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6 異世界の魔法はいろいろアレです(2)


 さて。

 この世界のお茶会というものは、紅茶を飲みながらオホホな会話を楽しむ英国風のものではありません。お抹茶を飲みながら壮麗さやワビサビを堪能する日本のお茶会とも違います。

 今日行われる王女様主催のお茶会は、どちらかといえば園遊会でしょうか。

 王宮の優雅な中庭にテーブルを幾つも出し、軽食をつまみながら立ち話を楽しむようなのですが、いくら王宮内といっても、警備をするとなると大変です。

 美麗で派手な近衛騎士が多数います。普通の衛兵も見苦しくないよう配慮されていますが、かなり大勢が控えていました。


 そんな中に、若き王女様が華麗なドレス姿で現れ、同じように着飾った若き男女が談笑したり挨拶したりしていました。舞踏会ほどではありませんが、華やかな光景でした。

 そういう華やかな場に、私は地味な魔法使いの制服でいるわけです。

 周囲の視線から判断すると、素晴らしい目立ち具合のようですね。威嚇の効果ばっちりです。



 私の身分は、魔道研究所の一員です。

 特殊能力保持者として希少動物並みに大切にしてもらえますが、個人の地位は高くはありません。本来ならこういうお茶会に出席者として扱ってもらえる立場ではありません。

 でも、今日の私は所長様の同行者として扱われます。

 仕事中ではありますが、お酒を飲むことだってできます。実質警備員ですから飲みませんけどね。


 上司である所長様とは会場まではご一緒していたのですが、今は遠くにいました。分散して警戒しているといえばその通りなのですが、妖艶な美女である所長様は肉食系女子そのままに、若い男たちの中に突入してしまいました。

 年増には目もくれない若い男性たちも、所長様ほどのセクシー美女には対応が違うようです。真っ赤なマニキュアを施した爪で触れられて、気の毒なほどうろたえていました。

 私の魔法は特殊なので魔女と呼ばれることが多いのですが、私から見れば所長様の方が魔女ですね。あの方こそ正真正銘の美魔女です。夫が十人いるとかいたとかいう噂もかなり真実だと思いますよ……。



 上司ほどお茶会を楽しめない私は、ひっそりと飲み物テーブルに向かいました。

 王女様はまだ十五歳。その同世代の方が多いせいでしょうか。出席者の方々は同性同士で歓談している人が多いようです。でも積極的に話しかけている姿もちらほらありますし、異性たちをちらちら見ながらこそこそ笑いあったりする光景も、初々しくて微笑ましいですね。けっ。


 若さに圧倒されながらやっとテーブルにたどりつき、薬草を煮出した薄ら甘い飲み物を飲んでいると、少し離れたところに厳しい顔をした騎士を見つけました。

 剣の柄に片手を置き、もう一方の手に飲み物の器を持ったお姿です。

 剣を半分隠すように左側だけマントを下ろしていますが、異常に威嚇する姿です。しかもそのマントが黒地に緑の太い斜めラインが入ったものですから、威嚇効果は最高です。

 青い目にある光が殺気に見えるのも、怖さを引き立てています。

 しかし、私は笑顔で騎士様に声をかけました。



「今日もお会いできましたね、パスズール様」

「……これは魔女殿、良きところでお会いできました」


 冷ややかな青い目が少し和み、殺気そっくりの光も消えました。

 我が同志パスズール様です。

 剃刀を当ててまだ間がないせいでしょう。今日のお顔はすべすべです。金髪メッシュ入りの黒髪にも櫛が入っていて、隙なくなでつけられています。そうしていると、きっちりと着込んだ禁欲的な騎士服がいっそう引き立っていました。

 それでもどこからかエロさが漏れ出てくるのは、さすがですね。

 そんな素晴らしいお姿なのに、先ほどまでどす黒い空気を漂わせていた同志様なのです。本当にこの世界はよくわかりません。


「私は今朝になって突然お茶会に出るように言われたのですが、もしやパスズール様も?」

「同じです。朝になって突然呼び出されました。今日は非番のはずだったんですが」


 なるほど、機嫌が悪そうなはずです。

 しかし飲み物を手にしているということは、警備担当ではなく出席者扱いのようですが……。


「ある人のアクセサリーとして来ました。当人はすでに、ターゲットのところに行ってしまいましたが」

「アクセサリーですか?」

「第四師団の騎士を連れていると、見栄えがするそうです」

「あー、わかるような気がしますね。ということは、王族の方ですか?」

「いいえ、普通の貴族です。親戚筋なのですが、その人物の母君に我ら兄弟は大変お世話になったので断れませんでした」


 なるほど。

 前線の鬼神と恐れられる騎士様にも、いろいろしがらみがあるようですね。

 実にお気の毒ですが、この砂漠のようなお茶会会場に同志様がいてくれてよかった。本当にオアシスです。



 ほっとしていると、音もなく近づいた人影が私の腕をぐいっとつかんでいました。

 びっくりして振り返ると、昨夜のピラニア嬢でした。パスズール様がのんびりしているのですから、不審者ではないのは当然でした。

 魔道研究所の同僚ですが、彼女はきれいな私服です。どうやら誰かの同行者とかお目付役とかの名目で警備をしているようですね。

 そのちょっと年増な同僚嬢が、ちらちらとパスズール様を見ながら話しかけて来ました。


「ねえ、あなたのお女中さん、婚約したんですって?」

「あ、はい。もうご存知でしたか」

「知っているわよ! あんまり切羽詰まっていないから敵にはならないと思ったのに、いきなり一抜けだなんて!」


 敵認定していなかったのに、いきなり抜け駆けされたのが悔しかったんですね。

 そういえば、昨夜のその後はどうだったのでしょうか。私は途中で抜けたんですが……この様子では戦果はイマイチだったようですね。


「でもおかげで、私たちの本気に火がついたわ。魔女クヤマ、あなたにはまた合コンを企画してもらいたいのよ」

「え、でも私は本来そういうことは苦手で……」

「パスズール様ともお知り合いだし、昨日は近衛騎士様もいらっしゃったし、あなたって意外に顔が広いのでしょう? そのツテで何とか私たちにも幸せをちょうだい!」

「いや、その、チャラ騎士様……じゃなくて近衛騎士のナントカ様は偶然参加することになっただけなので、そんなに期待されても……」

「いいわね、待っているわよ。合コンのためなら仕事なんて投げ出して時間を作るから!」


 同僚嬢は鼻息荒く言い放ってくれました。

 ……こわいです。

 しがない喪女にはこわすぎます。

 思わず、助けを求めてパスズール様を見てしまいました。合コン再びなんてことになったら、パスズール様のお力添えが必須でもありますしね。

 もしかしたらまた不機嫌になっているのでは、と思いましたが、浅黒くて端正なお顔は楽しそうな微笑みがありました。


「気に入っていただけたのなら、また活きのいい男たちに声をかけましょう。前線から配置換えになって戻ってきた連中はまだたくさんいますから、良き出会いになるかもしれません」

「まあ、本当ですか!」

「もちろん、カナイジェにも声をかけますよ。奴も予定が空いていれば喜んで参加するはずです」

「まあっ! それは楽しみですわ!」


 同僚嬢、とってもうれしそうですね。

 もろにチャラ騎士カナイジェ様目当てですね。実は高望み系だったのでしょうか。それとも眺める対象と手に入れる対象は別ということでしょうか。

 女心っていろいろ難しいですね。



「ところで、少し伺ってもよろしいか?」

「はい、なんでしょう!」


 パスズール様の言葉に、同僚嬢が食いつきます。

 しかし騎士様の目は私を向いていて、隙あらばと狙っていた同僚嬢は、ちらりと浮かんだ大変魅惑的な微笑みでいなされてしまいました。


 ……同志さま、あなたは本当に同志なの?

 こういうところは絶対に喪男ではないのに、どうして我が同志になったのかと本当に不思議な気分になりました。


「魔女殿は以前も警備に加わっていたようですが、防御とか攻撃とか、そういう魔法も使えるのですか?」

「使えません。私はただのハリボテです。制服を着ていることに意義があるのです。でもそちらの同僚は違いますよ。彼女は攻撃系魔法のスペシャリストですから」

「ほう、攻撃系ですか」


 パスズール様の視線が同僚嬢に向きました。

 私への怨嗟は、その敬意を含んだ視線で四散してくれました。あーよかった。女の恨みは買いたくありませんからね。ですからどうか、同僚嬢も私に興味を持ってくれるような男性を紹介してください。私だってまだピチピチの二十五歳なんですから!


「では、もし万が一のことがあれば……」

「うふふ。不穏な動きをした時点で、犯人は黒焦げですわ」

「それは素晴らしい」


 なんだか、私の頭の上を視線が飛び交っていますね。

 しかし黒焦げってそんなに素晴らしいですか? やはりパスズール様って前線の鬼神様ですね。なんだかいろいろ物騒です。ついでにこのまま、同僚嬢といい雰囲気になったりしますか? それも素敵ですね。絶対呪いますけど。



 早くもやさぐれようかとしていたら、パスズール様が私に向き直りました。


「警備の計画のために伺いますが、失礼ながら、魔女殿は攻撃も防御もできないのですか?」

「一応、防御に使えるかなぁって道具は用意していますよ。よっぽどの時以外は使えない道具ですが」

「それはどのような?」

「その場にいる人の動きを止める水とか、あらゆる攻撃から完全防護する柵などです」

「……素晴らしく聞こえますが、どの辺りが使えないのでしょうか」

「あー、それは無差別すぎるんですよ。私の魔法は細かに限定できていないので、その場にいるあらゆる存在の動きを止めてしまうとか、そういう類なんです」



 そうなんです。

 私の魔法は小回りが利かないんです。

 毛生え薬を作ったつもりが、どこの毛かを限定できずにムダ毛製造薬になったりするのが普通なんです。植物の成長を早める薬なんかも作ってみましたが、目的の植物以外も成長を早めてしまい、全てを大繁殖させてしまいました。

 雑草も、苔も、カビも、全てです!


 今でも細々と植物系の魔法薬は作っていますが、何年何月何日何時何分に植えた何という品種の種だけを繁殖させる薬、など非常に面倒な長文を書き記す必要があるので面倒です。

 その上、私の字は汚い。効果の長い魔法ではその汚い文字をずっと見ることになり、これは何の拷問だろうかと苦しむことにもなります。

 ……本当に使えませんよね。こんなでも「異世界の魔女」というプレミアがついているから生活できています。ええ、副所長様に睨まれつつもなんとかやっています。



 一方、私の話を聞いたパスズール様は、眉間にシワを寄せて黙り込んでしまいました。

 予想を上回る使えなさにあきれてしまったのでしょう。すみません。できるだけ周囲にはご迷惑をかけないよう、ぎりぎりまで手を出さずに頑張ります。


「……お話いただき助かりました。魔女殿がいるということは、最悪の事態だけは免れられるということと理解しました」

「えっ、そういう話になるんですか?」

「なるでしょう。完全防護の柵とやらがあれば、最後の守りになります。全ての存在の動きを止められるということは、暗殺者を取り逃がすことがありません。どちらにしろ、魔法使いが出て来る前に解決できないようでは、騎士として失格でしょう」


 パスズール様がそういうのなら、そう思えてくるから不思議です。

 なんと優しい方でしょうか。非モテの同志としてだけでなく、人としても尊敬してしまいますね。



 私が感激していると、黒焦げ予告をした同僚嬢がそっとささやいてきました。


「前から気になっていたんだけど……」

「はい、なんでしょう?」

「あなた、もしかして惚れ薬とか作れるんじゃないの?」


 惚れ薬?

 飲むと最初に目にした相手を好きになるとか、その場にいた相手に欲情するとか、そういうやつですか?

 私は首を傾げて考えます。それから、興味津々で見つめてくる唇がぽってりして色っぽい同僚嬢と目を合わせました。


「作れないことはないと思いますが、たぶんいろいろ失敗すると思いますよ」

「どんな風に?」

「うーん、ではちょっとやってみましょうか」


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