第八話 本当に事件解決……?
すっかり、日が暮れかかっていた。目玉焼きのように浮かんでいる真っ赤な夕日は日本にいた頃と変わりがない。ただ、周りの景色が違うだけだ。女子寮に戻るための道をたどっていると、校庭の木々がさわさわと葉の音を鳴らしていた。
日本にいる父と母は元気だろうか。ふと、懐かしい思いがこみあげてくる。
今では、ホームシックな気分もすっかり薄れて、この暮らしになじんでしまった。もしかすると、景山澄恋がこちらの世界にいるので、日本にいる頃と錯覚しているのかもしれない。
長かった一日が終わった。今日はいろんなことがあった。賞金首の二人を相手にし、ジュリアスの看病をし、さらに宮殿にまで遊びに行った。めまぐるしくて、旅行で観光スポットを急いで回ったような気分だった。
ジュリアスとご飯を食べた後に、クレア先生が医務室に戻ってきた。彼女の「まだ安静」との言葉を聞いて、私は医務室にジュリアスを残してきた。そして、一人女子寮に帰ろうとしているというわけだ。
「今日は疲れたから、シャワーをして早く寝よう……」
私はふああと暢気に欠伸をした。この時は身も心も油断しきっていたのだろう。後ろから近づいてくる気配に気付かなかった。それが、加速して私にさし迫ってきたとき、私はようやく異変を感じ取った。
だが、もう遅い――。
私は、手刀を後ろ首に食らわされ、その場に倒れ込んだのだった。耳に残っているのは、複数の土を踏みにじる足音だけだった。そして、意識が暗転した。
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「うう……」
気が付くと、私は縄で縛られて床に転がされていた。
「目が覚めたようね」
「……?」
若い女の人の声がして私は身を起こした。女の声は冷たく、吐き捨てるようだった。私は頭を振った。頭が少し朦朧としている。
私はどうしてこんなに薄暗い部屋の中に居て、冷たい石の床に座っているのだろう。
振り返ると、豪奢なドレスを着た女と、護衛人らしき屈強な男が二人いた。私は彼らとは初対面だった。どう考えても、私は彼らを知らない。
女は苦り切った様子で、イライラと隣の護衛人に小声で話した。
「本当に、この小娘が秘密を握っていたの? 私がソフィに言ってレオセデスを殺させたのも知っていたというの?」
「っ……!?」
「本当の様です。アレクシス様が必死で侍女のソフィを探しています」
私の頭は恐怖で驚くほどの回転力を見せた。うすぼんやりしていた記憶がようやく戻ってきた。
私は昏倒させられて、ここにいるのだ。犯人が捕まって事件が解決したと喜んで、すっかり油断しきっていた。
ソフィを真犯人だと思っていたのがそもそもの間違いだった。ソフィは『侍女』だ。『侍女』であるソフィが単独で事を起こすというのは考えにくい。命令した『主』がいてもおかしくない。
「貴方がレオセデス様を!?」
思わず声を出した私に、女たちはハッとしたように私を振り返った。だが、彼女の緊迫した表情は嫌な笑みに取って代わる。
「あら、いやだ。知らなかったの? いい機会だから教えてあげる。私はタリア。ベルカ王国の第二王妃よ」
「タリアさん……?」
その呼び方が気に入らなかったのだろう。タリアは色をなして怒鳴った。
「タリア様とお言い! 明度の土産に教えてあげる。私は、いずれは第一王妃の座に君臨して、ベルカ王国を我が手に治めるの! だから、貴方には死んでもらう! 私の計画を台無しにさせないためにね!」
何という浅はかな計画なのだろう。レオセデス王女を殺した犯人をいつまでもベルカ王国が放っておくわけがないのだ。
現に、キャロルや私を可視使いにしたアレクシス王子は、犯人をあと一歩のところまで追いつめている。
「でも、ソフィさんが捕まれば、貴方はもう終わりよ!」
「甘いわね。ソフィは今はもう侍女じゃない。結婚して退職してるわ。そして、彼女の事は私が先に手を回してるの。だからソフィは捕まりっこない」
「もしかして、キャロルさんも?」
脳裏に浮かんできたのはキャロルの顔だった。キャロルも私と同じようにソフィを可視したのだろう。けれど、詰めが甘く、親玉のタリアを見抜けなかった。だから、キャロルは――。
「キャロルという娘も私の事を突き止めそうになったけど、先に手を回して殺したわ!」
「貴方が、ジュリアス君のキャロルさんを!」
飛び掛かろうとした私を、護衛人が私の両脇から抑えた。
タリアは、楽しそうに大笑いした。
「お前はもう何もできない。この『拷問部屋』で、無残に死んでいくのだ!」
「えっ……!? 拷問部屋……!?」
薄暗い嫌な感じのする部屋だと思っていたが、まさか拷問をする為の部屋だとは考えも及ばなかった。このオレンジ色の煉瓦には、見覚えがある。しなくていいのに疑問視してしまった。こうなると、歯止めがきかない。私の目が勝手に可視する。
「ッッッ!?」
阿鼻叫喚の苦しみがまざまざと私に迫る。オレンジ色の煉瓦は、私があの時あの場所で可視できなかった石だ。蟻地獄のデュランが持っていたあの可視出来ないモノ。
それが、一面敷き詰められていた。それを見てしまった私は、拷問された人たちの苦しみを一挙にこの身で受け、気を失ってしまった。
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「恐怖して気を失ったか」
女が近づき私の髪の毛を引っ掴んで持ち上げた。
「うう……っ」
私はその髪の毛の痛みで、再び意識を取り戻した。
見計らったように、風が吹き荒れる。
「な、なんだ!?」
風が治まると、二つの影が躍った。
ジュリアスとアレクシス王子が呪文を唱える。
「可視編成!」
「可視言霊!」
ジュリアスとアレクシス王子は一斉に、タリアとその護衛人に魔法をかけ、縄で縛りあげた。
「香姫! 大丈夫か!?」
「ジュリアス君……タリアさんが、レオセデス様を殺した……」
私は、ジュリアスの腕の中でぐったりしている。ジュリアスもアレクシス王子も気色ばんで、タリアを睨む。
「嘘だ! 私は……!」
「話は最初から聞かせてもらっている! ベルカ国王の名のもとに、タリアを処刑する!」
あとは、怒涛のように兵士が拷問部屋に流れ込んできた。私は、ジュリアスに横抱きにされて、地下の拷問部屋から運び出された。普段ならその『お姫様抱っこ』に大慌てするはずだが、今はそんな元気もない。
「アレクシス様」
「分かっています」