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4 異世界の合コンはサバイバルでした(2)


 戸惑いの中で立ち尽くしていると、パスズール様は私たちのそばで足を止めて、深いため息をつきました。


「こんなに遅くなるはずではなかったのですが。予定外の仕事を押し付けられてしまいました」

「あ、そうなんですか」

「それにしても遅くなりましたね。パスズール様、交替要員はそんなに遅れたんですか?」

「遅れたなんてものじゃない。どうしても人員が足りないから、近衛騎士を呼び出してやった」

「そ、それはご苦労様でした」


 幼馴染さんが気の毒そうにそう言いました。

 どうやら、仕事で着替える暇がなかっただけのようですね。私と同じです。さすが魂の双子様ですね。

 しかし、いったいどんな仕事をしていたのでしょう。

 今日のパスズール様、昨日よりさらに荒んだ目をしていましたよ。


「お仕事お疲れ様です。実は私も副所長に捕まって着替える暇がなくて、この格好なんです」

「ああ、でもそのお姿はよくお似合いだからいいと思いますよ」

「そ、それはどうも。……あの、とてもお疲れのようですから、まずは座りましょう」


 私は近くのテーブルを示しました。

 もちろん誰もいないテーブルです。パスズール様は不思議そうな顔をしましたが、私がこっそりとピラニアテーブルを指差すと、すぐに全てを察してくれました。さすが人生経験の長い騎士様ですね。危険回避能力は最高レベルのようです。

 結局、同じテーブルにいるのは非モテの同志二人と幼馴染たちだけになり、もちろん幼馴染たちはあっという間に二人の世界を作ってしまいました。



「それで、これはどういう状況でしょうか?」


 騎士様はマントを抜いで、少しだけ目立たない格好になって麦酒をぐいっと飲みました。

 いい飲みっぷりです。

 ざらりとヒゲの伸びた顎を、手の甲で拭う男臭い仕草がなんかエロく見えます。

 その姿で、低くて甘い声で囁いて来るなんて、非モテの同志殿は相変わらず卑猥です。


「彼女は私の友人で、二人は幼馴染だそうです。十二年ぶりの再会らしいですよ」

「十二年ぶりであの空気ですか? ヒダシムはいい青年だから、まあ許さないでもないが……」


 語尾を濁して、また麦酒を飲みます。

 舌打ちは泡の中に消えましたが、うん、お気持ちはよくわかりますよ。いくら自虐的観察会とはいえ、こんな至近距離での観察は考え物ですから。

 少しでも気分を変えてもらうために、とりあえず話しかけることにしました。



「でも、せっかくここに来たのに、名物の夕陽をほとんど見られなかったのは残念でしたね」

「……いいえ、たっぷり見ましたよ」

「えっ、そうなんですか?」

「さる御方の警護に駆り出されていましたからね。……いわゆるお忍びデートという奴です」


 あー、なるほど。

 それで激しく荒んで不機嫌そうだったんですね。


「でも、騎士様のその格好は目立ちますよね? それでお忍びなんてできるんですか?」

「私が立っていると、後ろ暗い連中は勝手に逃げてくれます。視線も私に集まるので、お忍びデートには最適だそうですよ。おかげで、酒もないのにリア充どもを見る羽目になりました。最悪です。口に出さなかった自分を褒めてやりたい気分です」

「……それは御愁傷様です」


 それ以外の言葉が思いつきません。

 喪女兼世話焼きババアとして、私は不憫な騎士様のために麦酒のお代わりと料理を頼みました。幼馴染カップルにも一応おすそ分けします。

 でもピラニアテーブルは絶対に別会計にしましょう。あちらの飲むスピードは異常です。ノリが体育会系過ぎます。妙齢のお嬢さん方もいるはずなのですが……ああ、私酔っちゃった作戦をねらっているんですか?


 すごい気合です。

 あのくらいでなければ、結婚なんて無理なのかもしれませんね。とすると私は一生無理ですか。この世界でもそう悟るなんて、喪女道まっしぐら過ぎて涙がにじみそうです。というか、合コンってあんな雰囲気でしたっけ? よく知らないから、あれが正しい姿なのかどうかもわかりませんよ。


 そう密かにたそがれていて、ふとお隣を見た私は息が止まりそうになりました。



 ……び、びっくりした。

 パスズール様が、あの色気騎士様が、騎士服の襟をくつろげていました。

 浅黒くたくましい首と、エロい鎖骨の影が丸見えです。麦酒を飲むと喉仏の動きが丸見えになりました。それだけでも目を剥くような色気なのに、ジョッキを置いた手でさらに合わせを広げて行きます。

 私は思わず手袋を外した手を見ていました。

 大きな手が動くと、きっちりとした騎士服はどんどん着崩れて行きます。上着の下の生成りのシャツもくつろげられて行って、ついに胸筋がちらりと見えました。


「さすがに堅苦しいので、少し崩させてもらいました」


 私の視線をどう誤解したのか、パスズール様は申し訳なさそうに言いました。

 もちろん迷惑ではありませんよ。いや、処女の心臓的にはかなりヤバイかなとは思いますが、超絶眼福です。筋肉オタでなくても大満足です。向こうのテーブルにいるピラニア嬢も目を剥いて見入っていました。

 これぞ男のエロですね!



「……パスズール様の私服って、そんな感じなんですか?」

「そんな感じとは?」

「あー、つまり、こう……ぐっと前を広めにくつろげるとか……」

「それはありませんね。というか、私服そのものを持っていませんから」

「……はい?」


 私服を持っていない?

 今回は持ってこなかったってことですか?


「持っていないんです。いつも制服ですから。前線ではいつ何があるかわからないので、常に騎士服の着用が奨励されているんです」


 だからと言って、私服を持っていないって、そんなことがあるんでしょうか?


「でも非番のときとか、寝るときとか……」

「寝るときはさすがにマントと上着は脱ぎますが、基本的に制服ですよ」

「へえ、てっきり寝るときは裸族な方かと思っていました」

「そんな油断しきった格好はしません」

「……もしかして、今日仕事が急に入らなくてもその格好だったとか?」

「流石に、マントと上着は置いて来ますよ」


 うわぁ、すごく仕事熱心な方だったんですね。

 というか……背広をこよなく愛するサラリーマンみたいです。背広以外に外に着ていける服を持っていないおじさんっぽいというか。あ、パスズール様って立派なおじさんでしたね。でもそんな残念なくせに色気だけはだだ漏れなんです。


 なんでしょうね、この脱力感は。色気の無駄遣い過ぎます。

 とりあえず、その胸筋をもう少し隠してください。チラ見せを超える露出はワイセツ物に指定しますよ。喪女的に。




 目のやり場に困りながら動悸をやり過ごし、酒を控えるために麦酒だけでなく水を飲みます。

 麦酒と水を交互に飲みながら目をそらしていた私でしたが、突然起きたざわめきに気づいて振り返りました。何かあったのかと原因を探します。そして……どちらかといえば泳いでいた目を、また大きく見開いてしまいました。


 視線の先に、王子様がいました。

 あ、いや、この国の本物の王子様ではありません。いわゆる喪女が思い描く王子様的なイケメン様です。

 この世界では目立つ肌の白い金髪のイケメンが、爽やかな笑顔を振りまきながらこちらにやって来ています。イチャラブカップルでさえ、女の子たちは目をハート形にしてしまっていました。

 何ですか、あの罪作りな男は。

 どこのチャラ似非王子様ですか? しかも何で私たちのテーブルに手をついて微笑んでいるのでしょうか。間違いなく私の知り合いではありません。


 それにこの王子様、よく見ると王国騎士の制服に黒と白の市松模様なマントをつけていらっしゃいます。

 ……マジですか。

 あのド派手なチェッカーフラッグ的マントは、王宮を彩る美麗な近衛騎士の証ですよ。本物をこんな近くで拝見するのは初めてです。

 そんな美々しい近衛騎士様が、透き通るような笑顔でパスズール様に話しかけたのでした。



「アシュガ。こんなところにいたのか。美女ぞろいのお嬢さん方を侍らせるなんて、羨ましすぎるよ」

「……お前に名前で呼ばれるほどの間柄ではないと思うのだが」

「そんなつれないことを言わないでくれよ。我ら近衛騎士にお忍びデート警護なんてものを押し付けた張本人と僕との仲じゃないか」


 金髪チャラ騎士様は、とってもにこやかです。

 荒んだエロ騎士様は、とっても冷ややかです。

 なるほど、このお二人、本人的には仲が悪いけれど、周囲から見るとお前ら結構仲がいいだろって関係ですね。


 ちょっとびっくりしましたが、パスズール様は第四師団のお偉いさんの一人らしいですから、こういう繋がりもあるのでしょう。

 パスズール様は髪を気怠げにかきあげました。首の筋肉が動き、チラ見え中の胸筋も動きます。くっきりと盛り上がる胸元に目が行きましたが、機嫌の悪そうなため息が聞こえて、慌てて目をそらしてしまいました。

 彼のため息は、痴女めいた私の視線に対するものではないようですが、念のためです。


「警護はどうした」

「ついさっき、殿下を馬車に押し込んでやったから無事に終了したよ。それより君たち合コンなんだって? 僕も参加していいかな?」


 突然、話を振られ、私は思わず硬直してしまいました。それを面白そうに腰を屈めて覗き込んでくるなんて、なんですかこのチャラ王子ぶりは!

 目をそらしたら、またエロ騎士様の胸元に目が行っちゃうから勘弁して欲しいです。……ついでに今、殿下とか聞こえたのは気のせいですよね。本物の王子様の警護をチャラ似非王子様がやったら、絶対にお忍びにならないと思います……。



 とにかく私は懸命に鋼鉄の笑みを作り、困っていますという意思表示に首を傾げて見せました。


「あのー申し訳ありませんが、合コンって未婚者の集いなんですが」

「うん? 僕も未婚だよ。ああ、向こうのテーブルかな? 女性が余っているようだから、参加しても大丈夫だよね? お嬢さん方とご一緒できるなんて素晴らしいじゃないか」

「……嘘……この人まで未婚なんですか……」


 私は絶句しました。

 この国の結婚事情ってどうなっているのでしょうか。

 五年間メンズパラダイスな職場にいたパスズール様が非モテの同志というのは納得しましたが、まさか似非王子的なチャラ男様まで非モテの同志なんですか?

 雰囲気的に、あり得ない気がするんですが……でも色気騎士様も外見だけはリア充様だし……うーん。


 しかしチャラ騎士様は私の馬鹿面に気に留めることなく、チェッカーフラッグのようなマントを翻してピラニアテーブルに行ってしまいました。

 女性陣の歓声が黄色いです。

 男性陣の殺気が高まります。

 闘志がますます燃え上がる中で、チャラ騎士様は一人爽やかに舞い降りた天使様のように異次元の存在でした。


「あー、あの騎士様はいったいどういう方なのでしょうか?」

「奴は近衛騎士のカナイジェ・ナリノです。女性受けがよすぎて、やんごとなき御婦人方から結婚を妨害されているそうです。……気の毒ではありますが、あの通りの性格ですからね」

「なるほど。非リア充といえば非リア充ですが、うーん、同志というのも違いますね。でも、それであの勇者っぷりなんですね」

「勇者ですか?」

「勇者でしょう。あのテーブルに自ら飛び込むなんて、パスズール様はできますか?」

「命じられればしますが、私は遠くからリア充を妬みながら、静かに飲む方が好きですね」


 相変わらずよくわからない理論です。趣味としてはかなり終わっていますね。さすが我が同志。この無駄な落ち着きっぷりが大人です!



 私はにっこりと笑いました。パスズール様も笑ってくれました。

 テーブルの反対側では、十二年ぶりの再会を果たした幼馴染たちが二人の世界を継続中です。周囲のテーブルは、いい雰囲気の若き男女が見つめあったり囁きあったり、手を触りあったりしていました。唯一の例外テーブルでは、サバイバルな空気が張り詰めています。


 最高の飲み会ですね。

 パスズール様がご一緒でよかった。マジでよかった。一人だったら絶対に泣いて逃げてます。この空気の中で酒を楽しく飲む術を教えてくれた非モテ大先輩の騎士様に感謝です。



 太陽が完全に沈みきったデートスポットは、少しずつ闇が満ちて行きました。そして広がる闇と反比例するように、カップルたちは少しずつ減って行くのでした。


 ふっ。ふははははは……。

 ……リア充どもめ、勝手にしやがれ爆発しろ!


 私の心の中を読んだのでしょう。パスズール様が微笑みながら手にした麦酒をちょっと掲げます。私もジョッキをぎゅっと握りしめパスズール様の方に掲げました。

 万感の思いを共有した私たちは、同時に麦酒を口にします。

 ぬるい麦酒はとても濃厚で泡だらけでしたが、いつもより美味しく感じました。


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