第九話 まだ、事件は解決していなかった……!*
アレクシスは可視言霊を唱えた。すると、風が巻き起こり、私たちは再び魔法学校の医務室に戻ってきた。
私は、ジュリアスの腕の中で疲労困憊を極めていた。クレア先生が私の方に駆けよってきて、ジュリアスにベッドを示した。
「まあ! 大変だわ! シェイファー、早くこの上に降ろして」
「はい、クレア先生」
ジュリアスが私をベッドに横たえる。そして、クレア先生とアレクシス王子が呪文を唱えた。
「可視編成!」
「可視言霊!」
黄色の光と緑の光が私の全身に降り注ぐ。その光は、疲労と拷問の残留思念を私の身体から取り除いた。
不純物が取り除かれた身体は、比較的身軽に感じられた。病気が治った後のような新鮮な気分で、私はまぶたを開く。
「香姫、大丈夫か?」
「うん、大丈夫……」
上体を起こそうとする私を、ジュリアスが支えてくれた。医務室には心配そうな人たちが私を見ていた。そこにいるのは、ジュリアスとアレクシス王子とクレア先生。そして――。
「ジュリアス君とアレクシス様はどうして私の事が分かったんですか?」
「マクファーソン先生が教えてくれたんだ」と、ジュリアス。
顔を上げると、マクファーソン先生が傍にやってきて、アレクシスの前で頭を下げた。アレクシス王子は、頷いて続けた。
「実は、ソフィの事を調べていたら、マクファーソン先生の奥さんに行き当たりました。どうやら名前を変える前がソフィという名前だったらしいのです」
「えっ!? マクファーソン先生の奥さんがソフィなんですか!?」
私の問いに、アレクシス王子が頷いた。私以外驚いていないところを見ると、もうすでに承知している情報のようだ。
「それで、問い詰めたところ、タリアの怪しい動きを教えてくださったというわけです」
マクファーソン先生は精神的に追い詰められているようだった。すがるようにアレクシスの前で跪いた。
「アレクシス様! 私は、ずっと一人で抱えておりました! 妻は私の知っている妻ではないのです!」
「えっ?」
妻は私の知っている妻ではない?
「それはどういうことです?」
「妻は蟻地獄のデュランに魂を奪われ、その挙句にデュランが妻の身体を乗っ取ったのです! 私は、香姫が狙われていることを存じていたのですが、手助けすると妻の魂を食うというので手出しができませんでした。妻の事も誰にも言えず、私は――!」
「まだ、デュランは生きているの? 倒したと思っていたのに……なんてしぶといの!」
私は憎々しかった。あんなに苦しい戦いだったのに、まだ生きているだなんて。
「だから、マクファーソン先生は僕に瞬間移動の魔法をかけてくださったり、ガーサイドに僕たちの居場所を教えてくださったり、デュランの手に陥ったリリーシャの魂を開放したりと、手助けしてくださっていたのか」
どうやら、マクファーソン先生は共犯ではないようだ。彼なりに現状をどうにかしようとしてくれていたらしい。だが、マクファーソン先生は、頭を振った。
「違う! 私もデュランの手助けをするように強制され、女子寮の傍までソフィを瞬間移動させてしまったのだ! それで、デュランはリリーシャの部屋にアレクシス様の腕輪を!」
己の罪を呪うようにマクファーソン先生はうな垂れる。私は、矛盾を感じて反論した。
「でも、瞬間移動の魔法は監視されているって!」
「女子寮の傍まで妻を瞬間移動させたからと言って、誰も怪しむ人はいない。あとは、デュランが妻の身体で魔法を使い、リリーシャ・ローランドの部屋に侵入してアレクシス様の腕輪を置いてきた。そういうわけだ」
「そんなことが……!」
私は愕然とした。マクファーソン先生は自分の正義感と戦っていたのかもしれない。それが悔し涙と変化し、彼の目からこぼれている。
「アレクシス様! デュランは魂を半分失ったようですが、まだ生きている! どうか、妻の魂を助けてください!」
「分かりました。すぐに、蟻地獄のデュランを探し出して捕まえましょう」
ウィンザーが可視編成で姿を消すと、暫くして軍警官と一緒に姿を現した。マクファーソン先生は参考人として取り調べを受けるようだ。彼は、軍警官に連れられて、再び姿を消したのだった。
「私も、このことで尽力したい。ウィンザー、戻りますよ!」
「はっ!」
アレクシス王子はウィンザーを連れ、呪文を唱えて帰って行った。
「鳥居はいるか?」
アレクシス王子と入れ替わるようにして医務室に入ってきたのは、シャード先生だった。私は、緊張しながら顔を出した。
「はい。シャード先生、何でしょうか?」
「魔法研究所の景山澄恋から伝言だ」
「澄恋君からですか!?」
私の声が弾んだのをどう思ったのか、シャード先生は微笑んだ。
「明日、魔法研究所の方に来てほしいらしい。なんでも、注文の品ができたからだそうだ」
注文の品というのは、私の新しい身体の事だろう。私は思わずその場で跳ねた。
「本当ですか! はい、行きます! あれ? でも魔法研究所ってどうやって行けばいいんだろ?」
私は魔法研究所の道順を知らなかった。シャード先生も同じらしく、二人して困っていると、後ろから助け舟が出た。
「僕が知ってるよ」
それは、ジュリアスだった。ジュリアスは、複雑そうな顔をしている。景山澄恋の事が出ると何故か、ジュリアスの顔から笑みが消えるのだ。
「えっと……ジュリアス君、悪いけど道案内してもらえないかな?」
また、ジュリアスを困らせてしまうだろうか。けれども、ジュリアスは笑みを見せた。
「別に良いよ。どのみち、僕が香姫を守るって決めてるから」
「ジュリアス君、ありがと!」
私は、安心してジュリアスと暢気に微笑み合った。
とんでもない事実と事件が魔法研究所で待っているとは知らずに――。




