第一話 同時多発殺人
容疑者リスト
工藤瀬里香 宝石店空海店長
藤袴由依 大学生
萩野武蔵 夕顔テレビドラマ制作部ディレクター
秋野進希 株式会社ウォーターコロニー代表取締役
秋野母子 株式会社ウォーターコロニー社長 進希の妻
秋野桔梗 進希の娘で占い師。
秋野撫子 株式会社ウォーターコロニー 課長 進希の娘
箱辺小次郎 株式会社ウォーターコロニー顧問弁護士
三好葛 無職 少年時代通り魔事件を起こした。
女郎花仁太 無職 三好と同じく通り魔事件の前科がある。
幸谷平子 カイトジャーナル記者
田中ナズナ 福岡県議会議員
太平洋沖を全長三百メートルの豪華客船が進む。船上からは夕日が見え、この日の乗客たちは全員船の中央にあるパーティー会場で豪華なバイキング料理を楽しんでいた。
その豪華客船、ファンタジア号に一台の黒塗りにされたヘリコプターが近づく。
その異変に気が付いたのは一人の警備員であった。不審なヘリコプターが、船上にあるヘリポートの上で停止し、警備員が仲間に無線で連絡を試みる。だが、空中で停止したヘリコプターのドアが突然開き、一人が船上に落ちた。黒い防弾チョッキを身に着けた全身黒ずくめの人物。顔は目出し帽で隠されているため、分からない。
その人物は何の躊躇もなく、警備員に拳銃を向け、発砲する。
「こちら。アルファ。邪魔な警備員を始末した。これより離陸を開始する」
船上にいる不審な人物が無線を持ち、空中に浮かぶヘリコプターを見上げた。
それから数秒後、ヘリコプターがヘリポートに離陸し、中から武装した者たちが出てくる。
一分後、ヘリコプターが再び上空に動き、武装した者たちが船上を走る。
そして三分後、事件が起きた。突然パーティー会場のドアが開き、拳銃を手に武装した者たちが、ステージに上がる。
ステージには『株式会社ウォーターコロニー設立五十周年記念船上パーティー』という文字。
パーティーを襲撃した者はステージ上に浮かんでいる看板を拳銃で撃ち抜く。
「動くな。我々はテロ組織『黄色いアザラシ』だ。俺たちは豪華客船ファンタジア号を占拠した。妙な動きをしたら、この場で全員殺す」
パーティー会場の出入り口には、二人組のテロリスト。逃げようとすれば、確実にテロリストによって射殺されるだろう。
その思考が人質たちの脳裏に浮かび、緊迫した時間が流れる。
その直後、テロリストのリーダーと思われる人物が、電話を手にする。
「我々はテロ組織『黄色いアザラシ』だ。俺たちは豪華客船ファンタジア号を占拠した。要求は我々の仲間の釈放。期限は十二時間以内。人質は乗員乗客合わせて一千五百人だ」
その要求を聞いた警視庁の刑事たちは、テロリストとの交渉を行い、人質たちを着実に減らした。
人質たちは緊急避難用の小舟に乗せ、順次海上保安庁に保護される。
そして、人質が残り十人になったところで事件が起きた。SATが現場に突入するため、ヘリコプターを豪華客船に近づけた直後、突然船が爆発した。
爆風に煽られヘリコプターは墜落。取り残された十名の人質とテロリストたちは、沈没する豪華客船と共に、暗い海の底へ沈んだ。
その人質籠城事件から九年後、一人の女がベッドの上から跳ね起きた。黒髪のショートボブに二重瞼、首に小さな黒子がある巨乳美人。
その女、田中ナズナは汗まみれになった自分の額に手を置き、小声で呟く。
「絶対に許さない」
『七月十日に大分県大分市で発生した宝石店強盗事件について最新情報です。大分県警は宝石店に侵入したとして無職三好葛容疑者と同じく無職の女郎花仁太容疑者を指名手配しました。この事件は十日午後九時五十五分頃宝石店空海に二人組の目出し帽を被った男が拳銃を取り出し侵入。男達は店内で取り扱っている誕生石コンプリートボックスを強奪して逃走しました。大分県警は店の近隣の防犯カメラに不審な動きをしている好葛容疑者と女郎花仁太容疑者が映っていたことから、容疑者として指名手配することにしたとのことです』
テレビから流れたニュースは先日から世間を震撼させた宝石店強盗事件に関すること。
キャスターは視聴者の疑問を代弁するかのようにコメンテーターに尋ねる。
『今回盗まれた宝石ですが、海外で取り寄せた高級な誕生石十二種類集めた物のようです。強盗犯は他の高価な宝石にも目を付けず、それだけを盗んだのですが、これには何か意味があると思いますか』
コメンテーターは首を傾げ、顔をテレビカメラに向ける。
『投げやりなコメントですみませんが、分かりません。指名手配されたのですから、逮捕は時間の問題でしょう。容疑者の供述が気になりますね』
森林に覆われた小さな木製のロッジの中で、黒い影が、机の前に座り、ノートパソコンを操作している。
その人物の人相は黒いフードを深く被っているためか、分からない。
部屋の中は薄暗く、テレビ画面の光だけが、周囲を照らしている。テレビから流れるのは先日大分県で発生した宝石店強盗事件のニュース。
一方ノートパソコンはチャットの画面。
『ニュース見たよ。逮捕も時間の問題か。後二十六時間。逃げ切れればいいのですが』
チャットにこのようなコメントが書き込まれ、続けて別のコメントが表示される。
『大丈夫だって。ちゃんと警察が突き止められない潜伏先を用意したし、あいつらは一度警察に捕まった前科者じゃないか。だから警察の手口を知っているし、こっちには天才策士がいる。彼女が用意した逃走経路だ。盗んだ宝石を隠したあの場所だって警察は突き止めていない』
彼らが使うチャットには文字数制限がない。黒いフードを被った人物は、タイミングを見計らい、キーボードを打つ。
『残り二十六時間。そろそろ落ちましょう。明日からは忙しくなります。一人ずつ確実に処刑しましょうか』
黒いフードを被った人物の近くに置かれた机には、拳銃とアンティークな懐中時計が置かれている。
ロッジに潜む黒い影は、最後にコメントを書き込み、ノートパソコンをシャットダウンさせた。
『九年前の復讐を始めよう』
平成二十五年七月十三日。午後十一時五十五分。江戸川区の商店街を一人の男が走っている。その男の赤色のジャージ姿という服装で、金髪のソフトモヒカンが特徴的だった。
その男。三好葛は周囲を警戒しながら、一度立ち止まる。
「まさか。警察に根城を突き止められるなんて聞いてないぜ。後五分で大金が手に入るのに」
三好葛は二週間前のことを思い出す。
あの日。三好葛はいつものように公園をジョギングしていた。すると彼の携帯電話が突然震える。
三好が慌てて電話に出ると、ボイスチェンジャーで声を変えた不気味な声が聞こえた。三好が改めて電話画面を見ると、相手は非通知設定をしているようで、誰が電話の話し相手なのかが分からない。
『三好葛だな。噂は聞いているよ。強盗の前科があって、中々就職できないそうじゃないか。そんな君に面白いゲームを紹介しよう。七月十日。大分県大分市にある宝石店空海から誕生石コンプリートボックスを強奪して来い。逃走手段や潜伏先はこっちで用意するから、安心して強盗に専念してほしい』
「断ると言ったらどうする」
『とりあえずあなたの周りにいる誰か。もしくはあなたを殺すよ。ゲームのルールは簡単。宝石を盗んで私が指示する場所に宝石を隠す。それから三日間警察から逃げきれたらゲームクリア。賞金として十億円をプレゼントしよう。このゲームには、五年前あなたと共に通り魔事件を起こした少年Aも参加するよ。確か本名は女郎花仁太だったかな。どうする。もちろんこのゲームは参加者が増えればそれだけ賞金が減るようなゲームじゃないから、安心してよ』
「分かった。そのゲームに参加してやろうじゃないか」
『それでこそ三好葛だ。それでは三日後再び電話する』
電話の相手が電話を切ろうとした時、三好は声でそれを静止させる。
「待て。その前に質問だ。お前の名前を教えろ」
電話の相手はその質問を待っていたかのように淡々と名前を伝えた。
『そうだね。ウナバラナナミって呼んでもらおうかしら』
相手は名前を告げると一方的に電話を切る。
後で三好が知ったことだが、この時点では女郎花仁太はゲームに参加していなかった。
これは詐欺の手口に似ている。
三好は一瞬詐欺かイタズラではないかと思ったが、その事実は間違いであることに気が付く。
三好の自宅に百万円の小切手が届いたのだから。小切手の差出人には『ウナバラナナミ』と記されている。
小切手。それはゲームがイタズラではないということを意味している証拠だ。この時三好はあることを思い出す。多くの犯罪者たちが集まる、暗部と呼ばれる世界があるということを。
このゲームは暗部への招待状ではないか。暗部では犯罪により大金を稼ぐ連中が多い。
このまま暗部の人間として生きるのも悪くないのではないか。
三好葛は軽い気持ちで警察との鬼ごっこゲームに参加した。
それから数日後ウナバラナナミによる犯行計画が三好に伝えられた。とは言ってもウナバラナナミが伝えたのは、犯行後の逃走経路や逃走方法。そして潜伏先だけ。残りの侵入方法や強奪方法は任せると言い残し、電話が切れる。
七月十日。犯行当日。三好葛は午後八時着の列車に乗り、大分駅に降りる。駅のホームでは黒いサングラスを掛けた黒髪のスポーツ刈りの男、女郎花仁太が立っている。
女郎花は三好を見つけると、スポーツバックを彼に見せた。
「三好。久しぶりだな。これはウナバラナナミから預かった道具だ。ご丁寧にメッセージまで同封されている」
女郎花が鞄を開け、三好に中身を見せる。
その中には二丁の拳銃と二人分の目出し帽。
そして、一枚の紙にワープロで書かれたメッセージ。
『このバックに入っている物を使って強盗してください。犯行時刻は午後九時五十五分頃。逃走経路や方法は指示通りでお願いします。ウナバラナナミ』
指定された時間まで残り約二時間。二人は下見を兼ねて宝石店の周りを歩く。その様子が防犯カメラにきちんと映っているとは知らずに。
午後九時五十五分。二人は目出し帽を被り宝石店に侵入する。二人の手には拳銃が握られている。
店内には茶髪の髪を肩まで伸ばした女がレジの前に立っている。その店員は赤色の淵の眼鏡をかけていて、三好はその店員に銃口を向ける。
「動くな。早く誕生石コンプリートボックスを用意しろ。早くしなければ、お前をこの拳銃で殺す」
三好が店員を脅す。すると店員が脅えながら、透明なケースの上にアタッシュケースを置き、二人組の強盗犯に中身を見せる。
その中には茶色い箱が十二個入っている。女郎花がそれぞれの箱を開けると、ダイヤモンドはパールなど、それぞれ違う誕生石が入れられていた。確認を済ませると女郎花は箱を閉める。
「これが誕生石コンプリートボックスだな」
店員が震えながら首を縦に振ると、女郎花がアタッシュケースを閉め、持ち上げる。
「じゃあな」
二人組の男はアタッシュケースを持ち、店から逃走を図る。
ウナバラナナミミが用意した逃走経路や逃走方法は完璧である。宝石店強盗を起こす過程で二人が起こしたミスがなければ、容疑者として浮上することはなかっただろう。
七月十一日。二人はウナバラナナミが指定したロッジに宝石を隠す。そのロッジの机には二人に宛てたメッセージが置かれていた。
『ご苦労様。潜伏先は、三好葛君は東京の渋谷キャッスルホテル。女郎花仁太君は竹田市の大森山荘に潜伏してください。道中の経路は二枚目と三枚目に記されています。ウナバラナナミ』
二人はウナバラナナミの指示に従い、ロッジで別れそれぞれの潜伏先に向かう。
そして現在。三好葛は焦っていた。一時間前ウナバラナナミは衝撃的な一言を三好に告げた。
『警察に潜伏先が突き止められました。今すぐ逃げてください。逃走経路はこっちで指示しますから』
その電話の後、三好は潜伏先を飛び出し、シャッターが降りた商店街を走る。
しばらく彼は商店街を警戒しながら走っていた。そんな彼に黒い足音が近づく。
三好葛は一瞬、その足音は警察官の物だと思ったが、その気配から感じ取った殺気がそれを否定する。
三好は目を大きく見開き、背後を振り返る。街灯がないためか、その先にいた人物の顔は見えない。黒い影は右手に拳銃を握っている。殺気に満ちた人影は、左手で握った懐中時計を見ながら呟く。
「五秒前。四。三。二。一。ゼロ」
日付が変わる秒読みの後、黒い影は拳銃の引き金を引く。それから一秒後、銃弾が三好葛の心臓を撃ち抜いた。
三好葛の心臓から血液が吹き出し、彼はそのまま商店街の床にうつ伏せに倒れる。
三好葛を殺害した犯人は、三好の遺体の近くに二つの宝石箱を置き、不敵な笑みを浮かべ夜空を見上げた。
同じ夜。大分県三俣山の中に大森山荘がある。この貸別荘は昔、ログハウスとして使われてきたが、管理会社の経営破綻により廃墟になりかけていた。
同じ内装の貸別荘が近くに三軒ほど建っている。貸別荘の駐車場には黒いワンボックスカーが駐車してあった。
その内の一つ。誰もいない貸別荘の中に女郎花仁太が息を潜め隠れている。
女郎花はベッドへ横になり宝石店強盗事件の当日の朝のことを思い出す。
あの日の早朝。女郎花仁太は竹田市内にある喫茶店に一人の女性を呼び出した。
彼と向かい合う形で茶髪のショートカットにオシャレなワンピースを着た女が座っている。
「それで話って何。お金が欲しいって言ったら帰るから」
その女がぶっきらぼうに答えると、女郎花は首を横に振る。
「そうじゃない。臨時収入が入りそうなんだ。それを使えば借金は帳消し。その上結婚費用が手に入る。だから今度会った時には結婚指輪をプレゼントしてやるよ。藤袴由依さん」
その女。藤袴由依は結婚指輪と聞き赤面する。
「結婚指輪って本気なの。本気で私と結婚するつもり。前科者のあなたがお父さんに挨拶に出かけたら絶対に反対されるに決まっている。だからこのまま同居生活でいいじゃない」
「嫌。絶対結婚する。同居生活はもう嫌だ。俺はお前の子供がほしい。だから絶対に結婚する。両親に反対されたら、駆け落ちすればいいだけの話だろう」
あの日の会話を女郎花は忘れない。タイムリミットまであと少し。それまで逃げ切れれば、女郎花は彼女にプロポーズする。
その幸せは一瞬の内に崩壊する。廊下から床を軋ませる足音が聞こえることに気が付いた女郎花が目を覚ます。彼が時計を見ると、時計の針が午前十一時五十九分を指していた。
女郎花は懐中電灯を片手に寝室のドアを開ける。するとドアの前に人影が立っていることに気がつく。
「警察か」
突然現れた黒い影は、女郎花の問いを聞き失笑する。その影の右手には拳銃らしきものが握られている。周囲が暗いため、それが拳銃なのか。女郎花には判断できなかった。
黒い影は女郎花の問いに答えず、秒読みを始める。
「五秒前。四。三。二。一。ゼロ」
女郎花は秒読みの間、咄嗟に懐中電灯で影を照らす。もう少しで影の素顔が分かるというところで、影は女郎花の心臓に銃弾を撃ち込む。
女郎花は影の正体を知ることなく命を絶った。
黒い影は女郎花の死亡を確認すると、遺体の近くに、誕生石が入った箱を二つ置く。
それから黒い影は遺体を現場に放置して、堂々と玄関から逃走を図る。
その犯人が玄関を跨ぐと、視線の先に黒いワンボックスカーが停車していることに気が付く。
その自動車は女郎花が逃走にしようした物。犯人はその自動車を見ながら、頬を緩ませ自動車に近づく。
そして自動車の窓ガラスを拳銃で壊し、その中へポケットから取り出したデジタル時計のようなものを投げ入れる。
犯人は何事もなかったかのように堂々と現場から離れる。暗い山の中。誰も犯人の顔を見た者はいない。
犯人は息切れを起こしながら、三十分で山を降りる。
大森山荘の暗い夜空に白い煙が昇った。その煙をバッグに犯人は暗い夜道に消えた。
同じ夜。東京湾沖にある島、海王島でも事件が起きた。この本土から二百キロ離れている離島は、一風変わっている。
島の南側は漁師たちが暮らし、幾つもの住宅が並ぶ。高さ二百メートルの灯台がシンボルである。
一方島の北側と南側は海の浸食によって分断され、木製の橋を渡ることで移動できる。
北側の島は南側とは正反対で、森林に覆われている。その敷地は大富豪秋野進希の一族の私有地。
その北側の島の中。海沿いの崖の上に洋館がある。
この二階建ての洋館は煉瓦造りで青色の屋根が印象的だった。
午後十一時五十分現在、この屋敷の中には数名のメイドや執事と秋野進希の一族である四人しかいない。
茶髪の髪をウェーブさせた巨乳の小太り女が洋館の螺旋階段を昇る。その女。秋野母子はどこか哀しげな表情を浮かべ、階段の上に立ち止まる。
漆黒の髪を腰の高さまで伸ばし、後ろ髪を赤色のシュシュで纏めた長身の女は洋式トイレのドアを開けピンク色のハンカチで手を拭く。
大きな瞳に二重瞼。黒子やしわが何一つなく、髪の手入れもしっかりと成されている。
服装は可愛らしいピンク色のワンピース。
歳は二十代前半くらいに見える。
この可愛らしい容姿をしているのは、秋野桔梗。
秋野桔梗が廊下を歩こうと一歩を踏み出す。すると、秋野桔梗の前に彼女と同じ容姿をした女性が現れる。その女の服装は白いネグリジェ。身長から容姿。声までもが秋野桔梗と同じ。その違いは秋野桔梗の前髪が右分けなのに対し、その女性の前髪は左分け。もっとも身体的特徴の場合の話だが。
「桔梗姉様。まだ寝てらっしゃらなかったのですか」
その女がおっとりとした口調で桔梗に声を掛けると、秋野桔梗は優しく微笑む。
「妙な胸騒ぎがしてね。撫子。明日は気を付けた方がいいわよ。明日は占いによると我が秋野家に災いが訪れるそうだから」
桔梗が静かで淡々とした口調で双子の妹に答え、彼女に死神のタロットカードを見せる。
すると、撫子は顔つきを真剣な物へ変える。
「それは心配ね。ところで死神のタロットカードって正位置じゃないよね」
「正位置よ。意味は死の予兆」
「逆位置だったらボジティブな話になるけど、正位置とは厄介ね。お姉ちゃんの占いの的中率は九割を超えているから。その占いで株式会社ウォーターコロニーは業績を伸ばしているんだから」
この桔梗の予言は的中することになる。なぜなら日付が変わる瞬間に洋館を舞台にした惨劇が起こるのだから。
十畳以上ある空間に、キングサイズという最大サイズのベッドが置かれている豪華な部屋。そのベッド上で白髪交じりの短い髪を生やした小太りの男が寝ている。
彼の名は秋野進希。株式会社ウォーターコロニーの代表取締役だ。
秋野進希の寝室に黒い影が侵入したのは、午後十一時五十九分頃だった。黒い影は慌てて暗い部屋の中で転ぶ。その音で秋野進希が目を覚ます。
秋野進希が眠たそうに目を擦る。
「何だね。こんな時間に」
秋野進希が相手のことを気に掛けると黒い影が床から立ち上がり、頬を緩める。
その左手には蛍光塗料が塗られた懐中時計が握られていて、右手には拳銃のような物が握られている。さらに秋野桔梗の首には、蛍光塗料が塗られたネックレス。
「間に合った。五秒前。四。三。二。一。ゼロ」
日付が代わり、黒い影は非情にも銃口を秋野進希に見せ、銃弾を彼の心臓に撃ち込む。
白いシーツが血液で赤く染まる。黒い影は彼の死を確認すると、寝室のクローゼットに隠した二つの箱を遺体の傍に置く。
そして犯人は窓を開け、拳銃を海に捨てる。
荒い波に呑まれ、拳銃が暗い海の底へ沈んでいく。
平成二十五年七月十四日。午前零時。この瞬間遠く離れた三か所で手口が同一の殺人事件が発生した。
それはあくまでこれから起こる劇場型犯罪の序章に過ぎない。
「殺害方法は拳銃による射殺。使用した拳銃はコルト・パイソンだろう」
「こっちで殺人事件の捜査ができるのは四時間ということです」
「それだけだとダメだ」
「この中で二人部屋と聞いて、嫌らしいことを想像した人は残ってください」
「さて、最後の仕事を始めましょうか」
次回 第二話『始動』
四月十九日午前七時投稿。