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13 異世界で拉致されて夕食をいただきました(2)


 中庭に面した回廊で足を止めた私は、ため息をついて空を見上げました。

 周囲はすでに真っ暗です。空には無数の星がはっきりと見えるようになっていました。

 二回目の拉致を体験した私は、二回目の解放を堪能していました。


 胸毛を濃くする薬を作ったのは、たぶん一時間ほど前だと思います。その後は目隠しをされて、必要以上にぐるぐるいろいろなところを歩かされて、ようやくこの回廊で解放してもらいました。

 そんなに念入りにしなくても、方向音痴気味な私にはさっぱりわからないんですけどね。


 灯りをくれたのには感謝しています。

 でも欲を言うなら、もうちょっとわかりやすいところまで送っていただきたかったですね。

 たぶん、この辺りもかなりわかりやすい場所なのでしょうが、王宮勤務ではないのでよくわかりません。ただでさえわからないのに、この暗さです。人通りもありません。

 例え知っている場所でも、この暗さでは絶対気づかないと思います。


「参ったな……ここで夜を明かすのはちょっと……」


 思わず一人でつぶやいてしまいます。

 静かすぎるって嫌ですね。暗い物陰から何かが出て来そうです。考えなければいいのに、無駄に想像してしまってものすごく嫌です。この世界って幽霊はいたでしょうか。お化けとか妖怪とか、なんかうじゃうじゃいそうで最高に嫌です。

 せめて、帰り道がわかればこんなに心細くないのですが……。



「魔女殿」


 ため息を吐いたとき、低い声が聞こえました。

 聞き覚えがある気がして、私は急いでそちらを振り返りました。暗い回廊の向こうから、灯りを持った人が近づいて来ます。

 背が高くて、見栄えのするマントを翻していて、歩くたびに足音よりがちゃがちゃという金属音が響いていました。


「あ……パスズール様ですか?」

「はい、パスズールです。お迎えに上がりました」


 大股であっという間にそばまで来て、安心させるように灯りを顔の近くにあげてくれました。すっかり見慣れたお顔がはっきりと見えて、いつの間にかガチガチになっていた肩から力が抜けて行きました。

 でも、気になる言葉を聞いた気がして首を傾げました。迎えって言いましたよね?



「あの、どうしてここが?」

「それは……近衛騎士のカナイジェ経由で、あなたがここにいると聞きまして。その前から所長殿から伝言をいただいていたので待機していましたが、少し遅くなったようですね。怖い想いをさせてしまいました」

「いえ、ここで解放されてほとんどすぐでしたから……でもあの……」

「今回は何があったかは聞きませんよ。たぶん、前回と同じようなことだろうと思いますから」

「……はい。その通りです。お手数をおかけします」

「お気になさらずに。帰り道はこちらです」


 パスズール様は先に立って歩き始めました。

 暗くて目印になるものもないように見えるのに、騎士様は迷うことなく私の歩幅に合わせて歩いてくれます。

 ですから、私も安心して後を歩きます。

 暗くても静かすぎても、この方と一緒なら何も恐れることはないでしょう。物陰に潜んでいたはずの何かまで、どこかに行ってしまったようでした。



 やがて灯りが増えていき、人通りも増え、ついに城門までたどり着きました。

 私だけだったら、絶対に途中で遭難していたでしょう。

 お礼を言おうとしましたが、パスズール様は門兵に軽い挨拶をして、そのまますたすたと門を通り抜けていきました。


「あの、私はもうここで」

「女性を一人で帰らせるわけには行きません。宿舎までお送りしますよ」

「でもパスズール様のお仕事が……」

「今日の仕事は、異世界の魔女殿を無事に送り届けることで終わりです」


 そう言って歩きながら振り返り、ニヤリと笑いました。

 あの胸毛願望のお貴族様も十分すぎるほど素敵な男性でしたが、この騎士様の足元にも及ばないなと思います。とても色気ある笑みです。目元のシワが無駄にエロいですね。



 城門の外の大通りにはまだ人通りがありましたが、第四師団のマントを翻す騎士様にちょっかいをかけるような命知らずはいません。

 たぶん、都で一番強力な番犬様に送っていただいている私は、なんて幸せなのでしょう。でもそんな幸せを堪能するには、なんだか胸が苦しいんです。


 風邪でもひいてしまったのでしょうか。

 声も出しにくい気がして、私は黙り込んだまま歩き続けました。

 いつもなら人目を避けない若いカップルを見つけてしまうのに、今日に限って目に付きません。

 こんな沈黙は失礼にあたったりしないでしょうか。

 だんだん不安になりますが、もともと私は喪女です。男性と気軽に会話を楽しんだりする能力はありません。

 何とか話題を探そうと目を動かしているうちに、ふと空を見上げました。



 だんだん灯りの少ない通りに入り始めているので、空に輝く星がよく見えていました。

 手元の灯りを消したらもっとよく見えるだろうと思いますが、いきなり灯りを消すなんて、パスズール様のような色気があふれ過ぎている騎士様とご一緒しているのに挙動不審ですよね。

 そのまま見慣れない星を見ていると、ふいに周囲が暗くなりました。


「えっ?」

「この辺りはまだ明るいから、灯りを消してみました」


 どうやら、パスズール様が持っている灯りを消したようです。

 私が星を見ていることに気づいていたようです。そして私が持っていた灯りを受け取って、私から少し遠くに持ってくれました。


「異世界の星と違うと聞きました」

「そうですね。全然違います。こちらの星は輝きも色も、私が知っている星よりずっとはっきりしています。星座の形も違うと思います。……でもこんなによく夜空を見たことがなかったから、どこがどう違うかは正確にはわかりません」

「夜に出歩くことがなかったのですか?」

「夜遅くなることは多かったんですが、街全体がもっと明るくて……闇を消し去る勢いでした」

「それは居心地が悪そうだ」

「そうですよね。この世界の人は、闇も大切な憩いの場と考えているんですよね。そういう考え方を忘れてしまっていた気がします」



 今でも私は暗闇を怖いと感じます。

 でもこの世界の人は、闇も光と同じように大切にしている気がします。夜目が効くからかもしれませんが、夜は暗いもの、光は必要な場所だけ、と考えているようです。

 夜行性の動物がそのまま人間になったように、夜を身近に感じているのでしょう。私が夜闇を怖がるのを見ると、ほとんどの人が不思議な顔をしていました。ですから、今日の仮面の方も、拉致兼解放担当の護衛さんも、あの暗い回廊で解放したのは悪意があってのことではないと思います。


 虫の声を美しいと感じるか騒音と感じるか、国や地域によって違うといいますが、この世界の人は闇の中に身を沈める喜びを知っています。

 そういう価値観というか、この世界の習性はけっこう好きです。

 でも、そこまで話すのはなんだか照れ臭くて、私は星を見上げながら違う話を思いつきました。



「そうだ、私の同僚がまた合コンをしたいと言っています。男性の確保をお願いしてもいいですか?」

「わかりました。声をかけておきましょう。でも……」


 パスズール様はいったん言葉を切りました。

 やはり空を見上げながら、腰の剣に手を置きました。がちゃりと硬い音が響き、細い路地の辺りでなにやら慌てた気配が遠のいて行きました。

 軽い威嚇で不届きものを追い払ったようです。

 さすがですね。


「……実は、あなたにお伝えしたいことがあります」

「はい、なんでしょう」

「次の合コンは……たぶん私は参加できません。幹事はカナイジェに任せようかと思います」

「お仕事がお忙しいんですか。仕方がありませんね。カナイジェ様ってあのチャラ……じゃなくて近衛騎士様ですよね。うーん、また別次元のサバイバルになりそうで不安ですが、パスズール様もまたお時間ができるようになったら……」

「たぶん、これから数年は参加できないでしょう」

「……えっ?」



 私は足を止めてしまいました。

 一つだけの灯りを持ったパスズール様も足を止めて振り返り、私に微笑みかけてくれました。


「前線に戻ります。また男しかいない日々です。ある意味、心穏やかではありますが」

「あ……そうか、パスズール様は第四師団の騎士様ですから……」

「はい。第四師団の騎士は前線に詰めるものです。しかし都での日々は、あなたと知り合えたおかげでなかなか楽しいものになりました」

「それは……それで……いつ……?」

「まだ正式には決まっていませんが、出発は、一週間後の新副師団長就任式が終わって、それから間もない時期になるでしょう」

「……そうですか」


 情けないことに、私はそれだけ言うのがやっとでした。

 


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