第六話 アレクシスの目的*
瞬間移動の風が治まって目を開ける。
「うわぁ……っ!」
零れ落ちてくる光のシャンデリアと金銀で装飾された壁や床。高そうな絵画が一面天井に敷き詰められ、そして、あちらこちらに薔薇のような花びらの生花が花瓶に活けられていた。不思議なことにその花からは光が零れ落ち、一種の幻想的な空間を演出していた。
私はその花瓶の花に近寄って光に触れてみた。蛍の光のようなそれは触れると、はじけて煌びやかな光をまき散らかした。
「この花、不思議……」
「その薔薇には、光の魔法がかけられているんですよ」
「へえー!」
アレクシス王子が私の隣に立って、微笑んだ。私も釣られるようにして微笑む。こんなに素敵な空間に連れて来てくれる者に悪い人はいない。私はアレクシスにすっかり心を許していた。
「アレクシス様は、こんなに素敵なところにお住まいなんですか?」
「……見せかけだけでそんなに素敵でもありませんよ」
そう呟いたアレクシス王子の口調は、この暮らしに嫌気がさしているようにも見えた。
「そうなのかなぁ……」
この夢のような空間はすべてハリボテなのだろうか。とてもそうは思えないのだけど。
「ここは、宮殿のどこですか?」
「私の部屋ですよ。さっそく香姫さんに見てもらいたいものがあります」
アレクシス王子が手を叩いて合図すると、護衛人が青いビロードの箱を持って現れた。
私の前で跪いて、護衛人はその箱を開けた。
中には、涙型のダイヤのペンダントが一つ入っていた。ガラス玉でないことぐらいは、簡単に察しが付く。
私は戸惑ってアレクシス王子を窺った。
「えっ? これって……?」
「……何だと思います?」
アレクシス王子は、微笑んで尋ね返す。
あ、そうか!
私は芋づる式に理解した。
アレクシス王子が遊びに来ませんかと言ったのは、私にこの宮殿で羽を伸ばしてほしいというわけではないのだ。
アレクシス王子が疑問形で尋ねたのは、可視使いの私が疑問を持つと可視してしまうことを知っているから。つまり、この涙型のペンダントを可視してほしいと言っているのだ。
「何だと思いますか、香姫さん。私に教えてくれませんか?」
アレクシス王子の問いが、私の脳に深く浸透する。私は断ることができなかった。断るにもアレクシス王子の方が一枚上手で、私を可視へと導いていた。
気が付いたときには、私はペンダントの残留思念を読み取っていた。
一人のドレスを着た女性が、涙型のペンダントを身に着けている。
『レオセデス様、お茶をお持ちしました』
『ありがとう』
ペンダントの持ち主の名前はレオセデスというらしい。
以前彼女の名前を聞いたことを思い出した。私が腕輪の事で捕まった時、軍警の人がレオセデスはアレクシス王子の妹だと教えてくれた。つまり、レオセデスはベルカ王国の王女様なのだ。そして、彼女は確か――。
『レオセデス様、髪をお結いしますね』
『ええ、ソフィお願いね』
残留思念は勝手に再生されていく。そして、レオセデス王女の髪を括っていた侍女が彼女の首に手を伸ばした。
そして、その侍女はレオセデスの首を――。
「かはっ……!」
息ができないっ! 苦しくてアレクシス王子にもたれかかった。
「香姫さん!?」
残留思念を読み取っているうちに、私はレオセデスの死の苦しみを味わうことになったのだ。
「可視言霊!」
アレクシス王子が私に魔法で癒してくれなければ、私はとっくに気を失っていただろう。
「大丈夫ですか、香姫さん!」
「はぁはぁ……大丈夫です……」
私は、息を切らしたままぐったりしていた。
「可視言霊!」
再び、私に魔法がかかる。緑色の光が私に降り注いだ。それは治癒の魔法だったらしく、私は再び元気を取り戻した。
「楽になりました……!」
「それは良かった。何か、分かりましたか?」
「はい」
私は辺りを見回した。
侍女や護衛人がこの部屋の中にもいる。
私が可視使いだとばれるのは得策ではない。そのために、アレクシス王子も私が可視使いであるように振る舞っていないのだから。
私はアレクシス王子に耳打ちした。
「レオセデス様を手にかけたのは、ソフィと名乗る侍女です」
アレクシス王子は私から離れると、
「ありがとう! その事が分かったのは香姫さんのお蔭です!」
そう言って、私を抱きしめた。
「わっ!」
いきなり抱きしめられて戸惑っていると、アレクシス王子は私からあっさり離れた。
そして、再び手を叩いた。
護衛人が再び、青いビロードの箱を持ってきた。しかし、今度の箱は小さい。
アレクシス王子はそれを受け取ると、開いて私に提示した。
「これは?」




