第十三話 抜き打ちテストの結果
「次、香姫鳥居」
「はい!」
私は、キノコの魔物の幻影と対峙して深呼吸した。そして、手を構える。
「可視編成!」
きちんと低音と高音の二重音になったことは、一番評価してもらいたい部分だ。
私の手のひらから、人魂ほどの大きさの炎が出現する。
が、それは呆気なく線香花火のごとくボトリと落ちて地に帰った。
クラスメイト達はそれを黙視していた。クラスメイト達の顔は奇妙なものを発見した時のように、疑問で歪んだまま固まっている。
勿論、魔物の幻影は無傷だ。
「や……」
自分の魔法を確認して、私は喜びに打ち震えた。
「不合格。もっと練習しておくように」
「やったぁ! 魔法が使えたよぉ……!」
感極まった私は、その場で嬉し泣きしてしまった。
ジュリアスは唖然としている。クラスメイトもポカーンだ。
まさか、あの程度で喜ぶとは思ってもなかったに違いない。
そして、私が魔法もまともに使えなかったとは思ってもなかったらしい。
泣きながら生徒の列に戻ってくると、クェンティンとリリーシャが微笑んでいた。
「良かったね、香姫」と、クェンティン。
「うん!」
クェンティンは私が魔法を使えなくて、四苦八苦していたのを知っている。一緒に喜んでくれて、私はすごく嬉しかった。
「私の指導が良いからよ!」
「うん!」
私は、リリーシャに力強く同意した。リリーシャが居なかったら、私は魔法が使えないままだったに違いないのだから。
マクファーソン先生は、私の正体も知っているので、温かい目で見てくれているようだ。
だが、ファウラーとイザベラは、後ろの列で大笑いしていた。
「あはは、傑作ね! まさか、魔法もまともに使えないなんてねー!」
「ホント、お腹が痛いわぁ!」
私はムッとして振り返る。マクファーソン先生が咳払いした。
「静かに!」
勝手に笑っていろと思う。
私は、自分の最高新記録をたたき出したのだから。今日の私はすごいんだ。
「次、リリーシャ・ローランド!」
「はい!」
私の肩にリリーシャの手が乗る。そして、彼女は前に進み出た。
リリーシャは華麗に『不可視編成!』の一発で消してみせた。
「すばらしい!」
マクファーソン先生は力強く頷いて、データキューブのリストに二重丸を付けていた。
「すっげぇ! さすが、リリーシャだ!」
「さすが、ローランドさんね!」
クラスメイトは大いに拍手してリリーシャを盛り上げている。
「ちょっと待って、何がすごいのか分からないわ!」
ファウラーは一人文句を言って立ち上がった。
ガーサイドが笑って付け足した。
「不可視編成でマクファーソン先生の作った幻影を消すということ。それは、マクファーソン先生よりも魔力が上ということになるんだぜ?」
「こんなのワケないわ! まあ、デメトリアには無理かもしれないけどね!」
それまで大笑いしていたデメトリア・ファウラーとイザベラの顔から笑みが消えた。二人はリリーシャを歯噛みして睨んでいた。
ファウラーとリリーシャ。どちらがクラスの主導権を握っているのか一目瞭然の出来事だった。
「香姫、かたきはとったわよ!」
「うん! リリーシャさん、ありがとう!」
私は、リリーシャとハイタッチして喜びを分かち合った。
アリヴィナもリリーシャも私に優しくしてくれる。そのことが、心の救いだった。
・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜
その日の放課後のことだった。
私は補習があるのにデータキューブを忘れ、ファルコン組の教室に取りに戻っていた。教室の周辺にはひと気が全くない。生徒たちは今頃、食堂でディナーを楽しんでいるだろう。暮れなずんだ空は、あと十分もすれば真っ暗になるかもしれない。
私は一人で戻って来たことを後悔していた。
私は夜が嫌いだからだ。夜は、幽霊の時間で色々なモノを見てしまうからだ。
教室を開けようとしたらドアが先に開いたので、私はすくみ上った。
「きゃっ!」
男子がぶつかってきたので、私は後ろに尻餅をついてしまった。
「いったぁ!」
私は、強かにお尻をコンクリートの廊下に打ち付け、泣きそうになっていた。
ぶつかってきたのは誰だと、顔を上げる。
その男子は同じクラスメイトのジェイク・グレンだった。グレンは、私を冷めた目で見下ろしていたが、何も言わずにそこから立ち去った。
「な、なんなの?」
謝罪の一言もないのか。
私は、一人憤慨して立ち上がり、ドアを開けた。すると、そこにはデメトリア・ファウラーが一人残っていた。
嫌なところに立ち入ってしまった。
私はなるべく顔に出さないように気を付けながら、教室に足を踏み入れる。
すると、ファウラーがこちらに気づきハッとしたように振り返った。ファウラーは私の方を向いたまま、何故か瞠目している。
「……香姫さん、何か見た?」
「えっ? 見てないけど……?」
「なら良いの……! じゃあね?」
ファウラーは、安堵したような顔になり、そのまま機嫌良く教室から出て行った。私は、首を傾げながら自分の机のところまで戻る。自分のデータキューブを手に取って考える。
「ファウラーさん、何か見られたらマズイ事でもしてたのかな?」
しかし、ファウラーは何がマズイと思っていたのか。それを知ることは、とても興味がある。
疑問を持ったため、私は例によってごく自然に教室全体を可視していた。
残留思念さえあれば、可視することなんて容易い。今まではそう思っていたのだが。
「あれっ?」
だが、目をどれだけ凝らしても、可視することは『できなかった』のだ。
可視できない。それは、私にとってなじみのない体験だった。




