第十話 魔法研究所とデート
ジュリアスの話によると、魔法研究所は魔法学校から徒歩で十分ほどの所に拠点を構えているらしかった。
街まで足を伸ばすのは二回目だ。一度目はリリーシャの残留思念を可視して痕跡を辿ろうとしていたため、街中に目を向ける余裕がなかった。改めてこうして見ると、外国のようで面白い。
道沿いには煉瓦造りの色とりどりの家が並んでいる。まるで、グリム童話の絵本に出てくるような見てくれの家々だ。
道路は色とりどりの小石で舗装されており、タイヤのない車が浮かんで走っている。そこは、グリム童話とは別の近未来的な感じがする。
「ジュリアス君、こっちの世界の車って、タイヤがないんだよね!」
「道路に敷き詰められた魔法をかけた小石を動力にして浮かんで走るからタイヤは必要ないんだよ」
「すごいね!」
テンションが高くなっている私の横を、猛スピードで何かが横ぎった。
「わっ!? 何!?」
「スピード違反のほうきだよ」
「ほうき?」
良く見ると、ほうきに乗っている人が猛スピードで通り過ぎていた。
「そこのほうき! 止まりなさい!」
スピード違反をしている者は軍警が警笛を吹き鳴らし、ほうきを乗り回して取り締まっている。
「軍警の人カッコイイ!」
興奮している私をジュリアスが面白そうに見ていた。
「何にこにこしてるの?」
「何でもないよ。香姫を見ていると飽きないなと思って」
「変なの!」
「さあ、行こうか!」
「うん!」
ジュリアスに手を引かれて歩き出す。二人でこうして出かけるのは初めてかもしれない。私は遠足のような高揚した気分を味わっていた。いつまでも、こうしていたいと思うような。
少し行くと、商店街に出た。街には魔法店が沢山賑わっていた。
「いらっしゃい! 美味しいから買って行きな!」
「お嬢さん、こっちも美味しいよ!」
普通の店だけではなく、屋台まで道路沿いに並んで、店員が声を張り上げて呼び込みをしている。
「わあ、どれも美味しそう!」
「これなんてどう? 買ってあげるよ」
「えっ、本当? ジュリアス君、ありがとう!」
目移りしている私にジュリアスは『マーガル』を選んだ。クレープのような生地に、冷たい酸味のある白いクリームと甘い赤いクリームが入っている。更に見たことのない丸い色とりどりのフルーツも生地から見え隠れしている。そんな『マーガル』というお菓子をジュリアスが買ってくれた。それを二人で食べ歩きながら魔法研究所に向かっていた。
あっという間に楽しい時間は過ぎ、マーガルも食べ終わってしまった。街の外れには、大きな敷地が広がっていた。格子の柵が敷地の周りを覆っている。ジュリアスが入口の前で足を止めた。
「香姫、ここだよ」
街路樹が、サワサワと音を立てている。車もほうきも飛んでいない物静かな雰囲気だった。
私は広い敷地の中にある大きな建物を見上げた。
「うわぁ……っ! すっごく大きい研究所!」
『香姫さん、いらっしゃい』
「っ……!?」
格子型の門が勝手に自動で横に開いていく。
私は忙しなく左右を見渡した。いきなり響いた澄恋の声に驚いたのだ。
「上にダイヤ型の水晶が浮かんで固定されているよね? あれがインターホン代わりになっているんだよ」
「すっごーい!」
私は一メートルぐらい上に浮かんでいる水晶を掴もうと飛び跳ねて、手で触ろうとした。けれども、全然届かない。気が付居た時には、ジュリアスと澄恋はクスクスと笑っていたので、私の顔が熱くなった。
『香姫さんったら。そのまま奥の『人体培養研究室』まで進んでね』
「う、うん!」
広い敷地を抜けると、ガラス張りのシンデレラ城のような建物が万鈞に構えられていた。ガラス張りと言っても、マジックミラーのようになっていて、内部は見えない。
ただ、私は澄恋がどこにいるのかということに疑問を持ち、目が勝手に内部を可視していた。魔法研究所の断面図が、蜂の巣を半分に割ったような状態で見て取れる。
一番奥の部屋に澄恋が居る。丸い水晶を見て微笑んでいる姿が目に映った。
ドアが自動ドアのように開き、私とジュリアスは続けて入って行った。内装は白い煉瓦の造りになっていた。
「ジュリアス君、こっちだよ!」
「えっ? 香姫!? ああ、もう!」
走り出した私を、ジュリアスが慌てて追いかけて来る。
一刻も早く新しい身体に入りたくて、私は一番奥のドアまで一直線に走ってきた。
他の研究員たちが、私を見てはすれ違う。明らかに子供が入ってきたので戸惑っている。けれど、澄恋に説明を受けていたのか、誰も何も話しかけてくることはなかった。
マジックミラーのドアに『人体培養研究室』とベルカ語で書かれてあるプレートが目に留まる。
ドアに手を触れようとすると、ドアは自動で開いた。
私は高鳴る胸を押えながら、その中に恐る恐る足を踏み入れた。
「澄恋君!」
澄恋が奥から、笑顔で私を手招きしている。私はその蜂蜜より甘い笑顔にとろけそうになった。彼に、引き寄せられるように駆け寄る。
「いらっしゃい、香姫さん。香姫さんの身体はもう仕上がっているよ」
「本当ですか、私の身体……」
奥には、試験管のような水槽が3つあり、その二つに体が入っていた。
一つの水槽には屈強な男の身体が入っている。
もう一つは、日本にいた頃の鳥居香姫の身体が、試験管型の水槽の中で再現されてあった。
漆黒の髪の毛が満たされた透明の液体の中で、逆立ったようになびいている。目は閉じられていて、呼吸もしていないようだ。まるで、赤ん坊が母体の中にいる様に。
けれど、その様子を目にした私は思考が停止した。思わず水槽を二度見した。
「っ!?」
「どうかしましたか?」
振り向けば、澄恋は天使のような顔でにこにこしている。悪意があるとは考えにくい。
再び水槽に目をやる。
私の目は瞠目の限りを尽くしている。
ええーっ!? 嘘でしょ!? すっぽんぽんっ!?
私は心の中で絶叫した。
水槽の中の私の身体は何も身に着けていなかったのである。




