳴を挙げたかった。しかし彼女は絶望感から声が出せない。

『豪華客船ファンタジア号で発生した人質籠城事件は、不可抗力であり株式会社ウォーターコロニーは一切責任を負いません』

 弁護士による会見がニュースに流れたのは事件発生から二週間後のことだった。

 会見を聞いた工藤瀬里香はリビングの机を思い切り叩く。これが逆恨みだとしても、株式会社ウォーターコロニーの関係者を許せない。その思いが彼女を殺人鬼に変えた。

 工藤瀬里香は、犯行動機を語り、両腕を刑事に差し出す。その後で三浦が彼女の両腕に手錠を掛け、彼女は大分県警へ連行された。


 ロッジの前には既に二台のパトカーが停車している。一台は三浦が運転していた覆面パトカー。もう一台は大分県警という文字がドアに刻まれた普通のパトカー。

 三浦は普通のパトカーの後部座席に工藤瀬里香を乗せ、テレサたちの顔を見る。

 そして彼は一瞬何かを考え、自動車の鍵を藤井京助に渡す。

「テレサと二人きりで話したいんだろう。俺はパトカーに乗る」

 三浦のフォローに藤井京助は彼の肩を持つ。

「ありがとう」

「その代り後でどうなったのかを教えろ」

 三浦は藤井京助に伝え、パトカーの後部座席に座った。間もなくしてパトカーがサイレンを鳴らし二人の前から走り去る。

 こうして彼らは二人きりになった。テレサは犯行現場の前で笑顔を見せる。

「推理で犯人を追い詰めた興奮は、忘れられないよ」

 テレサがはしゃいで見せると、藤井京助は今だと感じ、彼女の手を握る。

「テレサ。殺害現場で言うことじゃないが、今度良かったら二人きりで食事をしないか」

 藤井京助は勇気を振り絞り彼女にデートを申し込む。しかしテレサは、腑に落ちないような表情で意外な言葉を呟く。

「本物」

「どういうことだ。それはOKという意味なのか」

「何のこと」

 テレサは藤井京助の話を聞いていなかった。

「質問を変えよう。本物というのは何だ」

 藤井京助はデートの申し込みは仕切り直しだと感じ、聞き返す。

「工藤瀬里香が言っていたよね。本物にはなれない。その意味は何なのかを考えているの。もしかしたらこの事件はまだ終わっていないのかも」

 テレサは藤井京助の顔を見ながら、スマートフォンを取り出し、殺人予告サイトを確認する。

「やっぱり。サイトが更新されていたよ」

 テレサは藤井京助にスマートフォンの画面を見せる。

『残り二時間。最後の悪魔よ。死の覚悟は決めたか。お前の死に相応しく、爆弾を日本国内一万か所に仕掛けた。お前に逃げ場はない。お前は私の近くにいる。ウナバラナナミ』

「爆破予告だと」

 藤井京助は思わず声を荒げる。

「奇妙な連続殺人事件。殺人予告サイト。そして最後は爆破予告。劇場型犯罪こそが本物のウナバラナナミの目的なんだろうね。爆発まで残り二時間。今頃日本各地でパニックが起こっている頃だと思う。何しろどこに爆弾が仕掛けられているのかさえも分からないからね」

 テレサ・テリーはスマートフォンで掲示板サイトを閲覧してみる。


 掲示板には既に『日本崩壊のお知らせ』というスレッドが立ち上がっていた。

 

001:*** 名無しさんがお送りします

『殺人予告サイトを立ち上げたウナバラナナミが、爆破テロを実行しようとしているみたいだぜ。標的は日本国内。だから早く二時間以内に海外へ逃亡した方がいい』


002:*** 名無しさんがお送りします

>>001

『マジかよ。パスポート持ってる俺は生存確定』


003:*** 名無しさんがお送りします

>>002

『いやいや。国際線の飛行機のチケットをゲットしないと負けるから』


004:*** 名無しさんがお送りします

『パスポート持っていない俺は死ぬしかないじゃない。何よ。この格差。パスポート持っていない奴も救済しろよ』


 コメントは急速なスピードで書き込まれ、掲示板はパンク寸前となる。テレサはサイトを閉じ、再び藤井京助の顔を見る。

「ネットは炎上しているよ。ここで問題。本物のウナバラナナミは劇場型犯罪を企て、何を成し遂げようとしているのか。最後の標的は誰なのか。残り二時間以内に謎を解かなければならないね」

 

 午後六時。殺人予告サイトが更新されたことを受け、千間刑事部長は刑事部長室で喜田参事官と話し合った。

「爆破予告か」

「はい。大分県警と海王島で捜査中の木原たちの報告によると、実行犯二名は逮捕されたそうです。逮捕と同時にサイト更新ということは、もしかしたら一連の事件を影で操る存在がいるのかもしれません。現在爆破予告を受け四十七都道府県全体でパニックが起こっています。国際線の飛行機のチケットを奪い合う被害が後を絶ちません」

「それで残る事件関係者は誰なんだ。その中に黒幕が隠れている可能性もある」

「藤袴由依。秋野母子。秋野桔梗。田中ナズナ。西村桜子。日向沙織。北条の話によれば、あのサイトは自動的に更新されるようなプログラムが組み込まれていないとのことなので、

秋野母子と秋野桔梗には実行不可能。この二人はスマートフォンや携帯電話をいじるような仕草を見せなかったようです。そうすると現在捜査線上に浮かんでいる容疑者は四人。その内、田中ナズナ、西村桜子、日向沙織の三人には、九年前の豪華客船ファンタジア号で最後まで取り残された十人の人質の生き残りではないかという疑惑があります。この事件が九年前の復讐であるなら、犯行動機として十分だと思われます。そして現在大野警部補と大分県警の須藤涼風警部は、西村桜子の元に向かっています」

 

 午後六時二十分。渋滞を抜け大野の須藤涼風は、再びエリザベスマンションの前に立つ。

 それから二人はマンションのインターフォンを押す。だが何の反応もない。それどころか鍵がかかっている。

 大野は仕方なく鍵で部屋のドアを開け、靴を脱ぎながら叫ぶ。

「桜子」

 どんなに叫んでも西村桜子は答えない。

そんな彼は、リビングの机の上に一枚の紙が置かれていることに気が付く。

『大野さん。ごめんなさい。全てを終わらせに行ってきます。ハヤミユイ』

 そのメッセージはラジエルと呼ばれる女が直筆で書いたものだった。自身の本当の名前を添えた文字からは、覚悟を伺うことができる。

 大野は咄嗟に携帯電話を取り出し、西村桜子へ電話する。だが電源が切られているようで、電話は繋がらない。

 彼の隣で須藤涼風は警視庁からの電話を受ける。

「そうですか。分かりました」

 須藤涼風は上層部の指示を聞き電話を切る。そして隣で焦る大野に指示を伝えた。

「警視庁上層部からの指示です。残り二時間警察官たち総出で爆弾を探索しろ。そしてこの混乱に乗じて真犯人が海外逃亡する可能性する可能性も考慮して、空港や港に警察官を配備し海外逃亡を阻止しろ。私たちは前者の指示に従えとのことでした」

「ノーヒントで一万個もの爆弾を探せということですか。そんな無茶な捜査をするくらいなら、西村桜子。いや、早見結を探します。防犯カメラを調べたらどこに向かったのかが分かるはずです」

「一人の所在と一億人以上の人間の命。どちらが大切なのでしょう。その質問の答えが分からないのですか」

「民間人の命の方が大切なのは分かります。しかしあのメッセージからは、彼女が危険場場所に向かおうとしていることは明白でしょう」

「危険な道を進もうとする人間を助けたいということですか」

「そうですよ」

 上層部の指示に従うキャリア組の考えと人情を最優先したノンキャリア組。須藤涼風警部と大野達郎警部補の対立構図を大まかに説明すると、このようになるだろう。

 二人の対立が数十分間続いた。彼らの論争は一本の電話で終わりを迎える。その電話が掛かってきたのは須藤涼風の携帯電話で、相手は倉崎和仁官房室長だった。

『須藤警部。遅くなってすまないが、残念なお知らせだ。田中ナズナ福岡県議会議員が失踪していることが分かった。午後四時に東京クラウドホテルでの会合が終わったのちの足取りが掴まないらしい』

「そうですか。分かりました」

 それから数秒も経たず、今度は大野の携帯電話に北条から電話が掛かってくる。

『北条です。殺人予告サイトのIPアドレスの解析に成功しました。サイトの管理人が使用するパソコンは、東京都犬吠埼村のロッジに設置されている物です。ただ犬吠埼村へは渋滞を考慮すると、到着が午後七時五十分頃になります。その場所に真犯人が現れる可能性も低いので、実際に行くのかどうかは個人に任せます』

 大野は電話を切り、須藤涼風の顔を見る。

「犬吠埼村に行きましょう。これは最後の賭けです」

「その村に真犯人が現れる可能性はあるのですか」

「それは分かりませんが、最後の賭けです。元から手がかりがゼロですから、これくらいのギャンブルをしなければ、事件は解決できないかもしれません」

 大野の言葉を聞き、須藤涼風は一瞬黙り込む。

「分かりました。私たちは犬吠埼村に向かいましょう」


 その頃熊本空港の国際線のロビーに、藤袴由依がいた。

 ロビーに設置されたテレビでは報道特別番組が放送されている。

『全国各地一万か所の爆弾が仕掛けられたという書き込みが発見されてから一時間程が経過しましたが、現在も爆弾の捜索活動は続いています』

 そのニュースは藤袴由依の依頼人が言っていた劇場型犯罪ではないかと彼女は思った。

 それから数分後、国際線のロビーに黒いスーツを着た数人の男達が顔を出した。

「すみません。熊本県警です。現在発生している爆弾テロ事件を隠れ蓑に、テロリストが逃亡する可能性もあります。そのため皆様には一度我々の身体検査や持ち物検査を受けていただきます」

 熊本県警の刑事たちは厄介だと藤袴由依は思った。持ち物検査で例のUSBメモリが見つかれば、確実に逮捕されてしまうだろう。

 嫌な予感から藤袴由依は冷や汗を掻く。

 十分ほどで藤袴由依の順番が回ってきて、彼女は婦警による身体検査を受けた。

 そして次は持ち物検査。先にキャリーバッグは預けてあったため、彼女が持っているのは小さなハンドバッグのみである。

 婦警はハンドバッグの中身を全て机の上に並べた。

「なるほど。パスポートにUSBメモリ。ハンカチやティッシュね。ところでこのUSBメモリは何が入っているのかしら」

「それは……」

「とりあえず拝見してもよろしいかしら」

 婦警は強引にノートパソコンを起ち上げ、USBメモリを差す。そしてその画面に映し出されたデータを見た婦警の顔は青ざめる。

「あなた。どうやってこのデータを手に入れたの? 」

 藤袴由依は沈黙する。一方婦警は矢継ぎ早に質問した。

「このデータは防衛省の機密データよね。どこでこんなデータを手に入れたの。詳しい話は会議室で聞かせてもらうから」

 それから藤袴由依は、婦警に会議室まで連行された。

 会議室の席に座った藤袴由依は、向かい合う形で座る婦警の顔を見る。その後で藤袴由依は机を叩いた。

「そうよ。私は防衛省から機密データをハッキングで盗んだ。私の故郷を救うためにね。私が生まれ育ったあの国を救うためには、どうしてもあのデータが必要だった。だから私は……」

 藤袴由依がペラペラと犯行動機を自供する。

 その報告は、すぐに警視庁の八嶋公安部長の耳にも入った。

 八嶋が警察庁官房室長を訪れようと、警視庁の廊下を歩く。だがその廊下で彼は倉崎官房室長とすれ違った。

 倉崎は八嶋を見つけると、その場に立ち止まる。

「某国の工作員が逮捕されたそうだな。熊本県警の婦警のお手柄だ。今度その婦警を表彰しようと警察庁長官と話し合っているところだよ」

「はい。まさか、こんなにも簡単に某国の工作員を逮捕することができるとは思いませんでした。工作員の身元を明らかにする手がかりがなかったので、USBメモリという物的証拠があると心強いですよ。これで国防を守れます」

「まだUSBメモリを持っていた奴が某国の工作員だとは決まっていないからな。慎重に裏付け捜査を続けろ。もしかしたら冤罪の可能性だってあり得るからな」

「もちろんですよ」

 二人は会話を交わすと、そのまま警視庁の廊下ですれ違った。


「後三十分。これで私の復讐は終わる」


「否定するつもりはないのですが、幼馴染としてあなたを救いたいと考えているだけですよ」


「春くん。ごめんなさい」


「どういうことなの」


「罪を犯した人間は全員同じ十字架を背負って生きているんです」


次回 最終話 罪と罰


七月五日午前七時投稿予定

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ