1 異世界にもモテ期はありませんでした(1)
この話は短編「異世界にもモテ期はありませんでした」の連載版です。
1話と2話は短編版を一部修正したものをそのまま載せています。あらかじめご了承ください。
人生には、モテ期というものがあるそうです。
で、異世界にトリップしたりすると、人生初のモテ期に突入して困っちゃう!な物語は、リアル世界ではもてない女、つまり喪女の夢物語としてもてはやされているようです。
ええ、私も「彼氏いない歴=年齢」の喪女幹部候補生の端くれとして、そういう話を少々たしなみました。
でもね、リアル世界にモテ期なんて存在しないのは常識ですが、異世界にトリップしてもどこにも転がっていませんでしたよ。
まあ、人生ってそんなもんです。
……でも、やっぱりこれはちょっとひどいと思います。
久山美紗子二十五歳、彼氏いない歴=年齢な私が異世界に行ったら、その世界の適齢期は二十歳まででした。二十五歳なんて年増扱いです。ということで、私はいとも簡単に後妻市場に分類されていました。
よくある、日本人は若く見られる!なんて特典もありませんでした。
いくつに見える?なんて浮かれて問いかけても、この国には少し若めに言ったり、逆に年上に言ったりという慣習はありません。
その状況で誰に聞いてもスパッと実年齢に近い数字をだしてくるってことは、もうダメですよね。誰に聞いてもだいたい二十五歳とストレートな答えが返ってきて、正解率が九十パーセントでした。残り十パーセントも一歳の差です。
全然若く見てもらえませんね。一瞬期待した分、がっかりです。
当然のように、顔立ちが変わるという特典もありませんでした。
二十五年間、いつも見ていた顔と体型です。
黒髪黒目が珍しい、ということもないようです。人の集まる王都では、金髪から黒髪まで幅広く見ることができます。
肌の色は、まあ珍しいかもしれませんね。
この国の人はだいたいが浅黒くて、その中に白に近い人もいれば褐色に近い人もいる感じ。
まわりをぐるっと見回すと、南米ってこんな感じかなぁって思います。
人種的には、白人と黒人とアジア系が混じった感じで、純日本人な私は多少珍しい肌色かもしれないけど、閉鎖的な地方に行ったらこんな人いるかもねってくらい。人類の多様性、バンザイです。
こういう世界ですから、浮きもせず沈みもしません。平凡に生きたい大和撫子にとっては最高の環境です。いろいろ苦労のある異世界トリップなんてしているのに、目を見張るほど平凡です。平凡を愛してきた私ですら、ちょっと涙が出てきます。
でも私の顔立ちは、この世界ではあまり平凡ではありません。他の人々の顔立ちは何と言うか……混血美男美女って感じなのですよ。
しかも、ただきれいなだけではないんです。真面目な顔で立っていても、どことなくエロい感じがあるんですよね。
結婚適齢期とされている十代後半の皆さんは、もう弾けるような色気が爽やかに漂っています。女の子たちは、ボンキュッボンで服が弾けそうです。
そういう若者たちが言葉をかわし、ダンスをし、恋を語るのを私は見ているわけです。
いいですか?
ただ見ているんですよ?
初々しく頬を染めながら手を握ったり。
お互いしか見えていない状態で腕を絡ませていたり。
これがドラマチックな展開なら、砂を吐きつつ映画鑑賞の気分にもなるでしょうが、とってもリアルな普通の青春です。完全におばさんな私の存在なんて、彼らにとっては空気です。誰も私を見ません。若い女の子と話しながら、私をチラチラ見るような青少年は一人もいません。
日本にいた頃、職場のお局さまがつぶやいていた言葉をしみじみと思い出します。日本にいれば私だってまだ二十五歳のピチピチですから、おじさんたちにお酌をしたりアラフォーなお局さまに妬まれる側だったんですが。
ああ、頭の中で彼女がつぶやいていた言葉が渦巻きます。
リア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろ……。
「……リア充爆発しろ」
あ、心の声が口からもれてしまいました。
意外に大きな声だったようで、すぐそばで不動の姿勢で立っていた騎士様が私を振り返っていますよ。
青い騎士服に、黒に鮮やかな緑色の太い縞が一本斜めに入った派手なマントをつけています。王国騎士団の騎士で、西の国境を担当している第四師団に属している方のようですね。
騎士らしい長身と鍛えた体型です。
肌は褐色と黒を合わせて白くしたような感じ、髪は黒の中に金色が混じっています。日本にいた頃なら、メッシュいれているんだなと思うところですが、この世界だから多分地毛でしょう。
外見的特徴を一言で表せば、セクシーな色気だだ漏れ男ですね。
この世界的には、適齢期から外れた立派なおっさんに見えます。でも、大人の色気ってこういうものなんだなと納得してしまいました。
目尻のシワとか、やや荒れた肌がこんなにエロく見えるなんて初めて見ました。きっと朝きちんとヒゲを剃ったのでしょうが、夕方のこの時間ですからね。ぽつぽつざらりとヒゲが伸びているんですが、それが無駄にエロいんです。
私はふと、ハリウッドスターの無精髭に鼻息を荒くしていた大学の先輩を思い出しました。
亜弓先輩、あの時冷たい目で見てしまってごめんなさい。ヒゲこそ命!と断言するあなたをかわいそうな目で見てしまった私が間違っていました。殴ってください。異世界にいるから無理だけど。
この国の人は、日本人の私から見ればセクシーな雰囲気の人ばかりです。
振り返った騎士様は、その中でもひときわケシカラン色気でした。命のやり取りをしている男特有の危険な雰囲気が、はしたないほどエロいです。
そんな色気があふれているのに、私に向いた青い目はひやりとするほど冷たいんです。唐突に、ギャップ萌えを熱く語っていた高校の友人のことも思い出しました。
梨々香。理解するのが遅すぎたけど、あんたは正しかったよ。
あんな冷たい目なのに、かえってエロく見えるってすごいよね。これがギャップ萌えの神秘なんでしょうか。
しかもあの顔に浮かんだ表情から察するに、完全に呆れているようです。ほっといてくれ。
「異世界の魔女殿。今のは何かの魔法ですか?」
けしからん色気男は、声までエロいです。
本人はそんなつもりはないでしょうが、低くて艶があって、なんか甘く聞こえます。耳元で囁かれたら腰砕けしますね。経験値低い処女には刺激が強すぎます。
でもそんなことは表に出さず、私は社会人生活で鍛えた鉄壁の愛想笑いを浮かべました。
だって、私のことを「異世界の魔女」と呼んだのです。
見た目では異形ではない私の素性を知っているということは、騎士の中でもかなりの上層部ということですから。
あぶないあぶない。
印象が悪くなって査定に響いたら最悪です。異世界で頑張っている甲斐がありません。まずは笑顔。その次に笑顔です。
「ただのおまじないですよ。騎士様」
「私のことは、パスズールとお呼びください。魔女クヤマ殿」
うわぁ、やっぱり私の名前まで知っていましたよ……。
一瞬だけ顔が強張りましたが、仕方がありませんよね。ちょっと胸がドキドキしてきますが、動揺を顔に出さないように気をつけます。
騎士様はそんな私に向き直って、丁寧な礼をしてくれました。日本のお辞儀とは違いますが、わりと頭を下げるのがこの国での礼ですから、あまり背の高くない私も騎士様の頭のてっぺんを見ることができました。
黒髪の中のナチュラル金髪メッシュがまぶしいです。
年齢は三十歳過ぎに見えましたが、薄毛の心配はなさそうですね。ちっ。
しかし、第四師団のパスズール様ですか? これはびっくりしました。あの有名なパスズール・アシュガ様でしたか。
こちらの世界では日本と同じく姓が先なので、パスズール家のアシュガさんということになります。
つまり、このけしからん男が「あの」パスズールさんだそうです。
私は魔法使いで、同僚も全て魔法使い。そんなに人付き合いはありません。ですが、お世話をしてくれるお女中さんなんかは、非常に噂話が得意です。そういうお姐さん方から、第四師団のパスズール様についてもいろいろ伺っていました。若い頃からイケメン騎士様として有名だったはずです。
同時に、前線の鬼神と恐れられる騎士様のはずですが、なぜこんな若人たちのイチャラブ舞踏会の会場にいるのでしょうか。警護と言っても、実戦に出まくりな騎士様にはゆるすぎると思うのですが。
「師団長のお供で都に戻ってきたのですが、人手が足りないからと動員されてしまいました」
「あー、なるほど、そうでしたか」
よくあることだと、ようやく納得しました。
普通はこんなことはないのでしょうが、この国ではよくあります。だってこの青春イチャラブ舞踏会には、王子様と王女様も参加していらっしゃいますからね。警護の人手はいくらあっても困りません。
しかし、第四師団のパスズール様には、少々役が不足していると思います。人材の無駄遣いですね。
実は、私も同じように動員された口でして。
異世界に来てなぜか魔法が使えるようになった私は、異世界の魔女として一部では結構有名です。でもこういう警備なんかには向いていないと思うんですよね。私の魔法ってちょっと独特ですから。
「では、魔女殿も強引に動員されたのですか」
「ええ、まあ」
私は曖昧に笑いました。
上司ににらまれたくありませんからね。壁に耳あり障子に目ありってやつです。その気になれば盗聴を阻止する魔法を使えますが、若くはないけれど女性に人気のある騎士様と密室状態で密談なんてしたくはありません。
ただでさえ後妻市場に放り込まれているのに、ますます非モテ道まっしぐらですよ。
だから万が一に備えて、私はフォローの言葉を付け加えて見ました。
「普段はご年配な方々ばかり目にしているせいか、こういう舞踏会はとても華やかに見えます」
「普段は魔道研究所にいらっしゃるのでしたか?」
「半分くらいは」
残り半分は、各地を回って魔法を使いまくっているわけですが、世間話的にはこのくらいでいいでしょう。たぶん騎士様も世間話というか、礼儀的に聞いてきただけでしょうから。