第十二話 ファウラーの予告
アレクシス王子の無神経な言葉に憤慨して、うっかり魔法学の教室に戻ってきてしまった。ジュリアスは忠告していた。シャード先生がお冠だと。
魔法学に隣接している廊下まで、シャード先生の授業の声が聞こえてくる。淡々としたそれには怒気が全く感じられないが、教室の中に入って行くことはためらわれた。
躊躇していると、予告もなくドアががらりと開いた。
「香姫鳥居」
「しゃ、シャード先生……」
シャード先生が、口元に笑みを微かに浮かべて立っていた。どうやら、私が戻ってきたことをすぐに察知したらしい。もしかすると、右往左往している私の影が、廊下の窓にチラチラしていたのかもしれない。だから、シャード先生にあっさりと見つかったのかもしれない。
「遅いお帰りだな。何か言うことはないか?」
シャード先生の顔は面白そうに歪んでいるが、組んだ両腕の片方の人差し指指がイライラと動いている。シャード先生の感情のすべてがそこに集約されているかのような気がした。下手な言い訳をするべきではないと、私の本能が悟っていた。
「その……。頭が痛くなくなりましたっ! ははっ……!」
「鳥居の机の上にこんなものがあったんだが。まさか、これで私に当てられなくなると考えたんじゃないだろうな?」
差し出されたのは『授業で当てられなくなるおふだ』が入ったケースだ。
「えっ? えっとその……」
あいまいな答えがいけなかったのだろう。シャード先生のおふだを持った手が早く答えるように上下に揺れる。
「はい。そうです……」
私は観念してうな垂れた。
「そうか。良いだろう。お前の為に放課後補習をしてやろう」
「ううっ……」
また、シャード先生と補習になってしまった。チャイムが鳴ると同時に、シャード先生が「授業を終わる!」と声を上げた。号令がかかり、生徒たちは笑って私の横を通り過ぎていく。私の顔が熱くなった。とんだ赤っ恥だ。
「香姫さん」
追い打ちをかける様に、笑い顔のファウラーに声をかけられた。隣では、イザベラがクスクスと笑っている。
「貴方、面白いことするのね。せいぜい、シャード先生とみっちりお勉強なさってね」
ファウラーの嫌味が炸裂した。
ライバルであるからファウラーとは対等でありたいのに、はるかに私の方が劣る。そのせいか、ファウラーにはライバルとしても見られていないようだ。その上、澄恋に報告でもされたらどうしよう。また、澄恋に馬鹿な子だと思われてしまう。
私が悄然としていると、ファウラーが思い出したように手を打った。
「ああ、一つ予告しておいてあげる」
「えっ……?」
「明日、ほうきの授業があるのをご存じ?」
「う、うん……」
澄恋のように飛べるようになれば良いのにと、心待ちにしている授業だった。
「明日、面白いモノが見れるかもしれないわよ?」
「えっ!?」
ファウラーはアリヴィナとリリーシャを意味深に横目で見た。
遠足気分のその授業にうっすらと影が差す。
「楽しみにしててね?」
そう言って、ファウラーはイザベラと笑いながら教室を後にした。面白いモノとは、百歩ゆずっても私が面白いと思うモノではないような気がするのだが……。
「不気味だ……」
ファウラーのせいで、楽しみにしていた授業が嫌な授業に変わるのだった。
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『授業で当てられなくなるおふだ』をすっかりごみ箱に捨てた私は、次の魔法演習の授業に出た。
ジュリアスも何事もなかったかのように次の授業に出ていた。
「ジュリアス君は、なんでシャード先生から補習がないのかな」
それだけが解せないことだった。ジュリアスも私と一緒に授業をさぼったのに。私が不満げにつぶやくと、ジュリアスは天使のような笑みを見せた。
「ああ、心配だから香姫さんの様子を見てくるってちゃんと言ったからね?」
「ズルい!」
「香姫さんに何事もなくてよかったよ」
ジュリアスは、善人のような顔で微笑む。その実態を知っている者としては、やはりズルいと思うのだった。
「授業を始める」
魔法演習の授業は、マクファーソン先生の担当教科だ。炎の揺らめきのような金髪は相変わらずだが、身辺が平和になって心なしか表情が柔らかくなった気がする。
「今日は抜き打ちテストを行う」
『ええーっ!』
一斉に不満の声が上がった。マクファーソン先生は表情が柔らかくなったが、生徒に厳しいのは相変わらずらしい。
私はひとり不安だった。
リリーシャのお蔭で、『可視編成』や『不可視編成』を使ってデータキューブを開けるようにはなった。けれども、魔法を普通に使うことは試したことがない。
「今回もこの幻影を魔法で粉砕するように!」
マクファーソン先生は、キノコの化け物のような幻影を作り出した。真っ黒で、食べたらあたりそうなキノコに顔が付いていて、その表情は凶悪そのものだ。けれども、これはマクファーソン先生の作った幻影なので、攻撃してこないという。
「では最初に、アリヴィナ・ロイド!」
「はい」
アリヴィナは衝撃波を放って、あっさりと幻影を打ち消した。
「次、デメトリア・ファウラー!」
「はい」
デメトリアにクラスメイトの注目が集まる。
「可視編成!」
デメトリアは、花火のような華麗な魔法でそれを燃やし尽くした。
アリヴィナとデメトリアがお互いに睨む。二人の視線に火花が混じる。
そして、ガーサイド、ジュリアス、クェンティンは難なくそれをクリアしていく。
そして、ついに私の番になった。