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不可思議少女は今日も可視する  作者: 幻想桃瑠
◆第二部♚第一章◆【鳥居香姫は不可思議な転校生に手を焼く】
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第二話 アレクシスのお願い

 まだ、季節は春だ。麗らかな春の温暖な気候は、ひとを睡魔の思うままにさせる。私も、暖かな布団のぬくもりに身をゆだねてしまい、すっかり眠りの深いところに安んじていた。蟻地獄のデュランやあの悪夢からもすっかり解放されて、私の心配事など皆無に等しくなっていた。


可視言霊かしげんれい


 唐突に、呪文の詠唱と共に風が吹き荒れた。


「な、何なの?」


 私は、屋根から何かが降ってきたのかと勘違いして飛び起きた。私の甘くとろけそうな惰眠の結界は、すっかり破られてしまったのである。


 閉められた遮光カーテンが、外から差し込む太陽の光をとどめて漏らすまいとしている。その僅かに漏れた明るさが、部屋全体を仄明るいあせた色で染め上げている。


 その部屋を荒々しく風で弄った後に、部屋の中央に立っていたのは、他でもないアレクシス王子だった。

 彼はひだをぜいたくに使った白いブラウスに薄紫のベストを着ている。六分丈のベストと同色のパンツと長い白ソックスを穿き、茶色のローファーを履いている。そして、このベルカ王国特有の金髪碧眼を惜しみなく見せつけていた。


「アレクシス様……!?」


 風が止んだ後も、私は唖然としていた。

 心配事の種は知らぬ間に、私の身辺で大きく成長していたらしい。その片鱗は、最初にこの部屋を訪れた痴漢、アレクシス王子がもたらしたのである。


 アレクシス王子が、ベッドの脇まで歩いてきた。そして、ベッドに手を沈めて、私の顔の近くでささやいた。


「ごきげんよう、香姫さ……ぶ!」


 私はセリフの途中で、アレクシス王子の顔を枕で思い切りシバいていた。


「アレクシス様! 予告もなく入ってこないでください!」


 私は、小声で鋭く盾突いた。大声で怒鳴り散らしたかったが、壁が薄いため隣の部屋に響くので、小声に甘んじるしかない。


「私には、景山澄恋という、心に決めた人がいるんです!」


 枕がアレクシス王子の顔から零れ落ちると、彼の半眼と目が合ったような気がした。しかし、彼はすぐにそれを笑顔に変えた。すぐに、髪を払って、襟を正す。


「大丈夫です。香姫さんに色気は全然期待していませんから」

「どういう意味ですか!」

「香姫さんに色気は皆無だから全くその気にならないということです。だから安心してください」

「なっ、なんだと!」


 アレクシス王子は毒を吐いた後、清々しそうな笑みを浮かべた。


「実は、香姫さんに力を貸していただきたいのです」

「えっ? 厄介ごとはごめんですよ?」


 避ける様に私は布団を我が身に引き寄せた。

 私は、ただでさえ可視使いなのだから、狙われやすいというのに。どうしてわざわざ厄介ごとに飛び込まなければならないのか。

 だが、アレクシス王子は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、鬼のようなことを言った。


「借金返済はまだでしたよね?」

「……分かりましたよ!」


 この王子様は鬼畜だ!

 私は、涙目で乱暴に布団を跳ね除けると、ベッドの上に立ち上がり、そこから床に飛び降りた。


「可視言霊!」


 私が靴を履いていると、アレクシス王子が呪文を詠唱した。『可視言霊かしげんれい』の呪文はベルカ王国の王族でしか使えない呪文だ。

 一般市民は『可視編成かしへんせい』の呪文しか使えない。


 可視言霊の呪文は、私の身に付けているピンクのパジャマを魔法学校のローブ姿に変身させた。パジャマを変化させたのではなく、壁のハンガーに掛けておいた魔法学校の制服とそれを入れ替えたらしかった。その証拠に、私の来ていたパジャマは、代わりにそのハンガーにきちんと掛けられている。

 私はパジャマが魔法で制服に変わったことに、うっかり相好を崩してしまった。


「わぁ、変身みたい!」

「機嫌が直りましたか? では来てくれますね?」

「……じゃあ、あの天井を直してください。壁紙がはげてて怖いの」


 私は、せっかくだからと天井を指差した。アレクシス王子が嘆息した。


「ちゃっかりしていますね。可視言霊!」


 緑の光が辺りを舞った。緑の光に触れた天井は見る見るうちに違う壁紙に張り替えられていく。緑の光が消えた時には、少女趣味なピンクの薔薇の模様の壁紙になっていた。ありがたいことに、ムンクの叫びのような残留思念も清められている。


「これでいかがですか?」

「わぁ、綺麗!」


 私は飛び跳ねて拍手した。アレクシス王子は笑顔を作り直して、プロポーズをするように私に跪く。


「では、私と共に来てくださいますね?」


 私は、ちらりとアレクシス王子を見て思案した。たかが、天井を直してもらったぐらいで、命の危険にさらされるのは安いと考えたのだ。


「じゃあね、えーと、えーとね」


 更に条件を加算しようとした私の横で、アレクシス王子は嘆息して立ち上がる。私の肩をアレクシス王子は素早く引き寄せた。


「もうダメです。可視言霊!」

「ちょっと待っ――!」


 私は問答無用で、瞬間移動させられてしまったのだった。

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