第十話 ハルナ
午後三時五十九分。海王島上空で一台のヘリコプターが停止した。
ホバリングを繰り返すヘリコプターに乗っているのは、金髪スポーツ刈りの男。テロ組織『退屈な天使たち』のメンバーでスナイパーとして活躍するレミエルだった。
「一分前か」
レミエルは上空に浮遊するヘリの窓から外の景色を眺める。その先には見通しの良い直線の道路が広がっていた。
その道路の右端にある歩道線の内側を一人の男が歩いている。その男は箱辺小次郎。
箱辺の後ろには二人の黒いスーツを着た男が歩く。スーツを着る人物が少ないこの島では、すぐに警察であることが分かってしまうだろう。
「そろそろだな」
レミエルはヘリコプターの窓を開ける。その隙間からライフル銃、H&KPSG1の銃口を覗かせた。
そしてライフル銃のスコープに箱辺小次郎の姿を捉え、レミエルは引き金を握る。
その瞬間彼のズボンのポケットの中でスマートフォンが震える。
「時間だ」
この着信は狙撃の合図。レミエルは引き金を引く。間もなくして銃弾が空気を切り裂き、箱辺小次郎の頭まで届いた。
次の瞬間、箱辺の頭から血液が吹き出し、彼を尾行していた刑事たちが彼に駆け寄る。
その様子をスコープ越しに見ていたレミエルは窓の隙間から、ライフルを仕舞い、窓を閉める。
「対象は死亡か。動け」
「了解」
ヘリコプターの運転手が一言告げる。その後でレミエルを乗せたヘリコプターは東京に向かい動き始めた。
レミエルはヘリコプターの中で、ライフル銃を片付けながら、窓の外に広がる青く綺麗な海を見つめる。
そして彼はズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、ホーム画面を見た。
その画面にはメールが届いたことを告げる通知が表示されている。
彼はメールアプリを起動させ、メールの文面を読む。
『撃て』
これは午後四時に受信したサマエルからのメール。
「サマエルの野郎。また事務的なメールを打ちやがって。あいつからのメールは必ず一言だ。まあ今回はその方が都合の良い」
レミエルはサマエルからのメールを読み、思わず呟く。
レミエルが搭乗するヘリコプターが上空を進む頃、警察官たちは、箱辺小次郎の応急処置を試みる。
だが彼らは無力である。瞬く間に箱辺の体は冷たくなっていき、彼はそのまま刑事たちの腕の中で息を引き取った。
箱辺小次郎が狙撃された現場から数十メートル離れた位置には、小さな白色の小袋が置かれている。
刑事たちが、そのことに気が付いたのは、このことを上司に電話で伝えた後の話。
現場保存を任せられた第一発見者の刑事たちは、携帯する白い手袋を指に填め、小袋を開ける。
茶色い箱が二つ。それを開けると、エメラルドとペリドットと呼ばれる宝石が輝いていた。
午後四時。木原と神津は海王島中学校の校長室で、黒いスーツを着た初老の男性と会う。その男の名前は小柳。この島で長く教師をしている男である。
中学校に呼び出された小柳は木原たちに名刺を渡す。
「海王島中学校校長の小柳です。今日はどのようなご用件ですか? 」
「この学校に通っていた、秋野桔梗、秋野撫子、三好葛、女郎花仁太、幸谷美夏の五人について教えてほしい」
神津がハッキリと要件を校長に伝えると、本棚からアルバムを取り出し、机の上でページを広げる。そのページは校門前で撮影された集合写真のようで、十人の生徒たちが横二列に並び、映っている。その集合写真の一番前の列には、中学一年生の五人の姿があった。
「その五人だったら、平成十七年の入学生ですね。この島は子供が少ないから、一クラス十人くらいしかいないのです。その五人は特別仲が良かった印象です。この写真は入学式当時の物ですよ」
「幸谷美夏が転落死する事件が七月に発生したと思いますが、それ以降四人に変化はなかったのでしょうか」
木原からの質問を聞き、小柳は頭を掻く。
「彼女の自殺については、生徒たち全員が胸を痛めましたが、あの四人は特に心が傷ついていた印象がありました。最も暗くなったのは、秋野撫子。いつもは明るかった彼女は、彼女が自殺して以来暗くなり、笑わなくなりました」
小柳が過去を振り返る。すると木原の携帯電話のバイプ音が静かな校舎に響く。
木原は一言電話に出ることを告げ、携帯電話を耳に当てる。
「もしもし。木原です」
『松田だが、大変なことが起きた。箱辺小次郎が殺害された。現場は海王島の道路上。海王島中学校を左折した先にある一本道。今すぐ現場に急行してほしい』
二人の刑事は電話を受け、小柳に頭を下げる。
「今日はありがとうございました」
小柳に一言お礼を言い、二人の刑事はすぐさま現場に駆け付ける。狙撃現場となった道路上には、既に野次馬と思われる島の住人たちや島の刑事たちが集まっていた。
その中には鑑識課の軽部の姿もある。木原は早速警察手帳を見せ、周囲に集まる刑事たちに尋ねる。
「現場の状況は」
「頭を撃ち抜かれて即死。現場近くからエメラルドとペリドットと呼ばれる宝石も発見されました」
軽部が現場の状況を説明すると、神津が挙手する。
「同一犯による犯行か」
「そうとも言えないんですよ。今回の殺人事件は殺害方法がこれまでの事件とは異なります。箱辺小次郎殺害時に使われたと思われる血塗れの銃弾が道路上に突き刺さっていたのですが、形状がどう見てもライフル銃の物なのです」
「何だと」
神津が目を見開き、第一発見者の刑事が軽部の言葉を補足するように声を出す。
「事件発生当時、現場付近をうろつく不審な影は見ていません。強いていうなら、上空を不審なヘリコプターが飛んでいたことくらいでしょうか」
第一発見者の刑事に続くように、もう一人の刑事が手帳を開く。
「因みに箱辺小次郎殺害当時の秋野母子、秋野桔梗、秋野撫子の三人や館で働くメイドたちのアリバイは完璧です。彼らは全員秋野邸にいました。それを証明するのは、我々島の警察官です。万が一彼女たちの中に犯人がいたとしても、あの洋館の近くにはヘリが着陸できるような場所がないから、犯行は不可能です」
大分県の観光名所。九重連山。この場所にある九重“夢”大吊橋は今日が日曜日であるためか、今日も大勢の観光客たちが訪れる。
歩行者専用の橋としては日本一の長さと高さを誇るこの場所を数百人は超える人々が一人ずつ渡っていく。
その橋の前に、萩野武蔵が現れたのは、午後三時五十九分のこと。
橋の前に既に数百人の人々が集まり、各々が橋の前で記念撮影を行っていた。その中には数十人の警察官たちが紛れている。
その人々を横眼で見ながら、萩野は腕時計で確認し、懐に入れていた手帳をペラペラと捲る。そしてページの間に挟んだ写真に目が留まると、彼はゆっくりと手帳を閉じた。
その懐かしい表情をした彼の前に、黒いライダースーツを着たフルフェイスのヘルメットを被った人物が現れる。その人物の身長は萩野より五センチくらい低い。
その不審者の右手には拳銃。左手には懐中時計。肩に黒色の鞄を担ぐその姿を見て、観光客たちは、ドラマの撮影ではないかと誤解する。
その誤解が間違っていることを、人々は三秒後に知るだろう。
不審車はヘルメットの中で頬を緩ませ、銃口を萩野に見せる。
「五秒前。四。三。二。一。ゼロ」
ボイスチェンジャーで作られた声でカウントダウンする。そして次の瞬間、観光地に銃声が鳴り響き、記念撮影をしていた観光客たちが目を見開く。一斉に音の聞こえた方向を見た人々が悲鳴を挙げる。
その人々の視線の先には、射殺された萩野武蔵の遺体。血液が橋の前に溢れ、親たちは子供の目を両手で隠す。
犯人は、現場の地面の上に、自らが担いでいたハンドバッグを置く。そして何事もなかったかのように、現場から離れる。
それと同じタイミングで、現場の張り込みをしていた刑事たちが萩野の元へ駆け寄る。
「大丈夫か」
刑事は萩野の体を揺らす。すると萩野が呻き、最後の力を振り絞り、口を動かす。
「ハル……ナ……」
言葉が途切れ、彼は瞳を閉じた。こうして萩野武蔵は刑事たちの胸の中で息を引き取る。
萩野の死を悟った一人の刑事が大声で仲間の刑事たちに呼びかける。
「警部に連絡しろ。俺はあいつを追う」
指示を伝えた刑事が走り、犯人を追う。だが犯人は、橋の近くに路上停車していたバイクに跨り、道路を走り始める。
一方の刑事は、現場付近に路上停車していたパトカーの窓を叩き、助手席に座る。
「あのバイクを追え。あいつが犯人だ」
刑事の指示を聞き、若い刑事がエンジンを掛け、犯人のバイクを追跡する。
走り始めたパトカーの中で、助手席に座る刑事が無線で仲間に呼びかける。
『こちら向井。九重“夢”大吊橋前で萩野武蔵を殺害した犯人を追っている。犯人が使用するバイクのナンバーは……』
向井は報告の後で一言『至急応援を頼む。対象は九重町方面を逃走』と付け加え報告を繰り返す。
犯人が運転するバイクの後ろには、サイレンを鳴らした数十台のパトカーが走っている。
だが犯人は、不利な状況になっても怯まない。犯人は、ヘルメットの中でニヤリを笑う。
犯人が運転するバイクの前には、数十台の一般車両。犯人はその自動車の間を猛スピードでごぼう抜きにする。
道路中で鳴り響くクラックションの音。その音を気にしない犯人は、自動車と自動車の間を見つけては、その隙間に入り、警察の手から逃れようする。
その模様を大分県警は指をくわえて見ているわけではない。
向井は拡声器で逃走するバイクに呼びかける。
「そこのバイク。止まりなさい」
向井の言葉で犯人が止まるほど、犯人は甘くない。渋滞する道路を抜けた犯人は、点滅する青信号を渡りきり、警察の追跡から振り切る。
犯人を逃がしてしまった向井は無線で仲間に呼びかけた。
「犯人追跡に失敗。Nシステムで追ってください」
萩野武蔵が白昼堂々と殺害されたということは、金森旅館にいた藤井京助警部にも電話で伝えられた。藤井京助はこのことを旅館の客室にいるテレサと三浦にも伝える。
「九重連山の橋の前で、萩野武蔵が殺害された。犯人はバイクで逃走中」
その報告を聞き、テレサがノートパソコンの画面を藤井京助に見せる。
「見て。殺人予告サイトが更新されて、萩野武蔵と箱辺小次郎の顔写真が掲載されているよ。それと新たなるメッセージも投稿されている」
テレサが言うように『UNKNOWN』と書かれた画像が、萩野武蔵と箱辺小次郎の画像に変化している。『UNKNOWN』と書かれた画像は、上の段の右端の画像のみとなった。
それから藤井京助は画面に映る赤色の文字を読む。
「許せないのは残り一人。最後の悪よ。残り時間を脅えて過ごすが良い」
「残り時間は四時間。ということは午後八時までにもう一人死ぬということか」
三浦が画面に映るデジタル時計を見ながら呟く。するとテレサが畳の上に立ち、刑事たちの顔を見つめる。
「じゃあ、現場に連れて行って。萩野武蔵の遺体を確認できるのは、私しかいないから」
「だから安楽椅子探偵が現場に駆け付けたらおかしいだろう。だからダメだ」
三浦はテレサの願いを聞かない。だが藤井京助は落ち込むテレサの肩を持つ。
「分かった。責任は俺がとるから、彼女を現場に連れていこう」
藤井京助の声にテレサの顔が明るくなる。
「本当にいいの? 」
「ああ、もちろん」
藤井京助が一言告げると、テレサは彼に抱き着く。
「ありがとう」
彼女の行動に、藤井京助の顔が次第に赤くなる。
しかし三浦は藤井京助の意見に賛成しない。三浦はそっとと藤井京助の肩に手を置き、彼に一言告げる。
「廊下で話しがしたい」
藤井京助は三浦の言葉を聞き、客室の襖を閉め、廊下に移動した。
三浦は廊下に立ち、藤井京助に尋ねる。
「どういうつもりですか? 」
三浦が敬意を称し敬語で質問する。だが藤井京助は何が聞きたいのかを察することができない。
「質問の意味が分からない」
「須藤涼風警部からの命令でしょう。彼女を現場に連れていくなって。彼女からは助言を貰うだけでいいんです」
「おまえこそ聞いていなかったのか。俺が責任を取るって言った」
「まさかテレサに恩を売って何かをするつもりですか」
「好きな奴を助けて何が悪い。俺は彼女のことが好きなんだ。そのためには、好感度を上げる必要がある。絶対この事件を解決して、彼女に交際を申し込む。そのためには手段を選ばない。それが俺だ」
三浦は藤井京助の言動に呆れ、シド目になる。
「どうでもいいが、その自白が彼女に聞こえたらどうする」
「大丈夫だ。そういう展開の方が、都合がいいからな」
藤井京助が笑う。その笑い声を聞きながら、三浦は襖を開け、テレサを呼ぶ。
それから三人は九重連山へと向かった。
警視庁の刑事部長室に合田が呼び出されたのは、午後四時五分の時だった。
千間刑事部長は二枚の写真を合田に見せる。
「先程海王島警察署と大分県県警から連絡があった。午後四時頃箱辺小次郎と萩野武蔵が殺害された。ご存じかもしれないが、殺人予告サイトに二人の写真が掲載され、残る標的は一人になったということだ。いいか。警察の面子に賭けて、最後の殺人を阻止し、タイムリミットが訪れるまでに犯人を全員検挙しろ」
千間刑事部長の激励を聞いた合田は、その足で鑑識課の部屋へと進む。
鑑識課の部屋には、北条の姿がある。
部屋の机の上には幸谷平子の自宅から押収した品々が綺麗に並ぶ。
鑑識作業をしている北条に合田が声を掛ける。
「北条。作業は順調か」
「はい。面白いことが分かりました。幸谷平子の自宅から押収した拳銃からは、彼女の指紋が検出されました。ライフルマークも三好葛の遺体の傷と一致。幸谷平子が三好葛を殺害したのは確実でしょう」
「ノートパソコンはどうだ。彼女のパソコンが殺人予告サイトの発信元ではないのか」
合田が机の上に置かれたノートパソコンを見ながら尋ねた。だが北条は首を横に振ってみせる。
「違います。海外のサーバーを経由しているため、発信元までは分かりませんが、彼女には鉄壁のアリバイがあります」
北条はそう言いながら、自分のノートパソコンの画面を合田に見せる。
その画面に映るのは、殺人予告サイト。
「午後四時頃に更新されました。その時間帯彼女は取り調べを受けています。さらに彼女の所有する通信機器は全て警察が預かっています。それが意味することは、彼女はサイトを更新することができない」
「自動で更新されるようなプログラムが仕込まれている可能性はないのか」
「その可能性もあります。これから押収したノートパソコンの解析を行います」
北条は白い手袋を填め、幸谷平子のノートパソコンを立ち上げる。
合田は彼の様子を見ながら、北条のノートパソコンを閉じ、ケーブルを抜く。
「悪いな。北条。このパソコンを少し借りる」
合田は北条に一言告げ、ノートパソコンを手に持ち、取調室へと向かう。
取調室では現在も幸谷平子の取り調べが続いている。取り調べを担当しているのは須藤涼風と大野達郎の二人。
合田が取調室のドアを開け、机の上にノートパソコンを置き、画面を幸谷平子に見せる。
何かを察した須藤涼風は椅子から立ち上がり、席を譲った。空いた席に合田が座り、彼は幸谷の顔を見る。
「お前の言う通り、萩野武蔵と箱辺小次郎が殺害された」
「だから言ったでしょう。あの二人が殺されるって。これで少しは信じてくれたかな」
幸谷平子が白い歯を見せ、笑みを浮かべると、合田が机を叩く。
「最後の標的は誰だ。お前らの仲間は誰だ。お前らの目的は何だ。答えろ」
合田が力強い視線で幸谷平子の顔を見る。だが幸谷平子は顔色を変えない。
「強いていうなら、最後の一人は午後八時丁度に殺される。それしか知りません」
九重連山の橋は封鎖されており、観光客たちは全員橋の外で待機している。
その現場に藤井京助警部と三浦巡査部長とテレサ・テリーの三人が辿り着いたのは、午後四時四十分のことだった。
バリケードの前には、現場から追い出された観光客たちが集まっている。刑事たちと共に歩く外国人の姿を、物珍しそうに野次馬たちが見つめる。
藤井京助はバリケードの前に立ち警察官に改札手帳を見せる。だが警備を行っている警察官は、見覚えのない金髪外国人の顔を見て、首を傾げた。
「藤井京助警部は良いとしても、その外国人は誰でしょう」
「知らないのか。捜査協力者のテレサ・テリー。人気推理ドラマの脚本家で、大分県警捜査一課の須藤涼風警部の友人」
藤井京助の説明が聞こえた野次馬たちはヒソヒソ話を始める。
「テレサ・テリーだって」
「まさかあんな可愛い外国人が、あのドラマの脚本を書いているのか。知らなかった」
「後でサイン貰おうぜ」
野次馬たちの声を聞きながら、三人は犯行現場へと足を踏み入れる。
封鎖された現場には、十数人の警察官と鑑識しかいない。三浦は早速警察手帳を見せながら、所轄署の刑事に尋ねる。
「現場の状況は」
「死亡したのは萩野武蔵。殺害方法は拳銃による射殺で、犯人は現場の地面にハンドバッグを置き、逃走しました。そして萩野武蔵を射殺した犯人のバイクは、九重町の空き地に放置されていました。犯人が使用したバイクは盗難車です」
「じゃあ、そのハンドバッグには何が入っていたの? 」
テレサが警察官の顔を見ながら尋ねる。しかし警察官は質問に答えようとしない。
「部外者には話せません」
警察官が冷めた表情で彼女に接すると、藤井京助は彼の顔を睨み付ける。
「いいから質問に答えろ。彼女は須藤涼風警部の友人で捜査協力者のテレサ・テリーだ」
「分かりましたよ。ハンドバッグの中には、トバースとアメシストが入っていました。現在県警に、宝石店空海から盗まれた物かどうかを問い合わせています」
警察官はペラペラと藤井京助に捜査状況を報告する。その報告を横で聞いていたテレサは、現場周辺を見渡す。
「こんなところで射殺。犯人の服装は? 」
「犯人の服装は、黒いライダースーツにフルフェイスのヘルメットで顔を隠した人物。犯行の一部始終は観光客たちが撮影していたビデオに残っています。後で県警の刑事さんにはお見せします」
現実主義な刑事は、テレサのことを煙たく思う。それから刑事は藤井京助に観光客から預かったスマートフォンを渡す。
「これが犯行の一部始終です」
テレサは藤井京助の体に寄り添うように、映像を彼と共に確認する。
その映像に映っているのは、黒いライダースーツにフルフェイスのヘルメットで顔を隠した犯人が、拳銃の銃口を萩野武蔵に向ける場面。
観光客たちの和気藹々とした声に、犯人の声が混ざる。
『五秒前。四。三。二。一。ゼロ』
声を変えた犯人のカウントダウンと共に、拳銃が火を噴く。そして次の瞬間、萩野は撃たれその場に倒れこむ。それから犯人は地面にハンドバッグを置き、何事もなかったように颯爽と立ち去る。
この映像を見て、テレサは首を傾げる。
「犯人がカウントダウンする場面。犯人は左手で何かを握っているように見えるよ。右手に拳銃ということは、犯人は右利きということだよね。左手に握っているのは何かな? 」
テレサは藤井京助の体と密着して、犯行の瞬間が映し出された映像を凝視する。
藤井京助は、胸のドキドキを止めることができない。好きな相手との距離はゼロに近い。そのシチュエーションに彼は、一瞬鼻血が出そうになる。
「鑑識に映像の解析を任せてみよう」
「お願いね。藤井京助警部」
テレサが微笑み、藤井京助の顔が一気に赤くなっていく。
だがこのムードは、三浦の咳払いで壊される。
「藤井京助警部。ラブコメムードを壊してすみませんが、被害者の遺留品にも興味を示しましょうよ」
三浦は先に現場に臨場していた警察官から受け取った手帳を藤井京助に見せる。手帳の表紙は萩野という文字が書き込まれている。
テレサは見覚えのある手帳に興味を示す。
「この手帳は、間違いなく萩野武蔵の物。だけど手帳に見覚えのない写真が挟まっているよ」
テレサが萩野の手帳を見ながら呟き、ページの間に挟まれた写真を手にする。その写真に映っていたのは、工藤瀬里香と高校生くらいの年齢に見える一人のスポーツ刈りの少年。背景には港の灯台が映っている。
「工藤瀬里香か。日付は十年前の平成十五年八月七日」
藤井京助が写真を見ながら呟き、テレサが首を縦に振る。
「まさか工藤瀬里香も容疑者の一人として浮上するなんて。彼女の所在を確認した方が良いよ」
テレサの助言を受け、三浦が宝石店空海に電話する。だが電話が繋がらない。
「どうやら留守のようだ」
三浦が電話を切りながらテレサに報告する。
その後で一人の警察官が挙手した。
「すみません。一つ気になることがあります。私の腕の中で萩野武蔵は息を引き取りました。彼が死ぬ間際に、何かを言っていたんですよ。ダイイングメッセージだと思うのですが」
「ダイイングメッセージ」
テレサは聞き覚えのある言葉に瞳を輝かせる。
「途切れ途切れにハルナって言っていました」
刑事はテレサの声に中断されながらも、県警の刑事に報告する。
一方ダイイングメッセージの存在を知ったテレサは顎に手を置く。
「ダイイングメッセージ。ハルナ。面白くなってきたね。一応被害者の娘と元妻の名前も調べて。その二人の名前がハルナだったら、犯人がすぐに特定できるから」
「殺人を唆す文面だな。ウナバラナナミと名乗る人物が主犯ということか」
「なんでこんな簡単な暗号に気が付かなかったんだろう」
「なるほど。かなり分かりやすいメッセージだけど、楽しかったから許す」
「犯人を自白に追い込む。それしか方法はありません」
「いいえ。犯人グループのリーダーは秩序型の人間」
第十一話 復讐殺人
六月二十一日午前七時。投稿予定。