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番外編5 異世界の旅行事情(後)


 私、何かしてしまったのでしょうか。

 そう言えばあの若い騎士様、出発の直前まできれいなお嬢さんと手をつないでいましたね。

 ……あ、遠距離恋愛は消滅しろとか心の中で叫んでいた過去がばれたとか? い、今はそんなこと望んでいませんよ。遠距離恋愛っていいですよね憧れますよね!


 いや、もしかしたら……都の外壁から出る前に馬車の中で爆睡していた件でしょうか?

 あれも申し訳なかったと反省しています。

 外壁を出る時に魔法使いがおまじないをすると、その一行は早く都に戻ってくることができるという迷信、本当に知らなかったんですよ。知っていれば、一世一代の大芝居として派手にやりましたとも!


 それとも……ずっと寝ているくせに、食べる量だけ一人前な件でしょうか。

 こ、これも仕方がないんですよ! 魔力の消費が多いと魔力疲労になっちゃいまして、まだ魔力疲労に慣れていない私は、糖度の高いものを食べないと動けなくなるんです! ……どうせ寝ているだけですけど……。



 ……人間、いろいろ思い当たることが出てくるものですね。

 ひっそりドキドキしていると、パスズール様が馬を連れて来ました。

 カナイジェ様に振り回されたあの舞踏会の夜に乗せてもらった、パスズール様の愛馬さんです。がっしりした体格で、私とパスズール様が同乗しても平然と歩いてくれた頼もしい馬様です。

 いかにも異世界っぽいことに、この世界の馬は耳の先端が飾り羽のように長く伸びているのが特徴です。走るとたてがみや尻尾がなびくように、耳の飾り毛もなびくだろうと思うとわくわくしますね。

 私のいた世界では見たことのない、ほのかに青みを帯びた毛並みにうっとりしていると、馬様の横に立ったパスズール様が手を差し出して来ました。


「あの……?」

「私の足を踏み台にしてください」

「え?」

「残りの道程はわずかですから、馬車ではなく馬で行きましょう。馬車に乗り込むと眠くなってしまうのでしょう? この先は開けた場所です。砦もよく見えますよ」


 そう言って、ごく当たり前のことのように少し曲げた膝をぽんと叩きます。

 ああ、パスズール様の手を頼りに、あの膝に足をかけて馬の背に上るんですね。馬に慣れた騎士様方のようにかっこ良く乗れない私には、踏み台が必要ですものね。


 ええっと、つまり、私はパスズール様と同乗するんですか?

 その姿で新しい任地である村に入るんですか?

 なんかお姫様っぽいですね!

 ……あの騎士様でなくても舌打ちしたくなりますね。こういうのって公私混同とか言われたり……しても気にしないか。パスズール様って公私混同宣言をしたお方でした。

 私は引きつった笑みを浮かべたまま、騎士様の膝を踏み台にして馬の背によじ登ったのでした。




 私がこの世界で最初に目にしたのは、薄青い木々でした。

 激しい二日酔いのせいで目と頭がおかしくなったのかと思うほど、強烈な印象でした。


 今、眼前に広がっている草原は、やはり薄青い世界でした。

 水色にも紫色にも見える薄緑色の草が、風を受けてざあっと波のように揺れています。小高い丘は木々に覆われているのに、やはり紫色に見えました。その向こうに、小さく砦らしきものも見えました。

 都のような大都市ではなかなか味わえない、最高の異世界が広がっていました。



「いかがですか?」


 すぐ後ろから、低い声が聞こえました。

 かなり危険な声です。清く正しい喪女道をたどってきた私には刺激の強過ぎる声です。耳元で聞こえていたら、動揺のあまり馬から飛び降りていたかもしれません。

 幸いなことに、頭の少し上から聞こえたので少し冷静に対応することができました。


「ものすごく異世界な光景です」

「……お気に召しませんでしたか?」

「あ、いえ、すごく感動しているんです。私の周りの方が皆優しいから忘れそうになっていましたが、やっぱりここは異世界なんだなと思いました」

「元の世界が恋しいですか?」



 私はしばらく考えました。

 草原と言われて無意識に思い浮かべる光景は、まだ緑色です。なのに目の前に広がるのは海のような青みを帯びた色でした。建物がないために自然と目に入る空も、私が知っている空とは色が少し違う気がしました。まぶしすぎて見上げられない太陽は二つが寄り添う姿をしています。

 慣れたと思っていましたが、こんな広大な景色を見ていると戸惑いはまだ消えません。

 でもそれが元の世界への望郷の念かと問われると……たぶん違うと思いました。


 後ろを振り返りました。

 馬上で横座りする私の後ろには、年齢を重ね戦場をくぐり抜けてきた騎士様がいらっしゃいました。



「緑色の草原は恋しいですが、たぶん元の生活は恋しくはありません」

「それはよかった」


 パスズール様はにっこり笑いました。

 私もにっこりと言えなくもない笑顔を作り、急いで前を向きました。


 ……至近距離からのパスズール様の笑顔って、恐ろしい威力があります。カナイジェ様の笑顔も凄かったし、この世界の美形様って凶悪すぎます。

 しかも後ろから手綱を持っているために、実は私はパスズール様の腕の中なんて素敵な状況だったりしますが、意識して考えないようにしていました。


 だって、馬の上ですからね。

 気を抜くと落ちます。かなり高いところからごろんと転げ落ちてしまいます。

 パスズール様なら落ちる前に支えてくれるでしょうが、そんな恥ずかしい姿はさらせません。魔法使いって希少なのでヒラ騎士より厚遇されていますから、格好つけたいお年頃なんです……。



 そうこうしているうちに、私たち一行は草原を抜けてこじんまりとした集落にたどり着きました。

 遠くに頑丈そうな砦が見えますから、ここが私が滞在する前線の砦から十キロ手前の村なのでしょう。周囲に農地と草地が広がっていていかにも田舎風ですが、建物などはかなり新しいのは砦の兵士様御用達の村だからでしょうか。

 見張り用の塔が幾つもあるのは、国境の村特有の光景のようでした。

 特徴的ですが、住み心地の良さそうなところです。


 ええ、それはよくわかりましたが……アレはいったい……。

 私はおそるおそる後ろを振り返りました。

 国境警備を長く勤めているパスズール様の反応が知りたかったからです。パスズール様が平然としていれば、アレはここでは普通の光景なのだろうと思います。

 でも……どうやらアレは普通ではないようです。

 パスズール様も、いぶかしむように青い目をごくわずかに細めていました。

 アレが普通ではないとわかり、私はある意味ホッとしました。



 だって、第四師団の鮮やかな緑色の斜めラインの入ったマント姿の騎士様が、村の入り口にずらっと並んでいるんです。

 パスズール様お一人でも威圧感のある第四師団の騎士様が、二十人を超えているでしょう。もちろん全員剣を帯びた騎士様で、頑強なそうな体型です。

 一斉に抜剣なんてされたら、怖くて逃げ出す自信があります。


 ……などと思っていたら、残り二十メートルほどになった途端に先頭に立っている壮年の騎士様がいきなり抜剣しました。ものすごい目力でこちらを睨んでいる気がします。

 人生初の白兵戦遭遇か!なんて青ざめたら、後ろのパスズール様が深いため息をついて馬から降りました。



「パスズール・アシュガ、ただいま戻りました。……師団長殿」

「おう、待っていたぞ。新副師団長よ」


 豪快なあご髭が男らしい壮年の騎士様は、どうやら第四師団長様だったようです。

 どこの山賊の親分かと思いましたが、そう言われてみれば騎士服には華々しい階級章がついています。あご髭と恐ろしい目力に意識が持って行かれていましたが、よくよく見れば、出身はお貴族様なのだろうなと思うほど非常に整ったお顔立ちです。

 でも山賊の親分風です。

 ある意味、非常にセクシーですね。究極の男らしさという意味で。


 その男らしい師団長様は、抜いた剣を軽々と一振りしました。

 こちらの世界の騎士様流の挨拶なのかと思っていたら、そのままブンブン振り回し始めてなんだか物騒な雰囲気になりました。



「久しぶりだから、ちょっと打ち合おうか」


 ……打ち合わせとかではなく、打ち合うとおっしゃいましたか?

 師団長様直々のお迎えとは、なんて大仰な!……と思っていたら、いきなり剣の鍛錬ということでしょうか。それともこれがこの世界の前線の騎士様たちの常識なのでしょうか。

 異世界すぎて私には想像もできません。

 そんなことを考えて顔を引きつらせた私を見かねたのでしょう。パスズール様は馬から降ろしてくれました。


「申し訳ありませんが、打ち合いは砦に入ってからにしましょう。今回は魔法使い殿が一緒なのですよ」

「そうだ、そうだった。その肝心な従軍魔法使い殿はどこだ? お前にはそこのお嬢さんの件も含めていろいろ聞きたいことがあるが、我らは魔法使い殿をお迎えするためにここまできたんだ。クヤマ・ミサコ殿はどこだ?」

「こちらが、魔法使いのクヤマ・ミサコ殿です」


 剣を鞘に収めた師団長様は、後ろに続いて到着した馬車を見ていました。

 パスズール様は私を前に押し出しました。

 ……さて、この後何が起こるでしょう。

 もちろん私はこういう展開は予想していましたよ。そしてその予想通りに、師団長様は不思議そうな顔で私を見て、馬車を見て、それから目をくわっと見開いて私を見て、何か言いかけて口を閉じました。



 師団長様の心情は簡単に推測できます。

 ですから私は、ごく冷静にこの世界の礼をしました。


「新しく従軍魔法使いに任命されたクヤマ・ミサコです」

「う、うむ……。師団長のメルロイド・ドウズだ」

「一応、性別は女です」

「そうか、なるほど。これは失礼した」


 師団長様はジロジロ見ていた非礼を詫びてくれました。

 でも詫びた直後に、ハッと気づいたようにパスズール様に目を向けました。殺気が戻ったように見えて、私は思わず身を縮めてしまいました。


「師団長殿。クヤマ殿が怯えてしまいます」

「おい、パスズール。お前がクヤマ殿を指名したと聞いたぞ?」

「その通りです」

「手紙で報告を受けた時は、ついに自棄になって男に走ったのかと心配したのに、女性ではないか。つまりお前が女性を連れてきたということか!」

「クヤマ殿は私の飲み友達です。それ以上の勘繰りは、私を敵に回す覚悟をしておいてください」

「……ふむ、やっぱりその魔法使い殿はお前の……」

「あ、あの! 私は本当に飲み友達なんです! リア充を見ながら一緒に妬み飲んだ同志でして!」


 いたたまれない気分になったので、私は早口で割り込んでしまいました。

 師団長様は、私をまじまじと見ています。この冴えない顔の女はいったい何を言っているんだ、とか思われていたらどうしましょう。

 エロイケメンな騎士様を同志なんて言ってしまったのは、かなり身の程知らずだった気がします。

 微妙に動揺してしまいますが、私はかろうじて笑顔を作り出すことに成功しました。


「その……しがない魔道研究所の魔法使いです。よろしくお願いします」

「……ふむ。まあ面白いお人柄のようではあるな。出自などは魔道研究所から説明を受けている。魔女殿は貴重な人材だから砦ではなくこの村で留まっていただくが、不自由があればお知らせください。我が第四師団の権威にかけて、便宜を図るゆえ」


 師団長様は笑ってそう言ってくれました。

 親分様のような強面が、ちょっと優しく和みます。笑顔になるとぐっと人好きのする雰囲気になりました。

 わたしも自然に心からの笑顔になりましたが、ふと他の騎士様に目を向けると、第四師団のマントをつけた騎士様が一斉に顔をそらしました。

 どうやら私を見ていたようです。

 何かおかしなところがあったのかとパスズール様を振り返ると、いつもより眼光が鋭くなっていました。


「どうかしたのですか?」

「いや、ちょっと威嚇していただけです。魔女殿に興味本位で近付く愚か者が出ないように」


 そこまで威嚇が必要なことなのでしょうか。

 私は首を傾げましたが、パスズール様は笑顔で私の反論を封じてしまいました。

 そして、迎えの騎士様方にちらりと目をやりながら私の手をとり、ごく当たり前のように手の甲に口づけしていました。



「あ、あの……!」

「このまま、私は砦に向かいます。おそらくしばらくお会いできないでしょうが、何かありましたらすぐにお知らせください」

「あ、ありがとうございます」


 私は頷きましたが、どうしても頬が熱くなるのをこらえられませんでした。

 ……でもなぜ、騎士様方が舌打ちしたりパスズール様を睨んだりするのでしょうか。

 何かあったのかと周囲を見回した私は、騎士様方のあの感じに覚えがあることに気づきました。


 なぜだろう。すごくお気持ちがわかる気がします。

 たぶん、こう……イラっとくるんでしょう?

 それで睨みつけたり、舌打ちしたりしたくなるんですよね?

 あ、わかった。あれですよね。リア充爆発しろってやつですよね?

 わかります。わかりますよ。都でさんざん爆発しろと祈った私ですからね。どこにそんなリア充がいるんですか?


 ……いましたね。ここに。

 どう見ても非モテの権化みたいな容姿のくせに、無駄にエロい騎士様から手へのちゅーなんてしてもらっている不届き者がここにいましたよ。

 うん……とりあえず謝っておきますごめんなさい。



 でもけっこう寛容な視線を向けてもらえるのは、私がこの地では希少な性別女の生物だからでしょうか。

 年増なオバサンでも女性ってだけで大切にしてもらえる環境なんて、もしかしてここは女性天国ですか?

 ……いや違うな。どちらかと言えば希少動物の保護区かな。うん。



 異世界から来た珍獣中の珍獣として、各方面から保護していただくお礼をしたいところです。

 これからは砦の皆様の恋愛成就を心よりお祈りしましょう。手始めに「砦の皆様に異性との出会いとモテ期が来ますように」と書いてみましょうか。

 それとも危険な前線勤務の皆様のために、手堅く健康祈願の方がいいのでしょうか。

 そんなことを密かに悩みつつ、砦へと向かうパスズール様たちを見送ったのでありました。

 


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