14 異世界では暴走しましょう(1)
日本にいた頃、私のまわりには様々な苦痛がありました。
そんな苦痛の中で貯めてきた大切なお金が、毒親としか言いようのない母によって全て持ち逃げされたとき、私の中で何かが壊れたのだと思います。
この世界に繋がる穴に遭遇してしまったのは、そんな絶望感や虚無感のせいだったのかもしれません。
でも、この世界はいいところです。
異世界の魔女クヤマ・ミサコとしてそこそこ大切にしてもらい、可愛くてセクシーな友人ができて、彼女の婚約者さんともそこそこ気が合って、キンキラ金髪の王子さまのような近衛騎士様とも差し向かいで飲む関係になりました。
……素敵な状況すぎて、涙が出そうです。
端的に言えば、針のむしろですね。
「……あの……私のことはいいですから、向こうのテーブルに行ってください」
「いや、今日の魔女殿はぼんやりしているから。こんな頼りなげなお嬢さんが一人でいたら、悪い男にさらわれてしまうよ」
「いやもうお願いですから、向こうへ行ってください! カナイジェ様のこと、向こうの女性の皆さんが待っていますよ! このままでは私が一人で恨みを買ってしまいます! カナイジェ様だってあの綺麗なお嬢さん集団の中に行きたいでしょう?」
「んー、確かに心引かれるけどね。あなたのことはアシュガに頼まれているんだよ。このリア充だらけの中で一人でいると、荒んでしまうだろう?」
……このチャラ騎士様にも、荒む気持ちはわかるのでしょうか。
この輝かしい方が独身のままなのは、高貴な熱狂的女性ファンのせいらしいですが、実は結婚願望が強いのかもしれません。それならば荒んでいても頷けます。
でもやっぱり、向こうの合コンテーブルから突き刺さる殺気を考えるに、私の飲み相手候補としては完全に人選ミスですよ、パスズール様……。
私はため息を噛み殺して周囲に目を向けました。
今夜も合コン中です。会場は噴水と彫像が美しい大通り広場に面したお店で、前回と同様にオープンカフェ形式のテーブルです。
この国では雨が降らないときには、こうして屋外で飲食をするのが好まれています。特に今夜のような月夜には、夜の闇と月の光を楽しむのがこの国流。
今夜は特に美しい夜で、当然周囲は若い男女だらけです。
そう言うところに、適齢期を若干すぎた男女が集まって、ギラつく目で周囲を威嚇していました。
他人のふりをしたくなりますよね……。
でも、この殺気は仕方がないとは思います。
女性は二十歳を過ぎると年増なおばさん扱いです。男性は若干余裕はありますが似たようなものです。そんな風習がある中で独身のまま二十代に突入すると、男性も女性も再婚希望者待ちになるのが普通でした。
そんな中で、私が二十代男女のための合コンを企画してしまいました。
この国ではかなり珍しい企画だったようで、おかげで勤勉な働きアリが、本性むき出しなピラニアと化してしまいました。
私のように、喪女道を全うしようと悟りきっている人もいると思いますが、この場にいる男女はそんな後ろ向きではありません。
隙あらば喰らい尽くす気迫が満ち満ちていました。
そんな中で、一番の目玉である近衛騎士のカナイジェ様が私の前に座っているんです。男性陣はほっとしているかもしれませんが、女性陣の半分は背後から切りかかってきそうな殺気です。
でも残りの半分のお嬢さん方は、私に気を取られている隙に有望な男性を取り込もうとしていました。
まさに、サバイバルな合コンとなっていました。
「……ところでですね。カナイジェ様にずっと伺いたかったことがあるのですが」
「何でしょう?」
「そのお姿は……近衛騎士には制服着用が義務付けられているんでしょうか?」
サバイバルな空気を煽り立てるように、カナイジェ様は近衛騎士の派手な制服のままでした。
おかげで目立ちます。
黒と白の市松模様なんて、周囲が暗くなっても目立ちます。
せめてマントを脱いでくれればいいのに、今も律儀に着用中です。……そんな派手な格好の騎士様が同席しているんですから、私が居た堪れないのは当然ですよね。
「もちろん、着用の義務なんてないよ。向こうには僕の同僚もいるし」
さわやかな笑顔でさらりと言いますが、近衛騎士様が他にもいたんですか。知りませんでした。私服だと全然わからないものなんですね。
「僕の場合は、目立つから集合などのいい目印になるだろうと。それに……僕が誰か知っていれば、平和に生きたい女性は近づかずにすむだろう?」
「平和って……あの、もしかして、カナイジェ様が未婚である原因という……」
「わりと怖い方々がいるからね。それなりの覚悟がなければ太刀打ちできないよ」
なるほど、深い意味があったんですか。
着替える暇がないほど過酷な任務続きなのかと思っていましたよ。
……そう納得しようとした瞬間、カナイジェ様はそれはそれは華やかな笑みを浮かべました。
「まあ、本当は目立つためなんだけどね」
「……えっ?」
「この店でもそうなんだけれど、向こうの店のカップルたち、実はさっきから女の子が僕ばかり見ているんだよ。いいよね、こういうの。若すぎる恋人たちへの試練となるために、僕はこの顔に生まれたんだと思うよ」
あー……。とても素晴らしい笑顔なのに、いま舌打ちしましたよね?
何でしょう、このおきれいな騎士様って怖すぎますよ。パスズール様の自虐的リア充観察会が、ものすごく健全に思えてきました。
とはいえ、カナイジェ様はずっと都というか王宮勤務ですからね。自分より若いリア充を毎日毎日見ていると、いろいろ荒んで屈折してくるのかもしれません。
そう同情はしますが、同志にはなりたくないというか、私のある意味非凡な顔ではなれないと言うか。ついでに言えば、そんな屈折したイケメン似非王子様と二人っきりなテーブルにいるんですよね……。
「……あなた様と差し向かいな私って、実は身の危険がいろいろあったりしますか……?」
「それは大丈夫だろうね。あなたは異世界の魔女だし、あのアシュガの飲み友達だから」
「魔女の肩書きが効くものなんですか? パスズール様の飲み友達というのはその通りだとは思いますが……」
「あれ、ご存じなかったのかな。アシュガはね、あれでかなりの大貴族の血筋なんだよ。宰相閣下が母方の伯父なんだ」
「……宰相閣下……」
私は呆然とつぶやきました。
やっと思い出しました。王女様のお茶会の時にパスズール様をアクセサリーとして連れてきた若いお貴族様。ほのかに腹黒鬼畜眼鏡系の素質が漂っていましたが、誰かに似ているなぁと気になっていたんです。
宰相閣下ですよ。
眼鏡はかけてないけれど、絵に描いたような超絶美形中年な鬼畜眼鏡風の方ですよ。私は眼鏡フェチではありませんが、銀縁眼鏡以外は認めない!と一瞬思ったものでした。
……つまり宰相閣下が伯父さんということは……王家に次ぐと言われる名家のご令嬢の嫁ぎ先なら、弱小貴族のはずがないですよね。
「まあ、兄君がいるから本領の家督を継ぐことはないだろうが、騎士をやめてもそこそこ食べていける程度の荘園は持っているはずだよ。第四師団なんてやめて、さっさと結婚すればいいのにね」
「そんなすごい方だったんですか……やっぱりリア充じゃないですか」
「うん、すごいんだよ。本来なら第四師団なんて行く家柄ではないのに、自ら志願して前線に出たバカなんだよ。第四師団への移動が決まった時は僕はまだ騎士になったばかりだったんだけど、王宮は見事に阿鼻叫喚だったな。でも前線に行く前に結婚すると誰もが思っていたのに、直前で婚約者候補が運命の恋とやらに出会ってしまって……かなり有名な恋物語だね」
……へぇ、知りませんでした。
私が恋物語なんて興味がないから、誰も教えてくれなかったんですね。
なんかいろいろ、リア充じゃないですか。いや、婚約者候補にふられたから非リア充になるのでしょうか。
どちらにしろ、私にとっては雲の上の話ですね。知らない方がよかったかも知れません。旅立ちをお見送りする日まで、同等な非モテの同志でいたかった気がします。
……やっぱり今日は胸が苦しいです。風邪をひいてしまったのでしょう。今日も早めに帰って、風邪に効く薬を自作して試してみるべきかも知れません。
ピラニアの皆様は、……うん、放っておいても大丈夫ですね。
私はため息をついて立ち上がり、カナイジェ様に丁寧な礼をしました。
「申し訳ありませんが、風邪をひいているようですからもう引き上げます。あとはよろしくお願いしますね」
「お送りましょう」
「お構いなく。ほら、あちらのテーブルがカナイジェ様を待っていますよ」
私は強引にチャラ騎士様を合コンテーブルに押しやり、気配を消すように大急ぎでお店を後にしました。
空は相変わらず美しい星と月が輝いています。
それを見上げながら歩いていた私は……なぜか急に泣きたい気分になりました。




