第十一話 新しい身体
私が澄恋を見上げたまま、絶望のブラックフォールに吸い込まれていると、自動ドアが開く音がして我に返った。
「香姫、やっと見つけた……」
「ジュリアス君、入ってきちゃダメ!」
私は再び水槽に駆け戻り、泣きそうになりながら澄恋を見上げた。
「澄恋君、私の身体見たんだ……よね?」
「えっ? ええ、まあ、見たけど。卵子の時から培養したから、特に何も思わないよ?」
「ええっ……」
それはそれで悲しい物がある。もしかして、体よく振られたのでは。私はショックで頭痛を覚えていた。これは、涙が出る前の予兆だ。
「可視編成!」
ジュリアスの声がして、振り向くとジュリアスが水槽に呪文をかけていた。
水槽を見上げると、新しい鳥居香姫の身体には制服が身に付けられてあった。
「ジュリアス君、ありがとう!」
「礼なんか言わなくていい! この景山澄恋はなんて無神経な奴なんだ!」
ジュリアスは私のために怒ってくれていた。
「無神経? そうかな?」
けれども、澄恋は特に悪びれた様子もない。その事に、ジュリアスはますます腹を立てている。
「お前が、景山澄恋を名乗ること自体が虫唾が走る!」
「えっ!? ジュリアス君、澄恋君と知り合いだったの?」
私はその事実に驚愕するばかりだ。ジュリアスはフッと笑った。
「へえ、私を知っているような口ぶりだね? 私が、景山澄恋とは違うと? そう言いたいわけ?」
「ああ!」
「では、違うという証明をしてよ。さあ、早く」
「くっ!」
「できないんでしたら、仕方ないね。では、さっさと香姫さんの魂を新しい身体に入れようか」
理想がガラガラと崩れていく。私は澄恋の何を見ていたのだろう。これが、景山澄恋?
「ジュリアス君、よく分からないけど元気出してね」
「ありがとう、香姫」
「お礼を言いたいのは私の方だよ。ジュリアス君が居なかったら、恥ずかしくて耐えられなかったよ」
私とジュリアスは微笑み合った。
「香姫さん?」
水槽の方で澄恋が呼んでいる。私は澄恋の方に駆けよった。
「はい、お願いします!」
「じゃあ、水槽の真ん中にあるプレートに右手を置いて」
「はい、置きました!」
「少し電気を流すから、目を閉じていて」
「えっ!?」
さっさと済ませようとしていた私だったが、電気を流すと聞いて恐ろしくなった。手を離そうとしたが、もう遅い。澄恋が可視編成を唱えると、私の身体に電流が走った。
「っ!?」
痛いと思うより早く、私は意識を失った。そして、何かに吸い込まれるようにして目覚めた。
目を開くと、液体の中で周りの景色がゆがんで横長に見える。水が底に吸い込まれて引いて行き、水槽が左右に開いた。
私は、その水槽から転がり落ちて、咳き込んだ。
「はぁっ……はぁっ……!」
呼吸ができるようになると辺りを見回す。
「可視編成!」
ジュリアスが呪文を唱えると、私の液体で濡れていた体は乾いた。
「その身体、お気に召した?」
「う、うん……でも、身体を作れるならどうして最初からそうしてくれなかったんだろ」
複雑なまま答えた声は、以前の鳥居香姫のものだ。紛いもない私の声。
「それは、この世界に順応するにはこの世界にもともとあった体の方が良いと思ったんじゃないかな。身体を培養するには多額の費用がかかるし」
「なるほど……」
大人の事情ってやつか。
「鏡をどうぞ?」
「あ、ありがとう!」
鏡を覗いて私は安堵した。以前のそのままの鳥居香姫の姿だった。
「そうです! これが私です!」
私はジュリアスと澄恋に笑みを送ると、手鏡に戻して自分の顔をじっくり眺めた。
切りそろえられたおかっぱボブに、ぱっちりした瞳。美少女のリリーシャと比べるといたって普通の女の子だが、私は元の自分の顔に安心感を覚えた。誰でもない、オリジナルの鳥居香姫だからだ。
しかし、背の高さが気になる。リリーシャと同じくらいの身長だ。
自動ドアが開く音がして女の人が入ってきた。美人だと思ったものの、私はこの研究所の研究員だと思って、特に気にしてはいなかった。
だが、澄恋の表情が冷めたものに変わる。澄恋はその表情のまま、チラリと私に視線を飛ばした。
けれども、この時の私はその視線に気付いていなかった。
「香姫……!」
ジュリアスは、新しい身体に入った私を見て微笑んでいた。そして、震えながら口を押えて、涙を零した。
「ジュリアス君……?」




