第一話 鳥居香姫(とりいかぐや)の事情2*
私は、それを目撃していた。
涙が滂沱と流れるのに、目をそらすことができない。嗚咽を上げて泣き叫びながら、必死でそれを壊そうとした。
愛しい人が死の苦しみの中にいるのに、助けることができない。
ひと気がなくなった後、灰に変じた愛しい人の残りを呆然としながら、手で掬った。
まだ、生ぬるい人の温もり。それまで生きていた人の感覚。
「うわあああああああああああああ!」
私の絶叫も、辺りに吸い込まれて消えていく。
同時に、心にボッと燃ゆる炎が生まれた。
復讐という名のどす黒い炎。
それは、憎しみとともに大きくなる。
私の心が癒える時があるとすれば――。
「絶対に許さない……」
それは、彼らが死ぬ時だ。
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「はっ!?」
私は、夢にうなされて目を覚ました。
辺りは墨汁を零したように真っ暗だ。時計を見ると夜中の二時だった。
荒い呼吸をしながら私は、上体を起こした。
先ほど見たのは、私が日本で殺される夢だったのかもしれない。内容は覚えていないが、久しく見ることのなかったその夢は、恐ろしい勢いで私に迫ってきたのだった。
私は、鳥居香姫十六歳だ。
本当の自分を取り戻したのは、ついこないだの事だ。けれど、この身体は良くも悪くも私の身体を再現しているようで、たまに夢にうなされることがある。
私の事を殺した犯人はもう退治したので一安心なのだが。私のこの身体はそうは思っていないらしい。心の傷が消えるまで、しばらく時間がかかりそうだ。
女子寮のこの自室は、リリーシャの部屋を離れた時に新しく割り当てられた。
そして、アレクシス王子からのプレゼントで、無駄に豪華なベッドと、勉強すると罰が当たりそうな匠の技が光る勉強机を出してくれたのだ。六畳一間にシャワー付きの部屋なのに、他人が見たら瞠目するような豪奢な部屋に仕上がっている。
しかし――。
「天井の模様が目に見える……ううっ……怖い……」
天井は古びて塗装がはげかかっているので、その模様が迫ってくるようで怖いのだ。しかも、私は『可視使い』という千里眼使いなので、特に目は最良だ。だから、見なくていいものまでよく見えてしまう。特に、この古びた部屋の残留思念がムンクの叫びのように見えるのにはほとほと参った。
私は天井を見ないように横向きになって、布団をかぶって再び眠ろうと試みた。幸いなことに、アレクシス王子がくれたベッドの寝心地はふわふわで包み込むようだったので、すぐに眠りは訪れた。
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その夜中の二時にいつもと変わった動きがあったことを、私は後で知った。
カレイドヘキサ魔法学校の中で医務室だけが、魔法灯の光で明々と色づいていたのだ。
それは、アレクシス王子がウィンザーを始めとする護衛人を連れて、医務室に瞬間移動の魔法で現れたからだった。
「プリミア・クレアは不在ですか! 早く彼女を呼んでください!」
「今、データキューブでお呼びしています!」
データキューブとは、このベルカ王国で作られた魔法を原動力にして動く、日本で言うスマホの進化版のようなものだ。手のひらに収まるほどのキューブに『可視編成』と呪文を唱えるとキューブが四つに分かれその間から文字を映し出すのだ。ホログラムのようになっており、映像が立体的に見える。
通信もできるらしく、こうして今、医務室の養護教諭のクレア先生を呼び出しているというわけだ。
アレクシス王子はベッドに背負っていた少年を降ろした。年の頃なら現在の香姫と同い年くらいだろうか。
彼は、尋常ではなかった。
彼の身体は光る古代文字で埋め尽くされていたからだ。身体から湧き出る様に古代文字が湧き出て彼の身体を覆い尽くしていく。
「ううう……うううううう……」
少年は苦しそうにうめき声をあげている。
「バージル! 大丈夫ですか!」
アレクシスが少年の手を握ろうとした。だが、少年がアレクシスの手を払いのけた。バージルと呼ばれた少年の身体は、とうとう古代文字に覆い尽くされてしまった。
苦痛のあまりか、バージルはカッと目を見開いた。
「うわあああああああああああああああ!」
少年の身体が虹色に光り輝く。
「これは……!」
あまりの事態に、アレクシスも護衛人たちも絶句した。