表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/22

番外編2 異世界の引越事情(中)

 

 この世界に来て、約半年。

 魔法で気楽に意思疎通をしていた私は、ごく最近気づいたことがあります。

 この世界というか、この国では一週間と言えば六日なんです。

 魔法による自動翻訳の過程で「一週間」は「六日」になり、私が「一週間後」と言えば「七日後」と翻訳されていたようです。

 この事実に気づいたのは現地語を勉強し始めたからで、ついでに一ヶ月は五週間=三十日と知りました。


 ついでに言うと、一年は三百六十日だそうです。私がいた世界より、一年は五日短いことになります。

 つまりこの世界では、私は五日早く年を取ることになるんでしょうか。でもかなり誤差ですね。十年で五十日。この世界で七十年生きたとしても、やっと一年足らずの誤差でした。


 ……それで何が言いたいかと言えば。

 あと数日で国境付近へ異動となるのに、優雅に踊っている場合じゃないということですよ!



 はい。私はとっても優雅に踊っていました。

 地味で色気のない魔道研究所の制服姿で、金髪超絶イケメン近衛騎士様のパートナーとして踊っています。二十五歳の独身オバサンが、です。

 ……我ながら、あり得ない光景ですね。

 笑顔を強要されましたが、鉄壁を誇った社会人の笑顔術も通用しないくらい顔が引きつってしまいます。


 ものすごい視線が集まっていました。

 一曲目、手を時々とって飛び跳ねるだけの踊りを始めただけで、会場にかすかなざわめきが起こりました。二曲目になると、若いお嬢さん方がいる一画から悲鳴が上がりました。

 さらに三曲目。手のひらを重ねてくるくる回りながら踊っていると、ちょっと年増なご婦人方が鬼の形相でハンカチを引き裂いていました。


 そして現在、五曲目です。

 右手を握り合い、上に掲げながらお互いの腰に手を当てるゆったりとした踊りです。くるくる回っていると、同じくらいの身長なら額が当たるんじゃないかってくらい距離が縮まる、リア充カップルが大好きそうな踊りです。

 そんな優しい音楽が流れている中ですから……壁際などで魔法使いに呪いを依頼したりしてるのが、踊りながらでも丸聞こえだったりします……。



 どうしてここまで私が呪われるのだろうと、最初は驚きました。

 でも周りから聞こえる話を統合すると、カナイジェ様が一人の女性と連続して踊ったのは五年ぶりとか十年ぶりとか、そういうレベルだそうですよ。

 そんな相手が地味で色気ない格好の私だったので、カナイジェ様ファンとしては怒り心頭らしいです。

 ……もうね、心の底から逃げたいんですが……!



 でも、逃げられません。

 カナイジェ様のホールドががっちりしているのはもちろんですが、音楽が鳴っている限り、私は踊りから逃げられないんです。

 我ながら、赤い靴もどきの魔法は完璧でした。

 履き手の意思をもっと尊重できるように制限をつけておくべきだったと後悔しても、音楽が鳴っている間は何もできません。ただひたすら、周囲の怨嗟を心地よく感じているかのように軽やかに踊るだけです。


 救いは、私のパートナー様が本当に楽しそうに踊っていることでしょうか。

 優雅で軽やかに踊り続けるカナイジェ様は、本当に踊りが好きなのでしょうね。もしかしたら、ずっと踊りたかったのかもしれません。

 そう推測できるくらいの殺気の集中砲火です。

 でもカナイジェ様、その純粋で楽しそうな笑顔に、時々ふっと黒い気配が過るのはなぜなのでしょうか。今もほのかに荒んだ笑顔で、私にささやきかけてきました。



「いいね。最高だよ、魔女殿。あなたはしばらく都に戻れないだろうね」

「しばらくって……いつまででしょうか?」

「うーん、五年か十年か、それ以上ってこともあるかな。でも僕に魔法の薬をくれたら、すぐにでも都で快適に生活できるかもしれないね」

「……どんな魔法でしょう」

「そうだね、僕がもてなくなるような薬とかかな」


 全てくるくる回りながらの会話です。ご丁寧に、耳元での囁きです。

 すでにかなり飽和状態の私の頭の中も、くるくる回っている気がします。

 いや、そもそもですよ。

 カナイジェ様がもてなくなる状況が全く想像できないんですが。……あ、ハゲたり太ったりすればあるいは……イヤイヤ、そんな状況を作ったのが私とバレたら、国境であろうと暗殺者が送られそうじゃないですか!

 私は踊りながら戦慄を覚えたというのに、カナイジェ様は気楽なお顔でつぶやいてくれました。


「そうだ、一時的に禿げる薬ってできないかな」

「や、やめてください! もし万が一にもそんなことをしたら、私は色々な方面から抹殺されます!」

「大丈夫だよ。あなたにはアシュガがいるんだから」

「パスズール様だって万能じゃありませんよ! 今だってこんな恐ろしい状況なのに、私は放置されているじゃないですか!」

「……うーん、そうでもないと思うけどね。どちらかと言えば、あいつの我慢の限界を測っているというか」



 どこかに視線を送ったカナイジェ様は、私をくるりと回して曲に合わせて私の腰をぴたりと抱き寄せました。

 念のために申し上げますが、これは踊りの振り付けです。ですから特に意味のない、ごく当たり前の動きです。ちょっと動きが大袈裟な気はしますが、周囲はもっと派手に密着したイチャラブ状態な男女ばかりです。

 なのに、踊りの型に合わせて控えめに踊る私の背中に恐ろしい殺気が突き刺さりました。

 まだ魔法使いの皆様は買収されていないようで、魔力がこもっていないのが唯一の救いですね。ははは……。


 もうもう、本当に限界です。

 カナイジェ様を番犬にした罰とはいえ、弾除けのお役目は私には荷が重すぎました。心労で倒れそうです。気軽に気を失えない自分の頑強さを恨みたい。

 ああ、誰でもいいから助けてください。神様仏様パスズール様……!




 汗で背中がびっしょりになりながら、私は目を彷徨わせました。

 その時、冷ややかな青い目を発見しました。

 国王様とか宰相閣下とか、その他どう見てもお偉い方々ばかりがいらっしゃる一画に、懐かしい青い目を発見しました。

 リア充カップルを睨んでいた時なんて可愛いものだったんだな、としみじみしたくなるほど殺気が満ちた目でした。

 その目が、私の必死な視線を受けてふっと和みました。

 隣にいた宰相様に一言二言何か言い、他のお偉様方に丁寧な礼をしたのまでは見えましたが、その後はまたくるりと回って位置が変わってしまい、パスズール様を見ることができなくなりました。


 かわりとして目の前に、金髪の似非王子様の爽やかすぎる笑顔が戻ってきました。

 今日一番の笑顔のような気がします。何か面白いものを見たように笑っていました。ほのかにどす黒いです。いったい何があったのでしょう。



 ……あ。

 カナイジェ様って、もしかしてパスズール様を見ていましたか?

 付き合いは長いけれど仲は良くないパスズール様を、怒らせようとしていましたか?

 大袈裟に腰を抱き寄せる仕草をしたのは、私をより派手な生け贄にするためではなくて、殺気立つパスズール様に見せつけるためだったりしますか?

 うーん……。

 いや、まさかですよね。下世話な勘繰り、と思いたいところですが……。


 微妙に嫌な予感がする中で、ようやく五曲目が終わりました。

 どうやら踊りは一旦休憩のようで、音楽も止まりました。私の体も、ようやく制御可能になりました。



「実に楽しかった。それに、いいものも見られたよ」

「で、では……もう踊りから解放していただけるのでしょうか」

「うん、僕の番犬任務も終了かな」


 カナイジェ様は私に丁寧な礼をして、ついでに右手をとって指先に軽くかすめるだけの口付けをしました。

 たったそれだけですが、もちろん周囲の呪いパワーは倍増です。

 もう上司様方に叱られてもいいから走って逃げようと心に決め、まさに足を踏み出しかけたその時でした。



「やりすぎだぞ、カナイジェ」


 低い声がすぐ後ろで聞こえました。

 慌てて振り返ると、第四師団のマントを揺らして立つ騎士様がいました。

 金色混じりの黒髪がわずかに乱れて額にかかっていました。もちろんヒゲはきちんと剃られていて、引き締まった頬はすべすべです。隙なく着込んだ騎士服は、禁欲的であると同時にあふれるほどの色気を醸し出していました。

 一週間ぶりのパスズール様のお姿は記憶にある以上に精悍で、はっきり言って……とても素敵でした。

 どうやら私は、つい見惚れてしまったようです。

 いや、この場合は見惚れない方が罪でしょう。殺気立っていたちょっと年増なお嬢さん方も、一時的に呪いを忘れて見惚れたくらいですから。

 そして私は、カナイジェ様の重々しいため息で我にかえりました。


「魔女殿風に言えば、お前ら爆発しろってところだな。孤独な僕には目の毒すぎる」

「あれだけ利用しておいて、何が孤独だ」

「あのね、一応いろいろお膳立てをしたんだよ? 少しは役得がなければ番犬なんてやるものか。貸しにしておくよ」

「ミサコ殿を怯えさせておいて貸しはないだろう。感謝はするが、こちらが貸しにしたいくらいだ」

「……ちっ、ミサコ殿とはな。もういい、お前ら勝手にしろ」


 カナイジェ様はお美しい顔をやや邪悪に歪め、もう一度私の手を取って、今度は手の甲に派手に口付けをしました。

 それはもう思いっきり高らかに、ぶちゅっと音が響きました。



 どこからか、布を引き裂く音が聞こえました。不幸なハンカチがまた犠牲になったのでしょう。バキッと物騒な音も聞こえましたが、もしかしたら扇子がへし折られたのかもしれません。

 なのにカナイジェ様は、私が青ざめきるより早く、華やかな白と黒の市松模様のマントを翻しながら去ってしまいました。


 なんて華麗な立ち去り方でしょうか。

 あまりにも颯爽としすぎて、私への恨みだけが残ってしまった気がします。

 ……どうしましょう。かなり身の危険を感じてしまいます。魔法使いを買収して呪うより、もっと直接的に、ナイフを持ったご婦人に刺されるんじゃないかと、そんな不吉な予感までしてきましたよ!



 しかしそんな空気を一掃するように、緑色の斜めラインが入った黒いマントがふわりと翻りました。

 マントが呪詛という呪詛を跳ね返したかのように、不吉な予感が消え去りました。

 カナイジェ様を見送ったパスズール様は、軽く舌打ちをしたようです。腰に帯びた剣をガチャリと鳴らして、少し身をかがめて私の顔を覗き込んできました。


「カナイジェは悪ノリが過ぎる。……大丈夫でしたか、ミサコ殿」

「……あまり大丈夫ではない気がします」


 心配そうなパスズール様の顔を見ていると、急に安心してきました。強張っていた体から力が抜けて、膝が今さらガクガクしてきました。

 それがバレたのでしょうか。パスズール様はごくさりげなく私の腰に手を回して椅子のある壁際まで連れて行ってくれました。



 椅子に座らせてもらい、飲み物ももらってやっと一息つきました。

 パスズール様が前に立ってくれたので、周囲からの視線も遮られました。

 この一週間、パスズール様に話したいと思っていた事がいろいろあった気がします。でも……こうして顔を合わせると、急に何を話せばいいのかわからなくなりました。

 口を開くと、痛々しい喪女歴ぶりを露呈してしまいそうです。今さら何をと思いつつ、私はすくんでしまいました。


 でもパスズール様は、急に黙り込んだ私の挙動不審ぶりに優しく微笑んだだけで、今まで通りの丁寧な礼をしてくれました。


「一週間ぶりですね。出発の準備は整いましたか?」

「……まだ全然です。副所長様があれもこれもとどんどん魔法を試していて、自分の部屋に戻っても片付けが進みません」

「それは大変だ。従軍魔法使いに指名した責任がありますから、片付けのお手伝いをしに行きましょうか」

「えっ、手伝ってもらえるんですか!」


 いつも通りのパスズール様ですから、私もいつも通りの反応ができました。でも魅力的な申し出に気軽に飛びつきかけたところで、……ふと我に帰りました。

 片付けがお手伝ってもらうということは、私の宿舎の部屋に入ってもらうということです。引越し作業真っ最中ですから、もはや部屋がきれいとか汚いとかのレベルではありません。

 だから気軽に反応しましたが……。


 成人した男性を自室に引き入れるって、どうなんでしょうか。この世界でも、いわゆるお誘いって意味になりますか?

 無理無理。そんな三階級特進的な事態は無理です。頭がついてきません。

 たぶんパスズール様にそんな意図はないでしょうし……でもこの世界的にそういう意味があったら大変だし……。

 こういう時、リア充さんたちはどうしていたでしょうか。もっとしっかり観察しておけば……ってそれは無理な話でした。

 ああ、経験値ゼロな自分が情けない。ただの考えすぎかもしれないのに。

 いやでも、考えすぎでもないかな。同じ宿舎の同僚嬢から禁断の魔法攻撃を受けかねませんからね。



 ぐるぐると考えて顔を上げると、パスズール様はなんだか面白そうな顔をして私を見ていました。さっき見かけた時にあった殺気は、もう微塵もありません。

 私が何と答えるのかを楽しみにしているように見えました。


「……あの、やっぱり自分で頑張ります」

「そうですか。いや、安心しました。あなたはとてもガードが硬いようだから。赴任地でもそれを貫いてください」

「あ、はい……」


 どうやら褒められたようです。

 うーん……お断りで正解だった、のかな。やっぱりよくわかりません。



 暢気に首を傾げていた私は、ふと今自分がどこにいるかを思い出しました。

 そうです。私は舞踏会の会場にいるのでした。

 パスズール様の背中ではじき返されていますが、少し前まで女性たちの怨嗟を一身に受けていたのでした。

 カナイジェ様と踊っていた時の殺意だらけの視線が蘇り、改めてことの重大さを思い出します。せっかく落ち着いていた心臓が激しく動き始めて、背中にまた汗をかいてしまいました。


「……パスズール様」

「何でしょう?」

「……私、カナイジェ様贔屓のご婦人方から目をつけられてしまいました、よね……?」

「そうかもしれませんね」

「もう二度と都に戻れなくなったりするのでしょうか? まだ名所巡りもしていないのに、名物料理の食べつくしもしていないのに、戻って来れなくなったんでしょうか!」

「おや、名所巡りはまだでしたか。では出発前に見ておきますか?」

「行きます! もう荷造りなんて知りません! もう一生国境で過ごさなければいけないかもしれないから、食べ尽くしもして、買い物もして、あとはあとは……!」

「ミサコ殿。大丈夫ですよ。私のそばにいていただければ、必ずお守りしますから」



 なんと頼もしい言葉でしょう。

 そして、なんと優しげな眼差しなのでしょう。

 あの青い目で「一生お守りします」なんて言われていたら、完全にプロポーズっぽかったですよね!


 ……あれ、心臓が激しくドキドキしてきました。

 パスズール様って意味深なことをさらっと言うから、本気なのか冗談なのか判断できません。今のは……文字通りの意味、ですよね?

 さっきから何度も何度も色々な意味でドキドキしているので、心臓がそろそろ本気で過労死しそうです……!

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ