第五話 アレクシスの参入*
私のフォークから野菜が外れて、お皿の上に落ちた。私はジュリアスを凝視したまま固まっていた。
つまり、ジュリアスは『はい、あーん』『あーん』という恋人のアレをしてほしいと言っているのだ。
私の顔が急激に熱くなった。
私が戸惑っていると、ジュリアスがクスッと笑った。
「嫌なら食べないよ?」
「分かったよ!」
それもこれも、すべてジュリアスのためだ!
覚悟を決めてジュリアスの方に席を移動した。ふてぶてしく座っているジュリアスは、本当に怪我人なのだろうかと疑ってしまう。躊躇したまま仏頂面で見ていると、ジュリアスが距離を詰めてきた。
ジュリアスのシャンプーの微かな香りまで分かってしまう距離に、私の心拍数は上がりっぱなしだ。
ジュリアスの食べかけていた料理の皿を取って、スプーンを手に持つ。
スープを掬って、ジュリアスの口にスプーンを運ぶ。
「どう? 食べれるかな?」
「香姫に食べさせてもらうと美味しいよ」
「っ!?」
ジュリアスの笑みを間近で見てしまい、私の顔は余計に熱せられる。
ジュリアスの機嫌はすっかり良くなっていた。それどころかジュリアスはやけに素直だった。いつもの意地悪な調子ではない。その事が余計に調子を狂わせる。
「あーん」
ジュリアスはひな鳥のように口を開けている。この位置がすっかり気に入ったらしい。私はせっせとジュリアスにスプーンを運ぶ。
「美味しい?」
「とっても」
これは、恋人同士がすることだ。私は澄恋が好きなはずなのに、どうしてこんなに――。
「どうしたの?」
「ううん……! なんでもない!」
突如、医務室の中で風が巻き起こった。
「えっ!? なんなのっ!?」
風が治まると、アレクシス王子とウィンザーが現れた。
「あ……アレクシス様……?」
私はお皿を持ち、ジュリアスにスプーンを差し出した格好で固まっていた。
それを見たアレクシス王子の表情が強張った。
「……取り込み中だったかな?」
ジュリアスは私が差し出したスプーンからサラダを食べる。その行為をわざとアレクシス王子に見せつけているようだった。
「そうですね。取り込み中です。お帰り下さい」
ジュリアスがそっけなく告げると、アレクシス王子は微かに気色ばんだ。こんなことで怒るなんて、二人は本当に仲が悪い。私は一歩引いた気持ちで二人を眺めていた。
「取り込み中の所を失礼しましたね」
アレクシス王子の口調は穏やかだったが、どこか攻撃的なのは気のせいなのだろうか。
「失礼ついでに香姫さんをお借りしますね」
「えっ!? ええっ!?」
驚いている私の横にアレクシス王子が来て、食器を奪い取った。
そして、アレクシス王子は私の前で跪き、手を差し伸べた。
「香姫さん、少し宮殿に遊びに来てくださいませんか?」
「ダメ! ジュリアス君にご飯を食べさせなくちゃならないから!」
私はふんぞり返って、きっぱりと断った。
私にはジュリアスを元気にさせるという使命があるのだ。ご飯を食べさせるのも、看病するのも私の仕事。それが、命の恩人に対しての精一杯の気持ちだと思ったからだ。
頑として動こうとしない私を、アレクシス王子は穏やかに見ていた。
「へえ? そうなんですか……ウィンザー?」
声に少しいら立ちが見え隠れしているような気がした。何故不機嫌なのかと戸惑っているうちに、護衛人のウィンザーが私の前で跪いた。
「香姫様。わたくしめがジュリアスにご飯を食べさせますので、ご安心ください」
「分かりました! よろしくお願いします!」
私は食器をウィンザーに手渡して、ぺこりとお辞儀した。ジュリアスは私が了解するとは思わなかったのだろう。それまで、勝ち誇って聴いていたジュリアスの表情が一変した。
「っ!? 香姫!?」
「ジュリアス君、早く良くなってね」
ジュリアスは焦って私を止めようとしていたが、体格の良いウィンザーに襟首を引っ掴まれていた。
「では、参りましょうか」
「はい!」
「可視言霊!」
そして、私とアレクシス王子は空間を超えて、あっという間に宮殿にたどり着いたのだった。