第十一話 おふだの効力
ファルコン組の面々は、一様に魔法学の教室に移動している。
私は、独り悪党のような笑みを浮かべて、悦に入っていた。
フッフッフ! この『授業で当てられないおふだ』を使う時が来た!
私は魔法学の教室に入って、自分の机の上にそれを飾った。
一緒に教室に入ってきたジュリアスが、私の隣に座る。
早速、ジュリアスの目がおふだに留まる。
「それ、ついに試すんだね?」
「うん、これはインチキじゃないような気がするから、絶対に当てられないと思うの!」
私は可視したせいか、自信満々だった。可視した限りでは、力のありそうな魔法使いが、ものすごく効き目のありそうな呪文をこのおふだにかけていた。
だから、きっと効き目があるに違いないのだ。
「でも、そのおふだって五百ルビーでしょ? 効き目あるのかな」
ジュリアスが隣で何か言った気がするが、私の心は高揚していた。こんなにシャード先生の授業が楽しみなのは、今までにないことだ。
ついにチャイムが鳴り、シャード先生が魔法学の教室に入ってきた。
「席に着きなさい。授業を始める」
皆は慌てて席に着く。号令がかかり、皆は一斉にデータキューブを開いた。『可視編成』の呪文が教室の中に四散して響き渡った。
「データキューブの百三十ページを開いて。さて、誰に読んでもらおうか?」
ついに、おふだを試す時が来た!
私は、無意味にシャード先生を見つめた。これでもかと引き寄せるような視線を送る。当ててくれのアピールだ。
これで、シャードに当てられなかったら効き目はあるはずだ。
だが。
シャードは私へと微笑んだ。完璧に目が合った。
あれっ?
「では、鳥居、読みなさい」
「えっ?」
おふだの効き目はないのだろうか。そう思った時、おふだが光った。
「イタッ! イタタ……!?」
私の頭が急に痛み出した。
「鳥居、どうした?」
「いや、頭が痛くて! イタタ!」
なにこれ!?
私の頭は締め付けられるように痛い。
まさか、このおふだの効力って!?
このおふだは当てられそうになると、持ち主に頭痛を引き起こさせるのだろうか。
『鳥居~!』
私の脳裏に、クレア先生の暢気な笑顔が浮かんだ。
「医務室に行ってきます!」
「鳥居!? 待ちなさい!」
「待てません!」
痛みに耐えきれずに、私はシャード先生を振り切って、魔法学の教室を飛び出した。
一心不乱に私は医務室まで駆け抜けた。
「クレア先生!」
一目散に医務室に飛び込むと、アレクシス王子とクレア先生が深刻そうな顔をして喋っている。
二人は私に気づいて、打たれたように振り向いた。
「鳥居! どうしたの?」
「あ、頭が痛く……ない? あれっ?」
泣きそうになりながらクレア先生に訴えようとしたが、いつの間にか頭の痛みはなくなっていた。
「どうしたの?」
クレア先生が面白そうにこちらを見ている。
ドアが開いてジュリアスが入ってきた。心配して追いかけて来てくれたらしい。
「香姫さん! 大丈夫?」
「『授業で当てられなくなるおふだ』を使ったら、頭痛がして……じっとしていると耐えられなくなって……」
「ああ、鳥居もマジックショップに行ったのね!」
「はい……ジュリアス君と一緒に……」
「頭痛が起きるのも無理はないわ。そのおふだは、いたずらに使うおふだだもの。今日も何人か医務室に駆け込んできたわ」
「えっ? ジュリアス君……もしかして私の事が嫌い……なの?」
少し引いてジュリアスを見ると、彼は大慌てになった。
「そんなわけないでしょ? 香姫さんが欲しそうにしてたから!」
ジュリアスは意地悪を言ってくるが、私の事が嫌いではないらしい。一応は友達だと思ってくれているんだろうか。
「コーナーに書いてなかった? いたずら専用って?」と、クレア先生。
「書いてなかったけど……」
私とジュリアスは顔を見合わせた。
「何か、お店側で手違いがあったんじゃない?」
「じゃあ、香姫さんは貧乏くじ引いちゃったわけですね?」
「ええーっ!?」
じゃあ、私は店側の手違いで、頭痛になったとそう言うわけだ。抗議の声をあげたいが、その店員はここにはいない。
「香姫さん、とんだ災難でしたね。私が仇をとってあげたいところです」
「アレクシス様……」
アレクシス王子は珍しく私を心配してくれているようだ。アレクシス王子はもしかすると優しい方なのかも――。そんな事を思い、情にほだされそうになったとき。
「ところで、バージルは魔法学校にいましたか?」
私は苛立ちを覚えてしまった。
要するにアレクシス王子は、例によって私の事を心配してなどなく、バージルの事に協力してほしいだけなのだ。
「いませんでした! もしかしたら、魔法学校にいないんじゃないかな?」
「そう、ですか……?」
アレクシス王子の視線が私を探るように見ている。私はそっと目をそらした。
「アレクシス様! お話があります!」
ジュリアスが、アレクシス王子の前で跪いた。
何事が始まるのだろうと、私はジュリアスを傍観していた。ジュリアスの視線と私の視線がかち合う。
「香姫さん、早く魔法学の教室に帰った方が良いんじゃない? シャード先生、お冠だよ?」
「ええっ!? 大変だぁ!」
私は棒読みで驚いて見せると、そそくさと医務室から退散した。
一時は、協力しようと思ったが、そんな気持ちもなくなってしまったのだった。
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「ジュリアス・シェイファー、お話とは何でしょう?」
「キャロルのかたき討ちの事です」
ジュリアスとアレクシス王子が話を展開しているのを、こっそりと聞いている者がいた。バージル少年だ。
自分の姿が全然見えていないのを確認すると、ドアをすり抜けて、香姫の後姿を一人眺めているのだった。