3 異世界の合コンはサバイバルでした(1)
私、久山美紗子は二十五歳にして異世界トリップというものを体験しました。
普通なら半狂乱になるところですが、まあ私にもいろいろな事情がありまして。日本に戻りたくないというか、顔向けできないというか、とにかく渡りに船状態で馴染んで今に至っています。
こんな私ですが、今日は嬉し恥ずかしの合コンの日です。
この世界でのおばさんポジションが染み付いて、つい合コンセッティングなんてしてしまいましたが、冷静になってみると合コンってどんなものかよくわかっていない気がします。
人生初ではないだけ、マシでしょうか。
日本にいる時に一度だけ連れて行かれましたが、喪女の例に漏れず空気でした。
人生二回目の合コンは、幹事というより世話焼きババアってところですか?
私、まだ二十五歳のピチピチなんですけどね。この世界では枯れたおばさん扱いです。日本のアラフォーくらいの感覚でしょうか。もしかしたらアラフィフかもしれません。……つまり完全におばさんなんです。はい。
……さて、合コンなので私はいろいろ独身女性に声をかけてみました。
いろいろな事情がありますからね、飢えたピラニアからひっそり女子まで揃いました。彼女たちとは会場で直接会うことになりました。
一応、私は幹事というか世話役ババアとしての自覚はあります。お忙しそうなもう一人の幹事様を、廊下で捕まえて何度か打ち合わせをしたりもしました。だから早めに会場入りしたかったのに、よりによって帰る間際に上司に捕まってしまいました。
おかげで、完全にギリギリの時間です。
ネチネチと根に持つ副所長様から逃れるために、毛根に効く薬を置いて行く羽目になりましたよ……。今度は塗り薬ですから、塗った場所の毛根を蘇らせるはずです。文字書き魔法は省エネ魔法ですが、合コン前に消耗してしまいました。
先行きが不安になりましたが、とにかく待ち合わせの場所へと急ぎました。
合コン会場となるオープンカフェ方式のお店は、夕陽がよく見える丘の中腹にあります。
いわゆるデートスポットですね。
周囲は夕陽を見に来た若い男女でいっぱいです。十代の熱気の当てられたのか、熟年夫婦もうっとりと腕組みして歩いています。若い両親たちに連れられてきたのでしょうか。一桁歳のお嬢ちゃんお坊ちゃんまでおててを繋いでいました。
……うん。
なんというか、非モテ同盟の一兵卒には瘴気が強すぎます。よくもこんな場所で合コンをしようと思いつくものですね。けっ。
そんなお熱い人々の中を早足で通り抜け、私はようやく店にたどり着きました。どこかにいるはずの合コンの皆様を探そうと見回すと、入り口の近くで話し込んでいる男女に気づきました。
いえ、話し込む男女なんて周囲にはごろごろしていますがね、女性の方が私の知人だったんです。合コン出席予定者のパリスト・ミルエさんです。今年で二十三歳になったこの世界の年増さんですが、ミルエさんミサコさんと呼び合う友人です。
私の美意識が通じるのなら、ミルエさんはかなりの美人さんです。
性格も穏やかで優しくて、普通ならとっくに結婚して子供をぽろぽろ生んでいるはずの素敵な女子です。独身なのは、お父様の看護のためだったと聞きました。今年の始めにお父様は亡くなったそうですが、彼女にはぜひ幸せな結婚をしてもらいたいと一番に合コンに誘いました。
その直後に、私は飢えたピラニア様方に取り囲まれて合コン参加を受け付けてしまいましたが、私が合コンなんて柄にもないことを思いついた原因はミルエさんです。
そのミルエさんが、同じくらいのお年頃の男性と話し込んでいるんです。
いったい何事かと思いますよね。
気になりますよね。
決して妬みじゃありませんよ。
「ミルエさん」
「まあ、どうしたのその格好。着替えるお時間はなかったの?」
ミルエさんは赤みの強い茶色の髪をふわりと揺らして首を傾げました。目も大きくしています。ちょっと厚めの唇がとってもセクシーですね。
もちろん胸元もボリューム満点です。
お女中さんのお仕着せではない私服なミルエさんは、とってもセクシーで可愛いです。いつもより鮮やかな口紅もよく似合っています。
そんなミルエさんの視線は、私の服に向いていました。
とても戸惑っているのがよくわかります。
……私にもお気持ちはよくわかります。だって合コンですものね。世界が違おうと、男女の出会いの場ですものね。
魔道研究所の地味で色気ない制服のままやってくるなんて、あり得ないですよね……。
「帰る直前に副所長様に捕まって、着替えに帰る時間がなくなったんですよ」
「あら、また副所長さん? あの人もしつこい人ね。合コンがあると知っているはずなのにひどいわ」
ミルエさんは憤慨してくれますが、私は甘んじて受ける覚悟はありました。毛生え薬の恨みは生半可ではないでしょうからね。でもそんな嫌がらせも今日で解決したはずです。後は副所長様と毛根の問題です。
それより今は、ミルエさんの件ですよ。
「それよりですね、そちらの方はミルエさんのお知り合いですか?」
「あ、うん。そうなの。子供の頃に住んでいた所の幼馴染よ。もう十年ぶりくらいかしら?」
「十二年ぶりだよ。ミルエ」
ミルエさんが嬉しそうに笑いながら言うと、幼馴染さんはより正確な数字を出して来ました。しかも「ミルエ」と呼び捨てです。
これが幼馴染ってやつですか?
いい年した成人男女でも、幼馴染なら下の名前で呼び捨てってありなんですか。
まぶしすぎて一瞬くらりと来ましたが、ミルエさんの嬉しそうな顔に和みますから精一杯平気なフリをしてみました。
「ミルエの幼馴染のヒダシム・マルゴです。魔法使いの方ですか?」
「あ、はい。魔法使いのクヤマ・ミサコです」
「……えっ? 魔法使いのミサコさんというのは、もしやあなたのことですか?」
「そうよ、マルゴ。さっき話した魔法使いさん。とっても気安く接してくれるからお友達になってもらったの」
「……そうか……ミサコっていうからてっきり男かと……女性だったのか……」
幼馴染さん、なんだかブツブツ言っていますね。
でもお気持ちはわかります。ミサコっていうから男と思ったんですよね? ミルエさんが親しげに名前で呼んでいるから、ちょっと嫉妬していたんですよね? で、今は女相手に嫉妬していたことに気付いて、肩透かしというか安心しちゃっているんですよね?
ええ、よくわかります。
この国では「ミサコ」という名前は男っぽいらしいですからね。
……私の異世界での不幸は、いきなり年増になってしまっただけではないんです。
私の名前は、完全に男性名っぽいらしいんです。
マルゴさんのように、名前の最後の母音がオというのは男性名の典型だそうですよ。しかもこの国には、ミルコとかミサグとか、よく似た男性の名前が実在しています。
だから魔法使いクヤマ・ミサコが来るとか聞くと、女性ばかりがワクワクしてくれるらしいです。男性は興味のカケラも持ってくれない。で、実物を見て絶句。もしやあのナリで男なのかもしれない、とかいろいろ勝手に邪推してくださるまでが定番です。
日本で「子」のつく名前なんて、私の実態に合わないちょっと古風で女の子らしい名前だと思うんですが。小野妹子まで遡る人なんて普通いませんよね。
私は自分の名前が好きですから、意地になって本名を名乗っています。
ええ、すっかり慣れましたよ。
……でもやっぱり凹みます。
私がやや引きつった笑みを浮かべていると、幼馴染さんは何かにハッと気付いたように私とミルエさんを交互に見やりました。
「……魔女さんということは、もしかしてパスズール様が言っていた合コンの相手ってミルエたちなのか?」
「え? マルゴも合コン参加者なの? もしかしてもう再婚相手を探しているの?」
「まさか! 俺は兵士として国境にいたんだよ。二年ぶりにこっちに変わったから、そろそろ初恋を諦めて結婚しようかと思ってさ……」
「まあ、マルゴも結婚していなかったなんて! 実は私もまだなの! 父を今年看取って、第二の人生を始めてもいいかなって思って」
「ああ、親父さん亡くなったのか。昔から体が弱かったもんな。……大変だったんだな」
幼馴染さんは、悲しみを込めてミルエさんの手を握りしめました。
ミルエさんも、ちょっと目に涙を浮かべて微笑んでいます。
……うん、でも私はきっちり聞き取っていますよ。幼馴染さん、初恋を諦めてって言いましたよね。もしかしなくても、ミルエさんを忘れられなかったってオチですか? それっぽいですよね? 十二年間も初恋を捨てられなかったってことですよね?
それが、今日再会ですか。
ああ、素晴らしい。ミルエさんじゃなかったらいつものあの言葉を吐き捨てていましたよ!
友情のためにぐっと耐えた私は、幼馴染たちを放置して取り敢えず合コン参加者がいるであろうテーブルを探しました。
……すぐにわかりました。
周囲を威嚇するように殺気を放つ一団のテーブルがありました。
ミルエさんの同僚である若きお女中さんたち。
私の同僚である若き魔法使いたち。
合計八名の飢えたピラニアがいます。
その向かいに座っている若き男たちも、負けず劣らずのピラニアぶりのようです。ミルエさんの幼馴染さんと同業のようで、皆なかなかに鍛えたたくましい殿方が五人いました。
……ええ、人数全然あってませんよね。
ピラニア嬢たちが何人くるかなんて、私も把握していませんでしたから。幹事まる無視な熱意のお嬢さんばかりだったので、八人で止まってくれてよかったってレベルです。
魔法使いという職業はもともと出会いが少ないし、お女中さんは婚期を逃した女性が生活自由度を生かして就くことの多い仕事です。ですから私の周辺のやや若い年増さんは、機会さえあればがぶりと来るようです。なかなか怖い集団で、私はあのテーブルに近寄りたくないと心底思いました。
その時、私は気づきました。
私はすでにギリギリの時間にやってきましたが、もう一人の幹事様が来ていません。エロい騎士様はどこでしょう?
金髪メッシュ入りの黒髪はどこにも見えません。とっくに椅子に腰掛けて、気だるげに酒を飲みながら襟元を寛げているとばかり思っていたんですが。
「幼馴染さん、パスズール様はどちらに?」
「それがまだ来ていないんですよ。それから、私のことはマルゴと呼んでください。ミルエの友達なら、あなたとも友達になれる気がするから」
幼馴染さんは気さくにそう言ってくれました。でもお気持ちは嬉しいんですが、それはちょっとご遠慮申し上げます。乙女心はいろいろと複雑なんですよ。うん。
でも、やっぱり色気がありすぎる騎士様はまだのようです。
どうしたのでしょうか。
早く来てくれないと、私の精神が持ちませんよ。
私はこっそりため息をついて目を巡らせました。
周囲は若きイチャラブカップルだらけ。
頼みの友は運命の幼馴染ラブの予感。
その他大勢に至っては、食うか食われるかの緊張感です。
……ああ、パスズール様、今どこにいるんですか。
約束の時間はとっくに過ぎていますよ。
早く来い。来いったら来い。お願いですからすぐに来てください。いたたまれないんですよ、我が同志よ!
私が心の底から祈り、呪った時。
イチャラブ一色だった周辺が、突然ざわりと空気が揺れました。
男たちは憧れと尊敬を顔に表しました。
女たちはパートナーや友人と顔を見合わせて目を輝かせています。
何となく胡散臭い、スリとか詐欺師とかそういう後ろ暗そうな人たちは、こそこそとどこかへ逃げようとしています。
いったい何が空気を一変させたのでしょう。
人々の視線を辿った私は、思わず息を飲みました。
周囲の視線をごく自然に受け流し、堂々と歩いてくる人物がいました。
その人物はハッとするほど背が高く、スッキリと伸びた姿勢はいかにも高位の騎士らしい品格があります。腰に帯びた剣はごく自然に馴染んでいて、彼が長く騎士であることを示していました。
今まさに沈みつつある夕日を受けて、やや乱れた黒髪の中の金髪がキラキラと輝いています。どことなく不機嫌そうな青い目は、私と目が合うと少しだけ和らいだようでした。
「パ、パスズール様……」
「遅くなって申し訳ありませんでした」
「いや、それはいいんですけど、あの、そのお姿って……」
「あっ! パスズール様! 無事に来れましたか!」
私が戸惑っているうちに、幼馴染さんが手を振って駆け寄りました。
ミルエさんも私の横に立って、困ったように騎士様を見ています。……私が文句を言えた義理ではありませんが、パスズール様はエロすぎる騎士服姿でした。
つまり、制服です。
合コンなのに制服です。
……もしかして、医学生がわざわざ白衣を着て学外に出るような感覚なのでしょうか。確かに第四師団の緑ライン入りマントは、ものすごく目立っていました。男性陣の尊敬と憧憬と畏怖を集めていますし、女性陣のちょっと怖いけどかっこいい!な視線を独占しています。
ついでに、悪い虫を残らず追い払ってしまう強力さ。
狙っての制服なら、超効き過ぎですね。