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不可思議少女は今日も可視する  作者: 幻想桃瑠
◆第二部♚第一章◆【鳥居香姫は不可思議な転校生に手を焼く】
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第十話 デメトリア・ファウラー*

 翌朝のショートホームルームでは、一つの変化が訪れた。

 いつものように、担任のシャード先生の話が始まるのかと思ったが、少し内容が違っていた。


「今日は転校生を紹介する。入ってきなさい」


 ドアが開いて教室の中に靴音が響き渡った。

 私はドアの方を振り返って驚愕した。一番会いたくない女子が目の前にいた。彼女は、澄恋に頭をなでてもらっていたあの女子に他ならない。


 肩までのウェーブヘアに、気の強そうな表情。口の端が微かに上がっているのは癖なのか。それとも彼女の性格がそこに現れているからなのか。

 偏見の目で見てしまうのは、私が彼女を快く思っていないからかもしれない。普段なら見かけで判断なんてしないのに――。


 顔をしかめてみていると、彼女と目が合った。微笑みかけられて、私はぎこちない笑みを浮かべた。


「デメトリア・ファウラーです。よろしくお願いします」


 彼女は愛想良くみんなに微笑みかけた。クラスメイト達――特に男子は色めき立っている。


「席は、イザベラ・ハモンドの隣が開いているのでそこに座りなさい」

「はい」


 デメトリア・ファウラーはシャード先生の指示に素直に従い、イザベラの横に座っていた。振り返って確認すると、私の席よりも遥か後ろの席のようだった。


 私が転入してすぐに席替えがあったのだ。

 私はジュリアスの隣になり、リリーシャはクェンティンの隣になった。

 授業中でもイチャついているリリーシャとクェンティンを、シャード先生が哀愁漂う父親の目で見ていたのはここだけの話だ。


 そして、休み時間になった。

 ファウラーは早速隣の席のイザベラと仲良くなっていた。ファウラーとイザベラの組み合わせにそこはかとない嫌な予感がする。


 ファウラーは、集まったクラスメイトに質問攻めにされていた。ファウラーはそれに愛想よく答えている。

 私はそれをジュリアスと一緒に後ろを向いて聞いていた。

 何気ない質問が交わされる中、イザベラがファウラーに私が一番気になっていることを訊いた。


「デメトリアさんは、お付き合いなさっている方っていらっしゃるの?」

「いるわ」


 ファウラーのお喋りに私の神経が全て集中した。


「へぇ、どんな人なの?」

「異国の方よ。恋敵もね」

「えっ? 恋敵も異国の方ですの?」

「そうよ」


 後ろを向いて聞いていた私と、ファウラーたちの視線がかち合った。彼女たちが知っている限り、異国人は私以外にいないからだろう。彼女たちの視線が私に集まるのも仕方がない。


 私は慌てて、前を向く。

 名指しされたことと失恋の痛みで、心臓が張り裂けそうに鳴っていた。

 澄恋は本当にファウラーと付き合っているのだろうか。そんなこと私に一言も言わなかったのに。

 そして、異国人の恋敵とは十中八九私の事だ。私はファウラーから敵視されているのだろうか。

 日本にいた時に幽霊が見えるということで、苛められていたことを思い出して嫌な気分になった。


「ねぇ」


 いつの間にかファウラーは私の席の隣に立っていた。私はギョッとして目を瞬いた。


「ねえ、貴方が香姫さんなんでしょ? お話は澄恋様から伺っているわ」

「ち、違います!」


 思わず違うと言ってしまった。


「ねえ、この方が香姫さんよね?」


 ファウラーは懲りずに私の隣の席に座っているジュリアスに尋ねていた。


「そう、香姫鳥居さんですよ」


 私が止める前にジュリアスは易々と教えてしまった。私は慌てて人差し指を口の前に立てた。


「ジュリアス君! しーっ!」

「ジュリアス君? もしかして、香姫さんの彼氏?」

「違う! ジュリアス君は友達なの! 私の好きな人は澄恋君!」


 ファウラーが、澄恋に間違ったことを吹き込んではことだと思い、私はとっさに言い返していた。

 ファウラーの眉がピクリと動いた。


「あら? おかしいわね。澄恋様は私の事が好きだって仰っていたわよ?」

「えっ!?」


 澄恋が好きなのはやはりファウラーなのか。ファウラーに崖の上から突き落とされた。私は絶望して二の句が継げなくなっていた。


「残念だったわね」


 気が付くと私は泣いていた。教室の中が水を打ったように静まり返った。

 疲れたようなため息が聞こえた。


「アホらし……」

「っ!?」

「な、何ですって?」


 ファウラーは第三者の妨げに狼狽している。

 アリヴィナの声が聞こえてきて、私は涙をぬぐっていた。

 ファウラーは、アリヴィナの方を向いて睨んでいる。

 アリヴィナは、開いたデータキューブを見て読書をしていたらしいが、『不可視編成』と言って、それを冷蔵庫の氷ほどの立方体に戻した。

 机の上にそれを転がして、アリヴィナは椅子から立ち上がった。


「その話は少しおかしいよ」

「アリヴィナさん……」


 まさか、アリヴィナがかばってくれるとは思いもよらない。あれほどまでに異国人は嫌いだと言っていたのに。


「デメトリア・ファウラー。あんた、恋敵が香姫だって言っていたよね」

「……ええ、言ったわ」

「澄恋の好きな人がデメトリアなら、どうして香姫が恋敵になるんだよ」


 アリヴィナの反対側でも立ち上がる音が聞こえて、私は振り向いた。


「私もそのことを指摘しようと思ってたのよ!」

「リリーシャさん」

「相思相愛なら、香姫が恋敵だなんて言わないはずよ! それはつまり、貴方の方が澄恋に片思いだからよ!」


 その指摘は目から鱗だった。ファウラーが嘘をついていたのか。

 良かった……。

 澄恋君は、ファウラーと付き合っていなかったんだ。

 私の顔に笑みが戻ったと同時に、ファウラーの顔が険しくなった。


「アリヴィナ、リリーシャ、覚えてなさい……!」


 ファウラーは席に戻って行った。

 イザベラと何事か喋りながらこちらを睨んでいる。


「アリヴィナさん、リリーシャさん、ありがとう!」

「思わず助けちゃったけど、勘違いしないで。ここで泣かれるのが嫌なだけだから」

「うん!」


 アリヴィナはむすっとしたまま、自分の席に戻って行った。

 リリーシャはそんなアリヴィナを追いかけて、ケンカをふっかけている。また、教室が賑やかになりそうだ。

 そして、後ろでは、何かを企んでいるらしいイザベラとファウラーが不気味だった。


「よかったね、香姫」

「ありがとう、クェンティン君!」


 クェンティンに声をかけられて、私は失恋していない自分を喜んだ。


「じゃあね!」


 クェンティンは、私にウインクするとリリーシャの方へ戻って行った。

 隣で、ジュリアスが気怠そうなため息を吐いている。


「なーんだ。景山君にフラれたらよかったのに……」


 私は半眼で隣のジュリアスを睨んだ。


「ジュリアス君って意地悪だよね……」

「そうかな? 僕の気持ちを考えると当然の事だと思うけど?」

「ジュリアス君の気持ち?」

「アレを食べても分からなかったの? 鈍いんだね?」


 アレとは、破裂した飴の事だろうか。

 分かるわけない。分かるはずがない。


「うーん、破裂? あ、もしかして、ビッグバン? 新世界創造?」


 私が呟いた言葉が面白かったのだろう。ジュリアスは吹き出して笑い始めた。

 ムカつくことこの上ない。


「あんなの分かるわけないよ! ジュリアス君が悪いんだからね!」

「ゴメンゴメン、でも僕は諦めないからね?」


 ジュリアスに意味深な微笑みを返されて、私は引きつった。

 馬鹿にされるから問い返さないが、勿論私は、何を諦めないのかもサッパリ分からないのだった。


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